水面の審神者


*3





「何となくそんな気がしていました」とは藤四郎の末弟の言でそれにうんうんと頷く小柄な影がいくつか続き、「なるほど!それで馬糞に突っ込んでたんですね。てっきり主さんも馬糞が好きなんだと思ってました」と鯰尾くんが元気に言い放っていたがよく見て誰もそんなこと思ってないし隣で君の相棒がふるふる頭振ってるぞ。
打刀の面々で並んでいた辺りからはざわざわとそんな気がしていた勢と全く気付かなかったと驚いている気配が伝わってくるが、「そうだったのかい、どうりで」とどこか気づかわし気に言ったのは歌仙さんでその言葉にどこかしょんもりとした空気が伝播していくのに慌てる。

「あの!言わずにいてごめんなさい。でも本当にそんな気を遣っていただくほどではないんです。視力が利かないのには大分慣れていますし、大体の物の位置は結構把握できるんですよ・・とはいっても、ご迷惑はおかけしてしまうとは思いますが」
「迷惑だなんて思ってないし、あんたが打ち明けてくれたことは素直に嬉しい。ありがとな、大将」
「・・薬研くん」
「気を遣わせたくなくて言いたくなかったってのも分かってる。ただ、それでも俺たちはあんたが大事だから心配になっちまうのは仕方なくてな。単に主だから、とは思ってくれるなよ」

男前すぎる短刀の低い声が胸にしみる。ここまで言われてはこれ以上、気を遣わせることに対しての申し訳ない気持ちとか迷惑をかけているからと謝り続けることも違うだろう。思ってしまうのはこちらとしても致し方ないと許して欲しい。

「うん、薬研くんありがとう。・・ありがとう、みんな」
「ま、心配の度が過ぎるのも考えもんかも知らんが、そこは旦那方の気持ちを汲んでやってくれ」
「そうだねえ。僕らは君の刀だから、口に出せない秘密っていうものだって君が望もうと望むまいと守ってあげたいし・・・もっと頼ってくれてもいいんだよ?」
「・・お気遣いありがとうございます」

言葉だけ聞けばなんていい人?刀?なんだと思うけれど、どうにもその含みを持った意味深な言い回しに一歩引いてしまう。今の言葉だって、目が見えないことを言っているのかそれともまさかと浮かべる笑顔が引きつりそうになる。
冷や汗流れる内心に、気付いているのか否かこちらを見る視線が細められるのを感じる。その内心が読み取れないコワイ。

「そうだね。もっと僕たちを頼ってほしいな」
「いやいや、今でももう十分頼りにしていますから」
「そうかなぁ」

これ以上のお世話って、もうそれ今度から全部僕が食べさせるよくらい言いだしそうな燭台切さんにささっと今のお気持ちだけで充分ですアピールを返したが、どうだろう少し物足りなさそうな不服そうな気配を察知。

「主、ひとつご提案が」
「どうしました、長谷部さん」

すっと上げられた手に、学校の先生とやらになった気持ちで「はい、長谷部さん」と発言権を許す気持ちは教卓の教師である。

「これからはお手を引かずとも、よろしければ運ぶ役目を俺にくださればいつでも主の足となります」
「いやいやいやいや、いきなり何を言い出しているんですか長谷部さん大丈夫です足腰は丈夫ですから」
「ですが」
「歩くの大好きなんです」
「・・そうですか」

んんん、そこでどうしてそこまでしょんぼりできるのか全く分からないんですが、怠慢は許さないっていつもおっしゃってるの長谷部さんじゃないですかヤダもう。っていうか提案しつつそっと両腕を掲げようとしませんでいたか。おぶさるでもなくそっちですか無理。

「そっか。主、色とかもよく分からなかったんだね」

部屋の端で加州くんの呟きが聞こえてハッとする。俺の好きな色なんだと爪に色を乗せてくれたのは記憶に新しい。

「あ!あのでも加州くんの好きな色が暖かい色だっていうのは分かったよ」
「あたたかい・・?色が?あったかいの?」
「正確には当てられないけど、たぶん大人っぽくてあったかい感じの色だよね」
「大人っぽい・・かは分からないけど。それさ、主には見えてるの?」
「見えてはいないけど感じ取れるみたいな・・・、さ、審神者パワーかな!すごいよね!」

よく分からないって感じで小首を傾げたり困惑している気配と、主すごい!っていう短刀たちのキラキラした気配とを察知して万能ワード「審神者パワー」を即座に発動させた。これ出せば、だいたいはイケるってばっちゃが言ってた。ところでばっちゃって何ですかね。

「えっとまあ何となくぼんやり感じ取れる、みたいなね。例えば・・隣の大和守くんとか小夜くんとかは寒い、っていうのはあれか・・、うーんと冬っぽい色してて」

加州くんが「ふうん」ってとりあえず相槌打ってくれたから、審神者パワーの審議はしないでおこうね。お姉さんとのお約束だぞ!

「僕の色・・青い」
「青!そうだね。小夜くんは髪とか青なんだよね確か」
「うん。青は寒い・・今も、寒い?」
「あ、本当に寒いってわけじゃないよ大丈夫。澄んだ空とか水ってひんやりとするでしょう。それらを連想させる色って言いたくてね」
「そっか。確かに僕が着てるものとか髪も小夜と同じ色じゃないけど大雑把なくくりでいえば同じ、青かな」

小夜が自身の着物や髪をそっと摘まむのを、大和守も同じように自身の服装を見下ろす。

「それに比べて、加州くんは暖かい色してる。同じような温かい色を感じるのは愛染くんの髪とかもそうかな」
「おっ。俺か!」
「国広くんたちのジャージとか和泉守さんの服とかも同じような色だけど、加州くんの爪の色はもっと・・んー鮮やか?」
「おお然り!さすがは主殿、心の目でものを見ているのであるな!!」

カッカッカと笑う声が広間に響く。山伏さんは存在自体が夏の太陽のように眩しく感じる。心の目なんて言われるとそんな大それたことでは無いと思うけれど、山伏さんが笑ってそう言ってくれると何かそれだけでこちらもぽかぽかしてくるというか、なんというか。

「うん、何となくわかった。俺が好きな色は和泉守の服ほど暗くないし、綺麗であったかいってことだよね」
「おい、暗いってなんだよ。落ち着いてるとか渋いとかあんだろもっと」
「でも秋田ほど明るくは無いか。もしかしてそっちの方が綺麗に見える?」
「秋田の髪は桃色だよ主さん!僕のはハニーブロンド!」
「どんな色もその色の良さがあると思うよ。でもそうだね、ハニーブロンドや桃色は明るいから濃い色よりは色の差が分かりづらいかも」
「主、」


乱れくんの声を皮切りにそこかしこから自分の髪の色や服の色を語り合う声が聞こえる。それだけで、何だか広間が明るくなった気がした。その中から加州の声が自分を呼ぶのが聞こえてくる。

「主に似合う色とか見つけたらさ、今度は言葉で伝えるからちゃんと聞いてよね」
「!うん。ありがとう、加州」



「ねえ、濃い色の方が明るい色よりはっきり感じるっていうのは分かるけど、それなら黒はどうなのかな?」

思えばこんな会話を主とするなんて新鮮かもしれない。前の主も良い人間だったけれど、こんなにみんなで集まってわいわい世間話をする輪の中にはいなかった気がする。みんながざわざわとお互いの服や目や髪の色を話しているのを聞きながら、こういうの、なんかいいなあと思っていればふと自分の視界に入る手袋や服、自分の髪の色は主にどう見えているのか気になった。
視線を向けた先の主の髪は僕と同じ色をしていて、薬研くんとか新選組の子たちも同じではあるんだけど、それだけでなんとなく嬉しくなってしまう。

「黒はどの色よりも濃い色だけど、色って言いながら色がないから黒と感じるというか・・んんん」
「なるほど。色が無いから、黒ってことなんだね」
「うーん、色が無いと言えば白もそうなんですけど白よりは存在感があって・・何かうまく言えてませんよね・・えっと、」

黒い瞳がすっとそらされて泳ぎだす。ゆっくりと何かを考え始めているのが分かるけど、その表情の変化を僕がじっと見ていることには気が付かないんだろうか。もしかしてそれも実は審神者パワーとやらで分かっているのかな。 それにしても白か・・、確かに黒と同じで色が無い色だけど白って言えば伊達にいた時にいっしょだった長く生きて世を渡ってきた白い刀のことを思い出す。
折角伽羅ちゃんもいるし早く会えたらいいのに、ここにはいない。・・・?

「そこにあるような無いような、例えばぽっかり空いた闇のようにも、存在の凝った塊のようにも感じます」
「へえ」

「って結局よく分からないですね・・あっ、でも燭台切さんが闇みたいに見えてるわけじゃないですよ!ちゃんとそこにいるって分かってますから!」
「うん」
なるほど、闇か。確かに闇って暗いからそう感じるけど、実際そこには何もないもんね。
わたわたと慌ててフォローするところは、なんだかかわいいなと思う。最初はこんな若い女の子で大丈夫かなって思ったけど意外としっかりしてるし・・・歩いているときは抜けてるところがあって色々心配になるけど、それも含めて彼女の魅力のように感じる。
心配してるのは僕だけじゃないけど、そういうところもなんか良いなって思ってるのは僕だけだよね。・・いや、長谷部くんもちょっと怪しい気がするかな、・・どうなんだろう。
そういえばさっき何か頭を掠めたことがあった気がするけれど、主がなんだか必死に言い募る顔を見ていたら忘れちゃった。まあ、いっか。

「・・すいません、なんか説明がへたくそで」
「ううん。分かりやすかったよ」

困ったように少し伏せられたあの黒々とした瞳はいつか覗き込んだら星が瞬いてるみたいでとてもきれいだったけど、あの瞳が本当は何も映していないなんて思ってもみなかった。
それでも色が読み取れるといった彼女の見ている世界はどんな風に見えているんだろう。僕も見てみたい。
君に僕がどういう風に見えているのか、知りたいな。




2019.3.2







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