「うわっ、ぷ・・・はっ、はぁ・・あれ?」

急に走り出した五虎退様に手を引かれていくつかの道を通り抜けていたら急に顔に何か薄いものが当たった気がした。蜘蛛の巣にでも引っかかったのかとつないでいた手を離して慌てて目の前の何かを振り払おうとしたが、特に何かに触れる様子はない。
どうやら大丈夫そうだとぎゅっと瞑っていた目を開ければ、そこは薄ぐらくてどこか開けた場所だった。32番街にこんな場所はあっただろうか。

「ご、五虎退様・・・?」

ぐるりと見渡すもさっきまで一緒にいたはずの小柄な白い姿はどこにも見当たらない。目に映るのは、神社にありそうな灯篭、石畳、そして真っ暗な影と化している平屋の建物。
振り向いて、一瞬息が止まった。

「え、嘘。なんで、ここどこ」
「何かと思えば。どうやってこの本丸に入ってきたんだ、きみ」
「え、鶴丸さ」

振り向いた先にそびえる鳥居に、建物やらなにやらの形から本丸という審神者と刀剣男士が住まう場所を想定したが、どうして自分がここにいるのか分からない。思わず口についた問いに答えが返ってきたが、その耳元で紡がれた声音は嫌というほど、むしろ今日も一日中聞いていたような声だ。
急ぎ振り返ろうとした視界が真っ黒な何かに埋まった。何かと思えば顔に当たるそれは布のような感触だ。

「ははっ急に振り向くとは思わなかった。俺もさすがに驚いたぜ」
「ちょ、鶴丸様こそ急になんなんですかそれにこれ。染めたんでしたらまた堀川国広様に怒られますよ」

このよく分からない悪戯は鶴丸国永様が仕掛けたものだと分かれば途端に肩の力が抜けた。目の前の白いはずの黒い布地を握って視線を上げれば、髪まで黒い。背景の薄暗さも相まって、際立つ白い相貌とカラコンでも淹れたのか妙に濃い赤のような橙色の瞳と目が合った。

「きみのところには堀川国広がいるのか。そうか」
「・・ええと、その私と同じ隊であれば堀川国広様が洗濯をよくやってくださるので。そちらの鶴丸様ではどなたが洗濯を担当しているのか知りませんが」
「いないぜ」
「?ご自身で洗うんでしたら、まあいいでしょうけど」

自分で洗い落とすのを前提としているのなら、まあ好きにしてくれと言いたいが。それにしてもこの鶴丸様はどこの鶴丸様だろうか。いや、それよりもここは本丸を模したどこかだと思ったのだけど。

「私、もしかしてこちらの本丸に急に不法侵入したような形でしょうか、だとしたら申し訳りません。知らぬ間に来てしまったものですから、・・すぐ出ますね」
「待て待て、折角のお客人だ。もてなさずに帰すなんざ、伊達男の名が廃るって言うしな」

やけににこにことした黒い仮装をした鶴丸様にぽんぽんと肩を叩かれて、はぁと何とも言えない返事を返してしまった。それにしても、肩を叩きすぎでは無いだろうか。もはやはたいているともいえるその執拗さに、少し距離を取れば「うん?」とその瞳がくるりとこちらの全身を眺める。

「・・なんとも、きみは重装備だなぁ」
「え?いや?むしろ手ぶらでスイマセン、あ、お菓子はもってるんで悪戯はよしてくださいね」
「そうか、そうか」
「・・?っ!?」
話を聞いてるのか聞いてないのかよく分からない相手は、こちらの手の指先をじっと見て爪の先を撫でる。何だろう、ただ撫でただけだ。さっきも青龍隊の鶴丸様にされたのと同じことなはずなのに、急にぞわりと背すじが泡立って気が付けば手を引っ込めていた。

「うん?」
「いやなんでも・・・って、それ」
「ああ、さっきちょっとな」

こちらの手と自身の指先を見て小さく頷いている相手の、覗いた白い手首に裂傷が走っているのが見えた。そうか、手を触られた時に湿った感覚がしたような気がしたなと自分の手を見れば爪の先に赤い跡が残っている。 流れた血が付いてしまったのだろう。その湿った感覚に気味の悪さを感じたに違いないと先ほどのぞわぞわした感覚に納得した。と同時に、思い出して袖をめくる。

「・・もしかして、肩にも血をつけましたか」
「はは、付いてしまったかもしれんな。すまんすまん」
「全く・・手を出してください」

”包帯”の鶴丸様に巻かれた包帯を外して、ちょうど良かったとその傷口を覆う。私に巻かれてはいたが私は怪我をしているわけでもないし、袖口の中にあったのだから然程汚れてもいないだろうと文句も聞かずに巻いてしまった。
巻き終わるまで大人しくされるがままだった鶴丸様に、終わりましたよと目を向ければ何だか妙にご満悦だ。手当てされるのがそんなに嬉しかったのだろうか。

「ありがとうな、きみ。お礼もしたい、是非上がっていってくれ」
「いや、実は私これでも仕事中なんで」
「いいから、ほら」

ゲートを、と振り向こうとした視界が真っ黒になって頭上から背中へと回された腕に、強引に背中を押される。





→ 「もう、一杯だけですよ?」










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