Nightingale doesn't have a Dream of Our Lady's tears.


戻っておいでと君がなくから。 *11





屋敷の大きな門には、珍しく門番の双子はいなかった。
以前は門にいることが珍しかったのに、最近は訪問客が多いと自主的に働きづめにしていたので褒美として長めの休憩を取らせたんだったかと頭の隅でぼんやりと思い出す。
本当に訪問客が多いのかは良く分からなかったけれどその訪問客とやらが本当の客では無いことぐらいもうアリスにも分かってはいたし、エリオットにも出した指示を思えば、彼らの仕事内容も評価すべきで。
アリスのためにと仕事嫌いだった彼らがちゃんと門番をしてくれていることに内心感激をして、たまには遊園地に遊びに行きなさいよとその背を送り出したのは数時間帯前だっただろうか。
今頃、ボリスとはしゃいでいるかもしれない。

「・・・あ」

門の向こうから人影が近づいてくる。
黒い頭の小柄な相手の姿に、無事が確認できてほっとする。
胸元に平べったくも分厚そうな茶色い紙袋を、少し重そうに抱えている。
近づく相手の顔が、不自然に歪んだ。

「・・・・っ」

何故か道の向こうから全力で走ってきた相手は、ずっと走ってきたかのように荒い息をして頬を淡く朱に染めている。
何かあったのだろうかと門の外へ一歩踏み出せば、その後を少し遅れるように付き添いだろうか、屋敷の使用人が見えた。
不意に、感じた違和感。
アリスがその使用人の姿を目にしたのと同時に、走り寄ってきた少年が苦しそうな息の合間に咎めるような声を出す。

「・・・な、んだよっ・・こいつが、あんたが怪我したっていうから」

「・・・え」

違和感が確信に変わる。
アリスは門を飛び出して、走る勢いを弱めた黒髪の相手に駆け寄ろうと手を伸ばした。
後ろを走る使用人の姿をした男性が、懐に手を差し入れるのが分かった。
自分が気付いたように、相手もまたこちらが勘付いたことを知ったのだ。
屋敷の使用人は、銃を腰元のホルダーに差しているのにそれが無かった。
何より、近づくその顔はアリスの記憶にはないものだ。
突然走ってきたアリスに、少年の顔が小さく戸惑う。
背後から、どこからか護衛としてついてきていたのだろう、屋敷の者の静止の声が聞こえるもアリスは止まることは無かった。

必死の形相をしているのだろう、アリスの顔に何かを感じて少年が振り返ろうとする。

男の腕が懐から抜かれる。
手に持っているのは黒光りする、銃。

手を伸ばす。

『今度こそ・・・――っ』


時の流れが、相手の動きが、やけにスローモーションに感じた。
ゆっくりと背後を振り向こうとする少年に、限界まで腕を伸ばす。
使用人の姿をした相手が、こちらの動きに表情を歪ませてその指を引き金に伸ばす。

早く、速く・・、間に合って。
・・・・お願い、だから・・・



ガゥンッ



鼓膜を叩く音が。
衝撃が。

風に揺れる黒髪が。
青い空が。



急激に動き出した周囲と、音を拾い出した耳に何を考える間もなく。
青空に舞った鮮紅を、瞳が捉えたのを最期に。


視界が暗転した。


--------------+*


「・・さん、お嬢さん・・・アリス」

ゆさゆさと揺すぶられる感覚。
瞼は重くて、耳に聴こえる低音は心地よく。
また瞳を閉じようとした。

「・・・・やれやれ」

呆れたような声と、吐息が近づく。
瞼の向こうの淡い光が何かに遮られて・・・瞼に触れる柔らかな感触。
驚いて、パチと瞬きをした。

「・・やっとお目覚めかな。おはよう、お嬢さん?」

呆れた、でも柔らかく細められた瞳。
悪戯が成功したことを喜ぶように小さく弧を描くその口元。
ちょっと凝視をしてしまっていたらまたぐっと近づいてきたそれに、アリスは今度こそ目を覚まして慌てて後ろ手をついて上半身を起こし、そのままずりずりと少し後ずさった。

「な、・・にしてんのよあんた!」

「目覚めのキスと言ったら、これだろう?」

「何しれっと当然のようにセクハラしてんのよ」

まくしたてれば、相手の瞳が少し驚いたように丸くなった。
・・・あれ?
良く分からないが、そんなに変なことを言ったつもりはない。
小さい違和感に、アリスが首を傾げようとした瞬間。

「ちょ・・やっ」

「・・・まさか」

「急に、なにっ!!下してちょうだい!!・・っ」

急に不機嫌な顔になった相手に、軽々と抱きかかえられてアリスは焦った。
が、間近で見下ろしてくる相手の威圧感たっぷりな瞳に、口を閉ざす。
何がそんなに気に食わなかったのだろう。
別段、いつも通りのやりとりだったような気がするのに。
・・・・・?
・・・・・・・いつも通り?

「寝過ぎて脳が溶けたという話はまだ聞いたことは無かったが」

「・・・何?」

「・・・まさか、本当に忘れた訳では無いだろう・・?」

何を、言っているのだろう。
自分が何を忘れてしまったというのか。
だが、口を噤む時が過ぎればすぎるほど、相手から放たれる威圧感は増して不穏なオーラが漂い始める。
視線を彷徨わせれば、辺りは目に優しい広い草原が広がっていて、ああまた屋敷の裏手の原で寝てしまっていたのだな、と思った。

「・・・・・」

何となく、大事なことを忘れているような気がする。
大切なこと、忘れちゃいけないような出来事。
こんな風景、前にも見たことがあるような・・・。

「聞いているのかお嬢さん」

「あ、・・・あ、ごめんなさ・・」

慌ててまた見上げた瞳は、不機嫌そのものに細められている。
アリスを抱えたまま、ブラッドは歩き出した。
屋敷からわざわざ迎えに来たのだろうか。
・・・一人で。
少しだけ温かくなった胸が、次に降ってきた言葉にサァッと冷える。

「どうやら君には再教育をしなければならないようだな」

「は?・・再教育って何よ」

不穏な上に、怪しい響きしか感じられなくて降りようともがくアリスを難なく封じ込め、ブラッドはちらとこちらを見下ろす。
その間も、歩みを止める気配は無い。

「夫になる男を前にしてセクハラなどとのたまう上に、上の空だ。式を挙げる前に、早速浮気の心配をしなければならないとはな」

「は・え、え?」

もうアリスには、ついていけないも同然の会話を当然のように続ける相手に、アリスは抵抗も忘れてポカンと見上げた。

「・・は、夫?」

「・・・・」

「誰が・・?」

「私以外に居るのか」

周囲をブリザードが吹き荒れた。
いつの間にか屋敷の廊下を歩いていた。
視界の端にそういえばいたような気がしていた、廊下を行き来する使用人がボスの不機嫌を察知してさーっといなくなる。

いない、と言える状態ではなかったが、あんたな訳も無いでしょうと叫びたい気持ちは無理やり飲み込む。
言ったら最後、何をされるか分かったもんじゃない。
でも、と、いうことは。

「えっと・・・」

いつの間に、自分はそんなあり得ない出来事に巻き込まれていたのだろう。
ブラッドを夫に?
いつ、そんな空恐ろしい話にオッケーなど出したのだろうか。
出すわけが無いと思いながらも、最近の出来事が何故かすっぱりさっぱり消えていて、どうにも反論もし切れない。
オッケーですって?したのか、この自分が・・?
アリスの目は盛大に泳ぐ。

「・・・なるほど」

気が付けば、ブラッドの部屋についていた。
さすがにもうこの先の展開が読めて、再び暴れ出すも先ほどよりガッチリ抱え込んでくる腕は離れる気配は無い。

「やはり再教育が必要なようだな」

「そんな必要ないわよ、離してちょうだいっ」

「君が素直に物を言えるようになるまで、じっくり教え込んでやろう」

「やっ・・」

ガクンと揺れた視界は、背中に当たるマットレスの柔らかさに優しく受け止められるも、身体を起こす隙さえ与えずにのしかかってくる相手に更に沈み込んでしまう。
ギシリと、重みに鳴くその音がやけに部屋に響いて鼓膜を震わす。
動揺に揺れた肩を宥めるように包む大きな手のひらが、有無を言わさぬ力でアリスをベッドに縫い付けた。

「何しろ時間はたっぷりある。覚悟するんだな・・・アリス」

暗がりの中で、碧い瞳がゆったりと細められた。





-------------- End ?







「それにしても本当に、人が良いよなー」

「・・・・・・・」

カチカチカチ、カチャリ

「俺だったら無理だぜ」

奪っちゃうかも、と明るい晴れ間の様な笑みを浮かべて赤い騎士の服装をした男がカラカラと笑う。

「・・・・・・・」

そちらの方は見向きもせずに、部屋の机に座り同じ姿勢を取り続ける男は押し黙っていた。

「だって好きなのに指くわえてみてるだけなんて、つまらないじゃないか」

カチャリ・・カチャン

「・・・・何が言いたい」

眼鏡の奥で殊更静かな青い瞳が、すいと動く。
その青い瞳を受け止めた赤い瞳が、笑みの形だけ象って細められる。

「いやー、実に健気だなって」

「・・・・・・ふん」

くだらないことを聞いたと、また作業を再開しようとした男にまた声が届く。

「でももう少し遅かったら、・・・我慢しきれなかったかも」

部品を抑えていた男の手が僅かに揺れて、穴を外れた工具の先が滑って耳障りな音をたてた。
その様子を赤い瞳がじっと見つめている。

「分かってるだろ」

「・・・・何の話だ」

遮るように垂らされた長い髪の隙間から、相手の視線を感じて眉間にしわがよる。

「・・・・ユリウスだけが貧乏くじ引くなんて、割に合わないじゃないか」

まあ、そんなところが実にユリウスらしいけど、と腕を組んで壁に寄り掛かる相手はまた声だけで笑う。
弧を描く口元が、笑みを纏う声が、呪詛のような言葉を紡ぐ。

「想いを寄せる相手が自分の元では無いにしろ、この世界に残ってくれて仄暗い喜びを感じていた矢先に相手が死んでしまって」

「・・・黙れ」

「でも幸か不幸かこの世界の住人になってしまった彼女は時計になって、自分の手元に戻ってきて」

「黙れっ・・!!」

「喜ぶべきか迷いながら、それでもまた彼女に会える喜びをひた隠しにしつつ、恋敵の、しかももう少しで直せる予定の役持ちの時計を放置して、彼女の時計を直しちゃったりなんかしてさ」

ブンッと飛んできたスパナを余裕の笑みでかわす。

「しかも一緒のタイミングになるように色々工作してあげたりなんかして、同時に直してあげるなんて本当に純粋で一途、だよな」

「っっ!!」

ユリウスの顔が羞恥ではなく怒りに赤く染まるのを、ペラペラと話していたエースは面白いものを見たとにやにやとその顔を歪めた。

「でも、」

その顔から、一瞬にしてすべての表情がそぎ落とされる。

「いくら何でも時間をかけ過ぎだろ。もしこれでユリウスがペナルティを課せられるくらいなら、俺が殺しに行く」

「やめろ」

分かっている。
相手が何を言いたいのか、そんなことは。

「・・やめてくれ」

懇願するように項垂れたユリウスの頭を見て、赤い瞳は一瞬閉じられてまた開く。
溜息と共に、そんな相手から瞳は逸らされた。
部屋を見るともなしに眺めながら、エースは小さく後ろ頭をかいた。

「・・・・アリスには会わないのか?」

「・・・・・」

「・・悪かったって。まあ、今回はそうならなくって良かったなって話」

ユリウスが避けようときっとまた、アリスはここを訪ねてくるだろう。
・・・彼女が変わらない限り。


何事も無かったかのようにこの世界は巡り続ける。


それが、この世界の“ルール”。




--------------+** End **



◆アトガキ



2014.8.27



またも、ブラアリで暗めネタ長編、でした。
去年からずっと書き溜めていて、終わり方も見えていたのになかなか形に出来ずにまさかこんな遅くになってしまうとは・・・。

ユリウスも、さすがに中身同じタイミングで時計を直せる技は持って無さそうだと思いながらも、無理やりそんな方向へ持っていっちゃいました。
まだまだ、ハトアリは設定に謎が残るゲームですね。
(・・・実はまだTwinを手に入れてないという・・)

最近はTOVばかり書いていたのでハトアリの感覚が鈍っていて、最後の方はなんだかチグハグかもしれませんすいません。
TOVばかり増えていく中、サーチからハトアリを見に来られる方もいるようで嬉しいやら申し訳ないやらです。

また再熱する日がくるかもしれないし、ちょっと分からない感じですが、これからも楽しんでいただければと思います。


【アナザーエンドverの入り口がどこかにあります】
最初はそちらの終わり方で考えていたのですが、正直何だか展開が無理やり(今も十分、無理やりなんですが)なので、アナザーということでこっそり隠してしまいました。

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