Faint Light






『いつかまた、と最期に笑っていた』

そう告げた、デュークの静かな声。
あいつはそんな笑わない奴だったけど、思えば旅の最後の方では表情は随分豊かになっていたような気もする。
その姿を、を見失う前までは。



今日も下町は騒がしく、忙しない。

「ユーリっ」

バタバタと階段を駆け上がって来た足音がそのままの勢いで部屋の扉をバタンと開ける。
窓辺に座って外を見ていた視線をそちらに向ければ、勢いよく飛び込んできた少年は息を大きく吐いてから笑顔で言った。

「帰ってきてたんだ、お帰りユーリ!!」

「おう」

言いながら近寄ってきた頭をわしゃわしゃと撫でる。
恥ずかしそうにしながらも零された笑みに、思わず釣られて口角が上がる。
少し見ない間に伸びた背がもうガキじゃねーんだなと思わせたが、そうやってまだ頭を撫でられてる相手を見て知らずほっとする。
時の流れを、感じた。



星喰みを消滅させてから、数年。
ギルドの仕事で世界中を飛び回っていてろくに戻って来なかったけれど、この部屋は相変わらず自分のために取っておかれてこまめに掃除されていて、箒星のおかみさんには頭が上がらない。
帰ってきたら借りるからさと何度言っても、他に貸し出す予定は無いよの一点張りで、ほんと下町の奴らは全く頑固で・・・あったかくて仕方ない。

キィ、パタン。

不意に隣から聞こえた物音に、馬鹿みたいに動揺して体が強張った。

「ん?お隣りさん?・・いたんだ、よろしく」

開け放たれた扉の前を通り過ぎて行きそうだったその男は、にかっと笑って声をかけてきた。
隣、貸したのか。
強張った体から力が抜けて、同時にああやっぱり、と少しだけ濁った思いを脳内で呟く。

あいつな、訳が無いか。

適当に会釈を返せば、ひらひらと手を降って階段の方へと消えて行った。

「えっと、今はハルルから来た商人の人に貸してるんだ」

何となく言いづらそうにしながらテッドが口を開く。
その視線がこちらと、隣の部屋、そして男が消えて行った階下をうろついていて、苦笑した。

「そんな顔、する必要ねえっての。ってか俺の部屋もちゃんと宿屋として機能させねーと経営大丈夫なのかよ」

「ユーリは良いんだよ!それに、だって、ユーリは最近ギルドから送金してくれてるだろ。多すぎるって母さんが・・」

「それこそ、良いんだよ・・・ずっとタダで居させてくれてた分も含めて、だからな」

多すぎるなんてことは無いと思うくらいだ。 それにギルドの仕事内容は波があるから、同じ額を定期的に送っている訳でも無い。

「本当はそんな気を使わなくたって・・・」

「・・・ん?」

考え事をしていてテッドの言葉を聞き逃した。
聞き返せば、いつの間にやらしっかりした顔付きになった少年に真っ直ぐ見上げられた。

「ここはっ、この部屋はユーリの部屋でここはユーリの家なんだから、そんなの気にしなくたって良いんだっ!!」

「・・・・・」

真っ赤な顔で勢い込んで話す少年に、呆気にとられて何か言おうと開いた口からは何も出てこない。

「・・・だから、本当はお金なんて気にしなくて良いって言いたいんだけど・・」

握られていた拳からほとりと力が抜けて下を向いた視線、下げられた頭。
込み上げて来る想いを口に出すのは柄じゃない。
でも緩む顔は止められるもんじゃなかった。
だから顔を上げられないように、見られないように体重を乗せて、開いた左手でその頭を上から掴むようにして撫で回す。

「わっわ!ちょっ・・・ユーリ!!」

「いやー大きくなったもんだと思って、な」

笑いながらその頭を撫でて、そしてふと視線を窓の外へやる。
青い空。
もうそこに、あいつが驚きながら見上げた結界魔導器の輪は無くて。



いつかまたって、いつなんだよ。

胸元に手を当てても、自分の鼓動としか分からない。

いつまで待たせんだよ。

本当にまた会える確証なんて、どこにもなくて。
それでも消えちまったその姿を、忘れることなんて出来なくて。
デュークは笑っていたと言っていたが、何となく泣きそうな情けない笑顔しか思いつかない。
いつか、下町に来たばかりの頃。
この窓から飛び降りたの泣きそうな微笑み。

いい加減その顔、見せろよ。
そんでちゃんと、笑って見せろ。

こんな不細工な笑みを早く塗り替えてみせろと、ぎゅっと瞳を閉じた。










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