32番街白虎門の鶴丸担当


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人工異空間「32番街」。
碁盤の目のように広がる町並みは時の大時計を中心に、政府の建物と審神者や刀剣がよく利用する万屋ショッピングモールや演練場、甘味屋、娯楽施設、更にその周囲には現世で暮らしづらいものや一部の役人、32番街に職場を持っている者たちも暮らしている。 東西南北にそびえる壁にはそれぞれの大門が存在し、登録されている各本丸からは昼夜問わずたくさんの審神者や刀剣がその門を行き来している。
西の白虎門を守護する白虎隊が私の所属している部隊だ。



「なあコウリ!今ちょっといいかい」

今日も今日とて、低くも軽快な声がかけられる。今度は誰だと振り返れば、真っ白な神様がひとふり淡い黄金の瞳に期待の色を込めてこちらを見ている。
その視線を滑らせれば、彼を表す鶴の紋の下に可愛らしいチャームがぶら下げられていた。ショートケーキだ。それを認め、その視線をまた白皙の美貌に戻す。にこにこにこと実に楽し気だ。

「何ですか、”強力粉”の鶴丸様」

いきなり何を言い出すのかと思うだろう。私も自分で何言ってんだと思うのだけど、仕方ない。彼らはとかく言い出したら聞かないのだ。
私の言葉に、目の前に立つ刀の付喪神であるところの鶴丸国永様は、その眉を少し跳ねさせて口元にムッと力を込めた。

「きみな、見えてないのかい?」

言いつつ指し示すのは先ほどチラ見したショートケーキのチャームである。見えている。ついでに言うなら、目にした本物そっくりの食品サンプルにいたく感動した鶴丸様が「これがいい!」と現物大のショートケーキの食品サンプルを紋にぶら下げようとするのを、さすがに止めて何とか宥めすかせて小さなチャームサイズのそれにさせたのもよく覚えている。
まるでお菓子を買ってもらえない子どものようだった。さすがに床でじたばたすることは無かったが(やったら速攻置いて帰っていた)、こちらの腕を引き腰に手を回して、下から覗き込むように顔を寄せての上目遣い。実にあざとい、がそこで折れるわけがない。何しろ大きい食品サンプルはそれだけ値が張る。それにきっとそんな重いものをぶら下げたら、羽織の前身ごろが伸びること請け合いだ。次の給料が出たら自分で買って部屋で愛でなさいと説き伏せて、それ以上ごねる前にさっさと店を出た。何より面倒くさかったからとか言わない。
そんな本物そっくりだがミニチュアサイズのショートケーキを眼前に突き付けてくる鶴丸様から目を反らす。

「下手なことして壊したら”薄力粉”の鶴丸様に怒られますよ」
「俺が”薄力粉”の鶴丸だぜ?」
「嘘ですね」
「・・きみ、バッサリいくなぁ」

薄力粉はクッキーやケーキによく使われ、強力粉はパン作りに使われる。ショートケーキを作るなら一般的には薄力粉を使って作られるだろう。つまり、目の前の鶴丸様は自分のあだ名を示すチャームを付けているのだから、自分は”薄力粉”の鶴丸だと言いたいわけなのだろうが。

「それで、何の用ですか”強力粉”の鶴丸様」
「きみ、つまらんとよく言われないかい」
「つまらなくて結構」
「そんな調子じゃあ心が枯れて死んでしまうぜ」
「ご心配無用です」

用が無いならこれで、と踵を返せば、待った待ったと腕を取られる。

「コウリ、きみ図鑑を持っていただろう?貸してくれないか」
「何の図鑑ですか?」
「植物の・・、花が色々載っている奴がいい。描いたやつじゃなくって」
「カラー写真のやつですね」
「ああ、それだ!それを貸してほしい!」

良いだろうか?と僅かに首を傾げる仕草は、おねだり上手と噂の”薄力粉”の鶴丸様に確かに似ていた。
見張りも手合わせも指導も、政府の手伝いもない非番の今日だ。特に腹が空いているわけではないが、お昼時に混むより先に食べてしまおうかと食堂に向かっていた足を仕方がないかと宿舎の方へと向ける。それに、パァっと顔を綻ばせる鶴丸様を見上げる。

「とりあえずそれ、壊さぬ内にちゃんと”薄力粉”の鶴丸様に返しに行ってくださいね」
「!ああ、分かった」

言えば、パッと腕を離した相手は「後で」の言葉にひらりと手を振って廊下を先へと駆けていった。


+ + + + +


「よ!コウリ」
「お疲れ様です、”白衣”の鶴丸様、薬研様」
「ん、コウリのお嬢、これから昼か?」

頼まれた類の図鑑を、どれにするかは見て選んでもらおうと5冊ほど腕に抱えて歩いていれば、脇の道から片手を上げた鶴丸様と黒髪に眼鏡をかけた小柄な少年が連れ立ってくる。薬研藤四郎という刀剣が普段着に白衣を着ているのは常からのことだが、一緒にいる鶴丸様も白い内番の和装の上に白い白衣を羽織っている。それは彼の渾名を表していると共に、二人が白虎隊の医療班に所属していることも示していた。

「じゃあ、一緒に食おうぜ」

図鑑を貸す予定の”強力粉”の鶴丸様とも食堂で待ち合わせている旨を伝えれば、隊員の健康チェックを終えたのだろう、カルテを脇に抱えている二人は相席しようと一緒に食堂に向かった。

「コウリ!こっちだ」

食堂につけば手を振る鶴丸様は席を取っておいてくれたらしい。二人を連れて近づけば、一瞬丸くした瞳を笑みに変えて横の二席も取ってくれる。結果、横に”白衣”の鶴丸様、向かいに”強力粉”の鶴丸様、斜め前に薬研様という配置で座ることとなった。

「ちゃんと返せましたか?」
「ああ、もちろん。ちゃあんと返してきたぜ」

彼の胸元に揺れるのはショートケーキの食品サンプルではなく、トーストされた食パンに美味しそうなイチゴジャムが塗られた食品サンプルだ。

「君たち二人がここにいるってことは、演練の補助に行ったのは・・」
「”包帯”の、俺が行ってるはずだぜ」
「あとは山姥切の旦那だったな」

話を聞きながら、医療班に所属している包帯を腕に巻いた鶴丸様と山姥切国広様を思い浮かべる。ちょっと中二病チックな見た目の”包帯”の鶴丸様は、確か同じ伊達組の大俱利伽羅と同じぐらい口数が少ない鶴丸様だ。慣れ合わない、とまでは行かないがいつも口数少なくて、でもその分よく周りを見ているから何かあった時にすぐ気が付く、医療班の中でも頼りになる一振りだ。

「そりゃあまた、随分静かな二人組だな」
「ともすれば山姥切の旦那の方が社交性があるかもしれないな」

真面目な二人のことだ。口数は少なくともしっかり仕事を終えてくるはずだと思いながらも、耳から入ってくる会話より、眼前で繰り広げられている光景から目が離せない。笑いながらミートソーススパゲッティをくるくると器用に巻いている”強力粉”の鶴丸様に、カレーライスのライスに福神漬けをちょいちょいちょいちょい足しているのは”白衣”の鶴丸様だ。お願いだから勢いよく食べていくのはやめてほしい。あああミートソースがテーブルに跳ねている!いや、テーブルならセーフか。かと思えば、隣で豪快にカレーライスをかっ込み始める。いや、その食いっぷりは見ていて気持ちよくはあるが、あるけれど!

「・・コウリのお嬢、大丈夫か?」
「お気遣いありがとうございます・・」

私の視線に気付いた薬研様が、そっと着ていた白衣を脱いで椅子の背にかけてくれた。そうですね、あなたがちゅるりとそばを啜っているのも実はハラハラドキドキが止まりませんでした。
そんなやり取りをしていれば、それを聞いた向かいの”強力粉”の鶴丸様がこちらを見て片眉をひょいと上げる。

「なんだきみ、また気にしてるのか?」
「気にしたって仕方がないだろう?まあどんなに気を付けていたって、汚れる時は汚れるものだしな」
「気疲れするだけ、無駄だぜ」
「そんなことを言って、堀川様から呼び出しをくらっていたのは誰でしたっけ」
「俺だな!」

鶴丸様たちが汚した服を白に戻すため、洗濯担当の堀川様と歌仙様は日夜努力を惜しまない。そんな彼らを前に、ふざけて衣装の背中に墨で大きく「しょく●んマン」と書いた”強力粉”の鶴丸様が笑顔の堀川様に廊下を引きずられていったのを見たのは記憶に新しい。

「説教くらって反省したんじゃないんですか?」
「説教だけじゃないぞ!洗濯機を回す堀川に説教されながら、床に置いたタライと洗濯板で延々ふんどしを洗わされたんだ。薬研、笑ってはいるが、たぶんあのふんどしの中にきみのもあったと思うぜ。・・さすがにあれは、腰を痛めるかと思ったな」
「そいつは悪かったな、旦那。湿布でも処方しとくか」

ため息交じりに腰をさすっている姿は、平安じじいと言っても差し支えない姿だ。

「いや、いい。大丈夫だ。・・こんなことで腰をやるなんざ、男の沽券にかかわる」

ぶつぶつとこぼされる愚痴をスルーしていれば、横でカレーを食べ終わったらしい”白衣”の鶴丸様がコップの水を飲み終えたところで、私の横をちらと見てきた。テーブルの上にのせておくと彼らの白い服ともども汚れる危険に巻き込まれかねないと、持ってきた図鑑の山は隣の椅子の上に避難させていた。

「・・ところでそっちの俺、何か調べ物でもしているのか?薬草のことなら薬研でも、俺でも少しは分かると思うが」
「ん?ああ、それか。いや、そうじゃなくてだな」

示された植物図鑑に視線をよこして、こちらも食べ終えた”強力粉”の鶴丸様が手に取ったコップをテーブルに戻す。

「最近また新しいのが来たらしくてな」
「それってつまり」
「よその”俺”だな!」
「また鶴丸の旦那が増えるのか・・」

薬研様の呟きに少々の疲労度が感じられたのは気のせいではない。私はと言えば、すでに食べたトレーを横に除けてテーブルに額を打ち付けていた。ゴンゴンゴリゴリ、ああ額がひんやりして気持ちいい。打ち付けて熱を持った額がすぐに冷やされて気持ちいい。
そのまま視線を戻さぬまま頬をペタリとつけて遠い目をしていたが、すぐに肩を揺らされる。

「おいきみ、大丈夫か。随分いい音がしたぜ」
「・・・もう、お腹いっぱいです」
「だろうな、いい食いっぷりだったしな」
「・・・・・」
「ははっ、まあ個体差はあれど”俺”だからな!そこは仕方がないだろうな」

言外に、白虎隊鶴丸様集まりすぎ、他所の隊に行ってくれないかと零すも、それを拾い上げた鶴丸様たちは揃って「諦めろ」と笑う。
分かってはいる。鶴丸様達は総じて白が好きだ。次に赤だが、何色がいいかと言われれば大抵の鶴丸様は白と答える。ゆえに白虎隊には鶴丸様が集まってくるのだ。




2018.8.13





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