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一
「あ、」
「?」
白虎門の屯所から出たところで前方から声が漏れて、視線を向ければ見慣れた刀剣男子のうちのふたふりが立っている。特徴的な黒い洋装に黒い眼帯は燭台切光忠、その隣でむっつりとした顔で黒い学ランの様な上着を全開にして羽織っている不良高校生みたいなのが大倶利伽羅だ。ここに何の用かと聞きたいが、まあここには彼らと所縁のある白い刀剣男子がそれはもうわんさか所属しているからそのうちの誰かの知り合いだろうと見当をつける。
「あの、ここに最近入った・・」
大俱利伽羅様はそっぽを向いているが、燭台切光忠様が遠慮がちに声を掛けてきたのを聞きながら二人をまじまじと見る。顔でもその姿かたちでも無い、中身だ。纏うオーラとかいうと怪しさ満点だが、色でも匂いでも無いけれどとにかくそういう身に纏った「何か」をじっと見つめる。
「・・・・たぶん、”冷麦”の鶴丸様のお知り合いですよね」
「ひやむぎ?」
「さっき見かけたので呼んできますね、少々お待ちください」
「あ」
戸惑うような燭台切光忠様と大俱利伽羅様に入り口脇のベンチで待つように伝えて屯所内に戻る。”冷麦”の鶴丸様なら丁度さっき食堂で”饂飩(うどん)”の鶴丸様と”素麺”の鶴丸様とお茶を飲みながら麺談義をしていたのを見かけたところだ。思い出しながら食堂に行けば、まだ三人顔を突き合わせて何やら熱く語り合っている三振りの刀の神さまがいた。
「”冷麦”の鶴丸様!」
「お?どうした、きみ」
「屯所前にお知り合いの燭台切光忠様と大俱利伽羅様がいらっしゃってますよ」
「そうだった!うっかりしてたぜ」
「なんだなんだ、どこか行くのか?」
「俺たちも一緒に行ってもいいかい」
”冷麦”の鶴丸様を呼んだはずが、何故か後ろからぞろぞろと残り二振りの鶴丸様も付いてくる。まあ分かってはいたが基本、暇を嫌い好奇心には忠実に動く性質の刀だ。
「太刀だけに・・」
「?何を言っているんだか分からんが、コウリ、きみも行くかい?」
結局三振りともぞろぞろと玄関へ向かっていて、確かに自分もこれから外に出ようとしていたところだがどこへ行くというのだろうか。ちょいちょいと手で招かれれば、行先を聞いて決めようかと連れ立って屯所を出る。大人しく座って待っていた伊達の刀二振りは急にぞろぞろと鶴丸国永ばかりが出てきたことに金色の瞳をちょっと丸くして驚いている。そうしてうろうろと視線をさ迷わせた。今まで知り合いだったのだから分かるのかと思っていたが、もしかしたら今は霊力の供給源が異なっているから分かりづらいのかもしれない。そうでなくとも、自分から名乗りを上げようとするだろうと様子を見守っていたのだが。
「よっ光坊!」
「よっ伽羅坊!」
「待たせたな!」
「・・・・・」
「・・えっと、」
面白がっている。困っている知り合いを前にそれはもうニヤニヤと愉し気な顔を隠す気もない。押し黙ったままの大俱利伽羅様はおそらく普段通りだろう、反応を返すのも面倒という顔で腕を組んで顔をそらしている。これでは答えあぐねて困っている燭台切光忠様がかわいそうだ。これで知り合いの鶴丸様を当てられなければ鶴丸様は笑うだけだろうが、彼はきっと少し傷つくだろう。
「”冷麦”の鶴丸様」
「っぅひい?!」
背後に回って訪問した二振りの知り合いであるところの鶴丸様の背筋を指先でつぅとなぞり上げる。面白いくらい肩を跳ねさせ飛び上がり”冷麦”の鶴丸様は、咄嗟に目の前の伊達男の背後に隠れた。
「きみっ!いきなり何するんだ!!」
「折角来てくださった燭台切光忠様に失礼なことをしているからですよ」
そして、並んで立っていた残りふたふりの鶴丸様にも目を向ける。
「”饂飩”の鶴丸様も・・」
「あー・・コウリ、その悪かった」
「謝るのは、私にではないでしょう。・・ですよね、”素麺”の鶴丸様?」
「俺はまあ背中は弱くないからな!」
「脇がお好みですか?」
「・・悪かった」
”饂飩”の鶴丸様と”素麺”の鶴丸様がそろって両手を上げ降参の意を示し、二振り揃って燭台切光忠様と大俱利伽羅様に謝らせれば、一連の流れにきょとんと眼を丸くしていた燭台切光忠様が不意にふふっと口元に手を当てて笑い出す。
「ふっ、すごいね。君は鶴さんたちを皆見分けられるんだ」
「そうなんだ光坊!彼女はすごいんだぞ!!」
「それで、僕の知ってる鶴さんは今、”冷麦”の鶴さんで合ってる?」
自分の背後で目をキラキラさせ出した鶴丸国永を一振り振り返って燭台切光忠が声をかければ、握った両手を瞬時にしゅんと落として”冷麦”の鶴丸様はコクリと頷いた。
「からかって悪かったな」
「ううん。鶴さんが元気そうで良かったよ」
「光坊も伽羅坊も元気そうだな。・・安心した」
無事再会を喜び合う図まで持って行けたことに私としてはやっと一安心だ。ただ連れてくるだけが・・長かったとふうと見えない額の汗をぬぐえば、燭台切光忠様がふっとこちらに笑顔を向けてくれる。
「鶴さんを呼んできてくれてありがとう。もしまだだったら、一緒にお昼でもどうかな?」
「いいんですか?折角の再会の団欒を・・」
「全然!むしろ一緒に来てくれた方が僕も嬉しい、かな?」
昼か!なるほど、ならあそこの麵屋がいいんじゃないか?案内するぜ!と”饂飩”と”素麺”の鶴丸様がわいわいやってるのを見て、確かにこれは着いていった方が良いかもしれないなと頷いた。
「僕たちは迷ってたのに、鶴さんってば白虎に行くって聞かなくって。さっさと決めて行っちゃうし」
「二人も来てくれるんじゃないかと思ってたんだがなぁ」
奥の壁から大俱利伽羅様、燭台切光忠様、自分、の並びの向かいに、壁から順に”冷麦””素麺””饂飩”と鶴丸様が三振りずらりと並んでいる。いくら同じ姿かたちの刀剣男子がうろうろ行き交う32番街と言えど、同じ店内の同じ卓に揃って座っていたらそれは目立つだろう。しかも揃って白いレア太刀だ。周囲の審神者や政府職員、刀剣男子たちの好奇の視線をまるっと無視して入った麵屋は、先に白虎隊に入っていた”饂飩”の鶴丸様と”素麺”の鶴丸様の行きつけでオススメのお店なのだという。
「コウリ、こっちの出汁はイリコだしといって煮干しを主に使った出汁でな。ちょっと食べてみるかい?」
「こっちは関西風だから、きみのより色味が薄く味はサッパリしているんだ」
同じ本丸出身の三振りが奥で固まって、主に”冷麦”の鶴丸様と燭台切光忠様が話していると思えば、目の前に並ぶ二振りの鶴丸様から熱心に出汁の解説と共に一口食べてみろと椀やそば猪口を寄こされる。私は普段食べる関東風という醤油味が濃い目の出汁のものを選んだので、気になると言えば気になるので差し出されたものを一口ありがたく頂戴する。
「あ、これは美味しいですね」
「だろう?」
「コウリ、スイカもどうだ」
「ありがたいですが、どうぞご自分でお食べください」
”素麺”の鶴丸さまが寄こしてくる果物は、確かにしょっぱいものを食べている今、口の中をさっぱりとさせてくれるとは思うけれど一つしか乗っていないそれをもらうのはさすがに申し訳ない。
「コウリちゃんは果物が好きなの?」
「果物は全般好きですね」
不意に横から声をかけられてそちらを見れば微笑ましい顔で燭台切光忠様がこちらを見ている。そっか、と言う声を他所にお茶を飲もうと開いた口元に横から少々強引に何かを放り込まれた。触れた指先にそっと唇を撫でられて思わず「んむ?!」と目を向けば、そこにはニコニコとこちらを向いている伊達男がいる。反射的に口の中に入れたものをもぐりと噛めばプチリと皮を噛んで広がる果汁ところりと種が口内で転がる。燭台切光忠様の器に残っているのは赤く染められた細い茎。さくらんぼだ。
「さっきのお礼に」
有無を言わさず放り込まれたことにはさすがに軽く睨んでも、どこ吹く風といった顔でこちらを見ている。
「それに、これから鶴さんがお世話になる人だしね」
「「「光坊!」」」
「ん?どうかした?」
「・・うるさい」
伊達男、侮り難し。
2018.8.21
Icon & background by ヒバナ