**+ 小さく淡く瞬く星


13.抱え込んで、包み込む





庭の噴水が涼しげな音をさせて、さわさわと涼しい風が吹き抜けた。
手入れが行き届いた美しい庭の一角。
物騒なものや言葉が行き交う場所だとは思えないほど、そこは優雅で落ち着いた雰囲気に包まれていた。
と、不意に騒々しい空気が近づいてくる。
屋敷の主は、それらが近づいてくる方向へは顔を向けることはなく、ただ折角のこの心地よい時間が乱されることに、少しばかり憂いを帯びた溜息をこぼした。

「?・・・どうかしたの、ブラッド」

「いや」

「こんなところにいたのかよブラッド!ってか・・・ん?」

久しぶりのお茶会の席。
こんな姿になってからは外出もそう容易く出来なくなっていたため、ここに来ること自体も久方ぶりだった。
エースに外に連れ出されてからというもの、何だか色々なことが度重なって、まさかにジョーカーに閉じ込められていたなんていう事態に陥って。
でも、この屋敷の主であるブラッドや、ペーター、聞けばナイトメアも協力して助けに来てくれたのだと言う。
領土を越えて知人たちが協力するなんて、珍しいなんてものじゃない。
それが自分のためというのが、申し訳なさと恥ずかしさと、そして嬉しさが込み上げる。
そういった経緯もあって、ジョーカーの作り上げた偽りの箱庭から戻ってきて、すぐにお茶会の席に呼ばれて断れるわけも無かった。
そこに、オレンジ色の髪と長い耳のマフィアのNO.2が現れた。

「こん・・・むうぐ・・?!?」

お邪魔しているからには挨拶をと思って声をかけようとすれば、向かいに座っていた相手がいつの間にか真横に立っていて、その白い手袋をつけた手で自分の口を塞いでいる。

「・・・・(何するのよ!)」

抗議を込めて睨みつけその手を引き剥がそうとするも、相手は小さく笑うだけ。
少しも緩まない手に悪戦苦闘する間に、もう一方の腕が肩に回されて椅子の上で引き寄せられた。
背中に背もたれではない、ブラッドの体温を感じる。

「えっと・・・そのガキ・・いやいや」

ガキと言い掛けたところで、ブラッドの視線を受けてあわてて口ごもるエリオットは、何と言ったものかと自分の上司とその腕の中の子どもを交互に見ている。
見慣れない子どもが敷地内に入っていて、上司のお茶会の席に招かれている。
それだけでも常に無い事態だと言うのに、腕の中のこどもは赤い顔で必死に逃げようと暴れている。
尊敬するボスに対して、あまり友好的ではない態度の子どもを叱るべきか、良くはわからないが宥めるべきか。
そもそも、その子どもは誰なのか。
迷いに迷った末に、エリオットはおずおずと口を開く。

「その・・・まさかとは思うんだけどよ・・」

「ああ、エリオット。紹介が遅れて悪かったな。・・・その、まさか、だ」

「!!!ええええっ!え、えってことは、え?!やっぱそうなのか?!」

「ああ、そうだ。秘密にしていて悪かったな」

にやにやと実に愉しげに笑う男と、驚愕が最高潮に達したという顔で上司と子どもの顔をさっき以上に忙しなく見比べるエリオット。
回された腕をバンバンと叩いて抗議していたアリスも、頭上で交わされる謎の会話と、首振り人形のように忙しなく上下に視線を走らせているエリオットに首を傾げた。

「ん?どうかしたのかな」

どうかしたかじゃないでしょと、説明を求めて見上げれば、見下ろしてくる男の顔はシルクハットで出来た影の中で、いつになく愉しげに、そして蕩けるような笑みを見せた。
見てはいけないものを見てしまった気がする。
慌てて目をそらすも、顔に昇った血の気はなかなか下がる様子が無い。

真っ赤になって大人しくなった少女に、ふむと口元をあてて部下の方をちらと見れば、その瞳はいつの間にかキラッキラとしたものに変わっていた。
そろそろ真実を伝えないと、面倒くさいことになりそうだ。

「あー、エリオット・・」

「ブラッド・・・・!!俺に隠してたってのは何ていうかやっぱりちょっと傷ついたけどさ、いやいいぜもうそんなことはっ。それより、式は?!さすがにそれはまだだよな??俺も色々手伝うぜ!」

「いやな、これは・・」

「俺、あんたのために頑張る、だから、だからさ!!」

キラキラキラキラ。
説明を挟もうと努力していた口元が、うっと引きつる。
両手を合わせて握る様子、いわゆる乙女の祈りポーズの部下から目をそらす。

「だから俺にも一匹くれよ!!!!!」

「・・・エリオット・・お前は勘違いしているんだ」

「いや、一匹といわずに五匹ぐらい欲しいぜ!」

「・・・・・・・」

長い耳をしている生き物は、人の話を聞かないことで有名だ。
じゃあ、その耳は何のためにそんなに長いのか。
いっそ切り落としてしまいたいが、今回に関しては、そもそも勘違いさせたのは自分で、その勘違いを助長させたのも自分だ。
だからといってまさかここまで面妖な・・・いや面倒な反応をされるとは思わなかったのだ。
一匹・・・そして、五匹とは。
さすが、うさぎの発想というべきか何というか。
だが、それらの話を聞いてなんとなくだが事態が分かったらしい、腕の中の少女がまた動き出した。
あまりの部下の反応に脱力して緩んだ手を外して、ぷはっと小さく息をついた。
その姿は可愛らしかったが、向けられてくるだいぶ凍てついた視線が痛い。

「・・何かな、お嬢さん」

「・・・あんたって、本当最っ低」

「・・・・」

渋々促してみれば、投げつけられる言葉と冷めた目線。
見た目が小さな少女なだけに、いつも以上に破壊力がある気がする。
思春期に入りかけた娘が、お父さん不潔とか言っちゃいそうな目つきだ。
だが、それでもまだ風呂には一緒に入りたい。

「何言ってるのあんた・・・気持ち悪いんだけど」

口に出していたらしい。
明らかにドン引きな顔をして椅子から降りて後退るアリスと、その向こう側でやっと少女の正体が分かったらしいエリオットが、いつになくぽかんと呆けた顔をしていた。




「改めて。こんにちは、エリオット」

「ああ!いや、どことなく似てるとは思ったんだけど、あんたがまさかアリス本人だとは思わなかったぜ。だって、あんたは余所者だよな?」

エリオットも加えて再開されたお茶会の席。
席に座れば新たな紅茶も注がれて、ようやく落ち着いて話し出す。
不思議そうな顔をするエリオットは、余所者なのに、時計をいじって見た目の年齢を変えることなんて出来るのか、と聞いているのだと分かる。
アリスは首を横に振って、苦笑した。

「ちょっと実験で失敗しちゃって」

「実験って、なるほどな。あんたってばいつも面白いことやってるよな。だけど気をつけろよ。そういえばいつの間に来てたんだ?水臭いぜ」

心配した次の瞬間には、拗ねたように言ってくるうさぎさんは可愛い。
しゃべりながらも、目の前に並んだオレンジ色のお菓子を食べることも忘れない。
その横でブラッドは、目を瞑ってひたすら紅茶を飲み続けている。

アリスは目の前に置かれたケーキを見た。
エリオットが変なこと言っちゃって悪かったな、と笑顔で取り分けてくれたケーキ。
オレンジ色のケーキだ。
だがこれも久しぶりだと思えば、悪くないかもしれないとフォークに手を伸ばして、ぱくりと一口食べた。

「美味しいだろ?」

すかさず満面の笑顔で聞いてくる。

「ええ、とても・・・」

とても、にんじんだった。
久しぶりだからその独特の甘さも、少しはましに感じるのかもしれない。
だが、その答えを聞いたエリオットが耳をぴーんと立てて、周囲を見渡す。
次にどれを薦めようか迷っているのだと気がついて、慌ててとめる。

「いや、そんな遠慮すんなって。あんたも久しぶりでもっと食べたい気持ちがあるんだろ?俺にはその気持ちすっげぇわかる!」

「あの、でも久しぶりだから尚更、もうこの光景と今貰った一切れでお腹が一杯になっちゃったのよ。・・・ほら、きっと胃も小さくなっちゃったのね」

暗に子どもになっちゃったから、そんなに食べられない、もうお腹が一杯よとアピールしてみる。
だが、相手は不満そうだ。

「でもよ、門番どもなんてその何倍食ってんだっていうくらい良く食うぜ?」

「・・・その分、よく動いているからじゃないかしら」

「あーそうかもしんねぇけど・・サボってばっかのくせして、ただ飯ぐらいなんだ。あんな奴らを腹いっぱい食わせるくらいなら、あんたにもっと食べてもらいたいぜ」

不満そうだった顔に、怒りが混じってくる。
いつもながら門番なのに門におらず、勝手ばかりする双子に手を焼かされている身としては、そう言いたくもなるのだろう。
一生懸命家庭のために働いているのに、宿題やら、果ては授業やらをさぼって遊んでばかりの家族を叱るような。
ここはマフィアの本拠地だというのに、そんなほのぼのした思いを感じさせてくれる。
思わずくすくすと笑っていると急に左右から手が伸びてきて、オレンジ色ではない普通のお菓子が、一つずつ握られて背後に消えていった。
振り向けば、赤と青のキラキラとした瞳が間近でこちらを見ていた。

「ディー、ダム!」

「お姉さんだよね?随分小さいけど」

「僕にもそう見えるけどね、兄弟」

驚いて名前を呼べば、覗き込むように見られる。
自分たちだって子どもの姿をしているくせにと思うが、近づけば今では自分のほうが小さくなってしまったのだと分かった。

「ええ、そうよ。久しぶりね、二人とも」

しげしげと見られて少しばかり居心地の悪い思いをしていると、突然銃声が響いた。
見れば、エリオットが立ち上がって銃を構えている。
撃たれた方は、身をかがめてやり過ごしたようだが、黙っているわけも無い。

「っぶないな!いきなり何するんだよ、この馬鹿うさぎ!!」

「そうだよ、お姉さんに当たったらどうするんだよ、ひよこうさぎ!!」

アリスの両脇で、切れた双子の怒鳴り声が炸裂する。
構えられた斧はエリオットに向けられているのだろうが、距離的にはアリスの顔の方が断然近い。

「あ、あの二人とも・・」

「うるせえ!それよりお前らは今仕事中だろうが、何でここにいんだよっ」

近すぎる斧から離れたくとも双子は席の両側に立っていて、椅子から降りることすら危ない。
怒りを抑えて欲しくてかける声も、エリオットの声にかき消される。
今までにも何度も繰り返されたやり取りで、この先の展開も分かっている。
そして何度も巻き込まれた身としては、心底この場から逃げたくて仕方が無かった。
顔さえ不用意に動かせない状態で、事態はもちろんお決まりの方向へと進んでいく。
双子の斧が左右で閃いて、テーブルの上から器用にオレンジの物体だけはね飛ばしていく。
もちろん、彼らの上司たるボスの手前、食器には傷一つ付けていない。
そして、怒り狂ったエリオットの銃が続けざまに火を噴く。
銃弾を弾き返す斧の甲高い金属音、度重なる銃声。
耳が痛い。
もはや、お茶会を楽しむ余裕はどこにもない。
少し・・いやかなり無作法だとは思ったが、この場にじっとし続けるのは限界だった。

「ちょっと、失礼するわねブラッド」

オレンジの物体が吹き飛ばされていくことにはもちろん、何も言わずひたすら紅茶を飲んでいる相手に、一言断りを入れてから、アリスは身を縮めて椅子の足元へと潜り込んだ。
左右から出られないのだから仕方が無いとはいえ、余りにもはしたない。
子どもの姿だから出来たとも言える。
テーブルの下で一息ついて、さて安全な辺りから這い出ようと思った、その腰にするりと何かが巻きついて来る。

「え?・・は?あなたまで、何してるのよ」

振り向けば、椅子から降りて身をかがめて、こちらを覗き込む男の影。
帽子は外しているが、さすがに窮屈そうだ。
だというのに、にやりと笑って伸ばした腕で引き寄せようとする。

「ちょっと!離してよ。自分で出るわ」

「まあ、そう言わずに」

反論する間にも腰を両手で押さえられて、背後に引きずられる。
そのままテーブルの下から引きずり出されて、気がつけばブラッドの膝の上に座らされている。

「ふむ。小さくても、抱き心地は良いな」

左腕でがっちりホールドしたまま、何事も無かったかのようにまた紅茶を飲み始める相手に、白い目を向ける。

「自分で言うのもなんだけど、あんたってロリコンの気もあるのね。この変態」

「さすがに子どもに手を出すほど飢えてはいないさ、お嬢さん」

「なら尚更こんなことする意味無いでしょう、今すぐ下ろしてよ!」

「・・意味ならある」

「?・・・ちょっと、何・・」

紅茶が入ったカップを下ろした右手が頭の上に乗せられる。
一体何をしようとするのかと身じろぎすれば、回された左腕に力が入って諌められる。

「ああ、これなら悪くないな」

「一体、何を言って・・」

不意に頭を撫でられて、言い出しかけた言葉をびっくりして飲み込んでしまう。
びくっとしたのが伝わったのか、頭上からは笑い声が降ってきた。

「だから、いきなり何なのよ、もう!」

自分の耳が熱いのが分かる。
マフィアのボスなんかに膝抱っこされて、頭を撫でられているとかいう異常事態。
逃げ出せずにいる、まるで拷問だ。
エリオットや双子はまだやり合っているようだが、助けを求めようにも少し離れてしまったらしくて、その喧騒は遠い。
必死になればなるほど、体温は上がっていく。

「・・・これが予行演習なら、まったく悪くない」

膝の上の心地よい熱量。
ブラッドは常に無く、機嫌よく笑った。





◆アトガキ



2013.6.12



前回から約3ヶ月も経ってしまいまして、
誠にお待たせして申し訳ありませんでした。
ジョーカーの檻から抜け出て、まだこちら帽子屋屋敷です。
というか、それまでも屋敷内にはいたけれど意識が無いという状態だったので、
まだというかやっと、というべきか。

と、いうわけでブラッド度高めでお送りしました。
自分の子ども的紹介を部下にしてみたり、子どもが出来たらとかいう妄想に浸らせてみたりしました。
が、この変態めと言いたくなるような出来に。
とはいえ、さすがに見た目が子どもなので、セクシャルな感じよりは甘めです。
ほら、そうしないとブラッドがロリコンになっちゃいますし、ね。
・・・ロリコンも、問題なくいけそうなところが怖いですが。
でもセクシャル抜きで子どもアリスと関わらせると、
ブラッドは意外にもどんどんパパモードになっていくんですが。
どうでしょう、これ。
いいんでしょうか・・・・。

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