舞台袖で踊る


舞台袖で休む





「なあ、・・おいって」

「・・・・・」

現在掃除中のこの部屋には自分しかいない筈なのに、どうしてだろう幻聴が聞こえてくる。

「無視か」

仕事をしていない人は仕事をしている人の邪魔をするべきでは無いと思う。
いや、店員やお客相手の商売ならそれも致し方ないけれど、この場合は違う。
仕事に集中している人間を邪魔するなんて、何の権利があってそんなこと許されると思っているんだ。
お前はオエライ様か。
これでも大分我慢している方だ。

「風邪、引かなかったか」

ずかずかとまたも勝手に窓から入ってきたと思えば、ずっとこの調子だ。
次は何をしよう、あと残っているものは何だったか。
先の仕事内容と効率を考えながら進めている思考にうるさいノイズが入ってくる。

「あー、はいはい。静かにシテマス」

思わず睨みつけた先でわざとらしく両手を上げた相手は、あろうことか綺麗にセットしたばかりのベッドにどっかと座りこんだ。

「?!ちょっと・・」

話しかけるぐらいならと無視をしつつも兵に突き出さずにいたが、そろそろ我慢も限界だ。
開いた口を引き結んで怒りも露わに歩み寄れば、座ったことで視線が同じ高さになった相手と目が合った。

「なんだよ」

勝気な瞳と上がった口角。
どことなくニヤニヤとしているようにも見える。
何がそんなに愉快なのだろうか。

「ていうか、やっとこっち見たな」

「そこから今すぐ退いてください」

「・・・、ヤダって言ったら?」

思わずガキかと怒鳴りつけそうになった気持ちを、目を閉じ深呼吸することで何とか落ち着かせる。
次に閉じたままの目を笑みの形にして、そのまま薄ら開いて相手を見返した。
パチクリと瞬きをする、男にしては童顔な顔立ちと細身の体にちらと視線を滑らす。
いけるか。

「お?」

両手を伸ばしてその二の腕をガシッと掴んだ。

「・・くっ」

掴んだ瞬間、内心呻いたのは内緒だ。
振り向くような動作で遠心力に合わせれば、大人の男性でも引きずりおろせるだろうと思ったのだが。
細身に見えるクセに筋肉質な固い感触がしたから、これは無謀だったかもしれないと思ったのだが掴んだ手前やってみるしかないとチャレンジした自分が馬鹿だったようだ。
多少はよろめいたようだったがそれは気を抜いていたからだったのだろう。
直後に力を入れられれば敵うものでは無かった。
無駄な体力を使ったなと、踏ん張った足元を見下ろして溜息を吐いた。

「ん、もういいのか?」

掴んだ手から力が抜けたのを感じ取ってからかうようにかけられた声を無視すれば。

「ぁっ、?!」

急に視界が回って背中に衝撃を受けた。
驚いて見開いた視界に映るのは、天井と、そして。

「!!退いて、」

「何だ、お誘いを受けたんだと思ったんだけど」

馬鹿じゃなかろうか。
思考回路が如実に顔に出ていたのだろう。

「んな、イヤそうな顔されるとさすがに傷つくな」

「嘘」

「・・まあ、冗談だけど」

「!?、っ」

冗談と言いつつ近づく顔に慌てて顔を背けようとすれば、両頬を固定される。
混乱して思わず瞑った暗い視界の先で、相手が小さく笑ったのを気配で感じた。
カッと見開いて睨みつけた瞬間、コツンと額が合わさった。

「・・・・・」

「・・・・・」

「何で休まないんだよ」

低い声は溜息と共に離されるが、今のうちにと起き上がろうとした体はのしかかる重みに抑え付けられて敵わない。

「あなたには関係ないでしょう・・離してください」

「顔に出ねえっていうのも困りもんだな」

人の話を全く聞いてくれない相手はやれやれと首を振っている。

「あんたが自分から休みを申し出るか、オレが強制的に休ませるか。どっちがイイ?」

「強制的にって・・」

何をする気か。
上に言いつけるとかは正直止めてほしい。
体調管理が出来ていないとお叱りを受けるのは間違いない。
そう思って見上げれば、見上げた相手は何やら楽しそうにポキポキとその拳を鳴らしている。
まさかの力技だ。
強制的に休ませる気まんまんじゃないかと、風邪か悪寒か背筋に寒気が走る。

「女性に暴力はよくないかと」

「先に人のことぶん回そうとしただろうが」

それもそうだが、それにしても強制的に本気で人のことを落とす気なんだろうか。
とにもかくにも上から退いてくれない限り、自分にできることは何もないかと諦める。

「・・諦め早いな」

「面倒事が苦手なだけですよ」

力を抜いてベッドに仰向けに寝っころがったまま、どことなく不満げな顔をする相手を見上げる。
変な男だ。
好きにすれば良いと態度で示したのに結局は手をこまねいているようだ。

「あのな、ベッドの上でそんな抵抗も無しじゃ好き勝手されても文句言えねえぞ」

挙句の果てに、ベッドに転がして脅した張本人である自分のことは棚に上げて、嘆息交じりに注意をしてくる始末。

「ユーリさんは見かけによらず、お優しいんですね」

目を瞑ってそう言って笑えば、小さく詰まるような声がした。
暫くの後に、気配は上から遠のいた。
パチリと開いた視界には天井しか映っていない。
その視線を横にずらせば、頬杖をついて不満げな相手がベッドの足元であぐらをかいていた。
本当に、変な男だ。
最初にあったあの日。
彼は結局大人しく兵に連れられていった。
その後はいったん牢にも入れられたらしい。
どうやっていつ出たのかは聞かなかった。

「・・・・」

小さく息をつけばやっぱり体は不調だったのだろう、吐く息が重く感じる。
静かに起き上がるけれど頭は少し揺れて、ふわりと浮かぶような感覚に暫く目を瞑る。

「・・休まねえの」

そんなこちらの様子を窺っていたのだろう。
頬杖を付いた指の端から視線をちらりと寄越した相手は、すねたような口調で問いかけてきた。

「まだやることがありますので」

一端ベッドから下した足を揃えて、そうして一呼吸の間にぐっと立ち上がる。
よし、大丈夫だ。
深く深呼吸をしてから動き出す。

「ちょい待った」

その腕をまたも取られた。

「今度は、な」

んですか、と聞こうとした声は、くんと引かれた腕の先で微かに首を傾げた様にして優しく笑みを零す相手によって遮られた。

「んじゃ、コッチだな」

囲い込むように回された手が、トンと優しく首の後ろに触れた。
暗転。



驚いたような瞳はカクンとその身体が傾ぐのと同時に瞼の裏に隠れていった。
くずおれた体を回した腕で抱きとめる。
自分からすれば小さくて細いの身体を慎重に抱き上げる。
意識を失って手足が壊れた人形のようにぶら下がっている様は見ていて怖い。
ベッドに下して布団をかけた。
休憩室やら医務室やらに運ぶことも考えたが、自分に抱えられて運ばれる姿なんて上司や同僚に見られたくないだろう。
少し熱い額に手の甲をのせて、その手を滑らせて柔らかい頬の線を指先でなぞる。

「・・・、フレンに言っときゃいいか」

そして、薬やら何やら手配してもらえばいい。
また彼女に迷惑とちょっかいをかけて、とお小言をくらうだろうけど。

「オヤスミ、

軽く髪を撫で梳いてから、そっとベッドから立ち上がった。




◆アトガキ



2017.1.18






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