真夏の鬼ごっこ






そしてまた水曜日。
そろそろ夏休みも目前である。
つまるところ、クレープ戦線も終わりを迎える、かもしれないそんな時期だった。

「セーネン。本当にちゃん、最近もこっち来てんの?」

「・・・あいつ、逃げ足早過ぎ・・」

「それならひとあんし・・いや、何でも無いデス。本当に、おっさん、ちゃんに会えなくて、このままだと寂しくて死んじゃう」

「あっそ・・」

ちょ、セーネンひどい!!と気持ち悪く身を捩る相手から視線を外す。
もはや、クレープなどどうでも良くなってきたかもしれない。

「えっと、大丈夫ー?」

「放っておいてくれ」

連戦連敗。
負けず嫌いの自覚はあるが、真夏にこう何度も鬼ごっこを繰り返すのもさすがにしんどい。
暑さに参っているのか、目的を見失いかけている若者にどうしようかと悩むレイヴンの耳に、近づく足音が届いた。
続き、ノックも無しにガラリと開け放たれる扉。

「おっさん、いるわよね?」

「・・・先生って呼んでちょーだいよ・・」

「あんた、自分でおっさんってよく言ってるじゃない。自覚あるんでしょ、なら問題無いじゃない」

「冷たいわね・・おっさん泣いちゃう」

「夏に自分で涼をとれて良かったんじゃない?後その泣き真似ウザい」

グサグサグサグサと容赦ない少女の声が、最近すっかり静かになっていた物理準備室に響く。

「・・見慣れねー制服だな」

横目でチラリと見れば、腕を組んでいた少女がこちらを向いてフンと鼻で笑う。

「不法侵入って追い出す気なら、受けて立つけど?」

「いや・・何かエステルから聞いた、あんたがリタ・モルディオ、だろ?」

「・・・エステルの知り合いなの?」

あんたが?と眉を寄せて上から下まで怪訝そうにじろじろと見られ、ユーリは眉を動かした。

「信じられねーってか?」

「ええ。だってあの子、あんたと違って良い子だもの」

「イイコ、ねぇ・・・」

「何よ、何か文句ある?」

「いんや」

一つ下のエステルとは、フレンを挟んで何かと交友がある。
ちょっと天然でお嬢様気質だからか、男女問わず何かと絡まれやすい彼女に仕方が無いなと手を貸していたら、いつの間にか保護者のような立ち位置になってしまっていた。
基本的には誰にも気構えせず、というか大らかというか、のんびりというか、おっとりというか・・・まあ、そんな彼女に大分毛色の違う友人が出来たんだなと、まじまじとこちらからも見ていたらジロリと睨まれた。
まあ、これくらいしっかりした友人、しかも同性の、が出来たならこちらとしても一安心である。

「ちょっと抜けてるところがあるけど、まあよろしく頼むわ」

「あんたに言われるまでも無いわよ」

打てば響くような相手に苦笑する。
フンッと鼻息荒く返した顔は、そろりとその場を離れようとしていたレイヴンの方をまた睨みつける。

「どこ行くつもりよ、おっさん」

「いやー・・後は若い二人に任せて・・・」

「・・木端微塵になりたいの?」

「いや、まさかそんな・・で、リタっちはせんせーに何の用なのよ」

途端にすっと立ち上がったレイヴンが、そーっと様子を窺うように尋ねる。

「おっさんの宿直日、教えて」

「え?」

「夏休みよ、夏休み!来る日、あんでしょ?」

とっとと吐けと言わんばかりの少女を前に、レイヴンは慌てて配られた宿直日程表を机の紙の山から探し始める。
数秒も立たないうちに、リタは片足をトントンと鳴らし始めた。
待ちくたびれたらしい。

「いっそ全部燃やしてあげてもいいわよ?綺麗になるわよ」

棒読みでしれっと言う彼女に必死で探し当てたレイヴンがくしゃっとなった紙を読む前に、リタがさっとその紙をサッと横から奪い取って目を走らせる。
ふんふんと読んで、ハイと突っ返す。

「もう良いの?別の紙に写そうか?」

「いらないわよ、もう覚えた」

コピー機の方に歩き出すレイヴンをよそに、リタは踵を返す。
扉を開けかけて、その手を止める。

「あ、そのあんたが学校いる日のどこかで、夜に花火打ち上げに来るから」

「・・・・え?」

「来たら鍵開けなさいよ、よろしく」

言うだけ言って、リタはさっさと出て行ってしまった。
その後ろ姿をポカンとレイヴンが見送っている。

「・・・何か、すごいのが入ってきたな」

「え、・・てかセーネンいたの?」

今の聞いてた?と困惑した表情の物理教師に、聞いてたという意も込めて肩をすくめて見せれば、レイヴンはガックシと項垂れる。

「花火って・・最悪知られたらせんせー首になっちゃうんだけど・・」

「ま、後片付け頑張ればいーんじゃ」

ねーのと立ち上がりながら言いかけた、その片腕をガシリと掴まれる。
嫌そうに見れば、相手はちょっと必死な顔をしていた。

「ユーリくん」

「俺は嫌だっての」

「先生を助けると思ってさー」

お願い、と言われてもフレンじゃあるまいし、手を貸す必要は無いと振り払おうとしたユーリの耳に、悪魔の声が届く。

「・・もうちゃんのことは諦めて、今の件のこと手伝ってくれたらクレープ作ってあげるから!」

「・・・・・・・・絶対だぞ」

「わーセーネンありがとー!やっぱり頼りになるわ!!」

「わぁーった!分かったから、離れろって!!暑苦しいんだよっ」

そんなこと言わずに!と全力で迫ってくる物理教師を何とか押しやりつつ、ユーリは早々に後悔し始めていた。
クレープひとつで簡単に釣られる自分は、教師のお願いを断れないフレンとそう変わらないかもしれない。
それともう一つ、気になることが。

「・・・あの制服どっかで・・」

「ん?どったのセーネン?」

「・・いや・・」













「ってお前もかよ!」

「お前って何よ!私がいちゃ悪いっての?」

「まあまあ二人とも落ち着いて」

「そうだよ、ほらウィンリィもアイス溶けてるよ」

公園で買ったアイスクリームを食べつつ、話題は夏休みの予定になる。
この中で一人、公立ブラスティア工業学校に入ったウィンリィとは久しぶりに会うが、エドワードとは相変わらずのテンポである。

「仲が良いな」

抹茶ソフトを食べながら、仲良きことは良きことかなと心中で呟き、あれそう言えば最近もどこかでそんなこと思ったような・・・と記憶を掘り返して、は急に沈鬱な表情になった。

「どうしたの、?・・エドがなんかした?」

「って、何で俺なんだよ!」

「どう考えたってあんたでしょ!毎日毎日、今日もに迷惑かけてるんじゃないかって心配で心配で」

「ははは、ウィンリィってばまるでのお母さんみたいだね」

「大丈夫。・・・でも、ウインリィが一緒にいてくれたらなって、思うことも良くあるかも」

「おい、そりゃどういうことだよ!」

「あははっ。にそう言ってもらえるのって珍しいから、何か嬉しい」

にっこりと笑うウィンリィは元気で可愛い。
エルリック兄弟といつもつるんで三人でいたから、一人別の学校に行くのだと聞いた時には驚いたものだったけど、受ける学校を聞いて納得した。
ウィンリィはギラギラと輝く金属部品や機械、その動く仕組みがたまらなく好きという、女子としては非常に珍しい趣味を持っていて、小さな頃から家の中の電子機器を片っ端から分解したりして、結局そのまま直せずに放置して家族が困っていたという話も聞いている。
そんな彼女は今、機械工学を専門で学びたいと公立ブラスティア工業学校に入学し、人により近いロボットを作るために男子学生に囲まれて日々研究しているというのだから、すごいものだ。

「お前、ロボットオタクだろ?なんでU部の集まりに来るんだよ」

「だってマルコー先生の人体神秘学、興味深いんだもの」

医者の娘でもある彼女の夢は、より体に自然になじむ義肢や義足を作り手足が不自由で困っている人を助けること、そして作るだけでなくその後のサポートも含めて義肢装具士の資格を取りたいのだと聞いた。
綺麗な金髪を無造作にくくってバンダナをし男子の間に紛れてレンチを振っている、ウィンリィは可愛くもあるけど格好いい。

「ロボットに人間の動きをさせようっていうなら、人間の体の構造も知っておかなきゃならないじゃない。マルコー先生は教えるの、上手いわよね」

それにしてもU部が外部連携もとっているとは、初めて知った。

「で、ももちろん、来るのよね?」

「え?ごめん、何の話だっけ聞いてなかった・・」

素直に謝れば、そんなに怒らないところも優しい。

「もー!ちゃんと聞いててよ。夏休み中にU部主催で近所の学校と連携とって花火大会するんだって。一緒に見に行こう、っていうかはそもそもU部なのよね?」

「こいつは幽霊部員」

「花火大会かー」

「っていう名目の、各学校のU部員対抗花火実験、だよ」

今、さらっとアルフォンスが不穏な言葉を発した気がした。
確かにU部員は理系が多いが・・。

「火薬の強さとか色の綺麗さとかでどこのチームが一番だったか競うんだって」

「火薬の・・強さ?」

だいぶ、危険な気がする。
あんまり近くで見るものじゃ無い気がして辞退したくなったが、ウィンリィにキラキラした瞳で見つめられて、うっと言葉に詰まる。

も一緒に行こうよ!参加しなくても見に来るだけでも!!私も参加するから、ぜひ応援して欲しいなーなんて・・」

「あ、うん・・えっと」

「うん、って言ったわよね?わーいやったぁ!」

「・・うん・・分かった」

はウインリィの押しに弱いよね」

アルフォンスに微笑みながら冷静に分析される。
俺も参加するしはそもそもこっち側だろ、こっちを応援しろとエドワードが文句を言い、ウインリィが言い返す。
そんな二人の白熱したバトルに、どっちを応援とかよりも何よりも、出来るだけ気を付けて安全に、と念を押すしかない。

「こうなったら、きっと止められないね」

自分の必死の注意も聞いてない二人に対して、はははと朗らかに笑うアルフォンスに、は項垂れた。
夏休みを何事も無く無傷で越せるかが、宿題より重要な課題かもしれない。













「あ、ユーリ」

廊下の向こうから桃色の髪を揺らして、一つ下の学年のエステルが小走りに近寄ってきた。

「おう」

「おはようございます。ユーリも、聞きました?夏休みのこと」

夏休み?と聞き返しそうになって、そういえばと先日、物理準備室に殴り込み・・いや頼みごと?をしにきた新顔のことを思い出す。

「ああ、リタ、だっけか?あいつから聞いたけど・・・ってエステルも行くのかよ」

「もちろんです!折角誘ってくださったんです、断る理由がありませんっ」

キラキラした瞳は本当に嬉しそうで、ユーリは笑って良かったなとその頭を軽くぽんぽんと撫でた。
途端に感じる周囲の視線。
生ぬるいものから、同性のちょっと鋭いものまで多種多様。
とはいえ、この学園内で有名人なユーリに堂々と喧嘩を売る勇気があるものもそうおらず、いても返り討ちに出来るほどにはケンカに強いので、ユーリにとっては何でもないことだった。
そう、だから二人揃っているところに声をかけられるものもそう限られていて・・・。

「エステル!」

「あ、リタ、おはようございます」

「おはよーさん」

「お・・おはよう」

名前は呼ぶくせに、何で挨拶はそんなにしどろもどろなのか。
声をかければ、途端に口をもごもごさせだすリタに、ユーリもエステルも少し首を傾げる。

「リタ、知らぬ間にユーリとも仲良くなっていたんですね」

「!?!こいつと、仲良くなんてっ」

「さすがです、リタ。すごいです」

「っ・・・・・」

真っ赤な顔で、まだ何か言いたそうではあるが、にこにこと微笑むエステルに結局リタは何も言えなくなっている。
なるほど、ある意味バランスはいいのかもしれないとユーリは頷いた。

「なっ、何よ・・」

「いや、何も」

「ユーリともリタとも遊べるなんて、夏休みが待ち遠しいです」

「あ、遊ぶっていうか、花火、見るだけなんだけど」

「はい!」

「・・・てか、本当にここの校庭でやるのか?」

知ってそうな奴に詳しく聞いた話がちょっとやばそうで、ユーリは確認の意を込めて再度聞く。
何だか、他校の連中も絡んできて、花火大会と言う名目の学校対抗火薬実験大会だと聞いたのだが。

「校庭じゃないわよ」

「・・へ?」

「屋上でやるに決まってんでしょ」

校庭からなんて、そんな集まってるとこ丸見えなところからやらないわよ、と馬鹿にしたように言われる。

「それに、やっぱ花火は高く上げなきゃね」

「・・・・おい、本当にそれ大丈夫なのかよ」

「大丈夫です!当日はフレン含め生徒会の方も協力してくださるそうですし」

「は?フレン?!」

どう考えても一番に反対しそうなフレンが、よりによって協力とは・・・レイヴンがまた頼み込んだのかと思いかけて、ふと目の前の可能性に思い至った。

「エステルが頼んだのか・・?」

「えへへ、そうなんです。そうしたら困った顔はしてましたが、出来る限り協力するって言ってくれたんです」

「・・・・・へえ」

そんな危険極まりない内容以前に、校則破りも甚だしい行為であって、しかも夜という時間帯にエステルを外で行動させるというこのコンボ。
エステルに協力要請をされて、悲愴な顔をしながらも断れずに引き受けたのであろう幼馴染の様子がありありと目に浮かんだ。
あっちも苦労してんな、と周囲に振り回されている己を顧みて、ユーリは溜息を吐いた。










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