「おはようございます」
「おはよう、コウリ」
「よ、コウリ・・と、朝から変な顔してるなあ。・・ははぁ、分かったぜ」
屯所の玄関で会って挨拶を交わすのは歌仙兼定様と片腕にノートと昔懐かし黒板消しを抱えた鶴丸国永様だった。その黒板消しは本物ではなくペンやら何やらが入った筆箱で、”白墨”の鶴丸様の愛用品である。一瞬その見慣れすぎるほどに見慣れている白い髪に身構えたが、その恰好が白シャツにパンツであることでも内心胸をなでおろしたのは内緒だ。
”白墨”の鶴丸様は落ち着きがありものを教えるのが上手いので新人の教育やたまに審神者向けの講習を受け持ったりしている。体を動かすのが嫌いなわけでは無いが他の鶴丸様より座学が得意だと自身でも言っていたので、横にいる歌仙兼定様とよく組んでいるのを見かける。
「なるほど、それでその顔か。・・とりっくおあとりいとってやつだな」
「ああ、そういえば今日ははろうぃんだったね」
眼鏡の奥の金の瞳がきらりと光ってしたり顔をされてしまった。その眼前にそっと片手を翳せば、いつもそんなに感情を波立たせない”白墨”の鶴丸様にしては珍しくその金色が真ん丸に見開かれた。
「これは・・いや、・・んー」
「何だい、・・”よーぐると”」
「朝方急襲を受けまして」
「・・そちらの宿舎は大丈夫なのかい」
「まあ、そうだな。・・困った”俺”もいるもんだな」
しげしげと爪の先を眺めて苦笑される。これまでも何度も宿舎のセキュリティ強化は行ってはいてその度に突破されてしまうのだが、だからといって特に大きな問題を起こすことは無くただ突破すること自体を面白がってしまっていてなかなかこのいたちごっこに終わりは見えない。心配そうにしてくれる歌仙兼定様の言葉が胸に痛い。
「そうか。それなら俺からもTrick or Treat、だな」
「う、さすが”白墨”の鶴丸様、発音いいですね」
「ははっ、褒めても見逃しはしないぜ」
「えぇー・・」
言っていそいそとその黒板消し方の筆箱を開けて取り出したるは筆の形をしているが墨をすらなくても使える筆ペンである。
「ほら」
またも”ヨーグルト”の鶴丸様と同じくちょいちょいと手を動かされてしまい、無事な方のもう片方の手が取り上げられてしまう。んー、と悩んだ末にくるんと筆先を動かし始める。
「・・C(シー)、」
なら次はhかと思えば小さくaと書かれている。横から覗いていた歌仙兼定様もこれに首を傾げていて、同じことを考えているのだと分かった。
「鶴丸、そこはエイチじゃないのかい?」
「いいや、エーで合ってるぜ」
つい歌仙兼定様と目を合わせて首を傾げあっていれば、そらこれでどうだ?と中指の爪にはまたくるりと筆を走らされる。
「またシー、だね」
「Cac・・・?」
「ん、難しいか」
その先は続けて筆を走らされ出来た文字の並びは、
「CACOE?」
「Eじゃなくてこれは3じゃないか」
「あ、そうですね。んー?」
「降参かい?」
「んん、悔しいけど私分かりません。・・歌仙兼定様はどうですか?」
「ああ僕も悔しいけど分からないな。正解は?」
「CaCO3」
「しーえーしーおーすりー」
「あ、ん?カルシウム?」
スリーといった口を横に引いてニッと笑うその顔はカルシウムと聞いてそうだと頷く。全部は分からなくてもCaがカルシウムの元素記号であることは何となく食品の表示などで思い浮かべば、カルシウムと目の前の鶴丸様の繋がりもピンときた。
「はい」
「よし、きみ。正解はなんだい?」
手を軽く上げれば先生よろしくその胸元にいつもさしてある伸び縮みする指し棒をちょいとのばして当ててくる。
「よく分かりませんが、きっとチョークのことだと思いました」
「はっは、そうだな、これはチョークの主成分である炭酸カルシウムのことだ。惜しいなぁ、んー2点」
「え、それ何点満点ですか」
「テスト全体の中でたぶん3点くらいの割り当てで出すだろうから、満点はあげられないが2点ってところだと思ってな」
思った以上に細かい話だったが、まあ納得した。頷いてふと我に返り己の両手を見る。
「コウリ、売店に直行するか、次は出会いがしらに先手を取れるようにしたほうがいいんじゃないか」
「アドバイスありがとうございます」
ひらがなとアルファベットと数字の並んでしまった両手の爪の先を無言で見つめていれば、さっきから静かに袂を探っていた歌仙兼定様が何も助けになるものが無いなと眉を少し落として呟いてから助言をくれる。
確かたまにそこから飴を出してくれたりするので今も入ってないか探してくれたのだろう。
→ 売店に行く
→ 先に今日の予定を確認する
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