行きはよいよい



『TDC』

某有名なテーマパークの略称のようだが違うし、某エステのお店でもない。というか、最早聞き間違えを意図してそう呼ばれているんじゃなかろうかと勘ぐってしまうのは、そちらさんなら全く持って健全だし、何の問題も無いからだ。
では『TDC』とは何の略なのか。

「刀剣男士、・・カフェ?」
「入店チケットがやっと当たったの!一緒に行こうよ、ねーぇ」

満面の笑みで私を廊下の隅まで引っ張ってきたと思えば彼女は上目遣いで腕に抱き着いてのこの発言。可愛い彼女のことだ、意中の男性を見つけてはこの手で落としているに違いない。
この職場は恋愛禁止ではないが業務上どちらかといえば男性率が高く”一般的”男性からしたら恋愛はしにくいし、結婚なんてさらに無理という話らしい。酒の席でうっかり恋愛的要素をつついた結果、場がお通夜になったりするし、考え始めたら心が砂漠になるって言ってる同期もいた。心が砂漠・・?乾きすぎってことなのだろうか。
少し・・いやかなり?疲れてる感じの男性が多いけど職としては安定してるし、働けない人は残ってないだろうからみなそれぞれ優秀な人たちだろうし、とにもかくにも彼氏募集中なはずの彼女からしたらより取り見取り、いつでもイチコロできそうだとそれとなく伝えれば、「私、普通の男性には興味ないの」と怪しい笑顔で返された。
変な男に手を出そうとしてるのだろうか、危ない。

「・・ね、心配してくれるのなら一緒に行こ?この日空いてたよね?」
「いや、心配はしてるけど。っていうかここよく知らないけど、どういうカフェなの?」
「えー、よくあるでしょ。好きなコンテンツとコラボしたそういうのを楽しむところ」

って、彼女が言っていたから、確かに前に友人と行ったゲームとコラボしたカフェを思い出して、よく分からないけどまあ行きたいならいいかと頷いた。



そんな自分がバカでした!
頷いた過去の自分を殴りたい。

「なぁ、・・なあ。どうして、そう頑なにこっちを見ようとしないんだ?」
「すいません、そのおきれいな顔ちょっと離していただけませんか、ちょっと目がつぶれそうなんで」
「きみ、さっきから本当に面白いなぁ・・つぶれたりしないぜ?ほら」
「ちょ、ちょっ」

止めろ!その顎を掴むのやめろ!!全力で逃げ出したいのに、愚かかな、居ない者としてくれと隅に座ったのが最後、追いつめられて逃げ場がない。恥を承知で居間のど真ん中にでも座れば良かったんですかね!いや、廊下でも良かった。とにもかくにもこんな誰も来ないような薄暗い部屋の端にいるんじゃなかった。

「・・墓穴を掘った」
「んん?きみ、穴でも掘りたいのか?墓穴、なぁ。・・俺が一緒に入ってもいいか?」
「は、何言ってるんですか」

結論から言えば、私が思っていたコンテンツとのコラボカフェではなかった。壁にキャラクターやゲームのシーンが貼られていて、グッズが展示されていて、キャラクターをイメージした飲み物や食べ物が楽しめるなんていう可愛らしいものではなかった。
そう、例えていうなら動物と触れ合えるカフェ・・・?

「それなら、フクロウや猫がいい」
「よしよし、よく分からんがフクロウなら俺だって鳥繋がりだ」
「思いっきり人型じゃないですか」
「そこは残念ながらってやつだな」

チケット片手にウキウキが隠せない可愛い彼女に連れられてきたのは、政府管理されているはずの32番街の中とはいえどこか薄暗い一角で、引けた私の腰に回された細い腕のどこにこんな腕力が?と思うほどの力で有無を言わさず引きずり込まれた先にあったのは、果たして純和風なお屋敷だった。
確かに刀剣男士といえば刀の神さまたちなのでコラボと言えば和テイストなのかもしれないがここまで立派なお屋敷、雰囲気があるとかいうより普通に腰が引ける。形から入るということだろうか、そこで建物から入るのもすごいけどそれなら食べ物メニューは、小豆長光様の甘味や燭台切光忠様の定食、歌仙兼定様のご膳とかだろうかと風の噂に聞くお料理上手な刀剣男士様を思い浮かべて一瞬、心躍っていた。
それがいけなかったというのだろうか。

「あの、むやみやたらなお触りは厳禁・・」
「そりゃ、こっちが嫌がってるのを触りまくるのはルール違反だろう?そういう客はこっちからお断りだな」
「え、じゃあ私から触りまくれば、出禁にしてくれるんですか?」

例えば動物カフェなら、触れ合えるけど過度に構ったり追い掛け回したり急に抱き上げたりするのはNG、ドリンクを飲みながら傍に寄ってきたりするのを眺めてのんびり楽しむと言ったものだろう。
確かに、似ている、似ているが・・相手は人型だ。倒さないように少し離れた場所に追いやられているお茶を遠目に眺めながら、いかにしてここから逃げ出すかの算段をしていれば、そんな心を読んだかのように視界がまた白く埋められる。近い。

「ははっおかしなことを言うなあ。俺は何も嫌がっちゃいないだろう?きみならいいぜ。ほら、触ってくれ」

壁に出来る限り身を寄せようと縮こまれば、笑う相手にその分近寄られて距離もゼロに近づきつつある。畳についた片手をそっと持ち上げられて喉の奥で悲鳴が上がりそうになった。
取り返そうと引っ張る力すらどこか憐れな目で見られ、拒否する間もなく押し当てられたのは目の前に迫る白皙のその頬だった。

「うっ・・すべすべ」
「きみの手はやわっこくてふくふくしていて・・ああ、肌に吸い付いてくる」
「っひぃ」

うっとりしたように手のひらにすりすりとすり寄せる頬がほんのり色付いている様なんて気が付きたくなかったし、全く持って綺麗が過ぎて最早視界の暴力だ。
自分は今セクハラを受けているのでは?・・いや、この場合は私がセクハラをしているのだろうか?そんなまさか、冤罪です!

「そもそも、きみ・・こういうことがしたくてこんなところにいたんじゃないのか?」
「あああ、ちょっと足!触るのやめてください!やだっ」
「・・嫌がられるのも悪くないが」

人の足をさすさすしながら思案に暮れた顔しないで欲しい。考え事はご勝手にと言いたいがその前に人の足から手を離して別の場所でどうぞ、と言いたい。なんならその考え事に集中できるよう、私がこの場から去ればいいのではないか。名案だ。

「おっと、待てまて。どこ行くんだ」
「私が居ては考え事に集中できないと思われますので退室いたします。あとは、おひとりでどうぞごゆっくり」
「目の前にいるきみのこと以外の何を考えるっていうんだ、ほら、ここにいてくれ。・・というか、何か今の・・うん、悪くないな」

立ち上がろうとしたのを察知され、手首を掴んで痛くはない程度に力を込められその場に押しとどめられては腰を上げることも出来ない。内心舌打ちでもかましそうな自身とは反対に、何故か相手はゆるりとその金の瞳の縁を和ませた。

「なぁ、今の」
「・・・・何ですか」
「まるで浮気した夫に嫉妬する妻みたいで良かった」
「ドン引きです。その思考回路なんですか怖い」
「ははっ、うん。怖いか、そうかそうか」

にこにこしながらドン引きしてるこちらの頭を気にせずに撫でてくる。訳が分からない。

「でもな、鶴は番に一途な鳥なんだ」
「・・へぇ」

最早、敬語も抜けてくるというものだ。
ふと、確か1時間で入れ替わり制だったはずというこのカフェのシステムを思い出した。後何分だろうか。大分たった気がする。そろそろ何か合図があったり・・・。

「ところで、時間になったら何か音楽が流れたり、誰か呼びに来たりするんですか?」
「うん?」
「いや、ここのカフェのシステムって時間制限がありますよね。それ確か1時間でしたよね?」

一瞬きょとりと瞬いた金の瞳がくるりとどこか斜め上の方を見て、そして瞬きの間にまたこちらをじっと覗き込んだ。

「そういえば、そんなものも在った気がするが」
「良かった。入ったのは確か・・」
「今はもうそんなもの、あって無いようなものだな」
「?・・へ?」

腕時計を見ようとしていた顔を強制的に仰向かせされる。両頬を包み込む手は大きく輪郭をなぞる様に指がするりするりと動かされた。

「いつ出られるかどうかもな・・きみに関しては、俺次第、だなァ」




◆アトガキ



2019.12.9
この続きのEROパートとは裏に格納いたしました。
久々のEROと初めての刀剣裏なので、なんかもっちゃもっちゃした感じになってます。
もっちゃもっちゃ・・。




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