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一
「今日はみんな、何だかよく分からないけれど、集まってくれて嬉しいわ。ちょうど、みんなにあげたいと思っていたものがあるのよ。・・受け取ってくれるかしら」
何だなんだと集まってくるみんなの、その目線を気にしないようにしながら、笑顔で話し出すが、最後はちょっと自信がなくなってきて、ついつい疑問形になってしまった。
「大丈夫ですよ、アリス。あなたからの贈り物なんて、もったいなくて誰にもあげずに僕が全部もらいたいぐらいですが、万が一受け取らない輩なんていたら、僕がきちんと撃ち殺しますから」
腕の中の白いうさぎが、きらきらした宝石のような赤い目をアリスに向けて、何やら物騒なことを言ってくる。
アリスは、安心感だけ受け取って、物騒な言葉は聞かなかったことにした。
「白ウサギと同じ意見なんて気持ち悪いけど、受け取らないわけが無いよね、兄弟」
「そうそう。タダな上に、お姉さんからの贈り物なんて、最高だよね、兄弟」
ピアスを追っていたのを置いてきて、双子がささっと寄ってきた。
期待のこもった目で、アリスの方を見上げてくる。
ペーターを抱えているので、袋がうまく開けられないのを、隣に来たボリスが手伝って、アリスは袋の中から、青と赤のストライプの袋を二つ取り出した。
「はい。これがあなたたちのよ」
袋は同じだが、リボンは赤と青で分かれている。
それぞれを受け取ったディーとダムは、さっそくリボンをほどいて中を覗き込む。
「飴かな?兄弟」
「ラムネかな?兄弟」
「バスボムよ」
二人が取り出したのは、一見お菓子のパッケージに見えた。
ディーが取り出した方には、赤地に青のドットが入っている、少し大きめな飴玉のようなバスボムで、ダムが取り出したのは青地に赤いマーブル模様のついた、ラムネのような形のバスボムだった。
「泡と一緒に星も出てくるから、二人で使って楽しんでね」
星というのは、そのもの星ではないが、中からきらきらした粉が出てくるのだ。
青と赤が溶けた紫色になった水の中、泡の合間にきらきらと光る様子は、雲間に覗く星のようできれいに出来たアリスは、とても嬉しかった。
ありがとうと素直にお礼を言う双子は、ボリスと話はじめる。
ボリスは先に受け取っていたプレゼント見せたようで、3人で楽しげにしている様子を見て、アリスも嬉しくなる。
そんなアリスの傍に、いじめっこから解放されたピアスが、おずおずと近寄ってきた。
「アリス・・・俺のも・・ある?」
「もちろんあなたのもあるわよ、ピアス」
自分はこの集まりに呼ばれていなかったと思っているピアスは、自分の分のプレゼントは用意されていないかもしれないと、不安そうに聞いてくる。
アリスは、急いで袋の中を探って、茶色の包装紙で包まれた、平べったい円柱形の形をしたプレゼントを取り出した。
「はい、どうぞ」
おそるおそる受け取って、クリスマスカラーのリボンを解いて、中を覗いたピアスの目が嬉しそうに輝く。
「おいしそうなチーズだ!!ありがとうアリス!」
「・・・ピアス、それはチーズじゃないから食べちゃダメよ?」
匂いで気付かないわけがないだろうとは思っていたのだが、万が一気付かずに食べてしまったら大変なので、アリスは慌てて補足した。
ピアスは本気で気付いていなかったようで、きょとんとした顔で、アリスと手の中の包装紙に包まれたチーズ色の塊を交互に見ている。
「チーズは、そんな香りはしないでしょう?」
「でっ、でも美味しそうな匂いがするよ??」
アリスはどうしても、チーズの匂いがするお風呂には入りたいとは思えず、悩んだ結果、色はチーズだが香りはカスタードクリームにしたのだ。
だから、美味しそうなのは確かだった。
「カスタードクリームの香りをつけただけだから、絶っ対に食べちゃダメよ!」
何とかバスボムだからと納得させれば、ピアスは、綺麗好きでお風呂も好きだから嬉しいと笑って、誰にも取られないようにと、大切に腕の中に抱え込んだ。
「アリスっ!本当にありがとう!!ねっ、お礼にチューしてもいい??」
瞬間、腕の中のうさぎから睨まれて、ピアスは飛び上がって、近くに立っていたグレイの後ろに隠れた。
「グレイ。これ、よければ」
「ああ、ありがとう」
灰色地に金色の星柄の入った袋の中には、銀色のリボンが首に巻かれた白い猫の形のバスボムと、同じリボンが首元に巻かれた黄緑色の小鳥のバスボム、そしてクリーム色の粉の入った袋が入っている。
グレイの横に立っているユリウスにも、深い青色がグラデーションになっている、円柱形のコーヒー缶のようなプレゼントを渡す。
中には、薄青いコーヒー豆の形をした小粒の入浴剤と、角砂糖くらいの大きさの、茶色と白の入浴剤が入っている。
「二人とも、肩こりによく効く薬用成分が入っているから、ゆっくりつかってね」
仕事中毒のような二人には、とにかく癒しと安らぎと、こりをほぐす薬用成分を入れなければと、考えた末に作ってみた。
匂いは特に作らず、配合したハーブの香りそのままだ。
寒い冬の領土だから、血行促進の効能も混ぜてみた。
「・・・その説明を聞いていると、トカゲみたいだぞ」
「何を意味が分からないことを言っているんだ、時計屋」
グレイは本当に、どこが自分に似ているのか分かっていないらしい。
常から、上司の食事に体に良さそうなものを色々と混ぜ込み、結果とんでもない代物を作り出していることには、思い当たらないらしい。
「かぶれたり、変なことにはならないわ。確認したし、自分でも試してみたもの」
アリスは苦笑して、ユリウスのさす、グレイのことには触れずに言葉を返した。
「アリス!私にはないのかっ」
見上げれば、部下が先にプレゼントを受け取ったのに慌てたように、ナイトメアが子どものように自分の存在を主張している。
「あなたには、後で室内に戻ったら渡すから・・・」
「嫌だ!今、もらいたいんだっ」
「・・ナイトメア様・・」
グレイは額に手を当てて、呆れたようにため息をついた。
駄々をこねるナイトメアの横から、エリオットが顔を出した。
「おーい。俺が受け取るからさ、投げてくれよ」
「そうね・・でも上まで届くか自信がないわ」
「貸してくれ、アリス。俺が投げよう」
手を差し出すグレイに、じゃあお願いね、とオレンジ色の包みとうす紫色の包みを手渡す。
グレイは頷いてアリスから包みを受け取り、上を見上げてエリオットとの距離を確認する。
「行くぞ、三月ウサギ。しっかり受け取れよ」
「おう」
真っ直ぐに上に上げられた二つの包みは、二階から腕を伸ばしたエリオットの大きな手に、危なげなくキャッチされた。
ほらよ、と言ってエリオットは薄紫色の包みを、隣で様子を見守っていたナイトメアに手渡す。
うきうきと中身を覗いたナイトメアが、愕然とした声をあげた。
「なっ何で私はタオルなんだ!みんな、入浴剤をもらっているんじゃないのか?!」
「・・・タオルの中に石鹸が入っているわよ」
「何で石鹸一つなんだ!」
上からみんなの様子を見ていたらしいナイトメアが、みんなはもっと色々な種類のものをもらっていたじゃないかと、拗ねたように言っている。
「だってあなた、長い間お湯に漬かってたら、あっという間に茹ってのぼせちゃうでしょう。だから石鹸にしたのよ。でもその石鹸も私が作ったのよ」
それでも気に入らない?とアリスが言えば、ぐっと詰まる声がした。
その横で、オレンジ色の包みの中から、にんじんの形をした入浴剤を取り出して、エリオットが嬉しそうな声をあげた。
「・・・やっぱり、私も入浴剤がいい!」
「アリス、ありがとうな!」
二人の声が重なって降って来る。
「お嬢さん・・・まさかあれは・・」
扉にもたれかかっていたブラッドが、頭上を見てうめくようにアリスへ話しかける。
「香りはさすがににんじんにはしてないわよ。あれは、オレンジの香りと、メロンの香り」
言えば、ブラッドは傍から見ても、心底ほっとしたようだった。
彼らの屋敷の風呂場は広くて共用で、一緒に入るという話も聞くから、香りもにんじんなんて耐えられないだろう。
色は・・・まああの広さだったら多少は薄くなるだろうから、そこは耐えてもらおうと思う。
「アリス、俺のもあるんだよな」
にこにこと笑顔で手を差し出すエースに、アリスは袋に顔を突っ込んで、底に沈んでいた、小さな手のひらに乗るほどの、四角いケースを差し出した。
あまりにも小さいことに驚きながらも、エースはぐるぐると巻かれたリボンをほどく。
中に入っているのは、薄っぺらい透明の板。
中央にうっすらと、ピンク色でハートの模様が入っている。
「・・・これも入浴剤なのか?」
持ち上げて匂いをかいでいるエースに、いいえとアリスは首を振った。
「違うわ。それは紙石鹸よ」
「ええー、何で俺も入浴剤じゃないんだよ」
「だって、あなた風呂場に辿りつけないでしょう?いつ使うのか分からないものをあげるより、もっと実用的なものの方がいいかと思ったんだけど」
「そんなことないぜ。温泉だって教えただろ?」
「・・エース。温泉に入浴剤を入れてどうする」
ユリウスは嘆息して、エースに教える。
折角の天然物の温泉に、わざわざ人工の入浴剤を入れる馬鹿がどこにいるというのだろうか。
アリスも呆れた目で見る。
「でもさー、何か俺のだけしょぼくないか?夢魔さんだってタオルついてたのに」
「あら、あなたの石鹸が入ってるそのケース。意外と高性能なのよ」
腰ぐらいまで浸かる深い川を渡るという話や、滝を落下する話を聞いていたので、水に触れては駄目になってしまう紙石鹸を贈るにあたり、防水がしっかりしていて、多少の衝撃にも耐えられるという小さなケースを頑張って探したのだ。
今回のプレゼント用意の中でも、手間がかかったプレゼントともいえる。
アリスの説明を効いて、エースははははっと笑い声をあげた。
「なるほどね。うん、じゃあこれで我慢するよ」
「そう、良かったわ」
我慢という単語は聞かなかったことにして、アリスも笑顔で答えた。
袋の中に残ったのは、二階にいるゴーランドのものと、後数個。
アリスは、ペーターのもこもこの手のひらに、赤いチェックの包みを渡した。
服も赤いチェック、部屋も赤いチェックのウサギは、感激したように包みをぎゅっと抱きしめた。
その様子が可愛らしかったが、そんな白ウサギにビバルディが声をかける。
「これ、ホワイト。お前に預けたあの荷物はどこにやったのじゃ」
「ああ、あれですか」
アリスの腕から飛び出して、途端に白い髪の青年姿になったペーターは、玄関脇においてある、大きな箱を持ってきた。
呼んだのはビバルディだったが、その箱をアリスに向かって差し出す。
戸惑いながらも受け取るアリスに、満面の笑みを浮かべる。
「素敵なプレゼントをありがとう、アリス。これはあなたへ、陛下と僕からの連名というのが気に食わないのですが、仕方が無いですね」
「あ、ありがとう」
ビバルディの方からいらっとした空気を感じつつ、笑みを浮かべたペーターに促されて、アリスはその大きな箱を開けた。
「!!すごいわ、本当にいいの?」
「もちろん、お前にあげるために作らせたのじゃ。お前が受け取らぬというのなら、投げ捨ててしまうぞ」
からかうようにビバルディが言う、その箱の中身は、大きな淡いピンクのケーキだった。
「アリス」
ケーキの入った箱を抱えるアリスに、ユリウスが控えめに声をかける。
何事かと顔を上げれば、ユリウスがモミの木を指差した。
「んじゃ、点灯式な!」
式といいつつ、エースはさっさと電飾をつけていってしまった。
店の前に大きなモミの木が、きらきらと光り輝く。
街に買い物をしにいった時にみたもの、それよりも立派でとても美しくって。
「!お姉さん?」
「どうしたの?どこか痛いの?お姉さん」
双子が顔を覗き込む。
元の世界を離れて、常識も通用しないこの世界に残ると決めたのは自分だ。
だから、元の世界の習慣なんて、望むのも自分勝手すぎると諦めていた。
今回のことだって、自分がその気でいれば、相手がちょっと違った気分でもいいかと思っていた。
勝手にサンタ気分で、プレゼント渡してしまえば、受け取ってくれればそれでいいと。
「ううん・・・ありがとう。みんながいてくれるから、この世界が好きよ」
視界がぼやけて、モミの木の飾りも光も滲んで溶ける。
その中に、赤や青やピンクや黄、黒や緑や紫、そして白。
アリスを囲むみんなの色が、混じりあう。
包み込まれたようで、アリスは泣きながら笑った。
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それからは室内に戻って、1階と2階に分かれたメンバーに、料理と焼き菓子を振舞った。
ゴーランドは、音符の形をしたバスボムと、バイオリンの絵柄の袋に入っているバスソルトを心から喜んでくれた。
喜びついでに、お礼の演奏をといって取り出したバイオリンは、周囲の顔色を一瞬にして悪くさせたが、ボリスが何とか弾かせないように説得してくれたおかげで、被害者は出なかったのが幸いだった。
その後は、ペーターとビバルディからもらったケーキをみんなで分けて、しばしの時間帯を談笑して過ごし、各領土ごとに分かれてみなは帰っていった。
最後に、片づけを申し出る律儀なグレイと、無言で勝手に片づけをし始めようとするユリウスを説得して、塔の3人を店の入り口まで見送る。
「アリス、本当にいいのか?」
「あなたたちは、ただでさえ働き過ぎだわ」
ナイトメアははしゃぎ過ぎで、グレイの背中で寝こけている。
その背中に上から毛布をかぶせて、アリスは苦笑した。
遠ざかる背中に手を振る。
曲がり角を曲がって見えなくなってから、店の中に戻って扉に鍵をしめる。
静かになった家の中は、あちらこちらにみんなのいた痕跡と、笑い声や言い合う声までが聞こえてくるようで、今はいない分、少しだけもの寂しい気持ちになる。
それでも見渡せば、二階に運んでくれた木製の椅子や、台所のテーブルの上に集められた細長いグラスのセット、ケーキの入っていた大きな箱、そして台所の窓からもよく見える、大きなモミの木が目に入る。
みんな、自分のために贈ってくれたものだ。
一方的ではなかったことが、こんなにも嬉しい。
もし、次があるのなら。
きらきらとした光と様々な色を纏うモミの木を眺めながら、アリスはぼんやりと考える。
次があるのなら、今度は招待状を書くわ、と。
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◆アトガキ
2012.12.31
クリスマス話だったのに、もはや年末。
続きを待ってくださった方、大変お待たせして申し訳ありませんでした。
まさか、こんなに長くなるつもりはなかったのですが、うまくまとめることが出来ませんでした。
ジョーカーはちょっといませんが、一応オール扱いをさせてください。
みなさまの好きなキャラは、ちゃんとかけたでしょうか。
急ぎで荒っぽい仕上がりなので、少し立って見直したときに、気になったところなどは直してしまうかと思います。
次は、全部を書けたら、一気に上げようかなとも思います。
それではみなさま、良い年末を!