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一
徐々に見えてくるその姿に、アリスはぎょっとする。
ちらちらと舞い始めた雪の中にぼんやりと、その白い髪と白いうさぎの耳がはねる。
だが、何よりも強く目に入るのは、その赤い目と赤いチェックのコート。
白い景色の中で、ペーターの鮮明な赤い瞳は、真っ直ぐにこちらを見ていて、周りの景色も、集まっている他の役持ちの一切も、映ってないかのようだった。
実際、そうなのだろう。
まだ距離があるこの時にも、彼が自分を見ているということが分かるなんて、と考えるアリスの視界に横から、別の赤い色彩が飛び出す。
「!そこをどいてください、エース君。撃ちますよ」
「はははっ。ペーターさん、来るのがだいぶ遅いぜっ」
「時がたてば立つだけ、二人の愛は深まるものなんです」
「それって、二人の愛ってのが存在する場合の話だろ!」
「僕と彼女の運命の再会を、邪魔しないでくれますか」
来て早々、飛びつこうとしたのだろうが、笑顔の騎士に阻止されて、一気に怒りゲージが振り切れたようだ。
早くも時計を銃に変えて、エースに向かって撃ち出した。
アリスの顔が青くなる。
ご近所の方とは、もうだいぶ仲良くしてもらって、良い近所づきあいをしているというのに、こんなことで銃撃戦に巻き込んではいけない。
「ちょっと!ペーターもエースも、やめてちょうだい!」
注意しようとするアリスの耳元で、風が唸る。
アリスの脇に音もなく立って、無言で流れ弾をさばくグレイは、上司が一応室内という安全圏内にいるからか、アリスのことを守ろうとしてくれているようだ。
モミの木の傍に立っていたユリウスは、腕を組んでため息をついた。
「・・・・エース」
「なんだよー、ユリウスも混ざりたいのか?」
はははっと笑うエースを、再度ユリウスが呼ぶ。
「分かった分かったって。・・だってさ、ペーターさん」
明らかに煽ってしかけたのはエースのほうだったが、剣を納めたエースと仁王立ちしているアリスを見て、ペーターも渋々と銃を時計に戻した。
ペーターの背後、道の向こうから、ひときわ鮮やかな赤いコートの女性が現れる。
「全く、何をしておるのじゃ」
つかつかと近寄ってきたビバルディは、アリスが声をかけるより早く、その高級感溢れる黒くつややかなファーの端をアリスにかけた。
「こんにちは、ビバルディ。ありがとう、でも大丈夫よ」
「そんなに赤い鼻と頬をして、何が大丈夫じゃ。周りの男どもも、これだけいて、女の体が冷えやすいことを誰も知らぬとは」
嘆かわしいは情けないわと一括して、ファーでくるんだまま、さっさと店の入り口を開けて、中にアリスを押し込んだ。
いきなりの展開と訪問者、女王の言葉に外にいた者は何も言い返せず、そのまま店の外に取り残された。
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「それで?アリス、うまく出来たのか?」
店の中に押し込めた体制のまま、ビバルディが鮮やかに微笑みながら、アリスに尋ねる。
「何を呆けておる。何やら贈り物を作っておると聞いたのだが」
違うのか?と首を傾げて聞いてくる姿は、美しい女性なのにどことなく幼さも感じられる。
きょとんとした顔をしてしまっていたアリスは、ビバルディはやっぱり美しいけれど、可愛い人だわとぼんやり見とれてしまう。
「前にアロエジェルを作ると言っておったときに、斡旋した香料の業者がいたであろう。あやつらが、またお前から仕事を請けたと言っておってたが」
女王であるわらわに嘘をついたのかと、遠い目で物騒なことを言い出すビバルディに、アリスはあわてて両手を振った。
「いいえ、その人の言ってることで、たぶん合ってるわ!」
「たぶん・・・?」
「あ、合ってるわ!贈り物を作っていたのっ」
「ほう、それで?誰に贈るつもりなのじゃ?」
やはり姉弟は姉弟だ。
まるでブラッドと同じように、艶めいた流し目と、有無を言わせずに聞きたいことを言わせる威圧感がある。
本当に、美しく物騒な姉弟だ。
「誰にっていうか・・・」
「・・・おや。ハートの女王がわざわざ、このような寒い季節になんのようだ?」
「帽子屋・・・」
階段を降りてきたブラッドが、ファーに包まれて壁に押し付けられたアリスと、押し付けている女王のことを交互に見遣る。
その口元は、実におかしいものを見たというように、皮肉げに歪められていた。
ビバルディは、一気に不機嫌になった。
「お前には関係なかろう。さっさと外にでも出て、他の男共と一緒に帰るがいい」
「あなたに指図される、いわれは無いな」
そういって、また一歩ブラッドは二人に近づく。
ビバルディの腕の中で、アリスはどうするべきか迷っていた。
二人は姉弟だが、その扱いができるのは、あの秘密の薔薇園でのみだけだ。
外ではこんな風に不機嫌になる。
きっとブラッドはブラッドで、最初から気になっていた、アリスから香った紅茶の香りについて聞きたがるだろうし、聞くまでは決して帰らないだろう。
ビバルディはビバルディで、贈り物を誰に贈るのか聞き出すまで、こちらもおそらく帰らない。
そんなところもそっくりだ。
「・・・そうだわ」
それだったら、このタイミングで贈り物を渡してしまおう。
訪ねに行く予定だったみんなが、何故だか集まってくれたのだ。
多少ギスギスしてはいるが、この際このまま、クリスマスパーティになだれ込ませてしまえばいい。
そして、みんなにもプレゼントを渡せば、万事解決だ。
「二人とも、ちょっとここで待っていてちょうだい」
訝しげな二人を手で押しとどめて、作業室の中に入る。
ビバルディとブラッドのプレゼントは、中身が少し似通っているから、一緒のタイミングで包んだはずだ。
だとしたら最後にブラッドを包んだから、端の袋の上の方に。
「あったわ」
二つの包みを手にとって振り返れば、そこには意味深な笑みを浮かべた、二人の領主。
「え?二人ともいつのまに・・・」
ともかくも、プレゼントは見つかったのだ。
作業室から出て渡そうと、部屋から出るよう促すが、二人とも笑みを浮かべたまま動かない。
「どうしたの、二人とも・・?」
「アリス。それはわらわへの贈り物かえ?」
「ええ、こっちがそうよ」
戸惑いながらも、伸ばされた赤い爪が美しいビバルディの手に、レースと薔薇模様のリボンがかかった赤い箱を渡そうとすれば、箱ではなく手首ごと引き寄せられる。
「ほんに、お前は可愛いこ」
その横に立つブラッドは不敵な笑みを浮かべたまま、不意にその手の中にあるステッキに、もう片方の手をかざした。
シルクハットの飾りの下で、クリスタルが輝きだす。
と、部屋のあちこちから、シュルリシュルリと得体の知れない音が聞こえてきた。
慌てて見回すアリスの視界に、ありえないものが映る。
「な、なんで・・・!?」
椅子の下、壁と棚の隙間、机の裏から次々と伸びてくる、緑色の蔦。
棘のあるそれは、目の前に立つ二人が同じく好む、赤い薔薇のもの。
驚いて大声を上げようとするアリスの口は、優雅で美しい手に覆われた。
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「・・・む」
「ん?どうかしたのか、ナイトメア」
二階でエリオットが入れてくれた紅茶を飲んで、毛布に包まっていたナイトメアが、不意に小さく唸る。
壁によりかかって座っていたエリオットは、にんじん料理の話を中断させて、ナイトメアの方を向いた。
青ざめた顔がしかめられて、その視線は階下を、階段ではなく真下の辺りを睨んでいる。
「なんだ?腹でも痛いのか?」
「・・・いや、腹は痛くない」
ちょっと考えて、まあ大事にはならないだろうと夢魔は判断する。
「そうか?ならいいけどよ。それにしてもアリスの料理は、にんじん料理にも負けず劣らず美味いぜ!」
「・・・そ、そうか」
エリオットのにんじん料理好きには、さすがにナイトメアも呆れた声を出す。
彼女に聞かせれば、おそらく苦笑するだろう。
これも食べてみろよ!と、にんじん色のお菓子を進めてくるエリオットを、のらりくらりとかわしながら、ナイトメアは階下の様子を伺っていた。