「わ、わぁ、いつもより多い、です・・」
「毎年のこととはいえ、これは少し気合いを入れた方がいいかもしれませんね」

32番街の見回りに出れば、その人影の多さに隣に並んでいた五虎退様が自身の袖をぎゅっと掴んで少し怯えたように足を竦ませる様子を見て、はいと手を差し出す。向けられた手のひらとこちらの顔を交互に見て、眉根を下げてどうしたら良いか戸惑っているその片手をそっと握った。

「私もさすがにこの賑わいの中に一人取り残されたら寂しいので、手を繋いでいてくださいませんか?」
「!は、はいっ」

驚いた顔が恥ずかしそうに笑顔を浮かべ繋いだ手がきゅっと握り返される。小さいと思っていた手は自分と同じくらいで、戦う神さまらしく力強く思ったより固い。

「あ、猫さんがいました」
「え、猫ですかどこですか」

ひとまずは諍いが起きたり主と刀剣どちらでもはぐれて迷子になっている者はいないかといったトラブルや、変なものが落ちていたりしないかを確認しながら人混みをぶらぶらと手を繋いで歩いていく。
さすがにこの賑わいだ。一人と一振りで目が行き届くわけもなく、他にも何組か出ていることといつもより短時間で次の組に交代をするということで多少気楽にしていれば、くんと繋いだ片手が引っ張られた。
猫がいるとの声にどれどれと視線を向ければ確かに猫がいる。店先に置かれた置物の黒猫とそれに合わせたのか黒い猫耳を付けた店の店員がせっせとオレンジや紫の花束を作っていた。

「・・かわいい、です」

にこっと笑顔を向けられて、こちらもにこっと返す。いったいどちらのことを言っているのかいやどちらもかもしれないと思ったが、まあどちらにせよたぶんあの耳は五虎退様にも似合うだろうなと思う。

「五虎退様は虎さんを連れていますよね。猫もお好きですか?」
「はいっ。あ、でも」
「?」
「た、たぶん似合うと、思います・・!」
「???」
「あの、交代したら、その・・一緒にお買い物しませんか」

驚いてその顔を見ていれば、薄っすら桃色だった頬がさらに真っ赤になってしまった。
え、今自分は何て言われたんだろう。え、間違いじゃなければお誘いを受けてしまった気がする。いいのだろうかと思ったが、答えは一択だ。

「もちろ」
「おや、五虎退。そちらも見回り中かい?」
「あ、いち兄!はい、そうです」
「そうか、しっかり励みなさい。申し遅れました、青龍隊に所属しております一期一振と申します。弟が世話になっているようで」
「あ、いえこちらこそ」
「いち兄、」
自己紹介をしてぺこぺこと頭を下げているが、危ない。何が危ないってさっきまでの会話絶対聞かれていたしそのタイミングで入ってきたところをみると、弟と仕事中に手を繋いでる上にオフの時間も一緒に街を歩くんですか?って言いたいんじゃなかろうか。
今もちらちらと繋いだ手を見られているような気がしたので、五虎退がさらに何かを一期一振様に言おうとするタイミングでそっと手を放そうとしたが、あ、あれ?離れない、思ったよりきっちりしっかり手を握られている。
待って待って、お兄さんの笑顔!これ絶対、弟に何手を出してくれているんですかっていう威圧ではないかと推測!

「あの、もし、いち兄の予定が空いていたら・・僕たちと、一緒に回りませんか・・?」
「この後かい?」

よく分からない間に、五虎退様いったい何を言い出すのやら、いやこれは無理ですよね?!と五虎退様を凝視してからちらと一期一振様を見れば、何故か向こうもこちらを凝視!怖い。

「・・私で良ければ。ご一緒しても構いませんか?」

少し戸惑った様子で私に断りを入れてくるのですが、そんな断りを入れる前にむしろお二人で兄弟水入らずで回った方が良いのではと繋がれた手の持ち主に視線を向けるも、何故かとても期待に満ちたきらきらとした瞳と目が合ってしまう。
いやでも、お兄さん困ってるし、ええとここはどう答えるのが正解かと悩んでいれば、水色の髪の向こう側から突然がばっと白い布が翻った。

「お、何だなんだ!一期!きみが仕事中にナンパとはこりゃ驚いた!!」
「!ナンパなぞしておりません」
「おや違ったのか?見つめ合って声を掛けていたもんだからてっきり・・ん?きみ、・・そうか白虎隊のとこのだな?」

会話からして目の前の一期一振様と同じ青龍隊に所属しているようだが、まさか白虎隊の屯所を離れても絡まれるとは。後なぜかまじまじと覗き込まれている。思わず五虎退様の斜め後ろにじりじりと下がるも、それを追うようにじりじりと近づかれる。

「確かに白虎隊ですけど・・なんですか鶴丸国永様」
「確かにきみにはこれぐらいあってもいいかもしれないが多すぎ・・いや、そうだな」
「あの、近いんですけど」 「うん、俺にも参加させてくれ!とりっくおあとりぃと!これで合ってるかい?」
「いやいや参加って何ですか、しかもそんな急に」
「持ってないなら、いたずらだよな。んー」
「いやいやいや、持ってますよ!」
確か”白詰草”の鶴丸様からもらったドロップ缶がどこかに、とごそごそとしている間に片手を取られて指先をまじまじと眺められる。五虎退様があわあわと言った顔をしてこちらと鶴丸国永様の顔と手元を忙しなく見ているのが分かったが、どうにも手を引っ張り返せそうにない。そうこうしている内に、そのおかしな手甲から伸びた白い指先がこちらの爪の先に触れたような気がした。

「持ってるのかそれは残念だな。それにしてもこれは・・あっ」
「え?、ぁあ」

ハッとした顔で離された自分の手を見てみれば、”白墨”の鶴丸様が爪の先に筆ペンのようなもので書いた一文字が滲んでぼやけていた。

「すまん、うっかり」 「そんな顔しなくても大丈夫ですよ」
「だが、これはきみにとって大事なものではないのか」
「ええ?いやまさか。”白墨”の鶴丸様の悪戯で書かれたものですから」

それにしても、今日何度か手を洗った際には全く落ちる気配がなかったというのにこんな簡単に落ちるとはよく分からない。首を傾げて、試しにまだ滲んでない文字を指先でこすってみたがやはり何の変化もないなと思っていれば、その手をさっと掴まれた。見上げた先では青龍隊所属の鶴丸国永様が首を横に振っている。

「それ以上、崩さない方が良い」
「確かに、汚れがどこかについちゃうかもしれませんよね」
「そうじゃなくてだな・・ああ、そうだ。それなら俺からも詫びってことでひとつ・・」
「つ、鶴丸さんっ!!」

急に思案し始めた鶴丸国永様が何か閃いたようにパッと顔をあかるくさせウキウキとした顔で再度伸ばされた手は、勇気を振り絞ったかのような五虎退様の声にしばし止まる。普段あまり聞くことのない五虎退様のその声に驚いてみれば、両手をぎゅっと握って鶴丸国永様を睨むように潤み始めた瞳を向けていてまた驚いた。

「ず、ずるい、ですっ!僕だって、我慢っしてるのに・・」
「うん?だがこれはやったもん勝ちというものだろう?」

何だかよく分からないが急に五虎退様が握った拳を小さく振って鶴丸国永様に訴え始め、それを鶴丸国永様がひらひらと手を振って交わしているが急に私と五虎退様の前にひらりと黒いマントが翻る。

「後から入ってきて横取りとは、弟の手前というわけではありませんが少々手癖が悪いのではありませんか」
「一期、きみは俺がこういう俺だってことは良く知ってるじゃないか」
「自覚があるなら控えてくだされ」
「それこそ今更だな」

揉めるのならどうぞ自分の隊の中だけで解決してくださいと思っていたのも束の間で、一期一振様の横からまたひょいと顔を覗かせた鶴丸国永様の金色の瞳と目が合った。

「なあ、俺だっていいだろう?」
「は、何が・・??」
「行きなさい、五虎退」
「!は、はいっ、いち兄。・・す、すいません!」
「わ、ちょっと五虎退様?!」
「おっと、きみ酷いな」

白い袂をゆらりと揺らして伸びてきた手が紺色の袖に阻まれたかと思えば、一期一振様の号令を背に五虎退様が急に走り出した。
その手に引っ張られれば転ばぬように私も走り出すしかない。残念そうに、それでも笑う様な声でこちらに近づくのを阻まれた鶴丸国永様が一期一振様に笑みを向けるのが視界の端にちらと見えた。その笑みは果たして親しい間柄に向けるものだっただろうか。





→ そのまま大通りを走り抜ける

→ 細い道に入り込む










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