Wishing for all the times.


...7





徐々に見えてくるその姿に、アリスはぎょっとする。
ちらちらと舞い始めた雪の中にぼんやりと、その白い髪と白いうさぎの耳がはねる。
だが、何よりも強く目に入るのは、その赤い目と赤いチェックのコート。
白い景色の中で、ペーターの鮮明な赤い瞳は、真っ直ぐにこちらを見ていて、周りの景色も、集まっている他の役持ちの一切も、映ってないかのようだった。
実際、そうなのだろう。
まだ距離があるこの時にも、彼が自分を見ているということが分かるなんて、と考えるアリスの視界に横から、別の赤い色彩が飛び出す。

「!そこをどいてください、エース君。撃ちますよ」

「はははっ。ペーターさん、来るのがだいぶ遅いぜっ」

「時がたてば立つだけ、二人の愛は深まるものなんです」

「それって、二人の愛ってのが存在する場合の話だろ!」

「僕と彼女の運命の再会を、邪魔しないでくれますか」

来て早々、飛びつこうとしたのだろうが、笑顔の騎士に阻止されて、一気に怒りゲージが振り切れたようだ。
早くも時計を銃に変えて、エースに向かって撃ち出した。
アリスの顔が青くなる。
ご近所の方とは、もうだいぶ仲良くしてもらって、良い近所づきあいをしているというのに、こんなことで銃撃戦に巻き込んではいけない。

「ちょっと!ペーターもエースも、やめてちょうだい!」

注意しようとするアリスの耳元で、風が唸る。
アリスの脇に音もなく立って、無言で流れ弾をさばくグレイは、上司が一応室内という安全圏内にいるからか、アリスのことを守ろうとしてくれているようだ。
モミの木の傍に立っていたユリウスは、腕を組んでため息をついた。

「・・・・エース」

「なんだよー、ユリウスも混ざりたいのか?」

はははっと笑うエースを、再度ユリウスが呼ぶ。

「分かった分かったって。・・だってさ、ペーターさん」

明らかに煽ってしかけたのはエースのほうだったが、剣を納めたエースと仁王立ちしているアリスを見て、ペーターも渋々と銃を時計に戻した。
ペーターの背後、道の向こうから、ひときわ鮮やかな赤いコートの女性が現れる。

「全く、何をしておるのじゃ」

つかつかと近寄ってきたビバルディは、アリスが声をかけるより早く、その高級感溢れる黒くつややかなファーの端をアリスにかけた。

「こんにちは、ビバルディ。ありがとう、でも大丈夫よ」

「そんなに赤い鼻と頬をして、何が大丈夫じゃ。周りの男どもも、これだけいて、女の体が冷えやすいことを誰も知らぬとは」

嘆かわしいは情けないわと一括して、ファーでくるんだまま、さっさと店の入り口を開けて、中にアリスを押し込んだ。
いきなりの展開と訪問者、女王の言葉に外にいた者は何も言い返せず、そのまま店の外に取り残された。


----+--+**

「それで?アリス、うまく出来たのか?」

店の中に押し込めた体制のまま、ビバルディが鮮やかに微笑みながら、アリスに尋ねる。

「何を呆けておる。何やら贈り物を作っておると聞いたのだが」

違うのか?と首を傾げて聞いてくる姿は、美しい女性なのにどことなく幼さも感じられる。
きょとんとした顔をしてしまっていたアリスは、ビバルディはやっぱり美しいけれど、可愛い人だわとぼんやり見とれてしまう。

「前にアロエジェルを作ると言っておったときに、斡旋した香料の業者がいたであろう。あやつらが、またお前から仕事を請けたと言っておってたが」

女王であるわらわに嘘をついたのかと、遠い目で物騒なことを言い出すビバルディに、アリスはあわてて両手を振った。

「いいえ、その人の言ってることで、たぶん合ってるわ!」

「たぶん・・・?」

「あ、合ってるわ!贈り物を作っていたのっ」

「ほう、それで?誰に贈るつもりなのじゃ?」

やはり姉弟は姉弟だ。
まるでブラッドと同じように、艶めいた流し目と、有無を言わせずに聞きたいことを言わせる威圧感がある。
本当に、美しく物騒な姉弟だ。

「誰にっていうか・・・」

「・・・おや。ハートの女王がわざわざ、このような寒い季節になんのようだ?」

「帽子屋・・・」

階段を降りてきたブラッドが、ファーに包まれて壁に押し付けられたアリスと、押し付けている女王のことを交互に見遣る。
その口元は、実におかしいものを見たというように、皮肉げに歪められていた。
ビバルディは、一気に不機嫌になった。

「お前には関係なかろう。さっさと外にでも出て、他の男共と一緒に帰るがいい」

「あなたに指図される、いわれは無いな」

そういって、また一歩ブラッドは二人に近づく。
ビバルディの腕の中で、アリスはどうするべきか迷っていた。
二人は姉弟だが、その扱いができるのは、あの秘密の薔薇園でのみだけだ。
外ではこんな風に不機嫌になる。
きっとブラッドはブラッドで、最初から気になっていた、アリスから香った紅茶の香りについて聞きたがるだろうし、聞くまでは決して帰らないだろう。
ビバルディはビバルディで、贈り物を誰に贈るのか聞き出すまで、こちらもおそらく帰らない。
そんなところもそっくりだ。

「・・・そうだわ」

それだったら、このタイミングで贈り物を渡してしまおう。
訪ねに行く予定だったみんなが、何故だか集まってくれたのだ。
多少ギスギスしてはいるが、この際このまま、クリスマスパーティになだれ込ませてしまえばいい。
そして、みんなにもプレゼントを渡せば、万事解決だ。

「二人とも、ちょっとここで待っていてちょうだい」

訝しげな二人を手で押しとどめて、作業室の中に入る。
ビバルディとブラッドのプレゼントは、中身が少し似通っているから、一緒のタイミングで包んだはずだ。
だとしたら最後にブラッドを包んだから、端の袋の上の方に。

「あったわ」

二つの包みを手にとって振り返れば、そこには意味深な笑みを浮かべた、二人の領主。

「え?二人ともいつのまに・・・」

ともかくも、プレゼントは見つかったのだ。
作業室から出て渡そうと、部屋から出るよう促すが、二人とも笑みを浮かべたまま動かない。

「どうしたの、二人とも・・?」

「アリス。それはわらわへの贈り物かえ?」

「ええ、こっちがそうよ」

戸惑いながらも、伸ばされた赤い爪が美しいビバルディの手に、レースと薔薇模様のリボンがかかった赤い箱を渡そうとすれば、箱ではなく手首ごと引き寄せられる。

「ほんに、お前は可愛いこ」

その横に立つブラッドは不敵な笑みを浮かべたまま、不意にその手の中にあるステッキに、もう片方の手をかざした。
シルクハットの飾りの下で、クリスタルが輝きだす。
と、部屋のあちこちから、シュルリシュルリと得体の知れない音が聞こえてきた。
慌てて見回すアリスの視界に、ありえないものが映る。

「な、なんで・・・!?」

椅子の下、壁と棚の隙間、机の裏から次々と伸びてくる、緑色の蔦。
棘のあるそれは、目の前に立つ二人が同じく好む、赤い薔薇のもの。
驚いて大声を上げようとするアリスの口は、優雅で美しい手に覆われた。


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「・・・む」

「ん?どうかしたのか、ナイトメア」

二階でエリオットが入れてくれた紅茶を飲んで、毛布に包まっていたナイトメアが、不意に小さく唸る。
壁によりかかって座っていたエリオットは、にんじん料理の話を中断させて、ナイトメアの方を向いた。
青ざめた顔がしかめられて、その視線は階下を、階段ではなく真下の辺りを睨んでいる。

「なんだ?腹でも痛いのか?」

「・・・いや、腹は痛くない」

ちょっと考えて、まあ大事にはならないだろうと夢魔は判断する。

「そうか?ならいいけどよ。それにしてもアリスの料理は、にんじん料理にも負けず劣らず美味いぜ!」

「・・・そ、そうか」

エリオットのにんじん料理好きには、さすがにナイトメアも呆れた声を出す。
彼女に聞かせれば、おそらく苦笑するだろう。
これも食べてみろよ!と、にんじん色のお菓子を進めてくるエリオットを、のらりくらりとかわしながら、ナイトメアは階下の様子を伺っていた。

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