ラッキーガールになるために






サクサクサクサク。

粉雪が舞う冬の町。
クローバーの塔の麓の町中を渋面で歩くその早足が、一瞬止まりかけてくるりと方向転換した。

ガシッ

「やあ、ユリウス!来た道を戻るってことは、財布でも忘れたのか?」

「・・・・・」

こんなタイミングで修理に使う部品が無くなった事が呪わしい。
寒い上に周囲の煩わしい視線が実に鬱陶しくて、さっさと部品を買って真っ直ぐ帰る予定だったというのに。

「・・離せ」

真っ白な雪景色の中で目に痛い真っ赤なコートの相手は、からからと笑っているが肩にかけた手は外れない。

「ユリウスが外に出てるなんて珍しいな」

「・・・・今まさに外に出たことを後悔しているところだ」

はあぁと溜息をついて手を外すことを諦めれば、雪が積もった茶色の髪を揺らしてエースは笑った。




「で、お前は何の用だ」

どうやらこのまま付いてくるらしい相手に、面倒くさく思いながらも聞いてやればその赤い瞳がきょとんと瞬きをした。

「何の用って、ユリウスが呼んだんじゃないか」

「・・・それは一体、何時間帯前の話だ」

当然というように答えられても、呼び出した時間帯は忘れそうなくらい前だったはずで、その仕事は仕方が無いので少々手間はかかったが残像に任せて終わらせてしまった。
そう伝えれば、不服そうに口を尖らせる。
お前は一体いくつの子どもだ。

「不満なら、お前がさっさと来れば良かっただろう」

「これでも急いで来たんだぜ?なのに残像なんかに任せるなんてさ、ひどいぜ」

「・・・・・」

その肩と頭の上に降り積もった雪の量から、大分長い間この領土をさまよっていたことが窺われる。
大方、また雪山で遭難でもしかけたのだろう。

「で、買いものはもう終わったのか」

何も持ってないこちらの手の中を覗き込むような相手の頭を軽くはたく。
まだ買い物が終わっていないことが分かっていて聞いてくるその性質の悪さに、やっぱりあのまま方向転換をしてダッシュで塔に戻れば良かったと一瞬考えて。
・・無理だろうな。
おそらく、自分以上のダッシュをかけて追いかけてくるであろう、このふざけた男と雪の中追いかけっこなど想像するだに恐ろしい。

「えっと、確か部品を売ってるお店はあっちだったよな」

「待て待て待て」

どう見ても何の店も無い細い道を曲がっていこうとするその襟元を、反射的にガッと掴んで止める。

「ええー、前に一回見たことあるぜ。確かあっちだったはず」

「そっちじゃない。・・ああもう、勝手にうろちょろするなっ」

数歩歩けば明後日の方向に曲がろうとし、関係の無い店の中に入っていこうとする。
ああ・・さっさと買って帰りたい。

「あっ」

「・・・・・・・・今度は、何だ」

勝手についてくるならもう無視して放っておけばいい。
そう、放っておけばいいのだが・・。
ただの買い物の予定が、何故か迷子の引率に変わっていることに精神的な疲労を感じているユリウスのことなど気にもせず、エースは何かを見つけて声を上げた。
その赤い瞳が見つめている先にあるのは、お菓子作りに必要な材料や器具を取り扱っているお店で、エースは見つけた何かに向かってスタスタと歩いていってしまった。
女性の店員と女性の客しかいないその店に、エースが何の用があるのかと黙って見つめていれば、振り向いた相手が手招きをしている。

「・・・・全く、何で私が・・」

ぶつぶつと文句を言いつつも近寄れば、ユリウスの渋面を見て笑うエースが何かをこちらに見せてきた。
スチール製の円柱形の持ち手の先に、細い針金を何本か湾曲させているそれは。

「・・泡だて器が、どうかしたのか」

投げやり気味に聞いてやる。

「いやー、この前アリスが泡だて器を壊したって言っててさ」

「・・・・・」

泡だて器を?
どんな使い方をしたのやら、そうそう壊すようなものでも無いし、それより何より。

「その、この前とやらは・・一体いつの話なんだ」

「んー・・・いつだったっけなー・・さすがにもう直っちゃってるかもしれないか」

そう言いながら、手に持つ泡だて器をまじまじと見ている。
この世界ではよっぽどの壊れ方をしたものでもない限り、時間がたてば壊れたものも元通りに戻る。
何せ、狂った世界だから。
そう思いつつも、いつも塔に遊びに来るたびに何かしらの手土産を持参してくれるアリスのことを思い出す。
そういえばこの前は、甘さを抑えたフォンダンショコラとやらを持ってきた。

「・・・ふむ」

エースの手からその泡だて器を奪い取る。
意外と、軽い。
これならば、アリスのような折れそうに細い手首にもあまり負担がかからないのではないだろうか。

「・・ユリウスー・・買うのか?」

ハッとして泡だて器から顔を上げる。
自分は今、何を考えていたのか。
恐る恐る横に立っていたエースを見れば、実ににやにやと楽しげな顔をしていて自分の顔に熱が集まるのが分かった。

「仕方ないな、じゃあ、それはユリウスに譲るよ」

「なっ・・私は、買うなんて一言も・・!」

「ええ?でも、ユリウスだってお礼をするだろ?」

お礼・・・、エースの口から出るには珍しい単語だが。

「そんな怖い顔しなくても。・・・あ、自分だけもらったと思ってたんだろ?残念だったな、ユリウス」

「・・知らんっ」

はははっと笑う相手から顔を背ければ、店頭に並んでいるラッピング包装されたお茶菓子の詰め合わせが目に入った。
・・・まあ、たまにはいいかもしれないな。
隣でにやにやしているエースの脇腹にスパナを叩き込みながら、店員に泡だて器と共に焼き菓子の詰め合わせを選んで渡す。

「いって・・ひどいぜ・・あ、店員さんっ、それ可愛くラッピングしてくれよ!」

「な・・何言って」

「それでしたら、こちらのピンクにレースの柄の包装紙がありますが」

「うん、それでよろしく」

「だから、お前は何を勝手に!」

「だって、お礼だろ?そのままで渡すなんて、味気ないじゃないか」

「だからといって、あ、あんな・・」

「アリス、喜んでくれるといいな!」

「・・・・・・・・・はあ」

スパナで殴った腹いせもあるのだろう。
あれを持って街中を歩くことを考えれば憂鬱になるユリウスの暗い顔に、エースがにやにやと意地の悪い顔を見せる。
手渡された、ふんわりとリボンが結ばれたそれは可愛らしいピンク色の袋を、仕方無しに雪に濡れないように小脇に抱える。
さっさと他の買い物を済ませて、アリスの店に行って渡してしまおう。
また早足になったユリウスの後を、エースは笑みを浮かべてついていった。



「・・やってないのか」

CLOSEDの看板を見てユリウスが呟く横で、何のためらいも無くエースがベルに指を伸ばした。

ジリリリン

「・・・おい」

「んー、いると思うんだけど」

例えいたとしても店を閉めて休んでいるからには、何かそれなりの理由があるのだろうと思うが、エースはこちらからは見えもしない扉の覗き窓を、わざわざ目の上に手を添えて外から覗きこんでいる。
しばらくして、店の中で誰かが動く気配がした。
それじゃあ見えないだろうとエースの襟首を掴んで、覗き窓の前から退かせればややあって扉の向こうからアリスの声がした。

「ユリウス・・?」

「ああ。・・ゴホッ・・ちょっと手渡したいものがあって来たんだが、今大丈夫か?」

「あ、ええと・・そうね」

「・・?いや、無理にとは言わない。何か立て込んでいるならまた来る」

どことなく躊躇いがちなアリスの様子に疑問を感じつつ、手が離せないのならまた今度渡せばいいかと思う。
焼き菓子とあるが、少しくらいなら日持ちもするだろう。

「あっ・・ユリウス、待って今・・・」

ガチャと鍵を開ける音と同時に、横でじっと様子を窺っていたエースが口を開いた。



【騎士の場合】

「アーリスっ、・・外寒いんだけど」

「!!エース・・?」

にこにこしながらエースが横から口を挟み、そこでエースがいることに気が付いたのだろう、アリスの驚いたような声が聞こえる。

「お前・・」

寒いから早く開けてくれというエースの図々しさに呆れて半眼で見てしまう。
すでに開きかけた扉が微かに引き戻されようとしているのを、させまいとエースの手が高速で伸びる。
押し売りも真っ青な勢いで隙間に手と足を突っ込むエースの襟首をすかさず掴んで止める。

「んぐっ・・何だよユリウス、寒くないのか?」

「そういう問題じゃないだろう」

言い合いをしていれば、中からぶつぶつとアリスが何やら独り言を言っているのが聞こえた。
・・・色気?

「えー、俺はそんな誰にでもエロくなんかないぜっ」

馬鹿なことを言い放つ茶色の頭を後ろから殴る。
雪の降る静かな住宅地で何を言い出すのか。
そろりとまた扉が開いて、何だか脱力した顔のアリスが顔を覗かせた。

「・・・上がって頂戴」

これ以上ご近所に変な言葉を聞かせないために、というアリスの副音声が聞こえた気がした。



◆アトガキ



2014.3.8



もはや、いつの何の話か分からなくなりそうです。
いや、設定は覚えてますよ!
ちなみに、ユリウスは私個人としては扉は開けない方向でいきたかったのですが、ここで開けなかったらそれもそれで可愛そうだなと思いまして。 ←
エースは、彼が最後に言っていたとおりでございます。
ユリウスがいなかったら、門前払い決定です。
時期的に、バレンタイン&ホワイトデーを絡めてみました。
冬の町、クローバー万歳!
時計塔組ど突き漫才、通常営業。

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