主の誉れ



ふと呼ばれた気がして縁側への戸を開けて覗けば、草履をはいた足を庭の方へ下ろしてひらひらとこちらに向かって手を振る刀が一振り。
抜けるような白さの腕がその見目に似合わず元気に振られるのに合わせて、内番着の白い袂はいつもしている紺のたすきを解かれてその肘の辺りでゆらゆらと揺れている。

「主!」

目が合えば、その金の瞳がパッと開いて顔全体で笑みを咲かせた。どうしたのかと問うこちらに答えないまま、その手がこいこいとこちらを誘う。
何か企んでるのではないかという警戒心も無くはないが、それより何より好奇心が勝る。信頼はしているし悪いことは起こらない。

「・・おいで」

歩む足を急かすわけではないが誘われるままに近づいて、その手に従って腰を下ろせば不意に頭の上に大きな手が乗った。

「よしよし、主。きみはいいこだな」

急に子どものように甘やかされて何が何やら分からんとその瞳を見返せば、透き通る金の瞳が蜂蜜の様にとろりと撓んで腕を取られて引き寄せられる。抵抗もしないまま大人しくその膝の上に収まれば、ますます満足げに抱き寄せられて額に髪にと擦り寄られた。
甘やかされてるのか甘えてるのかよく分からないながら、実にご機嫌な相手に背中を撫でられたままでいれば後頭部に他の誰かの手が乗った。

「俺にも労わせてくれ、鶴丸」
「・・三日月」
「っはっは、そうむくれても主じゃあるまいし、何のかわいげも感じぬな」

どうやら背後にいたのは三日月のようだ。頭上で交わされる会話はちょっと不穏だが鶴丸は背中を抱く手に力を籠めるだけにとどめ、三日月の手を除けるまではしないようだった。

「主よ。よく我慢してえらいぞ、誉をやろうなあ」
「俺はいつでも主に誉をあげたい」
「お前は誉をやると言いながら、甘えたいだけであろう」

撫で梳く指先が優しい。背中をリズムよくあやすように叩く手が優しい。

「本当に、きみはいい子だ」
「ああ、よく耐えてよい子だなあ」

よしよし、ぽんぽんと誉めそやし、あやし甘やかす二振りが一体何のことを指してそうしているのかこちらには全く分からない。

「主よ、眠いのか?」
「きみはまったく・・猫の子のようにどこでも寝るなあ」
「役得というやつではないのか」
「俺の忍耐力が試されているな」

気付けばうとうとと頭が揺れて瞬く感覚がゆっくりと、視界が段々と暗くなる。温かく安心感のあるそれにすり寄れば、嬉し気に笑う吐息が降ってきた。



「俺たちの主が我慢強い子で、本当に良かったな?」
「俺としちゃあ、そんなに我慢せんでもいいんじゃないかと思うがなァ・・・?」

先程、己の主に向けて零した笑いとは180度違う、低い堪えるような冷たい笑みが口元に浮かぶ。

「まあ、それは仕方が無い」
「主に免じて、ってやつだな」

今のところは、俺たちも我慢してやろうな。




◆アトガキ



2020.5.16
いろんなことを飲み込んでじっと我慢をする審神者へ。




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