花とミツバチ



キィン、と固く澄んだ音を響かせて交り合わせた刃を離す。
バックステップで離れたユーリに向かって、ユーリよりも少し長い手足が滑るように動きニバンボシよりも長い獲物がこちらの肩から袈裟がけに薙ごうとする。
その刀身を身を屈めて潜り抜け、その懐に潜り込み振り向きざまに翳した刃が、また優雅に舞う裾の裏から返された刃と交わって音を立て空気を響かせた。

「・・・・」

つい、ほうと見入ってしまう。
くるりくるりと不規則に、そして瞬間的な素早さで獲物を振ってはまた飛び退り、様子を窺うように低く構える特徴的なユーリの動きは良く見ているものではあるけれど、それとはまた対照的におっとりと構えつつも、ふわりふわりと膨らむ裾を翻して刀を振う三日月の流れるような動きは、まるで優雅な舞を見ているようだった。
あまりその場を動かない三日月を中心に、素早く仕掛けてはまた距離を取り周囲を移動するユーリはまるで。

「花とミツバチみたい」

ユーリ、甘いもの好きだしな、と見入っている頭の片隅で脳が勝手にシナプスを繋げている。
表面上はそうは見えなくとも、その生き生きとした目でもってそこそこ真剣に勝負に打ち込んでいる筈のユーリの目がちらとこちらを見た。
しまった声に出していたと、ヤバいと顔に出すこちらに肩を竦める素振りを見せた後に、その脇がくっと締められて拳が強く握られる。
あ、と思うより早く、その握られた拳が弾丸のように青い衣に叩き込まれた。

「牙烈襲!」

「!!」

思わぬ攻撃に目を見開いたまま最初の一撃を受けた三日月は、その衝撃に押されるまま背後へと下がった。
無理に受け止めるより同じ方向へ下がって衝撃を和らげることを優先した相手に、一瞬目を見張ったユーリの顔が見えた。

「、っと、と」

「っと、ご老体にゃちと重た過ぎたか」

何千歳だとか抜かしていたが、とまるで信じていないユーリが軽い口調で投げかける。
それに、はっはっはという朗らかな笑い声が返る。

「いやはや。刀同士の手合せで、手や足が出るとはな」

「こちとら貴族様の型にはまったお綺麗な流儀とやらにはとんと無縁な育ちなもんでね。荒っぽくって悪ぃな」

気分でも悪くさせたか?と軽く問いかけるその口調は、気遣うとは到底無縁でその口元にもシニカルな笑みが浮かんでいる。
明らかに挑発しているようなユーリの皮肉気な物言いに、きょとりと瞬きをした後、三日月はおっとりとその目を細めた。

「いやいや、気など悪くはしておらん」

「そりゃあ良かったな、っと」

「むしろ」

「・・?」

返す刀で脇を狙うユーリを、袂を翻して受け流す三日月の口元が弧を描き、また距離を保って対峙し合うユーリの眉が怪訝そうに寄る。

「久方ぶりの手合せの相手がこんなやんちゃ坊主だとは・・、全く愉快でたまらん」

「は・・・」

くすくすと片手の裾で口元を覆いおっとりと笑みを零す相手に、一瞬呆けたユーリの顔が微かに歪む。
それを見てとったのか更にも「愉快、愉快」と笑みを零すような三日月のその空に浮かぶ三日月よりも尚細い瞳は、笑みの形に象られているもののうっそりと薄く開かれていた。
獲物をぶつけ合う合間に交わされる皮肉と皮肉の応酬に、見ているまで薄ら寒いものを感じて頬が引きつる。
ユーリの肩越しにこちらを見た三日月が、小さく目を見張る。

「おや、主・・、ではなかったな。を怖がらせるつもりはなかったのだが、すまぬ」

今度こそ笑みを刷いた白い面がにこりとこちらを向くが、こちらとしては何の安心できそうにも無い。
見た目はそう変わらない相手にやんちゃ坊主と言われたユーリが、少々物騒な気配を醸し出している。
今にもオーバーリミッツしそうだった。


+ + + + +


結局オーバーリミッツはしなかったわけだが、それでもお互いだいぶ自前の型やら技やら術技やらを披露し合って、ひとまず満足したらしい。
最後はユーリの天狼滅牙・水蓮で水気の無い場所から立ち上った水を浴びて、三日月が「あなや・・」と刀の手を止めてしまったことで、お互いの気がそがれたようだった。
そんな三日月は今、ニバンボシを手に取ってうんざりとした顔のユーリに水の出る仕組みを教えろとせがんでいる。

「って、ユーリ!」

「ん?」

何でも無いように答えるその頬に赤い一筋の線が走っている。
どうりで途中から同じ方からの攻撃しかしなくなったわけだ。
とぼけようとするユーリの、その両頬に垂れる長い髪をぐっと引っ張って顔を引き寄せる。

「い、ってえ!何すんだ」

「何じゃないでしょ、見せて」

バツが悪そうに顔を逸らそうとするのを両手で頬を挟んで、ぐいと強制的にこちらを向かせる。
顔にはその赤い線以外目立つ傷こそ無いものの、その他にもよくよく見れば手の甲やら腕やらと、鋭く走る傷が幾筋も出来ていた。

「・・・・・」

「・・・・」

押し黙るこちらに困ったように頭をかくユーリに、言っても聞かないのは分かっているけれど、と小さく息を吐いた。

「・・・、はい」

治癒術は使えないからせめてと赤いグミキャンディを一粒差し出す。
それを受け取らず「舐めときゃ治るっての」とふてくされた様に零すユーリの頬に、ぐにぐにとアップルグミを無言で突き付けた。

「・・・・・」

「・・・血まみれになんぞ」

「元から赤いんだから、構わないでしょ」

そもそも傷口には触れてはいないのだけれど、一向に受け取る様子の無いユーリにいっそ本当に傷口に押し付けたら治癒効果でも発揮するかもしれないし、それでもいいかと思いかける。

「・・心配してくれてんじゃねえの?」

グミを押し付けられて尚、そんなことをのたまう相手にイラっとしかけた気持ちを何とか押しとどめた。
無理やりその手にグミを握らせて、ユーリがこれなら三日月とやらは大丈夫だろうかとそちらに向き直る。
「あ、オイ!」とか言ってる背後の声は無視して、何やら興味深そうにこちらのやりとりを大人しく聞いていた、その白い面をまじまじと見上げた。

「どうした?」

「・・・、いいえ」

かすり傷ひとつ無い顔に何だか拍子抜けする。
これでは本当に、泥だらけ傷だらけのやんちゃ坊主と、そんな相手を孫でも見るかのようにおっとり相手する爺やの構図の出来上がりだ。

「こちらの手入れはしてくれないのか?」

「手入れ?」

何のことかと聞き返せば、ほれ、と指先の小さなかすり傷を指差されて何とも言えない微妙な気持ちになる。
これこそ唾つけときゃ治る、その程度だ。

に世話されてみたい」

「はい?」

自称じじいだと抜かしてはいたが、見た目どう見ても若者(口調はおっとり系)だし、こんなぴんしゃんしているのの何を世話をやけというのだろうか。
他にも何か怪我でも負っているのかと訝しげにその頭からつま先まで、視線を往復させるもやはりどこも助けがいるようには見えない。
駄目だろうか?、と小首を傾げられても困るが、その懇願するような瞳に早々に根負けして取りあえずもう一つアップルグミを取り出した。

「・・というか、グミで治るのかな」

「ぐみ?そのようなもので治したことは無いが」

言いつつ三日月は懐を探り、ほれと何かを差し出されて思わず受け取ってしまった。

「何コレ」

「簡易手入れ道具だ」

言いながら、これで刀身を磨いてこの打ち粉を払い、この布で拭って艶を出すと説明をされる。

「では早速これで、ポンポン、してくれぬか」

「は・・・?ポンポン?」

何のことだか分からぬ間に手に持ったものの中から耳かきの様な短い棒の先にふわふわの綿毛が付いたものを半ば強制的に握らされ、その謎の耳かきに戸惑っている内にこちらの手を包み込むように甲に相手の手が重なった。

「ミカヅキさん・・?」

驚き固まるこちらに気付かぬ強引さで、その大きな手に手を握られてかすり傷のある指先をちょんちょんと軽くはたく様に触れさせられる。

「え」

自分の手を誘導されて思わずされるがままにその動作を見ていたのだが。
2度、3度叩いただけ、そう綿毛の部分で軽く叩いただけだ。
なのに、さっきまであったはずの傷口は何処にも見当たらず、滑らかな肌だけがそこにあった

思わず呆けた顔をするこちらを見て、ころころと三日月が笑う。
その満足げな笑みに何だか釈然としない気持ちで、綿毛をくるくると回しては穴が開くほど眺め、そしてその白い手を取って本当に何も残ってないのかをまたじっくりと検分する。

「・・・何も、無い」

「そんなに見られるというのも、そなたが相手だと思えば少し恥ずかしいものだな」

「!」

ハッとしてつい手に持って眺めてしまっていたその長い指先から手を離す。
そして、ふとシンと静かなユーリの方向を恐る恐る見上げた。

「・・・・・」

「・・・・なんだよ」

その間こそなんだ、と聞き返したいが何となく、何となく何も言えない。
何故だかバツの悪い思いで視線を逸らしかけて、まだ自身の手に持ったままの綿毛の付いた棒を見下ろして、そしてチラリとまたユーリの顔を見上げた。
無言で腕を伸ばす。

「・・・、くすぐってぇ」

多少迷惑そうにしながらも気にはなったのだろう、避けずにその手の先の綿毛を頬に受けたユーリがぼそりと呟く。
綿毛を頬から除けて、頬のかすり傷を見上げた。

「・・治ってないね」

そのままそこに残る傷を見て、そして手に持ったままの綿毛をは何とも言えない気分で眺めた。
これで魔法みたいにユーリの傷も治れば良いのに。
少ししょんぼりしたに気が付いたユーリは、未だ手に持ったままのアップルグミをポイッと口に放り込んだ。

「グミ、サンキュな」

「・・・・・」

無言のの頭をぐりぐりと撫でる。
そうして横に立つ、己を刀だと言い張るミカヅキとやらを見た。
表情はやんわりとした微笑みを湛えているが、腹の内はさてどうだろうか。
の手から手入れ道具とやらを抜き取ってこちらを見ている相手に向ける。

「悪ぃな、借りた」

「ふむ。これでおぬしの傷は治らぬか」

「あんた専用、ってことなんだろ」

「そういうわけでは・・、無い筈なんだが」

簡易手入れ道具を懐に仕舞い、そして手に持っていたアップルグミを繁々と眺めて三日月はそれをユーリがしていたように、ポイッと口に放り込んだ。

「・・・・・」

「・・・・・」

「・・・・・」

もぐもぐと口を動かす三日月を、何となく二人黙って見てしまう。

「・・・・、柔いように思えるのに餅より噛み切れぬとは」

「グミ、食べたこと無かったの?」

「ぐみとはおもしろきものだな」

そう言ってまたもぐもぐと口を動かす三日月を見守っていたが、暫く待っても飲み込む気配が無い。

「・・して、これはいつまでこうしていれば良いのか」

「飲め」

ユーリの簡潔なアドバイスに、三日月は一瞬きょとんと目を見開いた。

「あい、わかった」

頷くような仕草をする三日月をまた見てみるも、見ただけでは何か不調が治ったかどうかなどは良く分からない。

「・・、どう?」

「喉には詰まらせなかったぞ」

そんなことを聞きたかったんじゃない。


+ + + + +


「へーえ。成程な」

ああいった傷の時はこのように砥石を滑らせるとなと実践してみせる三日月の手元をユーリが興味深げに観察している。
普段から結構獲物の手入れはしっかりとやる方だから、上手く取り入れられそうなものは目で見て覚えようとしているようだ。
まさか、そんな共通の話題があるとは。
さすがは戦闘馬鹿、と元刀・・いや、今も刀が実体化している?だけで・・・何だか良く分からなくなってきた。
ああだこうだとお互いの手入れ方法を披露し合う2人を遠く見て、ぼおっと視線をそらして考えに耽っていた。

はどうやら暇そうだな。寝るか?」

「どうした、放っておかれて拗ねてんのか」

「!?!」

両耳から、少しアクセントの違う、でもどこか似通った響きを持つ声が流し込まれて、思わず肩が跳ねた。
バンと音でも立てそうなほどの勢いで急に両耳を塞いだこちらを、片方はきょとりとした顔で、片方はしてやったりと言った風な顔で覗き込んでくる。
ユーリはが耳元で話されるのが苦手だと知っててやっている確信犯だ。
睨みつければ、ほらニヤニヤと笑っている。
それにしても、似ていた。
2人の全くタイプの違う、でも線の細い女性的な顔立ちを見上げる。

「成程、見た目が女性的だから声も、ぁいたっ」

さっきまで意地悪げな表情を一転させたユーリの握った拳が、そこそこの威力で持って脳天に落とされる。

「聞こえなかったなぁ。、もう1回言ってみ?」

「え、や、何でもないデス」



おっとりと呼ばれて振り向く前に顔の前に何かがかかって視界が覆われる。
青い布地が鼻や頬をくすぐるようにするすると滑って、さらさらとしたその表面がこそばゆい。
じんわりと衝撃を広げる頭を撫でているような三日月の、その袂からは何か不思議な匂いがした。
臭い匂いでは無くて、何だか落ち着く香りだ。

「ああ、すまぬ。香を炊いていてな、」

宙を嗅ぐようにすんすんとしたこちらに気が付いて、顔にかかった袂を押さえた三日月も同じようにその抑えた袂をくんと嗅いだ。

「匂いがきつかったか?」

「いや、良い匂いだなと。落ち着きます」

「そうか、それは良かった」

言って、三日月はにっこりと笑った。




◆アトガキ



2016.5.20



何となく中途半端ですが。
前に書いたとうらぶ夢から一か月経ってるとは・・、あなや。



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