ラッキーガールになるために






「やあ」

ほんわりと淡い光に照らされた上も下も無い空間。
ふわふわと宙に浮かぶ相手は相変わらず青白い顔で、本当に良く生きてるわねと不思議に思う。

「いきなり人を幽霊扱いするんじゃない」

考えを読み取った相手の顔がむくれて、つい笑ってしまった。

「こんにちは、ナイトメア」

床もあるような無いような夢の中の空間だが、慣れてしまえば座ることも容易い。
座ったことで床についているはずの尻と足の下は、暑くも寒くも無い。
見上げた先では、空間の主が怠そうに宙に浮かびながら寝そべっている。
器用な男だ。

「それで、君はいったい何をしているんだ?」

「え?」

ナイトメアは挨拶もそこそこに本題に入ったようだったが、アリスには何のことやらだ。
難しい顔をした相手は寝そべっていた体を少し起こし、重力を感じさせない動きですうっと近付いてくる。
困ったような渋面でナイトメアが首を傾げればその、先だけ薄紫色をした淡い色合いの髪の毛がさらりと揺れる。

「戦争でも起こすつもりか?君が個人的に彼とやり合うならまだしも領主に内緒はいけない」

戦争?
そんな物騒なものを起こすつもりは無い。
そもそもここは一応中立地帯のはずだ。
・・・一応。
きょとんと色素の薄い瞳を見返せば、ナイトメアはやれやれと疲れたようにため息を吐いた。

「帽子屋と女王に、一体君は何をしたんだか。私は八つ当たりをされたんだぞ」

アリスは驚いて瞬きして相手の顔を見上げた。
八つ当たりなんて可愛げのあることをするメンバーでは無い気もする。
そうアリスが思えば、ナイトメアは渋面だった顔を更に青白くさせて呻く。

「女王の夢ではくどくどと貧弱だのもやしだの罵倒されて、帽子屋にいたっては・・・うっ、思い出すだけでも吐血しそうだ」

「・・いつものことじゃない」

いつもの彼らのやり取りのように思える。
八つ当たりをされたなんて言うから、どんなことかと思えば。

「そんなことか・・って君はひどいな!」

「本当のことでしょ。それで?何で私のせいなのよ」

ぐっと睨みつけられても何の迫力も無い相手の言葉をさらりと受け流す。
口元を覆う手はふるふると痙攣しているかのように小刻みに震え、その顔色が透き通りそうなほど白い。
ああ、はいはいとその背をさする。
まるで介護が必要な夫を支える妻になった気分だ。

「老夫婦?!いや、せめて老はとって・・」

「どっちもごめんよ」

「君もそうだが、彼らの夢は本当に辛かったんだからな!」

叫びながら血を飛ばすのは止めて欲しい。

「それはとんだ災難だったわね」

「そんな他人事みたいに・・・・」

その睨むような目は、君のせいなんだからなと言外に言っているようだった。
はて、ナイトメアを巻き込むようなことをしただろうか。
最近の、ブラッドやビバルディとのやりとりを思い出そうとして、ああ、なるほどとアリスはポンと手の平を打った。

「ごめんなさい。あなたに迷惑をかけるつもりなんて無かったわ」

ブラッド避けにと、店の入り口にかけておいたコーヒー豆。
ビバルディに送った手紙と、その返事。
ナイトメアが言うように自分が原因なら、おそらくはそれらが巡り巡ってナイトメアの夢でのウサ晴らしとなったのだろう。

「やっぱり君が原因なんじゃないか」

やれやれと肩を竦めてナイトメアは溜息を吐いた。
そしてこちらを色身の薄い瞳でチラリと見遣る。

「・・それで、君は何で彼等を避けるんだ?これだけ迷惑を被ったんだ。その訳くらい教えてくれるだろう」

口元の血を拭ってから腕を組んで、空中に漂いながら足を組む。
その足元にペタンと座り込んだまま、アリスは口を開いた。
別段、隠すほどのことでは無かった。
だが、人選のチョイスについて詳しく述べるのは少し恥ずかしいものがある。
それでもそのことで迷惑をかけたとなれば、話さない訳にも行かないかとやや躊躇いがちにアリスが説明をすれば。

「・・・・涙を流すほど笑わなくても」

アリスの話をじっと聞いていたナイトメアは、いつもより多少開いた目をぱちくりと瞬きさせた後、おもむろにそっぽを向いて肩を震わせ始めた。
口元と目元を押さえて、もう片方の手で腹の辺りを押さえている。

「いや・・っ・・済ま、ない・・ただ余りにも・・っぷ、くすくす」

いつも青白い顔が、少し赤みがかっている。
そんなにおかしな話だっただろうか。
今度はこちらが渋面をする番だ。

「・・・言わなきゃ良かったわ」

「いや、まあ何というか・・変に大事じゃなくて良かったよ」

目元に浮かんだ水滴を拭う動作をして、ナイトメアはくすくすと楽しそうに笑っている。

「君が何か、困ったことに巻き込まれているんじゃないかとも心配していたんだ」

「・・・私のせいで迷惑を被ったという話しか聞いてないんだけど」

じっとりと見上げる。
そして、アリスはふっと笑った。
可愛らしい笑みではない、にっこりと何かを含んだその笑みにナイトメアの顔はさっと青ざめた。

「ナイトメア、あなた分かってないわね」

「な・・何がだ!」

ちょっとだけ後ずさった相手に、立ち上がって腰に手をあててアリスはぐっと顔を近づけた。
にっこりと、威圧しながら。

「あなたを夢から追い出そうとは、一度もしていないんだけど?」

「!!!」

アリスの言い放った言葉に、青かった顔がまた少し血色が良くなる。

「なっ!・・そんなことは、いや、私だってやれば・・」

「やれば・・何が出来るのよ」

言って、更に顔をぐっと近づければ、ナイトメアは随分と健康的な色合いになった顔をさっとそらした。

「なっなななな何が、とは・・何だ、その・・あれだ!ほら」

「・・・・・」

混乱の極みに陥ったナイトメアをとっくりと眺めて、アリスは思春期の少年のようだと思う。

「少年ではない!これでも君より大人で!!」

「はいはい、あんまり興奮しすぎるとまた吐血するわよ」

微笑ましいものを見るような、慈愛に満ちた笑みで背中をさすれば、ナイトメアはがっくりとうな垂れた。



「・・メア様、ナイトメア様!」

「はっ!・・グレイ」

がばりと起き上がって、くらっとした頭をまた枕に戻す。
枕元では、やれやれといった表情をしたナイトメアの部下が立っていた。

「やっとお戻りになったかと思えば・・」

「待て!まてまて、私は元気だ!健康だ!」

「そんな顔色で何をおっしゃっているんですか、大人しく待っていてください」

「いやいや、それには及ばないぞグレイ!健康ジュースなんて作らなくとも私は大丈夫だっ」

「いいえ、普段より更に顔色が悪い。健康的で胃に良いものを摂取して・・それから」

「飲まないぞー!ジュースも薬もいらないからなっ」

ベッドの上でふらふらと暴れる上司の体を、グレイは難なく押さえ込んだ。

「ちょっとナイトメア様のことを抑えていてくれ」

「はっ」

入り口に控えていた部下に声をかければ、グレイの指示に従って二人の部下に押さえつけられる。
何故、上司である私が部下によって押さえつけられなければならないのだろうか。

「待て、グレイ!それより最優先でしなければならないことがあるぞ」

「薬でも食事でもないとすると、何ですか?・・・病院の予約はまだ先だった筈ですが」

慌ててその背中に声をかければ、すでに部屋の扉に手をかけているグレイは振り返って、そのコートの内ポケットから手帳を取り出してペラペラとめくりだす。

「違ーうっ!・・アリスのことだ」

「・・アリス?彼女がどうかしたのですか」

瞬きをした目がすっと細くなる。
ちょっと怖い、と思いつつナイトメアは必死に頭をフル回転させた。

「ああ、ええと、そうなんだ。彼女がちょっと面倒ごとに巻き込まれていてだな、今そのことについて夢で話をしていたんだ」

「・・そうだったんですか」

難しい顔をして、グレイは顎に手を当てて考え込む。
いい調子だ。
部下の気を薬やその破壊的な料理からそらさせようと、ナイトメアは必死だった。

「そ、それでだなグレイ、今から指示するものを彼女のところに持って行って欲しい」

「・・ええ、それは構いませんが。彼女は大丈夫なんですか?」

アリスのことを思って心配そうにする部下に、上手くいったとナイトメアは内心ほくそ笑む。
神妙な顔をして頷き、自分のことを押さえつけている部下の一人に、必要なものを買いに行けと指示を出す。

「グレイ・・・これから用意するものの中身は決して見るんじゃないぞ!」

「そんなわざわざおっしゃらなくても見ませんよ」

「そ、そうか・・・ああ、それから彼女には必ず直接渡してくれ」

「分かりました」

「いいか!彼女に、直接渡すんだぞ!」

「はいはい、そう何度もおっしゃらなくても聞こえています」

そうこうする内に、急いで手に入れてきたのだろう薄い茶封筒を抱えて、部下の一人が戻ってきた。
渡されたグレイは、一瞬不思議そうにしながらもその茶封筒を受け取る。
思ったより軽くて薄いものに、驚いたのだろう。
その脳裏に、アリスが面倒ごとに巻き込まれているという状況が思い浮かんだのを、ナイトメアは読み取る。
思い浮かべたことにグレイははっとして、少し焦ったように扉に手をかける。

「それではナイトメア様、私は急いでこれをアリスの元に届けに行ってくるので、その間に机の上にたまった書類を片付けておいてください」

上手くいった、と思ったのは間違いだった。

「それから、次の次の時間帯には医者が来ますので、逃げずにちゃんと診てもらうんですよ」

「!!!何だと!」

怒涛のように告げられたスケジュールに、ナイトメアの顔は青ざめる。
破壊力抜群の特製健康ジュースや薬から逃れられた上に、グレイも追いやって二度寝でもしようかと思った矢先に、これだ。

「お前たち、ナイトメア様の補佐を頼んだぞ」

グレイの指示に部下数名が頷く。
がっくりと肩を落としたナイトメアに背を向けて、グレイは部屋を出て行った。



◆アトガキ



2013.10.7



ナイトメア、全く相手にされてません。
でも、正直ダイヤというかミラーをプレイして、少し迷ったのですが。
青年メアと対峙した時の大人メアが少し、ぐっと来ました。
いつになく大人びてらっしゃった!
いや、いつも大人なはずなんですが。
とはいえやはりナイトメアはこっちだろうなと判断。

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