...6
一
そんな階下の様子を、料理をしながら窓から覗いていたアリスの背後で、舌打ちが聞こえる。
「なんだよ。俺らが来てるんだから、早く帰れよな」
ユリウスのことが嫌いなエリオットが、憎憎しげに吐き捨てる。
「そう言うなよ。おっこのにんじん味、いけるな」
「!だろうだろう!?あんた、分かってんな!これはな・・・」
心配そうにエリオットを見ていたアリスに、ゴーランドがウインクする。
アリスは、遊園地の二人が来てくれていて、本当に助かったと思った。
「うへ。うっかりオッサンのウインクなんて、やなもん見ちゃった」
ボリスはそうぼやきながらも、料理の腕はとめない。
おかげで、随分と料理のレパートリーが出来て、アリスが考えていたものより豪勢にすることができた。
「そういえば、なんでボリスは今日うちに来たの?」
「ん?ああ、なんか双子が遊びに行くって言ってたから、付いて来た」
笑うボリスとアリスの背後に、いつの間にかまた双子が近寄ってきている。
「あなたたちは、何で来ようと思ったの?」
「ボリスと遊ぼうと思って遊園地に行ったら話が聞こえてさ。ね、兄弟」
「うん。ひよこうさぎの馬鹿でかい声が聞こえたんだよね、兄弟」
「お前ら、仕事サボって立ち聞きしてんじゃねえよ!」
「立ち聞きじゃないよっ。馬鹿うさぎの声が馬鹿でかかったんだよ」
そうだそうだ、と双子が声を揃える。
「えっと・・エリオットは、確かブラッドが訪ねることを知って、きたのよね」
そして、無言でアリスは、優雅に紅茶を飲む男に目線を向ける。
ブラッドは、飲んでいたティーカップをソーサーに戻して、アリスに視線を返した。
「私は、私の好きなときに、好きなようにする」
「・・・どこかでまた何か聞いたんじゃないの?」
「何のことかな、お嬢さん?それとも、やっとその香りの秘密を教えてくれるのかな?」
にやりと笑うその瞳は、アリスのたてたクリスマスの計画の、少なくとも一部は知っているような気がした。
そんなに隠して用意していたわけでもないけれど、気になったのなら普通に聞いてくればいいのに、とアリスは思う。
その際に自分が素直に答えるかは、分からないが。
「そういえば、こんなに料理を作って。何かするつもりだったんだ、アリス?」
手伝っておいて、今更な質問をするボリスに、アリスは苦笑する。
と、背後の台所の窓が、外から叩かれた。
慌ててみれば、赤いコートが目に痛いエースが、窓枠に器用に乗っていた。
「ど、どうしたの?何してるのよ、危ないわ」
「あ、アリス。ちょっとこれ持っててくれないか?」
何だか分からずに受け取ったアリスと、その隣で同じように銀色のモールと電飾の端を渡されたボリスが目を見合わせる。
エースは、二人がちゃんと持ったのを確認して、そしてジャンプした。
「エっ、エース?!」
慌てて窓に身を乗り出しかけたアリスを、瞬時に大人の姿になった双子が、危なげなく支える。
エースは器用に、窓の桟から隣の家との間にある塀、そしていつの間に積み上げたのか、雪山と順に飛び移ってから地面に無事着地する。
その後には、アリスとボリスの手から伸びる、美しい3本の軌跡が残された。
「・・・で」
「これはどうしたらいいのかしら」
端っこを持つ二人が呟けば、うしろから伸びた腕が、それぞれの手からその端を奪っていく。
双子がその手に持つ鎌の柄に巻きつけて、腕を伸ばしてモミの木の上にするりと放せば、モールも電飾もリボンも、形を崩すことなくきれいに乗っかった。
「グッジョブ、双子くんたちー」
「うるさいよ、ハートの騎士」
「礼はお金でいいよ」
「私、下から見てみたいわ。今からそっちに行くわね!」
前半をつぶやいたあと、アリスは窓から下に向かって声をかける。
寒空のしたエースは笑い、グレイは頷いている。
「おい、せめて上に何か羽織ってこい」
腕を組んでいるユリウスは、目が合えば仏頂面でそんなことを言ってくる。
アリスは嬉しくてそのまま降りていきそうになったが、確実にユリウスに怒られるので、一度部屋に戻って上着を羽織る。
階段を降りるアリスの後に、当然といった顔で双子とボリスがついていった。
静かになった二階で、ブラッドは台所へ向かう。
さっきまでアリスが立っていたところにもたれて、窓から下を覗き込めば、敏感に気配を察したグレイと目が合った。
口角をあげれば、それだけグレイの目が厳しくなり、その素直な反応にブラッドは 気を良くする。
そのブラッドの背後から、エリオットとゴーランドが近づいて、両脇から下を覗き込んだ。
「へえ、こりゃすげえな」
「・・・」
顎に手を当てて、綺麗だなと感心したように眺めるゴーランドの反対側では、エリオットがちょっと面白くなさそうな顔をしている。
「エリオット。お嬢さんはとても嬉しそうだが」
気に食わない相手の贈り物で喜ぶアリスに、勝手に不満げな顔をする部下など、相手にするのも馬鹿馬鹿しいと思っていたが、まあ、あの笑顔に免じて少しくらいは 気にかけてやっていいと、ブラッドの中の気まぐれが笑う。
と、視界の端の方で、扉からへろへろと何かクリーム色の塊が出てきたのが見えた。
「お、夢魔もいたのか」
「ナイトメア、相変わらずふらふらだな」
上司をどのくらい尊敬しているかと、部下からそれくらい敬愛されているかを、ともに競い合う仲のナイトメアを、エリオットは上から見下ろした。
----+--+**
「おい、星は私がつけるぞ・・・」
「ナイトメア様っ。室内にいてくださいと言ったじゃないですか」
クリーム色の毛布に包まったナイトメアは、ふらふらしながら扉の外に一歩出た途端に、全身から血の気を引かせて、よろめく。
慌てて支えようと近づいたグレイの手から、ふらついていたのが嘘のように、さっと星を奪い取って、ナイトメアは青白い顔で笑った。
「はっはっはー。グレイー、引っかかったな」
「・・・ふらふらよ、あなた。大人しくしていた方が、いいんじゃないかしら」
冷静なアリスにきっと視線を向けて、もこもこの毛布姿のまま、ナイトメアはふわふわと宙に浮く。
「無理するなよー、夢魔さん」
呆れたボリスの声も振り切って、なんとか先端に星を差し込む。
そして得意げな顔をして、・・落下した。
「ちょっ」
「!?」
「・・・・・」
驚く面子の前で、ナイトメアの落下ががくんと止まる。
見れば、窓から身を乗り出したエリオットが、ナイトメアの腕を掴み上げていた。
「お・・エリオットじゃあ、ないか・・・」
「何やってんだよ、あんた。しまらねーな」
二階の部屋に無事に収納される姿を見て、外の若干数名がほっと胸をなでおろす。
「これで、完成かしら」
「あれ、みんなこんなところで、そろって何してるの?」
アリスの声にかぶるように、道の脇からひょっこりと、黒い帽子と丸い耳が飛び出る。
冬の領土だからか、いつもの緑色のコートの上に、淡いオレンジ色のコートと赤いマフラーを巻いているのは、眠りネズミのピアスだった。
「ピアス?」
何をしているのかと聞かれれば、言葉に詰まる。
開催する予定ではなかったけれど、クリスマスパーティみたいなもので、でもそう答えると招待状も用意してないし、ピアスは呼ばなかったみたいになってしまう。
なんて答えようと頭を回転させているアリスの横で、ピンクの旋風が走った。
両手に握るフォークとナイフによって、銀色の筋が残像として残るほど、素早い反応だった。
「ピーアースー」
「ぴっ!何でにゃんこがいるの?!怖いよーこないでにゃんこー!」
ぐるぐるとモミの木の周りを回って、ボリスの魔の手から逃れようとするピアスの前に、二人の悪魔が立ちふさがる。
「あれ、ピアスじゃないか」
「呼んでもいないのに、こんなところで何してるのさ」
大人姿の双子にじりじりと追い詰められ、反対側から飛び掛る寸前のボリスに、、ピアスは恐慌状態に陥る。
と、飛び掛ろうとしたボリスの襟首が、ひょいと掴まれる。
グレイが首を横に振っている。
あえて訳すなら、「弱いもの(小動物)いじめはよくない」といったところだろうか。
ボリスは不満そうな顔で、がっくしと肩を落とす。
だが、双子はそんな二人にも目を向けず、尚もピアスを追い詰めて鎌を取り出している。
さすがに見ていられずに、アリスが間に入り込んだ。
「二人とも、それはしまって。かわいそうでしょう」
背後でピアスが、アリスのコートをひしっと掴んだのが分かって、アリスは小さい子にするように、その頭をなでた。
「アリス、アリスっ、ありがとう!やっぱりアリスっていいな。ね、お礼にチューしてもいい?」
「えっ」
今度はアリスとピアスの間に、鎌が入り込む。
アリスはいきなり眼前に現れた鎌に、びくりと身を震わせる。
ピアスの愛情表現から逃れられたのは嬉しいが、こちらはこちらで命の危機を感じるのは致し方ない。
またも始まる、双子からの一方的なピアスいじめに、どうしたものかとアリスが頭を悩ませていると、雪道を踏みしめてこちらに一目散に駆けてくる、何者かの足音が聞こえた。