「!」
先に着替え終わっていたエステルさんに声と共に手を振られる。
手を振るたびに揺れている白い袖、その下に来ている赤いシャツと同じ色の眼鏡。
「エステルさん、いつもとだいぶ印象が変わりますね」
「そうです?!」
クール系も似合ってますと言えば、とても嬉しそうに微笑んでくれたエステルの服は病院の先生のようであり・・それにしてもちょっと足元が色っぽい。
「さすが、ジュディスの服です」
「成程」
両手をぎゅっと握ってクールという言葉に浸っているエステルの横で、分厚い本をめくっているのは赤い海賊帽子をかぶったリタだった。
帽子が重いのか、頬杖を突く手でさりげなく抑えている。
そこまで気になるならリタなら脱いでしまいそうではあるのだが。
「リタの海賊姿もすごい似合ってるね」
「ですよね!いつものリタのカラーにも似ていますし」
エステルさんにべた褒めをされて脱ぐに脱げず、そのままにしているリタさんの頬は照れてるのかちょっと赤い。
「・・何よ」
「いえ、カッコいいです」
どうやら見過ぎてしまっていたらしい、帽子の下からジロリと見上げられてしまった。
金の縁取りのあるジャケットは良い生地のようで一見重そうだが、ちょっと触らせてもらった裾はとても軽くて驚く。
「リタ姐もこれで立派な海の女なのじゃ」
どうやらパティちゃんのお気に入りの晴れ着のようだ。
そんなパティちゃんは大きな紫色の帽子とふわふわの白いボア付の紫の衣装で、小さな魔法使いと言ったところだろうか。
「えー、リタっちは火の玉飛ばすじゃん。海の上でそんなことしたら危険極まりなぼぁああ!?!」
パティちゃんの言葉に返すようなレイヴンさんの言葉が背後から聞こえたが、その声が途中から悲鳴に変わる。
一瞬で詠唱を終わらせたリタが海賊帽子の下からねめつける様な眼光で、私の背後に向かって火の玉を飛ばしていく。
私はと言えば、驚いている間に近くにいたフレンに軽く腕を引っ張られてその背後に匿われていた。
壁とレイヴンをちょっぴり焦がして、プスプスと上がる煙に目の前に立つフレンから呆れたような溜息を吐いた。
・・・相変わらず目に痛い服だ。
「リタ、それは一応僕の服なんだけど」
手加減してくれとぼやくフレンに、ふんと鼻息荒くリタが海賊服のジャケットの裾をはためかせて仁王立ちする。
「仕方ないわね。・・次は顔面きっちり狙ってあげるわ」
それで文句ないでしょと言い放つリタの言葉に黒いおしゃれなタキシードに身を包んだレイヴンがさめざめと涙を流している。
「まあまあ、リタ。落ち着いてください」
「そうだよ。あ、そうだお茶もらってくるね」
「それなら私も・・」
「エステルさんいいよ、座っていて。今日は私メイドさん・・なんだ・・」
自分で言って、何かちょっと遠い目になる。
とっても可愛いですよ、と両手を握ってくるエステルさんのその視線がこちらの胸元と自らの胸元、そして部屋に入ってきたジュディスさんのソレを見た瞬間、ちょっと手に力がこもったことには気が付かなかったふりをした。
「パティちゃんも座って待ってて、・・えーっとそっちの女の子・・も・・?」
「・・・・」
ん?
パティちゃんの席の向かいに見慣れぬ茶色い髪の小柄な女の子がテーブルに突っ伏している。
具合が悪いのか、お茶飲むかなと聞こうとその白いパフスリーブの袖に包まれた肩に手を置きかけて言葉を切った。
この茶色い髪は、もしかしてもしかしなくとも。
「・・ボス?」
ピクリと肩が動く。
重ねた腕に顔を埋めているがやはりこれは。
「カロルくん・・くじ引く箱間違えたの?」
「っ・・違うよ!!!」
ガバッと顔を上げて必死な顔で否を唱えるのはやはりこのギルドのボスである、カロルくんその人であった。
可愛らしいピンクのリボンを結んだ髪は、いつもリーゼントにしているのを下して結構サラサラとしている。
思わずそのサラサラを撫でながら、女の子用と男の子用に分けてあったはずのくじ引きの箱を思い出していれば、ぐっと唇を噛んでカロルくんはまた俯いた。
「・・・ボ・・、な・・」
「・・え?」
「カロルはどうやら自分の衣装を引いたようじゃな」
ボソリと暗い声で呟いた声が聞き取れずに聞き返せば、向かいのパティちゃんが簡潔に教えてくれた。
自前の衣装を引いたという話に、手を置いた茶色いのそのつむじを見下ろす。
「・・ボスって、そういう趣味・・」
「違う、違うよ!!信じてよ?!」
「ああ、うんうん分かってる」
「何がさ!」
皆まで言わずとも大丈夫だと頷けば、必死の形相をするカロルくんが面白くてついからかってしまうがついには涙ぐんでしまったのでごめんごめんと謝ってはまたそのサラサラの髪を撫でる。
「・・、面白がってるでしょ」
完全に拗ねてしまったギルドのリーダーに代わって、エステルさんが旅の間に起こった出来事とカロルくんが女装する羽目になった理由を話してくれるのを聞く。
まさか兵士を誘惑するためにだったとは。
「・・・、ぷっ」
「!ひどいよ!!」
「ごめんってば。いやー、さっすがボス、みんなのために体張ってるね」
かっこいいぞーとごまかしがてらかわいいリボンの頭を腕に抱いて横からかいぐりかいぐりしていれば、ひどいよ!と喚いていた声がやめてよ!に変わる。
「あら?顔が真っ赤よ、カロル」
くすくすと笑うジュディスの声にその顔を覗き込めば、確かにその顔は真っ赤だった。
少しやり過ぎたのかもしれない。
「よし、お詫びがてらに今度こそ美味しいお茶を淹れてくるから」
待っててとキッチンへ向かった。
甘い匂いがキッチン内に充満している。
「お、イイところに来たな」
奥で何やら作業をしている人物が立ち上がって振り向く。
その動作に合わせてひとつに結わいた長い黒髪が揺れた。
「ローウェル先輩、こんなところに・・っていうか」
ポニーテールにカフェエプロン。
どう見てもコスプレ衣装には見えないそれについ上から下までジロジロと見てしまう。
「・・・ズルくないですか」
「食べ物担当ってことでパスさせてもらっただけだよ」
「えー」
「何だよ、甘いもん食いたくねえの?」
「いや、食べたいけど・・」
それに貴重なローウェル先輩手作りスイーツだ。
食べたくないわけが無い、が。
レイヴンだって甘いもの苦手なのにどうしてそれだけでパスさせちゃうんだろう。
「おっさん用にもしょっぱい系とか醤油味のスナック作ってやるってことで、取引成立」
分かったか、と言われて渋々頷いた。
どんな恰好するんだか、これでも楽しみにしていたんだけどな。
「・・それにしても、あの衣装なんなんですか、アレ」
「ん?・・あー、フレンが着てるヤツな」
「アレは正直どうかと思うんですけど」
ポットと人数分のカップを用意しながらチラとユーリさんの方を見上げる。
「念のため言っとくが、オレの趣味じゃねえぞ」
眉根を寄せて重々しく言うあたり、カロルくんと似たような苦い思い出のある衣装なのかもしれない。
何はともあれ。
「それを聞いて安心しました」
あれ趣味って言われたらドン引きます、と言えば乾いた笑いと共に賛同される。
そうこうしている内にお茶の用意が出来たのでお盆に並べて運ぼうとすれば、ちょい待ちと声がかかる。
「クッキー焼けてるから、それ置いたら次こっち持ってってくれよ」
「・・・・・」
そっち手伝うなら私もこの衣装今からでも免除にならないかなと思うも、口角を上げたユーリさんの手がすっと伸びてきてヘッドドレスの縁から前髪をすっとなぞられる。
「何だよ、不満げな顔して。・・ほれ」
「?!」
いきなり口元に突き付けられたものにびっくりして仰け反れば、焦点が合った視界に良い色に焼き上がったチョコチップクッキーが映る。
「味見、」
言って、突き付けられるクッキーから香るおいしそうな甘い匂い。
すでに両手に持ったお盆を下すのも面倒になって、仕方なくそのままパクリと齧りついた。
歯を立てて割ろうとする前に指先で口の中に押し込められる。
「ん、むっ」
「・・どうだ?」
聞くの早過ぎです、と突っ込みたい気持ちをとりあえず置いて、丸ごと一枚頬張る羽目になったクッキーを急いで咀嚼する。
サクサクと歯触りの良い生地はバターの風味も良く、ちょっと焼けて香ばしくなったチョコチップが甘く、まぁなんていうか美味しいクッキーだった。
「・・・・・」
もぐもぐとそのまま無言で食べていれば頬を指の背でそっと撫でられる。
見上げた先に満足げに笑うユーリさんがいた。
「その顔が答えって、な。んじゃ後よろしくな、メイドさん」
「・・・了解しましたコック長」
<What happened after that?
Happy Halloween ☆ 2016 TOP