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一
街の中は色とりどりの花やリボンで飾りつけられ、美味しそうなお菓子やちょっとした食べ物、飲み物の屋台ががあちこちにたって客を呼び込んでいる。
行きかう人々の顔はみんな明るく楽しげでそんな大人たちの間を、綺麗な花やリボンを先に付けた杖のような棒、剣の玩具や、買ってもらったカラフルなお菓子を持った子供たちが笑いながら駆け回っている。
市民街は普段以上に活気づいて賑やかだった。
見上げた先のザーフィアス城も普段とは異なる様相で、タペストリーや旗の色が変わるだけでこんなにも印象が変わって見えるのかと思うほど、まるでハルルの木のように淡い桃色に囲まれていた。
「おめでとー!お姫様、おたんじょーび、おめでとー!」
キャッキャと笑いながら足元をすり抜けていく子どもを、店員や道を行く年配のご夫婦も微笑ましそうに見ている。
そう、今日は副帝エステリーゼ・シデス・ヒュラッセイン殿下の生誕祭。
「おや、ちゃん」
「こんにちは」
道をゆく間に、顔馴染の街の人に声をかけられる。
折角の祭りなんだから今日は休みにしようと工房仲間と話し合って、店を閉めて買い物にでも出てきたのだがこんなに人が多いとは思わず、余りの人ごみに少しへばっていた。
軽食と美味しそうな焼き菓子を買って、これはもう下町に帰ってゆっくり休もうかと思っていたところだった。
「大丈夫かい?ちょっと顔色が悪いよ」
「あー、・・いえ、大丈夫です」
「そうかい?」
この祭り用にと一気に増えた依頼をこなすために連日集中して神経を使っていたのが、どっと疲れとなって出てきてしまったようだ。
顔色を指摘されれば、周囲の興奮につられてハイになっていた身体が自分の状況にやっと気が付いたように、体全体がドッと重くなったような気がした。
加えてカラフルに飾り付けられた街中のその色合いに疲労困憊した目を刺激して視界がチカチカとし、機械音にならされていると思っていた耳から入り込む喧騒が脳を少しばかり揺らしている。
これはマズイと、心配そうな顔をする相手に笑顔で軽く会釈をして回れ右をして下町へと向かう坂を下る。
「っ・・!」
もうすぐで噴水広場にさしかかるという辺りで、爪先を石畳の段差に引っかけた。
つんのめった体を支えようと両手を慌てて前に出す。
目をぎゅっと瞑って手の平に受けるであろう衝撃に身構えた、その腰元が何かに引っかかったように不自然にぐらんと大きく揺れる。
「ぁう」
何故かは分からないが転ぶのは避けられたようだが、勢いのままに揺れた頭に脳内が盛大にシェイクされて気持ちが悪くなり思わず呻き声が漏れた。
「っおい!大丈夫か・・って」
一瞬差した上からの日差しに閉じていた目を更に顰めれば、頭上がふっと陰る。
身体に回されていた誰かの腕のようなものに肩を支えられて、その場にそろりと下される。
手の平に触れた石畳の表面をざらりと撫でて、砂っぽさを感じつつそっと目を開けた。
「誰かと思えば・・またあんたか。大丈夫かよ」
溜息ひとつ落とされて、呆れたような声が降ってくる。
聞き覚えのある声と肩に回された腕の先で光るバングルに、ふらふらと揺れる頭で相手が誰だかを思い出す。
「ひでー顔。そんな顔で何やってんだ」
「ユーリ・・ローウェルさん・?」
「人混みにでも酔ったの?」
いまだ薄らと開けた視線が彷徨っていることに気が付いた相手の顔が顰められ、肩に回されていた方の腕とは逆の手が膝の下をくぐっていく。
「ちょっと動かすぞ」
「ぁ」
待ってと言う前にぐんと上に引き上げられて重い頭がぐらりと揺れるも、僅かに傾けられた身体の向きで相手の胸元に寄り掛からされる。
どこかへ向かって歩く歩みに合わせてゆっくりとした振動が伝わってくる。
てっきり噴水の縁にでも下されるかと思った歩みは、しかし噴水の傍を通り過ぎてもなお止まらず薄らと開いた視界で見える景色を目で追おうとすれば、気が付いたように覗き込む相手によって視界が遮られる。
視線が合った相手はひょいと器用に片眉を上げてから苦笑して、よっと、という軽い声と共に身体を少し引き上げられた。
「ちっと軽すぎやしないか?・・昼、まさかこれだけってことは無いよな」
ガサガサとなる音に、自分の持っていた荷物も相手が持っていてくれていることが分かった。
光を遮るように顔を胸元に引き寄せられて、少し不規則な呼吸の合間に長い息を何とかついて、相手の好意に甘えて暗がりに顔を背けた。
訪れた闇の中にゆっくりと落とされていく感覚。
霞がかった脳に届く声は、訝しげなものと呆れたような響きを持っていて、その問いに何か言い返そうとした意識は言葉になる前に柔らかく溶けていった。
「・・、?・・・」
目が開いた先の天井が見慣れた自室のものとも、よくうたた寝してしまう工房の物とも違ってゆっくり瞬きを繰り返す。
動かした手が少し荒いシーツをさぐり、かけられた毛布に触れるもそれはやはり知らぬ感触のもので。
疑問符を浮かべつつそっと視線をずらせた先で、頬杖をついていた相手とばっちり目が合った。
上げそうになった悲鳴をすんでのところで飲みこむ。
「よ。おそよーさん」
良く眠れたか?と実にナチュラルに問いかけてくる相手のそのあまりの自然体っぷりに、困惑する頭が混乱を極めてきた。
「そんな凝視されても、何にもしてねえからな」
念のため、と言い足してきた相手は、ベッドの脇に座って頬杖をついていたのをよっこらせと言いながらどこか億劫そうに立ち上がる。
ぱんぱんと軽く足元をはたいて、そしてこちらを振り返って見下ろした。
「んで、すっかり夜になっちまったんだけど。何か食べてくか」
こちらに問いかけているようで、既に決定事項のようなその言い方に一瞬遅れて、ハッと起き上がる。
ぐるぐると見渡した視界に窓が映り込む。
その向こう側はもうとっぷりと日が暮れて、暗い夜空が広がっているのが分かった。
「おいおい、そんな勢いよく動いて、・・ほら言わんこっちゃねえ」
額を軽く抑えたこちらを気遣うように、ぼやくような声と共に屈みこむ気配を感じる。
すっと伸びてきた手に額に添えていた手をやんわりとどかされ、大きなその手の平に額と目元を覆われる。
少しひんやりと感じる手に軽く押されて、首元に添えられたもう片方の手に支えられて枕の上に頭を戻されてしまった。
「だ、大丈夫です」
「まだ少し熱があんだろ、大人しくしてろって」
「で、でももう夜・・」
「俺も腹が減ったし、何かあんたが食べられそうなもんもついでに持ってくるから」
「え!いえいえそんな」
悪いですと、反射的に突き出した手をかわして立ち上がった相手は、こちらの腕を避けて手を伸ばし、笑いながらぽんぽんと額の上を軽く叩いていく。
「良い子にして待ってろ、な?」
「な、ちょ!何ですか」
「ハイハイ、じゃあな」
反論も聞かずにひらひらと後ろ手を振って、長い髪を揺らして部屋を出ていってしまった。
「・・・・・・ぇ」
どう考えてもここは彼の部屋で、私は昼過ぎに倒れたあと助けてくれた彼に抱えられてここに来てそれからずっと寝っぱなしだったのだろう。
ぐっすり寝かせてくれて、その間何をしていたんだか分からないけれど、さっきの言いようからしてどうやらずっとついていてくれたのかもしれない。
そして、もう夜だ。
どうしよう。
いつもはもっと早くに工房に帰っているし、今日は祭りに行くことは知っているだろうけど泊まりだなんて言ってないし言うわけが無いし、そもそも泊まる場所の当てなんて最初からないのだ。
つまるところ、夜、帰って来ないなんていう事態、そもそも起きるはずが無いことで。
「ど、どうしよう」
いや、どうしようなんて言ってる場合じゃない。
ここは申し訳ないが、書置きでも残して帰るべきだ。
そう思って起き上がり、紙と書く物を探して部屋の中をうろつくも、書く物が全くさっぱり見つからない。
何で!と頭の中で呻く。
ひとつも無いなんて、必要が無いにしてもペンの1本ぐらいはどこかにあってもいいものなのに。
そうやって、パタパタとうろついている間に外で足音がした。
やましいことをしているつもりは無かったが、ペンを探して家探しをしていたようなものでもあったさっきまでの自分の行動に、ついぎくっとしてその場に立ち尽くしてしまう。
じっと息を殺して見つめる先で、どうかこの部屋を通り過ぎて他に行ってほしいという願いもむなしく足音は止まり、ガチャリと何のためらいも無く扉が開かれた。
「・・、ん?」
腕に何か抱えた部屋の主ことユーリが、部屋の中に突っ立ったままのこちらを見てその場に立ち止まる。
しばしの間を挟んで止めた歩みを無言で再開させて、部屋の中の机に持っていたものを置き、そして冷や汗と共に立ち尽くしたこちらに近づいて、おもむろにその両手を腰に当てた。
「・・・んで。あんたはそこで一体何してんだ」
ん?と上から少しばかりの威圧感を放ちながら見下ろしてくる。
その視線が周囲をうろついて、そしてベッドの端に置かれた紙切れに目をとめる。
留める間もなく大股で近づいて、そこに置かれた紙切れを指先でつまみ上げる。
「・・あ」
「・・・・コレに、何か用でもあったのか」
ピラリと摘まんだ紙を見せられて、反射的に口を噤んでしまった。
裏紙に使えそうな紙は無いかと思い、くしゃっとしわだらけになっていたそれを裏紙候補にしようとそんなところに置いてしまった自分に、何て馬鹿なことをと内心頭を抱える。
ところで、それは何の紙だったろうか。
部屋の隅でくしゃくしゃになっていたから必要ないものかと思い、それを拾ってしまったのだがもし見られて困るものだったら、例えば何かの書類だったのならどうしようと背筋が冷えていく。
「あの、」
「ふーん」
その声の響きが少し尖った冷たいものに感じられてびっくりして顔を上げる。
「欲しいなら、やるけど」
一瞬発せられたその気配はすっと消えて、ほい、と何でも無いもののように寄越されたそれをつい受け取ってしまう。
皺はよっていたが文字は読めないほどでは無く、相手の視線に押されるように手の中のその紙にちらと視線を這わしてしまった。
ユーリへ
この前置いていった服はこちらで預かっているから、今度取りに来るように。
「・・・騎士団長からの、手紙・・?」
フレン・シーフォと少し角ばったような、けれどきっちりと乱れなく並んだ筆跡で揃えられた名前に目が丸くなる。
「何だよ。知ってて欲しがったんじゃねえの?」
「え?何故・・」
「いや、あいつのファンか何かなんだろーなって」
「?!」
何をどこがどうなったらそういう結論に行きつくのか。
思わぬ衝撃を受けてガン見した相手が、違うのか?とすっ呆けたような顔で聞いてくるのに、まさかそんなわけないだろうと首を横に振ってから、これじゃその通りだと肯定してるようにとられてしまうかもしれないと、今度は慌てて首を縦に振る。
「・・?ドッチだよ」
「騎士団長のファンとかじゃ決して無いですよ。まったくいきなり何を言い出すのかと思いきや」
言って、持っていた紙の裏の白い方を見せてピッと指をさす。
「メモ書きして帰ろうと思ってたんです!だって・・、その、ほらもう夜ですから・・」
言う合間に何故かキョトンとした顔をしていたユーリの眉にきゅっとまた力が入ったような気がして、思わず語尾が尻つぼみになる。
「何で、メモ残して帰るんだよ」
「いや、だってだからもうこんな時間だし」
「何か夕飯になるもん持ってくるって言わなかったか。あと、出てけとは言ってないだろ」
いや、確かにそうなんですが。
何でそんな物わかりの悪い子に言い聞かすみたいな感じになってるんだろう。
「あんたな。今日は祭りに出かけてたんだろ?」
「・・ええ」
ちらと相手の視線が向かった先、市民街で買った軽食代わりのパンとお菓子の入った包みを見て頷く。
「んじゃ見ただろうが、今日は嵌め外して酒飲んでるやつらも多いんだよ」
面倒くさそうに後ろ頭をかいて続けるユーリに、それがどうしたんだろうと思って見返していたが、はぁと溜息をついた相手はこちらを向いて少し険しく目を細めた。
「あんた、下町来て浅いか今までは良い子で夜にあんまし出かけなかったのかもしれないけどな、ここいらは夜になると治安が悪いんだよ」
まだまだ、な、とどこか遠くを見て呟く。
「・・・・・」
「だから、今からアンタをひとり帰すなんて出来る訳ないし、そもそも具合もあんまし良くねぇんだろ?取りあえず今日はソコ、貸すから明日明るくなったら帰ればいい。・・だろ?」
ソコと言いつつ、私の背後にあるベッドを指差す。
「え、でもそれじゃローウェルさんどこで寝るんですか」
「俺は別に、床でも椅子でもどっか適当に寝るよ。気にすんな」
そう言われて、分かりましたと頷けるはずもない。
「具合はもう大丈夫です。下町の治安に関しては分かりました。それなら私は別の部屋を取りますから」
目の前の彼が住んでいるところは下町の宿屋兼食堂の箒星というところだとハンクスさんに聞いていたから、ここがそうなのだろうと思い、それなら宿屋だし部屋を借りればいいと提案したのだが。
「祭りだ、ってんだ。空いてる部屋なんてねーの」
「う・・」
確かにかき入れ時だろう。
しーんと沈黙が下りた部屋には、隣の部屋のお客さんか食堂にいる客か、どこからともなく騒ぐ声が聞こえる。
今日は夜通し飲むぞー、という酔っぱらいの声に重なる野次で、階下の状況も知れるというものだ。
「分かったか」
周囲の喧騒と状況を飲み込んで声も無く頷けば、よしっと一転して明るい声と共に何かをズズっと引きずる音がする。
目を向けた先で、椅子を引きずった相手がそこに何かを置いて、どさっとベッドに腰掛けた。
「ほら、あんたも座れよ。さすがに腹、減ったろ?」
椅子の上にサンドイッチを並べた皿を置き、自分が座ったベッドの隣をぽんぽんと軽く叩く。
余りの屈託のなさに気が抜けたのか、何かを言う前に自分の腹からくぅと何とも情けない声が出る。
慌てて抑えた腹に、相手はくすりと小さく笑って一切れ寄越してきた。
「身体は正直、ってな。・・ほら」
「・・・・・」
「何だよ、んな顔して。変なもんは入れてねえよ」
言いつつ、すでに自分の分にぱくついている辺り、ユーリもお腹が空いていたようだ。
思えば具合の悪くて倒れかけた自分を助けてくれたことに、まだ何もお礼すらいって無かったことに気が付く。
渡されたタマゴサンドを受け取りつつ、頭を下げた。
「ありがとう」
「ん。まだあるから遠慮なく食っていいぞ」
「あ、いやサンドイッチもだけど」
「・・ん?」
「その・・助けてくれて」
もごもごと言いつつサンドイッチを一口齧る。
美味しい。
思わず次の一口を頬張りながら、考えをめぐらす。
「そうだ、うちの工房に頼みたいことがあったら何かタダで引き受けます」
助けてくれたのと一宿一飯のお礼にと言えば、一瞬きょとんとしたユーリは何事か思案した顔で考えとくよと返事をした。
「ごちそうさまでした」
「おう」
手早く食べたものの後片付けをしてから飲み終わったグラスを机の上に寄せる。
帰らないのなら、泊まるしかない。
ユーリが言ってくれたことは分かるし、彼の好意に他意が無いことも分かる。
分かるが、やはり・・と迷う視線で手早く片づけを済ませる彼の背中を目で追う。
「あの、やっぱりその・・申し訳ないんですけど」
「?」
振り向いたその瞳を見つめる。
どっちにせよ彼に迷惑をかけることには変わりないが、このまま相手のベッドを占領して相手を床だか椅子だかで寝かせるのはもっと忍びない。
意を決して口を開く。
「夜、この辺りの治安が悪いのは分かりました」
「・・・・・」
話の先を促すように微かに首を傾げる相手に、一瞬視線を逸らしてから小さく息を吐いてその瞳を再度見つめ返す。
「だから、その・・送っていってくれませんか?」
確かここから店まではそんなに離れてはいないはずだ。
彼に無駄に往復させることは気が引けるが、この部屋で二人きりで夜を過ごすことを考えれば、罪悪感と緊張感を計りに乗せてどちらに傾くかは言わずもがな。
「助けてくれて介抱してくださってご飯までごちそうになった上に、本当にとんでもなく迷惑をかけているとは重々承知しているのですが・・」
すぐに返って来ない返事に何故か気持ちが焦ったようになって、相手の顔が見れずに視線を無駄にうろうろと彷徨わせてしまう。
「きっと、あの工房の仲間も心配していると思うので・・」
「ああ、それは問題ない」
「、・・え?」
そこだけハッキリすっぱり否定されてしまった。
何でだろうとそっと俯き気味に床を見ていた視線を上に上げる。
視線が合った相手は組んでいた腕を下して、片手をふらりと上げた。
「あんたが寝てる間に一度店に行ったんで、な」
「え・え?本当ですか」
「そしたら、良ければ休ませてやってくれって」
「ええぇ・・?」
思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。 いくら顔見知りの相手だとはいえ、相手は男だ。
誰だ、そんなに簡単に了承したやつは、と眉根を寄せて今店にいそうなメンバーを思い返していれば、軽い溜息が降ってくる。
思わず見上げれば、呆れたような顔のユーリが一歩ベッドに近づいてきた。
「あんたのことすごく心配してた。ほら、いつか行った時に受付であんたを呼んでくれた、」
「・・・・」
私のデザインが好き、と言ってくれた工房仲間の顔が脳裏に浮かぶ。
一瞬にやにやした顔も浮かんだが・・、ユーリがそう言っているのだ、倒れたと聞いて心配をさせたのだろう。
思わず落とした視線の先に影が被り、いつぞやと同じように頭の上にそっと下された大きな手がふわふわと優しく頭を撫でていく。
「だから、そっちは心配いらねえよ」
「・・・、でも」
「祭りの前に大口が来て、寝ずに仕事してたんだって?」
頭を撫でていた手がするりと耳元を掠めて頬に添えられて、指先が目の下を辿る。
おそらくひどい隈でも出来ているのだろう。
今朝、仕事の片づけを終えて昇る日を見ていた時も、夜通し続けた作業の名残で頭の中も目もイヤにスッキリと冴えてしまっていたけれど、頭の隅では寝ないといけないと思っていた。
でも折角の祭りなのに、今寝てしまったらきっともう夜まで起きないかもしれないと思って。
参加したかったのだ。
自分が手掛けた仕事の出来も見たかった。
それは例えば、今日買った焼き菓子に押されている小さな焼印であったり、そういうとても些細なものだったりもしたけれど。
それでも実際に使われているところを見れば、それを買っていく人々の笑顔を見たらもうつい浮かれて楽しくなってしまって。
自分の体調がそこまでいっぱいいっぱいだったなんて思わなかった。
「きっとのことだ。イイ仕事、出来たんだろ」
見ても居ないくせに、やけに自信たっぷりに言うユーリを見上げる。
労わる様に撫でる指先が、ゆるゆるとたまった疲れを解していくような気さえした。
それを自覚すれば、急に眠たくなっていく。
頬に添えられた手に、無意識に寄り掛かる様に頭を預けてしまえばくすりと小さく笑うような声が聞こえた。
「ほら、もう寝ちまえ」
眠気を促すような低く静かな声に、とろとろと瞼が重くなる。
咄嗟に相手の手を掴んだ。
「ロー、ウェルさん」
「・・ん?」
どうした、と尋ねる声。
自分が何を言おうとしているのか、馬鹿みたいな提案をしようとしているのは分かる。
でも、きっと大丈夫だと思ったから。
掴んだ手首を少し引き寄せる様にすれば、相手がまた一歩こちらに歩み寄って聞こえやすいように屈んで顔を寄せてくれたのが分かった。
ふわりと近くで揺れる黒く長い綺麗な髪。
「あなたも、一緒に」
「へ?・・っ、・・いや」
私がいては、狭いだろうと思うけれど。
出来るだけ壁際に寄ってますから。
確かもう、うとうととしながら、そんなことを言った気がする。
掴んだ相手の手首が驚いたように少し揺れて、戸惑うような声を気配を感じるも、 ふらふらと揺れる頭と思考はぼんやりと淡く滲んでそのままどこか温かいところに落ちていった。
「・・っと・・」
ことんと眠りに落ちて揺れた頭を腕に受け止め、話ながらそのまま寝入ってしまったの顔を覗き込む。
疲れがうっすらと滲む顔は、でも苦しげな様子も無くただすやすやと静かな寝息をたてていて、思わず溜息を吐いた。
「一緒に・・たって、なぁ」
誰に聞かせるでも無く一人ごちて、頭をかく。
取りあえずと、そっと頭を下して横にさせ毛布をかければ、小さく声を発してもぞもぞと姿勢を変えてまた静かに眠り出す。
揺らさぬようにベッドに腰掛けて、そんなを見下ろしてさてどうするかと悩む。
随分眠たげな顔して、最後の方はもうほとんど寝言と変わらなかったんじゃないかっていうくらいむにゃむにゃと呟いていたから、正直明日の朝、本人が自分で言ったことを覚えているかどうか分からない。
覚えていないかもしれないと思うなら、自分はやはり床でもどこでも別の場所で寝ればいいと思うのだが。
ちらとラピードが居る時はラピードが寝ている寝床を見遣る。
今ラピードは、久しぶりに会えたということで城にあるフレンの部屋で寝ているはずだ。
「・・・・・」
うーん、と考えて、そうしてまた自分の置いた手の脇ですやすやと眠るの顔を見て。
「・・寝ちまうか」
もし起きてが覚えていなかったら、まさその時はその時だ、と。
丸くなるの横のスペースに体を横たえて自分の腕に頭を乗せる。
さすがに自分の体を全部覆うとすればがはみ出てしまうので、毛布は少しだけ拝借して。
本当は、出来るならこの傍で無防備に寝てしまうを抱えて毛布に包まりたい。
きっと温かいし、柔らかいし、・・それに。
そっと自分の腕から頭を浮かせて、隣の自分より小柄なその頭に顔を寄せる。
「・・・・、・・」
ヤバい。
髪から香る彼女の匂いに無意識に抱き寄せてしまいそうな自分の腕を、深呼吸と共に理性の元に宥め落ち着かせる。
壁の方を向いて少し体を丸め気味に眠るに少しだけ寄り添うように体の向きを変えて、かけている毛布ごとそっと腕をかけた。
毛布の中に自分以外の体温があって、温い。
その温かさに誘われるように、微睡の中に意識を滑り込ませていった。
◆アトガキ
2015.11.26
ちまちま書いていたものが少し溜まったので、キリがいいところで区切らせていただきました。
まだ続きの展開もぼんやりと考えているのですが、それはいつになるか未定ですすいません。
それにしてもまた、おやすみENDしてしまった・・。
ここのユーリさんはたぶん相手を眠らせるスキルみたいなものを習得しているに違いない。
background by web*citron