ラッキーガールになるために






読んでいた雑誌をパサリと閉じる。
思い浮かぶのは各領土の役持ちたちの顔。
一人静かに頷いて、アリスは立ち上がった。


買い物から戻ったアリスは、紙袋から珈琲豆の入った袋と大量の猫缶を取り出す。
玄関の扉の内側に、珈琲豆の入った布袋を吊り下げる。
猫缶は店の棚の上段に並べ、用意しておいた張り紙を店の外側の壁の見えやすいところに貼った。

「これで取り合えず大丈夫かしら」

あの人のところには手紙を送ったし、やるべきことは・・・。

「念には、念よね」

玄関脇の電球を交換すべく、アリスはまた動き出した。



【帽子屋の場合】

「・・・・・・」

例によって例のとおり、特に用事も無いがアリスの薬屋を訪ねに来たマフィアのボスは店の数メートル前で、おもむろにその足を止めた。
獣ほどではないが、こよなく愛する紅茶たちを嗅ぎ分けるくらいには優れた嗅覚が、あるものの匂いを察知したためだった。

「ん?どうしたんだよ、ブラッド」

「・・私はこれ以上先には行けそうに無い。エリオット」

「ブラッド?」

急に足を止めた上司を、先に行きかけたエリオットが不思議そうに振り返ってくる。
どうしたもくそもない。
獣ならこの匂いにはすぐに気がつくはずだが、我が部下ながらその害悪の程をまだよく分かっていないようだった。

「お前が先に行って扉を開けて、その玄関の内側からもれてくる忌々しい匂いの元を断って来い」

「ん、ああ確かに匂いがするな・・でも何でこんなに・・」

「いいからさっさと行って来い!ああ、それからあの玄関脇の電気を消してもらえ」

この領土は冬の季節のため、たびたび雪が降り空は曇天となる。
どんよりとした雲は陰鬱な気分にもさせるかもしれないが、太陽の光を嫌うブラッドにとっては願ったり叶ったりな空模様だ。
夜の時間帯以外は、ずっとこれでも良い。
だというのに、わざわざ領土を越えて会いに来た余所者の少女のいる店の玄関先が、いつもと違いやけに明るい。
太陽光に負けず劣らず、オレンジ色の光を煌々と放つそれは白熱電球だった。
見ていると、放つ熱気さえ感じそうだ。
げんなりしているブラッドの横で、エリオットがすっと腕を伸ばした。

ガウンッ
  パリィンッ

「よしっ!これでいいだろ?」

「・・・・・・」

満足げな顔をして振り向くうさぎ耳の部下に、一瞬殺意が沸いた。
人選を間違ったとしか言いようがない。

「撃って壊せと誰が言った・・・?はあ、もう言い。お嬢さんを訪ねて誤って撃ってしまったと謝って来い。いいな、くれぐれも私に言われたとは言うな」

「ええ、それでも俺が怒られるんじゃ・・」

「私の言うことを聞かずに撃って壊したのはお前だろう。さっさと行け。ああ、あと私がいることは言うな」

「え、何でだ?」

「・・何でも、だ。絶対に、言うな」

睨みを利かせて念押しすれば、少し気落ちしたエリオットはそれでも店に向かって歩いて行った。
その後姿を見て、店の入り口から見えにくい死角に身を隠す。
このひどい悪臭に、忌々しい玄関先の電球。
どうやらアリスは、全力で自分の訪問を受け付けない気でいるらしい。
何故だかは知らないが、知らないだけに苛立ちが募る。



【三月兎の場合】

リリリン

店の入り口脇のチャイムを押す。
何度押しても、この音は電話の音にしか聞こえないが、少し待った後に扉の向こう側に人が立った気配がした。

「アリス?いるんだろ」

「エリオット?どうしたの?」

やけに慎重にこちらを伺っている様子が伝わってくる。
ブラッドは、自分の存在を伝えるなと言っていたし、何かあったのだろうか。
声は返してくれるが、一向に扉を開けてくれない。

「いや、どうって特に何の用も無いんだけどさ・・・まあ、そのなんだ。元気にしてるかなって」

「大丈夫、元気よ」

くすくすと笑う声が聞こえて、アリスには何事も無さそうだと安心する。
では、何故こんなドア越し状態なのだろう。

「えっと・・開けてくれねえか・・?」

「・・・・・」

しばし、扉を挟んで無言の時間が過ぎる。
そっと顔を後方に向ければ、苛々とした上司と目があった。
無言の威圧を受けて、店の扉へと向き直る。

「・・・エリオット、あなた一人で来たの?」

「っあ、ああ、そうだぜ。俺一人だ!」

妙に力が入って、少しどもってしまった気がする。
背中に突き刺さる視線が、落第点だ、と責めるようなものになって少し凹む。

「・・・・嘘ね」

すがるような気持ちで返事を待ってみたが、アリスの返事は短かった。
でも、まだ確信は持てていないはず、押してみればいけるかもしれない、と一縷の望みにかけてみる。

「いやいやいやいや、本当だって」

「じゃあ、何で店先の電球を割ったの?」

「っ」

普段より幾分低いアリスの声に、尋問を受けているような気になる。
前門のなんとか、後門のなんとやら、だ。
だけど撃ったのは本当に、自分。
ここは謝り倒すしか、手は思い浮かばない。

「いや、うっかり手が滑っちゃって、本っ当に悪かった!そ、そうだ、変な輩が見えたと思ってさ、撃っちまってそのそれを謝ろうと思って」

「・・・・・」

「あ、お詫びに、にんじんロールケーキがあるんだ。・・だから扉を開けて受け取ってくれよ」

よし、撃っちまった理由も、扉を開けてもらう口実もばっちりだぜ!
いやあ、手土産持ってきてて良かったー!
ああ、でもこれ全部渡すことになんのかな・・・美味いんだよなぁ、これ。
あ、開けてもらって、中で一緒に食えばいいか。
アリスは優しいからきっと・・・。

「・・・ごめんなさい、エリオット。やっぱり今は、どうしても開けてあげられないの」

「えええええ!?」

ばっと、振り返る。
上司の視線は、氷点下まで下がっていた。

「本当にごめんなさいね。でも私の都合が悪いだけで、あなたは何も悪くないのよ。ええ、あなたのことは、本当に何も」

「・・・そ、そっか・・・」

あなたのことは、という部分に妙に力がこもっていた気がしたが、素直に喜べない。
開けてもらえなかったことに、変わりは無いのだ。
エリオットは耳を垂れて店を離れた。
使えない部下に呆れたのか、ブラッドはエリオットが戻ってくるのを待たずに、さっさと歩いていってしまったようでどこにもその姿は無い。
エリオットの耳はさらに垂れ下がった。



「ごめんなさい、エリオット・・・」

のぞき窓から、そのひどく落ち込んだ背中を見送って、アリスは涙をこらえた。
しょげ返ったエリオットの耳が、愛しくて切ない。
今すぐにでも扉を開けて、その背中に駆け寄って、垂れた耳に手を伸ばして、引っ張って思いっきり頬ずりをしたい。
だが、ここは我慢だ。
あのエリオットの態度、チャイムを鳴らす前に聞こえた銃声とガラスの割れる音。
間違いなく、ブラッドが一緒にいたはずだ。
ここまでしたことで逆に警戒をされて、どこかすぐ近くに隠れたのかその姿は確認できなかったが、エリオットに扉を開けさせて入り込む算段だったのは間違いない。
エリオットには申し訳なかったが、警戒とはいえ意図は伝わったようだ。
これでしばらくあの二人は来ないだろうが、壊れた電球は直るのを待つより早めに新しいものに変えておこうと思った。




◆アトガキ



2013.6.16



これだけだと何の話か、全く分からないと思います。
もっと短くして、他のキャラも出す予定でしたが、いつものごとく一話に収まりそうに無くなってしまったので、分割。
まさかのこんなしょうもないネタで続き物になってしまいました、すいません・・・。
でも、もし「こういうオチでしょ!」と分かった方がいらっしゃったら、どうぞ挙手してみてください。
当たりましたら、リクエスト権をプレゼント!
・・・いらんですかね。。

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