一
あれ。
店に近付くほどに強くなる匂いに思わず、鼻をひくりと動かせる。
それでも、騒ぎながら一緒に歩いている双子はまだその匂いには気付いてはいないようだ。
こんなに匂うってことは、どこかに新しいカフェでも出来たのかも知れない。
俺はあんまり好んでは飲まないけど、これはコーヒーの香りだ。
それでも目新しいものには興味が沸くもので、どこからその匂いが漂ってくるのかとお店らしきものを探してきょろきょろとしながら歩いていたら、いつの間にか双子と少し距離が開いてしまっていたようだ。
大きな声で名前を呼ばれる。
「ボリスー」
「遅いよ、ボリス。置いていっちゃうよ!」
「今行くって」
そんな大声で呼ばなくったって聞こえてるっつの。
何しろここは今、冬の領土たるクローバーの搭のお膝元。
しんしんと降り積もる雪が住宅街を白く染めていた。
ついでに、喧騒やら物音もその雪が吸収してるかのように静かだ。
「この雪、真っ白だからカラフルにしたいね、兄弟」
「そうだね、兄弟。うーん、悩むけど・・・やっぱり真っ赤に染めるのが綺麗じゃないかな?」
くすくすと笑う姿は彼女に言わせればそこそこ可愛らしいんだそうだけど、話す内容はさすが彼等の二つ名に相応しいものだ。
ブラッディツインズ。
マフィアの屋敷の門番をしている血まみれの双子は、遊び相手としてはスリリングでとにかく賑やかで楽しい奴らだ。
敵として領土同士でやりあったり、撃ち合いになったりするのも嫌じゃない。
まあよく遊んでるからお互いの手の内が分かっちゃったりして、最後はどうしてもふざけ合っちゃったりもするんだけど。
今も今とて、お互いの領土を越えて一緒に遊びに出掛けているほどに仲は良い方だ。
「お前らー、アリスんちの傍で物騒な話すんなよ。発砲すんのもダメだからな」
「ボリスに言われなくったって、休み時間にわざわざそんな面倒なことしないよ」
「休日手当ても出ないし、それにお姉さんにも怒られるし。ね、兄弟」
うんうんと頷き合う双子を胡乱気な目で見てしまう。
なんだかんだと言っても、思考回路が子供っぽい二人はたまに突然癇癪を爆発させることもある。
遊園地で遊んでいて、暑さでイライラしたからと突然前に並んでいた顔なしを撃ってオーナーに追い掛け回されていたのは、つい数時間帯前の話だ。
「あれ、何か前に来たときと雰囲気が違うような・・どう思う、兄弟?」
「うーん、僕も何だか違う気がするけど、どこかな」
首を傾げる二人に並んで辿り着いた場所、遊びに誘いに来た彼女の店先をじっくり見て気が付いた。
「電球替えたのかな?暖かそうな色になってる」
白い光が、今はぼんやりと暖かみを燈した淡い黄色の光に変わっている。
でも、ただそれだけだ。
何でだろうと一瞬だけ考えて、まあ何でも良いかとその疑問を放り出す。
そんなことを考えているより、さっさとアリスを誘い出して遊びに連れていく方が断然、楽しい。
【チェシャ猫の場合】
「ん・・・?」
玄関先の電気は点いてるのに、店は開いていないらしい。
扉にかかるCLOSEの看板を眺めて、それならとドアベルを鳴らそうとして貼られているポスターが目に付いた。
「どうしたのさ、ボリス」
「・・・・・」
「何々、ただ今猫缶プレゼント・・・開けたて猫缶試食キャンペーン中・・?」
ポスターの文字を読んだ双子の顔が、揃ってこちらに向けられる。
眉をひそめて、ぶんぶんと首を横に振った。
俺、猫缶食わないし。
「・・・ボリス以外の猫と喋ったこと無いけど、猫缶食べる奴っているのかな?」
「猫飼ってる奴に猫缶試食させるってこともあり得るよ」
「・・無いだろ」
世の中には、ペットと同じもの食べるとか言う変態な物好きもいるらしい、と双子は勝手に盛り上がり始める。
それを他所に、腕を組んで考えてみる。
アリスは、俺が猫缶を食べないことは知ってる。
散々、城の女王陛下が進めてくるのから逃げ回るのも見られている。
「ね、兄弟。このイラストってさ、お姉さんがあーんってしてくれるってことかな?」
「僕にもそう見えるよ、兄弟」
そう、問題はそのイラストもだ。
アリスに似た女性が猫缶片手に、満面の笑みで中身を掬ったスプーンを差し出している。
猫耳のついている・・・誰かに向けて。
「・・・・・」
間違っても、嫉妬とかじゃない。
それもそのはず。
「ずいぶんと、ピンク色の猫だよね」
「うん、まるでボリスそのものだね!」
「・・・・・・・・・・」
その猫耳のシルエットは、ご丁寧にピンクの縞々柄のファーまでつけている。
やっぱり俺、かなぁ。
わざわざ、個人的なイメージをつけてくるくらいだ。
このポスターと少し覗ける店内の棚の上段に山のように盛られた猫缶は、どうやら自分向けに用意されたもののようだと結論付ける。
「何やったのさ、ボリス」
「これはちょっと根深そうだよね、兄弟」
「うーん・・・」
正直、思い当たる節が多すぎてどれだか分からない。
夏の遊園地で水をぶっかけたことも多々あるし、その時に濡れて透けた服で存分にいじってしまった。
ぺったり張り付いたブラウスから透ける肌とか下着の柄とか、指摘すれば
真っ赤になって怒っていた。
だから少し、調子に乗りすぎてしまったかもしれない。
引っ付いて、ぺたぺたと・・まぁ、色々。
それは、恥ずかしがるアリスが可愛いのが悪い、と思うのだが。
「・・・そんなに怒ってたのかな」
耳と尻尾がちょっと垂れ下がる。
ほとぼりが冷めるまで、これはそっとしておいた方が良いかもしれない。
【双子の場合】
「んじゃ、今日は僕たちだけでお姉さんと遊ぼうか」
「そうだね、兄弟。ボリスとはいつでも遊べるもんね」
「えー、なんだよお前ら」
不満そうにむくれるボリスを尻目に、ドアベルに手を伸ばした。
僕らだってボリスも一緒に遊べたらと思うけど。
たまにはお姉さんを独占するのも、良いよね。
お互い、視線を交し合う。
「はー、分かったよ。じゃあアリスによろしくー・・」
しれっと笑顔で手を振れば、ボリスは薄情な奴ら、と呟いて仕方がなさそうに肩を竦める。
リリリリン
黒電話を鳴らすようなドアベルが店内に響いているのが聞こえる。
続いて、パタパタと軽い足音。
「・・・・はい?」
「お姉さん、遊びに来たよ!」
「開けてよ、お姉さん!」
「ディー、ダム?」
アリスの声が、何かを逡巡しているように戸惑っている。
どうかしたのだろうか。
「ごめんなさい、二人とも。今はちょっと手が離せないのよ。今度遊びに行くから」
暫しの無言の後に、申し訳なさそうな声が聞こえてきた。
兄弟で顔を見合わせる。
「お前らも、ふられてやんの」
後ろから聞こえてきた声に、むっとして振り向いて睨みつける。
さっさとどこかへ移動したと思っていたボリスが、離れたとこからにやにやとこちらを観察している。
「・・・え、ボリス?」
アリスの声が動揺したように揺れる。
「アリス。俺は猫缶食べないよ、知ってるよね」
「え、えーっと・・そうね、知ってるわ」
「・・・・・何か、怒らせたのなら謝るからさ」
「・・・・・」
また、店の内側が静かになる。
近づこうとしてきたボリスの足が止まる。
「謝っても・・・ダメ?」
「ダ、ダメじゃないわ!・・でも、あのまた今度ちゃんと会いに行くから」
とにかく、今はダメなのだと拒絶するアリスに、外の三人で顔を見合わせる。
結局のところ折角遊びに誘いに来たけれど、アリスは何やら手が離せないのか、無理だということらしい。
お互い、何を考えているのか分かる。
どちらかしか遊んでもらえないのならちょっとむかつくけれど、結局誰が来ても忙しいなら仕方が無い。
「次は、絶対遊んでねお姉さん!」
「絶対だよ!約束してね、お姉さん」
「ええ、分かったわ。手が空いたら、次は私が貴方たちのところに遊びに行くわね」
「・・・・・・」
「ボリス、そのときはあなたも一緒よ。それと、ごめんなさい」
「何で、アリスが謝るのさ」
俺のしたことに怒ってたんじゃないの?とボリスに聞かれて、アリスは言葉に詰まった。
自分がしたことで、そんなに気落ちした声を出されてしまったのだ。
悪いことをしてしまった。
そんな、傷つけるつもりではなかったのだ。
「ごめんなさい、次に会うときはあなたも一緒よ。その時に、ちゃんと説明するから」
「・・・まあ、怒ってないならいいけどさ」
ため息を吐くボリスに、また小さく謝るアリスの声が聞こえた。
何か意味があってしたことらしいが、今は説明できないらしい。
ボリスは気持ちを切り替えた。
「・・じゃあ、その意味とかを聞けるのを楽しみに待ってるよ」
「・・・ありがとう、ボリス」
ほっとしたようなその声に、苦笑する。
「じゃあ、またねアリス」
「またね、お姉さん」
3人で店を離れて歩き出す。
結局いつもどおりの面子になってしまったけれど、いつもどおり何か楽しいことをしようと考え始めれば、わくわくする。
どこに行こうか。
遊園地だろうか。
森でもいい。
「・・・久しぶりに、城でも良いかも」
「いいね、それ」
「今度こそ金目のものを盗ってこよう、兄弟!」
◆アトガキ
2013.7.9
ちょっと、ボリスがかわいそうですいません。
ちなみに、ボリスは初めから避けられてますが、双子は逡巡した上で避けることにしたようです。
・・・さて、次は誰が来るでしょうか。
そして、アリスの反応やいかに!
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