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一
「おい、医者だ!ぐずぐずするな」
双子とともにアリスの姿を探し回っていた屋敷の面子の前に、突然そのアリスを抱きかかえたブラッドが現れた。
一瞬どよめいた後、素早く動き出した使用人の中を、ブラッドは他には目もくれず一直線に自分の部屋へと向かう。
「ボス、なんでお姉さんとっ」
「お姉さんに何かしたんだったら・・・」
背後でチャキリと交差する鎌に一瞥をくれて、ブラッドは底冷えをする声で命じた。
「さっさと医者を連れて来いと、言ったはずだが」
その有無を言わせない怒気に、双子はお互いに目配せをして、鎌を下ろして走り出した。
その様子を見送って、ブラッドは自室へと歩みを速めた。
静かな室内。
ついこの間までは正反対の位置にお互いがいたとは知らず、ブラッドはベッドの端に腰をかけて、眠るアリスの頬をそっと指で撫でた。
医者はブラッドの記憶が戻ったことに驚き、そしてアリスの容態を見て難しそうに唸った。
今はただ昏睡状態にあるが、ある意味ずっと彼女はこんな状態に近かったと告げる。
手は尽くすが、彼女は弱りきっている、と。
そう続けた医者を、反射的に撃ち殺しそうになって、ブラッドは何とか抑えた。
この医者が言うのなら、どの医者に聞いてもきっと同じ答えが返ってくるのだろう。
「まるで、あんたと見えない何かで繋がっているみたいだ、ブラッド」
どこか羨ましそうにアリスを見ながら、エリオットがぽつりと呟く。
ブラッドが弱れば自分も弱り、ブラッドが眠っていた分、彼女は眠りに付く。
まさか、と鼻で笑いたかったが、何だかそんな反応をしてやることすら面倒くさくなって、ブラッドは黙っていた。
門番どもも、今日はしっかり働いてやがるし、安心しろよと、エリオットはそういって、静かに部屋から出て行った。
部屋に静寂が戻る。
「早く起きてくれ、お嬢さん」
じゃないと、私は退屈で君と一緒に死にたくなってしまうじゃないか。
紅茶をいくら飲んでも満たされない。
あんなに美味いと思っていたお気に入りの銘柄の茶葉も、何だか味がぼんやりしているように感じて、途中で飲むのを止めて捨ててしまった。
エリオットのいうとおりなら、君が勝手に私に合わせて弱るから、私も君に引きずられているということだろうが。
「まったく、冗談じゃない」
早く、起きてくれないか。
アリス。
そっとアリスの横に滑り込み、腕の中に抱き寄せて硬く閉ざされた瞼に口付けを落とす。
髪に顔を寄せて、ブラッドは静かに目を閉じた。
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鳥の囀る音とさわやかな風が部屋に入ってきて、アリスは目を覚ました。
「ん・・・」
何だか最近これと似たような感覚をよく覚える。
何かの先触れかしらと首を捻ろうとして、体ががっちりと拘束するように抱え込まれていることに気が付いた。
後ろから回された腕は二本、双子ではない。
そろりと向けた目線が、煙たげに細められた翠碧とがっちりとあう。
「おはよう、お嬢さん」
「ブ、ブラッ・・・んっ」
驚いて上げようとした声を押し込めるように、覆いかぶさってくるブラッドから逃れられない。
上げる声さえ吸い込まれるような濃密なキスを起き抜けにされて、アリスは酸素不足で本気で死地をさ迷ったのを感じた。
「あ、あなたねぇ・・・」
ぜえはあと息を荒げたアリスの顔は、上気して赤みが差している。
その色っぽく艶めいた唇を、おまけにと小さく吸い上げれば、アリスの体からは完全に力が抜ける。
押しのけようとしていた両手が、まるですがるようにシャツの胸元を握っていることに気が付いて、アリスは羞恥に更に顔を紅くしたが、それに気が付いたブラッドは笑みを濃くする。
ブラッドの手が背筋を撫で上げ、首筋を辿るたびに、アリスの体はふるりと震えた。
もう一方の腰を抱えていた手が、そろりといやらしく動き始める。
「ちょっ、ブラッド・・・ぁ」
「この私に我慢なんてものをさせたんだ。諦めなさい」
触られまいと身じろぐ体を難なく封じ込めて、晒されていく肌にキスをしていく。
ブラッドの手のひらが、指先が体のあちこちを掠めて、アリスの熱をあげていく。
自分の腕の中で翻弄され、徐々に乱れていく少女の姿に、ブラッドの興奮も高まっていく。
ふと思い出されるのは、ビバルディが彼女を愛おしそうに見る目、寄せられる唇。
アリスのことは記憶にないはずだったのに、彼女が自分の元から奪われると無意識に感じた瞬間に、燃え上がった黒い嫉妬の炎。
傷があったところはすでに何事も無かったかのように治っていたが、ブラッドは構わず舌を這わせた。
「勝手に、私の元から離れることなど、許さない」
言い含めるようにアリスの耳に低く囁けば、アリスの目から涙が溢れた。
目覚めるならともに。
死ぬなら引き連れていこう。
そう思ったブラッドの頬に、アリスの両手が添えられて、引き寄せられるように二人はまたキスをした。
「ただいま、アリス」
「ブラッド、おかえりなさい」
--------------+** End **
◆アトガキ
2012.11.2
The chain not appearing was fragrant with roses.
(見えない鎖は、薔薇の香りがした。)
お付き合いくださり、ありがとうございました。
最初につけたタイトルは、
【痛めつけて、そしてその見えない鎖で私を縛って】
でした。
・・・痛いですね。
記憶喪失、錯乱、忘我ネタ。
好きです。
全く別の作品で、こういったネタを見てキュンキュン悶えてたことがあります。
・・・キュンキュンしたでしょうか。
こんなんじゃ足りんわ!というお姉さま方。
書いてくださったら、キュンキュンしに飛んでいきますので教えてくだs・・