The chain not appearing was fragrant with roses.


---3**





鳥の囀る音とさわやかな風が部屋に入ってきて、アリスは目を覚ました。


「あれ・・・」


何だか最近似たような感覚で、目が覚めたことがある気がする。
デジャヴかしらと考えていたアリスの腰に何かが巻きついてきた。


「きゃぁ?!・・あ、あなたたち」

「ん~、おはよう、お姉さん」

「お姉さん、もう起きちゃうの?まだ寝ていようよ」


アリスの両脇には、何故か上半身裸で大人の姿をした双子が添い寝をしている。
驚いてもがくアリスを、細くも力強い4本の腕がベッドにしばりつける。


「離して!私には仕事があるの!」

「駄目だよ、お姉さん。今日は休日。お休みする日だよ」

「そうそう。ひよこうさぎが有給でいいってさ」

「何を・・さっきと言ってることが違うじゃない!」


思い出しながら、アリスは怒鳴った。
さっきとはいつだったろうか。
一体自分はどのくらい寝てしまったのだろう。
あれやこれや、やろうとしていたこと、やらなければと思った仕事内容が頭にちらつく。


「怒らないでよ」

「そうだよ。先に謝ったよ、僕ら」


しゅんとふてくされたような顔の中に、アリスに対する心配がチラチラと覗いていたが、今の余裕のないアリスには、そのことに全く気が付かなかった。
焦りと不安で恐慌状態に陥ったアリスの両目から、涙が溢れ出した。


「お、お姉さん?!」

「ごめんなさい、そんなに痛かった?」


腰?それとも手刀を入れた首元かな?と慌てる双子は、あたふたとアリスのそこかしこを撫でさする。
それでもしゃくりあげる声は止まらなくて、双子は途方にくれてアリスの顔を覗き込んだ。
中身は自分たちよりもよっぽど大人で、弱いけどいつもしっかりしていると思っていたアリス。
でも、今のアリスは、体だけが大人になった双子と反対に、小さい子どものように見えた。
まるで迷子のようだ。


「お姉さん、泣かないで」

「・・・連れてってあげるから」


どこへ、とは聞けずに戸惑うアリスの体に、ディーが毛布を巻きつけて優しく抱き上げた。
ダムがその頭を撫でて、涙の痕を唇でそっとぬぐう。
扉を抜けて向かった先は、廊下の奥、屋敷の奥。
どこへ行くか分かったアリスがびくりと小さく震えたのを、ディーが抱きしめて、ダムがなだめるように額に口付けを落とす。


「お前ら、こんなところにいたのか。ちょうど良かった」


扉の前には、何やら複雑そうな顔をしたエリオットが立っていた。


「どうしたんだよ、ひよこうさぎ」


ボスに何かあったのかと聞きかけて、そんな言葉は禁句だったと慌てて口を閉ざした双子の気遣いもむなしく、ディーの抱えている毛布の中に、まさかアリスがいるとは思ってもいないエリオットが、双子が止めるまもなく話を続けてしまった。


「ブラッドがやっと目を覚ましたんだが、なんかちょっと様子が・・」


そして案の定、ブラッドが目を覚ましたという言葉に、アリスは大きく反応した。
ディーの腕からまころぶように飛び降りて、はじめてエリオットはアリスがいたことに気が付き慌てるが、その慌てた一瞬の隙をついて、アリスはするりと扉の中に入り込んでしまった。


「あっおい、アリス?!待てって」


止めるエリオットの声も聞こえなかったように、一目散に寝台へ向かっていく。
そこにはけだるそうにしながらも、頭に手をあてて上体を起こしかけたブラッドがいて。


「ブラッド・・・っ」


アリスは駆け寄った勢いをそのままに、ブラッドに抱きつこうとした。


ジャキ


額に触れた硬い何かが、アリスの接近を拒んでいた。
目だけを横に動かして見えたものは、黒い銃身。
そしてそのサブマシンガンを持つのは、目の前にいる・・・。


「止めろ!ブラッド!!!」


いつになく切羽詰った様子のエリオットの声。
最近もどこかでそんな声を聞いたと、どこか変に冷静になったアリスの頭は考えている。
目の前で起こっている出来事が全く頭に入ってこない。
理解できないから、アリスは動かない。
次の瞬間に感じたのは、思い切り体当たりされたような振動と、それにかぶさるように連続して聞こえる銃の音。


撃ったのだ。
ブラッドが、銃を。
誰に?
私、に・・・?


エリオットの腕の中で呆然とするアリスへ、追い討ちをかけるような暗く低い声がかかる。


「エリオット、その女は誰だ?誰がそんな女を屋敷に入れていいという許可を出した」

「何・・言ってるんだよ、ブラッド」


バタバタと駆け込んでくる複数の足音。


「ボス!いくらボスだって、やっていいことと悪いことがあるよ!」

「お姉さんを撃つなんて!!」

「・・うるさいぞ、おまえたち」


かばうように前に立つ双子にも、容赦の無い底冷えするような目線を向ける。


「お姉さん?おまえたちの女なら、ちゃんとしつけをしろ。うるさいからさっさと出て行け、私は頭が痛い」


エリオットが無言でアリスを抱えて歩き出したが、アリスはもう何の反応も示さなかった。


--------------+**


その女は誰だと聞くブラッドの声が、頭から離れない。
アリスは人形のように空ろな目をして、ソファにこしかけていた。


「おい、ひよこうさぎ。どういうことだよ」

「そうだよ、ひよこうさぎ。あんなの、お姉さんにあんまりじゃないか」


声をひそめながらもエリオットに詰め寄る双子からは、怒気が伝わってくる。
エリオットだってブラッドが撃った瞬間は怒っていたが、今では動揺の方が大きい。
どうやら、ブラッドの記憶の中から、アリスに関する事柄だけが抜け落ちてしまっているようだった。
道理で目が覚めたとき、真っ先にアリスのことを伝えようとその名前を出したら、怪訝な顔をしていたはずだ。


「医者の話では記憶が戻るかどうかは、分からねぇって」

「なんだよそれ!」

「そんなのないよ!」


口々に詰る双子に、俺だってどうしたらいいか分からねぇよと、エリオットはぼやく。
アリスはもうずっとあんな状態で、食べようともせず寝ようともしない。
それでもブラッドが起きる前は、仕事をすることで支えていた精神が、今はもうプッツリと切れてしまったようで、その姿はまるで壊れて捨てられたおもちゃのようだった。
とりあえず双子の部屋のソファに座らせて、常時誰かが傍にいて見張りも立てるようにはしている。
双子がいる時はもちろん、何も言わなくとも双子がべったりとしているのだが、どうしても外せない仕事もある。
何しろやっとブラッドが目を覚ましたので、たまった仕事が一気に動き出しているのだ。


「アリス、なんとか元に戻らねぇかな」


悪かった顔色が今はもう怖いくらいに白い。
医者を呼んで点滴をさせて、なんとか生きているといっても良い。
しかし、点滴の針を刺すときに意識がいきなり戻り恐慌状態に陥ったりしては危ないと、麻酔を嗅がせて無理やり眠らせているので、体に大きな負担もかかっていた。
そう何度も使えない手段であり、アリスは確実に弱っていった。



ブラッドは目を覚まして、机の上にたまっている書類に目を眇めた。
確かにいつもだるだるとした態度を崩さず、怠け者というスタンスをとってもいるが、こんなに仕事をためたことはない。
先ほど、今までの経緯を部下から聞きだしていたが、その中に何度か混じる女の名前にいらついて、要点だけ聞いて早々に部屋から追い出してしまった。

何故これほどまでにいらつくのか。
余所者だという女、自分が興味を持ち屋敷に招いたという女・・・アリス。
屋敷に招き、あまつさえ住まわせるなんて、今までそんなことあっただろうか。
どう考えてもありえない出来事に、冗談か何かの間違いなんじゃないかと邪推する。
それをあの女が図々しく居座って・・・。
そこまで考えたブラッドの頭の中に、目が覚めたときの光景が思い出される。

今にも転びそうな様子で走り寄ってきて、その表情には不安と安堵が見え隠れしていたが、何よりも歓喜が満ち溢れていた。
まるではぐれてしまっていたものが、再び出会ったかのように。
目元には涙が光っていた。


「・・・ありえん」


再会、だと?
部下は口々に話すが、屋敷でどのように過ごしていたかはおろか、出会ったときのことすら覚えていない。
記憶には無いものだから、思い出すも何も無い。
そう言ってやれば、どいつもこいつも本気で怪訝な顔をする。
困った様子の奴もいるが、少し怒った様子の奴もいて、そいつは即刻撃ち殺した。
そういえば、門番たちもそんな反応だった。


「エリオット・・・」


あいつも時折、本気で少し攻めるような目を度々見せる。
アリスに会ってやってくれないか、声をかけて・・いや姿を見せるだけでも、とかなんとか。
そんなに暇なら外に行って見回りでもして来いと、仕事の山ごと押し付けた。


「くそっ忌々しい」


夜だからはかどると思ったが、いっこうに書類は減らない。
荒々しく椅子をひいて、扉を開けて庭へ出る。
向かった先は、薔薇園。

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