歯車と螺子を回して


engrenage





彼の姿を見たのは偶然だった。
いつもは行かない貴族街の店の中、連れと二人で店内を見回すその姿はひどく目をひいた。
上質な布で作られたと思われるシャツにズボン、装飾も少なく色合いもどちらかといえば控えめなジャケットは、見た目こそ地味だが形はスマートで細身で長身の彼の姿を十分に引き立てていた。
彼の動作に合わせてゆらりと揺れる長い髪は、女性と見紛うようにさらさらとその長身の背で流れている。
何より目をひいたのは、宝石のように綺麗なその瞳。
連れと共に時折無邪気な光を湛えるそれに一瞬で目を奪われてしまったのだった。

でも自分とは住む場所が違う。

ときめいた想いも柔らかく波打つ心臓も全て夢を見たのだと言い聞かせて心の奥の箱にしまい込んだ。
素敵な光景を見たのだ、と。
ただそれだけの淡く、はかない一瞬の出来事。

視線を何とか外して、くっついてしまいそうな足の裏を地面から引きはがして。
踵を返した。
楽しそうな声、笑うその声さえ幻聴だ。

門をくぐり抜けて見慣れた風景の中に戻る。
下町のぼろく寂れた、でも人々は暖かく喧しくも優しい場所。
ここが自分の居場所で、さっきまでいたところとは違う私の住む世界だ。





ー!」

「・・・・・」

「ちょっと!!?」

「・・?あ、はーいはい!!」

「もう・・・。アレは出来たの?」

「あー・・・えっと、入口脇の棚の上!」

「あったあった。・・持ってっちゃって良いのね?」

「うん!お願いー」

店の方からする声に、工房の中から叫ぶように返事を返す。
じゃないと動いている機械音で聞こえないからだ。



世界を襲った驚異は去って、替わりに私たちは魔導器という便利な道具を失った。
とはいえ、ここ下町は元々魔導器なんて高価で希少なものを持ってる者自体が少なかったから、生活面ではあまり替わりは無いような気がする。
便利なものに囲まれて優雅に暮らしていらっしゃったお貴族様達は、当時はまるで駄々っ子のように不平不満を漏らしていたけれど。
それも王族の方たちですらその不便を享受して生きるって事を選んだんだと渋々ながら納得していっているようで、お触れが出てからかつてほど愚痴を言う声は減った気もする。
言ったってもう無くなったものは戻って来ないと、やっと諦めがついてきたんだろう。

「まるでこどもみたい・・」

呟いてから、そういえばあの青年達もそんなお貴族様の一員だったなと思い出す。
思い出して、即後悔して脳裏に自動再生されたその光景を振り切るように頭を小さく降った。

ギギッ・・

「あっ」

手元で鈍く不快な悲鳴が上がる。
支えていた両手の力がちょっとだけ均衡を崩し、目の前のそれは呆気なく曲がって使い物にならなくなった。
またやってしまった。
駄目になった金属片を傍のガラクタ箱に投げ入れる。
カシャンと、金属同士が触れ合う硬質な音が響いた。
溜息を吐いてスイッチを切る。
ゴゥンゴゥンと低く重たく鳴り響いていた駆動音が回転を弱めていき、唐突に止む。
一気に部屋は静かになった、筈なのだが聞き慣れたその音はまるでこびりついているかのようにそれから暫くの間も耳の奥で響いていた。





「また、上から来てるわよ」

「・・・えー」

「文句言わないの。それにお声がかかるなんてイイもの作ってる証拠じゃない」

「・・・・分かった。作るから・・貸して」

ほら、と渡された図面を見る。
細かい指示と綺麗に線が引かれた美しい装飾。

「・・懐中時計」

ふむ、と目を細める。
下町に移り住んで来て、下請けの金属部品の加工を引き受けて暮らしてきた。
普段はそれこそ内部の、誰の目にも止まらないような部品しか作らない。
螺子に歯車、ゼンマイ、アンクル・・・、たとえ外からは見られないからといって手を抜いたら全てが狂うどれも大切な部品たちだ。
だからだろうか、とても惹かれたのだ。
誰にも知られないところで正確さを保つそれらに。

「・・・・ん?」

「・・・どうしたの?」

指示書を持ってきた工房仲間に問われて、困惑しながら指をさした先。

「あら?の名前じゃない」

「装飾部分の担当なんて・・これ、間違ってない?」

「そうねぇ・・普通そっちはお抱えの職人がいるだろうし。分かった、もう一度ちゃんと確認してくるわ」

「よろしく」

内部の図面を少しだけ少し写させてもらって、ひらひらと手を振って指示書を持って出ていく彼女にこちらもひらりと手を振り返した。

「・・・・・」

振った手をパタリと下す。
少し荒いがとても創造力をかきたてる図案だった。
大きな翼と舞い散っているように見えるのは花びらだろうか、大樹とそしてその奥で輝いているのは・・・。

「凛々の明星、かな」

それらのだいたいの配置の指示はあったが、詳細なデザイン案ではなかった。
そのことにも少し疑問はあれど、そこから先はおそらく他人の仕事だ。
無意識にデザインを始める脳を頭を振ってそれを止めさせる。

「私の仕事はそこじゃない」

言い聞かせて、機械を起動させる。
ゴゥウウンと鈍い音と共にゆっくりと動き出した機械を前に、そちらに意識を集中させていく。
頭の中を空っぽにして、後はただ自分の指先だけを信じて静かに金属片を滑らせていった。





ー」

「はいはい」

休憩だよと言われて差し出されたお茶を受け取れば、何故か数枚の紙も手渡される。
首を傾げて片手でコップを傾けながらもう片方の手で受け取ってパラリとめくった。

「?・・え」

に、お願いしたいんだって」

「って、何で!」

それは装飾部分も是非引き受けて欲しいとの依頼書だった。
にんまりと笑う工房仲間をちょっと睨めば、慌てたようにその両手が振られた。

「私じゃない、言ってないよ。が装飾部分も出来るなんて」

「・・・・」

「本当だってば。でもそこに書いてあるお店って・・・」

「!」

普段部品の下請けしかしない自分のことを何故知っているのか。
何故、装飾部分をも指示してくるのか。
店名を見て、成程と納得した。

「それってあんたの元彼・・・」

「どうりで」

共に修行をした昔の相手は金細工職人となったが、自分は女だからと職人枠には最後まで入れてもらえなかった。
貴族様のお得意様も多い、伝統的で・・・古い工房だったのだ。
彼は、私の手を男にも引けはとらないと言ってくれたが、それは二人だけの時のこと。
師事してくれた先輩たちに面と向かっていえるほど勇気は無く、私も当時は自分にはそう言ってくれるのに他の人の前だとじっと黙ってしまう彼に苛々したりもしたけれど、今となっては私と一緒に刃向う事の無駄さを理解できる。
その証拠に、彼は立派な職人としてそこの工房でしっかり働いている。
・・店を一つ任され、そこの娘と結婚するほどに。
嫌味を言うつもりはない。
彼は本当に腕のある職人だ。
ただ、それだけ。

「でも何で、今さらこんな」

「見たんだって」

細工が今も出来るかなんて分からないだろうに、と呟きかけた言葉を遮られる。

「ほら、この前市民街の女の子にあげてたじゃない。ロケットペンダント」

言われて思い出した。
仕事の都合で良く行く市民街には仕事相手以外にも知り合いがいて、たまに食べに行く飲食店の店員さんと仲良くなって彼女の誕生日にとプレゼントしたのだ。
喧嘩はするけど仲の良い彼氏がいると聞いて、ロケットペンダント。
指先くらいの小さなもので蓋には四葉をくわえた小鳥の装飾をした記憶がある。

「・・・・・」

どうしてそれを見るような機会があるのか、知り合いだったのだろうかなんて勘ぐっても仕方ないが、彼女なら私の名前を出すことにもためらいは無いだろう。
それがこんなまさか、貴族様の大切な懐中時計の細工を頼むまでのものだったかなんて。

「どうするの?装飾部分だけ、断る?」

「・・・・・やる」

「そう言うと思ったわ!じゃあ、お願いね」

工房仲間は、私が引き受けることはお見通しだったみたいで嬉しそうな声を上げる。

「私、のデザイン好きよ。もっと作ったらいいのにって、いつも思ってる」

飲み終わったカップを置いて早速デザイン案を練り始める私に向かって、続けられた言葉に口元が緩んでしまったのは、内緒だ。





「・・・出来た」

チュンチュンと小鳥が囀る、薄暗い早朝。
凝り固まった身体をうーんと伸びをして解す。
首筋も目も指先だって疲労困憊だけれど、目の前の作業机の上に乗ったそれを見ればやりきったという満足感が疲労を吹き飛ばす。
女性の、手のひらに収まるくらいの綺麗なピンクゴールドの円形。
大きな翼に包み込まれるように抱かれた大樹と頂点に輝く凛々の明星。
縁取りに蕾が徐々に花開く小さな花を添えて。

「・・・・・」

これを受け取るのはどんな女性だろう。
この図案で了承を得たからには、きっと大樹のようにしっかりとした芯があって、花のように穏やかで可愛らしさもあって、でも星のように凛とした気品もあって。
そんな素敵な女性の元へ届いてくれたらいい。
散々迷ったけれど、内側に銘を彫るのは止めてしまった。
自信が無い訳じゃない。
ただ、自分は名のある職人ではないから。
・・・・これから、そう、これからだ。

「・・もう一度、目指そうかな」

螺子に歯車、ゼンマイにアンクル。
裏方の彼らを愛しているのは変わらない。
美しい円形、乱れの無い溝にしっかりと整列した凹凸。
それらが正確に組み合わさってこそ、狂いなく時は動き出すのだから。
でも、金細工をやりたい気持ちがあること、昔押し込めたそれがまだ燻っていたと今ハッキリと分かってしまった。
まずは、工房の看板でも作り直そうかなと薄らと朝日の差し始めた窓辺に立って、宵闇に金色が混じっていく風景をぼんやりと眺めた。





「・・・っふう」

髪を束ねてタオルで巻いた、その端から流れ落ちる汗をグローブをした手の甲で乱雑に拭う。
デザインがしたいと工房仲間に打ち明けて、工房の裏手を改築して出来た小さな窯からは熱気が吹き付けてくる。
下町の外れとはいえ、これじゃあもう小さいけれど立派な工場(こうば)だなと笑って一緒に作業をしてくれる仲間たちが頼もしい。
こんな小さな工房では、女も男も若さも関係ない。
いい仕事ができる、それを一番に重要視して大切にしてくれる。
あんたはもっと腕がいいんだから、こんなところで裏方をしてるなんてもったいないんだと背中を押してくれたけれど、ここを出ていくつもりは無いと言えば、もったいないねと言いながらも笑ってくれる彼らと共に、少しずつ積み重ねていきたい。

ー?いるー?」

「ここー!」

工房の裏手口に顔を出した相手に手を振れば、相手は少し焦ったように「あなたに、お客さん!」と伝えてきた。
こんな朝っぱらから誰だろう。
今日は誰かと会う予定もないし、窓口として仕事の依頼を引き受けるのは今自分を呼び出した彼女が事務やら何やらと一緒に引き受けてくれている。
首を傾げていれば、早足で近づいてきた彼女は困ったように視線をうろつかせていた。

「それが・・あの・・」

何か困った相手だろうか。
それなら彼女の代わりに出るのも問題ない。

「分かった。すぐ行く」

何やら申し訳なさそうな彼女の肩をひとつ叩いて、汗をタオルで雑に拭ったままの姿で工房の裏手口を通り抜け機械室を過ぎて店の表側へ。

「お待たせしました・・・・!」

「・・・あんたがここの職人さん?」

思わず、口を開けたまま閉じるのを忘れてしまった。
店の中で物珍しそうに壁にかかった時計や並べられた金具や道具を覗いていた身を起こした相手は、いつぞやに市民街で見たことのある瞳をしていた。
身を起こす動作と外から入ってきた風に、綺麗な長い髪が揺れる。
あの日見た時は高く結われていた髪は下されていて、服装もだいぶ質素というかシンプルなものになっていたが、見間違えようはない。

「・・おーい?」

「いっ」

「い?」

気が付いたら目の前にいた相手がひらひらと手を振っていて、思わずハッとして後ずさった、ら足元に置いていた箱に踵が引っかかった。
倒れる、とぐらついた体に咄嗟に目を瞑る。

「っと・・・、おい、あんた大丈夫か?」

「・・え、え?!」

背後の棚にぶつかりそうだった後頭部はしっかりと支えられている。
誰に、何て聞くのもおかしいくらい、ちょっと焦った顔が目の前にあった。
綺麗な、宝石みたいな紫色の瞳だ。
つい見入ってしまっていたらしい、溜息をつかれて慌てて姿勢を起こす。

「ご、ごめんなさい」

「いや。どこもぶつけてないなら、いい」

ひらひらと振られた左手首にごつい金色のバングルが光っている。
なるほど、こういう装飾に興味があるのだろうか。
思わずまじまじと見てしまえば、困ったように笑う気配が降ってくる。

「んで、あんたがここの職人さん・・みたいだな」

見入ってる先の左手首を、少し伸ばして見やすいように近づけさせてくれた。

「あ、すいませんでした。ここで働いてます、と申します。・・本日はどのようなご用件で?」

職人だとは名乗らずに今さらながらな挨拶を返しながら、ちらと相手の様子を窺う。

「これ、あんたが作ったって聞いて」

懐から出された小箱の中のビロードの巾着袋から、チャラと鎖の音を鳴らして出てきた円形には見覚えがあり過ぎた。
装飾を担当した、ピンクゴールドの懐中時計だ。

「・・・ええ、はい」

彼の手の平には少し小さな懐中時計と、その顔を見上げて困惑しながら返事を返す。
どうしてこれを彼が持っているのだろう。
確かこれは貴族の女性に向けた贈り物という依頼だったはずだ。
それがここにあるということは・・・、何か気に入らない点があったのだろうか。
不安と緊張で組んだ手に力がこもる。
そんなこちらを不思議そうに見下ろしてぐっと懐中時計を突き付けてくる。

「もしあんたが良ければ」

「??」

「これに、名前を入れてくれって」

「あ、贈り主の名前を彫るんですね、ではこちらに・・」

「いや、そうじゃなくって」

名前を彫る場所や書体や大きさを指定してもらおうと紙を出そうとしたのを止められる。

「あんたの」

「私の?」

って、いれりゃぁいいんじゃねえの?」

「っ・・え、は?」

思わず素っ頓狂な声を上げてしまってから、思わず口を手で隠す。

「な、何で私の名前なんか・・」

「??だって、あんたが作ったんだろ?」

贈った奴が、職人の名前が無いんですねって言っててさ、俺そういうのあんまり詳しくねえんだけど、と続けられた言葉に再度驚く。

「普通は内側に入ってる・・とか、なんとか。違うのか?」

「な、無いものも無くはないですけど・・」

ほい、と手渡されて慌ててグローブを外した手で受け取る。
傷でもつけたら大変だというのに、気安すぎる。
箱と巾着も受け取ってひとまずそこに収めた。

「何か、名前を入れたくない理由でもあんのか?」

「・・・そうじゃ、ないですけど」

「・・・、それ」

長い指先が表の装飾をなぞる様に指し示す。
その動きを辿って、それから目の前の相手を見上げれば意志の強い黒い瞳の中で、紫色の光がきらりと瞬いた気がした。

「すっげえ喜んでた」

「・・・・・」

市民街にいた時は、お貴族様なんだと思っていたが仕草や話し方に違和感を感じた。
そんなストレートな物言いに面喰いながらも、飾らない言葉がじんわりと胸にしみてくる。

「俺も」

「?」

「贈ったそいつにピッタリだって。そいつのこと知ってるわけじゃ・・ねえんだよな?」

「贈り主が誰かということなら・・・知りませんけど」

「んじゃ、あんたはすごい、イイ腕持ってるってわけだ」

瞬きを、繰り返す。
目の前で自信たっぷりにそう言い放つ、相手。

「名前、いれたくねえ理由があるならこれ以上言わねえよ。それあげたやつも、きっと分かってくれる」

「あ・・」

「あんたの人となりがそれに込められてる、ってな」

伸ばされてた指先がすっと引かれる。
何故かその左手をパシッと掴んでしまった。

「ん?」

「あっ、ご、ごめんなさい」

すぐにパッと離した両手を小さく組む。

「・・・名前、いれさせていただこうかと思います」

中途半端に宙に伸ばされていた左手がすっと視界を遮って、不意に頭上に重みが乗った。
え、えと、と見上げた先で笑う相手に、何故かぽんぽんと頭を軽く叩かれる。

「そっか。・・ありがとな」

窯の熱気はもうここまで届いてはこないというのに、両頬がいやに熱くなって困った。

「んで、それはいつ頃に出来そうだ?」

「!!あ、そんなにかからないと・・あ、出来たら届けます」

「んー、いやここで待っててもいいなら、待ってる」

そう言って相手は店内の小さな木箱に腰掛けてしまった。
見るものはあまりないのに良いのだろうか、と思いつつ待たせてしまうなら急いで仕上げようと工房に引き返す。
お茶の一つでも出しておいてくれと仲間に頼んで、作業台に向かった。





迷った末に、比較的小さめの歯車の円盤の端に小さく「」と名前を彫る。
磨いて粉を払ってまた元通りに抑えて、裏蓋を閉めた。
パチンと鳴った音に一つ頷いてビロードの巾着に丁寧に収めて小箱に仕舞う。

「すいません、おまたせし・・・」

言いかけた口を閉ざす。
お昼前のまだ暑すぎない日差しと外からの風が心地よ過ぎたのか、片手にぶら下げていた鞘を抱えたまま、待たせた相手は木箱の上で片足を組んでうたた寝をしている。
小箱を抱えたまま、そっと近づいてみる。
閉じられたまつ毛が長い。
綺麗な宝石みたいな瞳が見られないのは残念だが、綺麗な髪をじっくり拝むチャンスと上から覗き込めば小箱を抱えた手に、何かが触れた。

「!!」

「なーにしようとしてたんだ」

下から聞こえた呆れたような声に、びくっとして後ずさる。
ふぁあと欠伸をした相手はどこか悪戯そうに瞳を細めて、こっちをニヤニヤと見ている。
何しようとしていたか。

「・・・髪が、綺麗だなって・・・」

慌てて正直に言えば、相手の目が真ん丸になる。
何だかかわいいと思えば、はぁと溜息をつかれた。

「男にソレは、褒め言葉とは思えねえが・・・」

無造作に後ろ頭をかいてそっぽを向き、その瞳が小箱をチラと捉える。

「出来たのか?」

「お待たせしてすいませんでした。これで」

手渡した小箱と入れ替えに、手の平にポトリとガルドが乗せられて慌ててそれをつっかえそうとするも相手は両手を高く上げて返品不可とのたまう。

「いや、何言ってるんですか。名前いれただけですって、しかも、私の!!!」

「追加料金には十分な依頼だろ。受け取っとけよ」

「いやいや、何言ってるんですか受け取れませんっ」

「んじゃ、ほら早朝から押しかけた迷惑料でもいいし」

「いただけませんって!」

受け取る受け取らないでもめている店の外に誰かが立って、店の中に影が出来る。

「何を騒いでいるんだ、ユーリ」

「フレン、お前仕事じゃなかったか?」

「巡回中だよ」

ピタリと動きを止めて何でも無いかのように会話を始めた二人を見比べて、やっと気が付く。
立っていたのは、下町出身の帝都を代表する騎士団長様だった。
しかも思い起こせば、市民街で見かけたこの目の前の彼と一緒にいたのも、騎士団長様だった。

「隊長がわざわざこんな時間から直々に、か?」

「君が、そうやってまたどこかで騒ぎを起こしたりしていないかを見張りにね。・・朝から知り合いが迷惑をかけたようですまない」

「おいおい、そりゃどういうこった」

「あ、いえ・・・」

金髪も眩しければその騎士団の隊長服も眩しすぎる。
いくら下町出身とはいえ、こんな気軽に下町の外れになんかくる出で立ちでは無い。
ついでにこの工房にいるのもおかしいくらいの役職ではないだろうか。
名前を彫ることに集中していたため乱れていた髪を慌てて手でまとめて、エプロンをはたいたりしてしまう。

「もしかして、君が?」

「・・?」

「そうなんだってよ。これ。な?

受け取っていた小箱を見せられて反射的に小さく頷くも、ついさっき会ったばかりなのにいきなり気軽に名前を呼ばれて内心動揺してしまう。

「そうか。さんと言うんだね。・・ありがとう、嬉しいよ」

にっこりと太陽のような眩しい笑みが返ってきて、しかも握手を求められて何が何やらわからぬままに握手をし返す。
重そうな鎧の音に比べて柔らかく握られたのは、力を入れ過ぎないように力加減を配慮してくれたのだと分かる。

「贈った相手からも大層喜ばれてね。さんといったかな、君に作ってもらって良かったと思ってる」

「きょ・・恐縮です」

「・・・・・、で」

ほんわか~とした空気の外で、何とも言えないような顔をしたユーリと呼ばれた青年が声を出した。

「あ・・え、ユーリ?」

「ん、何だよ」

「ユーリ・ローウェル?」

「・・だから、なんだって」

思わず、指差してしまってからはっとして指先を胸元に引き寄せる。
下町に住んでいてその名前をちらほらと聞いた。
ユーリ・ローウェル。
下町出身の元騎士で一時は下町で用心棒みたいなよくわからないことをしては、騎士団ともめ事を起こして牢屋に入れられる常習犯・・。

「・・・の問題児だったと、ハンクスさんが・・・」

「・・・あのくそじじい・・」

「こら、ユーリ。そもそも全部本当のことじゃないか」

さらりと騎士団長様が答えて、それを睨みつける彼らは随分と気心の知れた仲のようだ。
思わず笑えば、さらにむすっと視線が返ってきた。

「じいさんに聞いた話は全部忘れちまえ」

「いやいや・・そんなこと出来ませんよ」

「ハンクスさんもお元気そうだね。僕も安心だ」

「そういう問題じゃねえだろ・・」

「さて、ユーリ、ちゃんと渡したかい?」

「ああ」

「じゃあ、そろそろ時間だろうから行かないと」

「ん、もうそんな時間だったか」

二人の会話を聞きながら、はっとして手の中のガルドを思い出す。

「ちょ、これ!!」

「おう、ありがとな」

「僕からも、感謝している」

小箱をひらひらと振ったユーリと、眩しすぎる笑みと騎士団の服をはためかせた隊長様は嵐のようにやってきて嵐のように去っていってしまった。
返しそびれたガルドが手の平に残った。







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