縁の守り手




「新しいところでも、頑張ってね」
「いつでも遊びにおいでね」

桜の季節は出会いと別れの季節。
学生の頃であれば卒業式、入学式、クラス替え。校庭に植えられた桜の木に囲まれてそれらを経験してきたが、成人して社会人ともなればそれが居酒屋での飲み会と変わる。
職場を離れる相手を惜しみ、そのものが居なくなった穴を埋めるために新たな人を迎え入れる。この度の歓送迎会では知人を見送ることとなった。

「職場が変わっても休みが会ったらまたお茶したりしようね」
「うん、また連絡するわ」

随分長くこの職場で一緒だった。
仕事の後にご飯も食べたし休みが合えばカラオケに行ったり映画を見たり、温泉旅行にも連れ立ってまるで学生時代からの友人のように過ごしてきた。普通の仕事仲間より少し親しく気軽に連絡も取り合える仲だし、職場が変わってもたまに飲みに行ったりはするだろうと思っている。
そんな間柄だからだろう、軽く笑い合う顔には寂しさは少しも見えなかった。
そろそろ時間も良い頃合いで会計を済ませて店の外に出ればそこでまた少しおしゃべりが始まったりするものだが、見送られる花束を持った彼女の背後に不意に誰かが立った気配がした。

上から下までやけに白い影だ。線の細い面は儚げで伏せられたまつげも白くけぶるような麗人だ。そっと見ていれば、こちらの視線になんら気を配ることも無くその麗人は手に持っていた細長いものを振りかざした。
ひっ、と思わず口から洩れそうになった悲鳴を慌てて飲み込む。
ギラリと夜の光を反射するそれはどう見ても刃物だ。すらりとして長い刀に見える。

『主、迎えに来たぞ。さあ、かえろう。……んん?』

少しの迷いもなく音もなく振り下ろした刀が何を切ったのか。視線を巡らせる間もなく視界の中で散っていくそれらに気が付いて血の気が引いていく。

『?なんだ……うまく切れないな』

ぶつり、ぱら、ぱらり。
音にするならそんなところだろうか。細い糸のようなものが切れて空気に溶けるように淡く消えていく様をまざまざと見せられて震えが止まらない。綺麗な顔してこの、声で男だと分かったが、この人型。とんでもないことをしてくれている。
そもそも人の姿を取っているが周囲にも感知されず堂々と刀を振るう姿はどう考えてもただ人では無い。

『一本、やけにしつこいな。……まあ、一本くらいなら見逃してやろう』

それにしても恐ろしい。
一太刀で目の前に立つ知人と周囲を繋いでいた縁を斬った男は、斬れない縁に気が付いたようで少し悩んだ様子を見せていたが最終的に仕方なしと結論付けたようだった。
その一本はそう簡単には切れぬはずだが、さすがにあまりにもな出来事だったのでなかなか衝撃から立ち直れない。
その切れぬ縁は他ならぬ”私”が繋いで見守っているものだった。

「今日は本当にありがとうございました」
「元気でね」
「お疲れ様ー」

ハッと顔を上げれば雑談も途切れ集まった人々は解散し、それぞれの帰路に向かって歩き出していた。見送られた主役は集まった面子の中でひとり別の路線に乗るため夜の街を他と違う方向へと去って行く。その背中をじっと見ていれば白い男もその後をついて行くのが見えた。
花束を持つ、もう職場の同僚ではなくなった友人ががふと振り向いて小さく手を振ったことに、気付いたこちらの彼女も手を振り返し二人はまた帰路に着く。
向こうが振り向いた際に傍にいた白い男と目が合った気がしたがきっと気のせいだ。物騒な輩とは関わりたくない”私”も帰路についた女性と共に歩き出した。





「んー、……」

休みの日。
私が縁を繋いでいる彼女は部屋でごろりと転がっていた。どことなく手持無沙汰で顔は不安げ、というか不満げだ。

「返事、来ないな」

ポツリと呟いて、その眉根がしょんと下がる。あの別れの日からしばらくして「最近どうしているか、新しい職場には慣れたか」と近況を尋ねた連絡に対する友人からの返信が来ないようだった。
何をするでもなくいじっていた端末をぽちりと消して傍に放り、陽射しの入る場所で目を閉じた。どうやらふて寝をするらしい。


縁は繋がれたままなのに何故だろう。少し不安になって彼女から伸びる細い糸のようなものをそっと手に取った。
私はとある縁結びの神社の神さまから遣わされた存在だ。温泉旅行のついでに立ち寄った神社で、恋愛の縁結びを願うと共に友人同士ということで同じお守りを買って笑い合った二人のために私は生まれた。
神とも妖とも言えないが、この縁を守るためだけ遣わされたためにこの使命に対しては他と比べて特別強くなれる。
手にした縁の糸が不意にくんと引っ張られた感覚がして、ハッとした。誰かがこの糸に触れている。
まず間違いなくこの糸が見えないはずの知人がやっているではないとくれば、犯人はあの白い男に違いない。
また斬ろうとでもいうのだろうか。そうはさせまいと私は慌ててその縁を辿った。

『っうぷ……え、なにこれ』

縁の糸をぐんぐんと辿って人も建物も何もかもを飛び越えて行った先、確実に知人へと近づいていると思った矢先に不意に何かに体当たりをしたように体がぐにゃりとしたものに触れて、そのまま軽く跳ね返された。
顔から何か弾力のあるものに突っ込んでしまったようだが、びっくりして思わず凝視しても目の前には何もない。だがそっと手を伸ばした先に、やはりソレはあった。

『え?何で、これどうなってるの』

ペタペタと辺りを触ってみたが、どうやら一定の範囲から先に進めなくなっている。慌てて見遣った縁の糸はちぎれることも無くその壁を越えているようなのだが、どうしてもその縁の先を辿れない。

『どうして何で?これ……まさか結界?すいません、ごめんくださーい』

この感じ、おそらくそうだ。柔軟性のある透明の膜は異物を拒む境界線で、招かれなければおそらくこの中にいるはずの知人には辿り着けない。

『ちょっとー!誰かいませんかー?』

もしかしたら聞こえるんじゃないかと声を張り上げてみたが、うんともすんとも返事はない。

『本当に聞こえてないの?居留守じゃないよね?聞こえてるんだったら、出てきてくださいよーー!!』

ぜーはーと荒げた息を整える。ここまで問いかけて応えが無いということは、音さえも阻む結界なのかもしれない。何れにせよ、ここでずっとこうしていても埒が明かない。
知人がどうしているかも知りたかったがこれではどうしようもない。ひとまず縁を辿るのは諦めて彼女の元に戻ることにした。
彼女の憂い顔を晴らすことが出来なかったのは残念だが、縁がきちんと繋がれているのは分かっている。私はそれを守ることに専念すればいい。





『またか……!』

ここの所、ピンポンダッシュの悪戯のような感覚で縁の糸にちょっかいを出されている気配がする。

知人からの連絡はいまだないが、彼女は知人がいなくなり新しく来た新人の育成に精を出している。
きっと向こうも新しい環境で忙しくしているのだろう、そう思うことにしたようだった。
真相は未だに分からない。あれから何度も縁の糸を辿ってみたもののやはりあのぐんにゃりとした壁から先へと進めなかった。私にできることと言えば縁を通じて糸を握り守りを固めるだけだ。
だが、それにもそろそろイライラが限界。何度か出向いて声をかけてみたがなしのつぶてで、最近は『やめてください、迷惑なんですけど!』『もういい加減諦めろ、暇人め』と苛立ちがつい口を出てしまう。強引にしても斬れないことには気が付いているだろうに、それでも諦め悪く度々引っ張られ揺すられ引き延ばされ、何度か鋭いもので突かれている気配を感じている。

『ああもういい加減、鬱陶しい!』

縁の糸を力強く握ってぐっと強化する。細い糸のようだったそれは、今や私から見ればキラキラと輝く金属のような輝きを纏って硬質に輝いている。
これで多少の揺さぶりにはびくともしないだろうと鼻から息を吐く。

「あっ!」
『今度は何!』

満足げに縁の糸を眺めていれば、その片側に繋がれている彼女が横になっていた体を急に起こしたことに腰に手を当てて反応してしまうも、彼女の顔が驚きと喜色を浮かべたことに、お?と一緒になってその手に持つ端末を覗き込んだ。
そこにあったのは、長らく連絡が取れなかったことに対する詫びと近況を伝える知人からの言葉で、今の職場のことは何やら守秘義務があるということであまり話すことが出来ず、引越しをして遠くなってしまったからすぐには会えないという内容だった。

「そっかー。……引っ越ししたんなら仕方ないね」

寂しそうに笑う彼女はそれでも久しぶりの連絡を喜んでいて、それを見る私も胸がほんわり温かくなる。折角繋いだ縁でここまで守り続けているものだ。縁の先同士が思い合っていればその想いもじんわり伝わってくるような気がする。
ふと、そのほんわかした気持ちに水を差すように、縁の糸がくんくんと引っ張られる気配がした。

『……ああ!もうっ』

返事を端末に打ち込んでいる彼女を見守っていたいのに、いつになくしつこく引っ張られる感覚に気が散って仕方ない。
強化したのだ、見るものが見ればお触り禁止って書いてあるぐらいには見て分かるだろうに、いまだしつこく触ってくる気配にざっと立ち上がる。
行っても無駄だろうが、こうもしつこいと壁越しにでももう一言二言、言ってやらなければ気が済まない。知人が連絡を取れない理由も、きっとあのぐんにゃりとした壁が原因なのだ。





「お、やっと来たな」
「ひっ」

いつものようにぐんぐんと縁の先を辿って、そろそろ壁につくころだと思っていた視界にどこか見覚えのある白い影が見えて慌てて急ブレーキをする。

「っぷくく、ひって……ひってなぁ」

何が面白いのか縁の糸を握ったままくつくつと肩を揺らして笑っているその様子を見れば、最初に見た時のいかにもやばそうな化生の類だという印象は多少和らぐようだが油断はできない。
縁を掴んでいる手と反対の手にはいつぞや見た白く細長いものが握られている。やはりあの時の刀を持った男のようだった。
刀自体はそう恐れるものではない。縁を成すということは、結ぶと同時に断つという性質も生まれるということ。断ち切るために刀が用いられることは少なくない。

「……っふぅ。いやいや、どんな厳ついやつかと思えば」

ひとしきり笑って少し俯きがちだった顔が上がれば、その白くてふさりとした扇のような睫毛が僅かに開き、そこから鋭い金色の瞳がこちらを覗いた。
ほら、やはり。口元は弧を描いているが目は全く笑っていない。

「随分と可愛らしいな。きみがこれを護っている者で間違いないか」
「……ええ、そうですが」

かわいらしいだなんて馬鹿にしやがって、と思うがこの一本を護ることだけの存在がそれ以外で勝てるわけもない。どうも桁違いの気配を纏っている相手に苦々しい顔を隠さずに答えれば、その顔はまたにやけるように笑みを浮かべる。

「まあ、そうぶすっとしてくれるな。愛い顔が台無しだ」

嫌味だろうか、失礼が過ぎると今度こそ本気で睨みあげればその笑みはスッと引っ込んだ。

「まぁ、世間話をするような仲でもなし単刀直入に言うがこの縁、切ってくれないか」
「お断りします」
「まあ、そう言うだろうとは思ったが」

分かっていて何故聞くのだろうと思う間もなく視界が陰る。見上げた先に振りかざされる刃と猛禽類の瞳がギラリと光っている。
キンと高く澄んだ音がどこでもない空間を震わせてやがて消える。しばしの後にどこか呆れたようなため息が降ってきた。

「きみ、それの守り手じゃあなかったのかい」

呆れたような瞳は私と、私の手が両手でかざした縁の糸に注がれている。
縁を守ることに対して特化しているだけで、あんな刀に斬られたら私の身体なんてあっさりスッパリされて簡単に消滅してしまうだろう。
再度スッと上げられた刀に対し無言で糸を構えれば、試してみただけのようだった相手の構えが解かれて、鋭い刃が白い鞘に吸い込まれるように収められた。

「成程なあ。力づくでは駄目か」
「分かっていただけたのなら良かったです」

やれやれと言わんばかりに後頭部をさすっている姿に、ここに来てやっと無駄だと伝えることが出来て一つ肩の荷が下りた気でいれば、なあと声がかけられる。正直さっさと彼女の元に戻りたくて面倒な顔を向ければ、何も持っていない両手がひらひらと揺らされる。

「さっきのは前言撤回だ」
「は?いやいやそろそろ諦めて欲しいんですが」
「ああ、そっちじゃない。俺と少し世間話でもしないか?」
「嫌です」
「即答か」

それでは、と踵を返しかければまたくいっと縁の糸を引っ張られる。振り向いた先では悪戯そうな笑みを浮かべる白い顔。

「なあ、また逢おうじゃないか」
「御免こうむります」
「まあそう言ってくれるな。俺はきみともう少し言葉をかわしてみたいんだ」

興味が湧いたと金の瞳を煌めかせ、視線をこちらに向けたままその手に持つ縁の糸に顔をそっと近づける。糸を通じて仄かな熱が流れ込む。

「ん、……その初々しい反応もいいなあ」

嘘だと驚愕しているこちらを、企みが成功したとその顔が告げていた。


護るべき縁の糸に接吻なんぞをぶちかました野郎を内心ぶちのめしたくてたまらなかったが、直接手を出して敵う相手ではない。瞬間沸騰した頭でひとまずその手から縁の糸を引き寄せるように奪い取り、そのまま脱兎のごとく逃げ出した。
これで当分は縁の糸が掴めないように出来るはずだ。最初からこうしていれば良かった。強度よりまず感知を下げればよかったのだ。
背後から聞こえる「あっ」とか「おい、せめてもうちょっと」とかいう声は完全に無視した。顔が熱いがこれは断じてあんな不届きものにドキッとさせられたとかではない、憤怒ってやつだ。





気配を消せばうまく縁の糸を手繰り寄せられないらしい。最初の方こそ、接吻……接触により僅かに付けた自身の気配を探って手探りをされている気配は感じていたけれど、それもだんだん遠くなり。 今はもう誰にも触れられない平穏な日々を謳歌している。
というか、そもそも縁の糸をいたずらされるなんて自体そうそう起こりうるわけもなく、これが普通なのだ。

「あー……静か。平和って素晴らしい」

白い悪魔と対峙した疲れか、反動でか平穏な日々に眠気が訪れる。今の縁の状態はそうそう誰かにちょっかいを掛けられまいと思えば、つい気が抜けてうとうとと微睡んでしまう。
たまに縁がふるりと震えたりするのを感じるが、それは誰かにいたずらされてというわけではなく、縁につながれた者同士の嬉し気な気配が行き来しているとでもいえばいいだろうか。ふわんふわんと春の風に揺らされるような振動がまた心地よい眠気を誘う。
時折意識が浮上した先で見かける彼女はとても忙しそうにしているけれど、切羽詰まってるいうというよりは何かが起こるうきうきとした気持ちが見て取れて、ああ幸せだなと思っていた。


ふわふわと頬をくすぐるものを寝ぼけたままでひょいと避ける。鼻先をくすぐるのは縁の糸だろうか。
軽やかに揺れて触れては離れていくのに夢うつつで手を伸ばし、はしりと捕まえる。これでもうくすぐられることは無いだろう。


くすくす、と密やかに笑う声が聞こえる。
うたた寝を邪魔する音から背を向けようともぞもぞと体勢を変えて丸まれば、笑い声が更に大きくなった。ついでに何かに揺すぶられるような振動を感じて、ぼんやりと瞼を開く。

「っくっく……お、やっと目が覚めたな」
「は、……え?っっ?!」

金の眼に覗き込まれて、秒で眠気が吹っ飛んだ。
慌てて視線をさまよわせれば、最後に記憶しているうとうとと微睡んでいた彼女の部屋でもない。見たこともない和室の、文机と押し入れが目に入る。
そしてこの時折思い出したかのようにくすくすと笑いながら、揺れる振動と温もりとほのかな香りを纏うもたれかかった白い壁は。
ぎぎぎ、と油の切れた機械のような動きで首を巡らせれば、こちらを見下ろしてにんまりと撓む金の双眼と目と目が合った。
背中に嫌な汗が流れる。同時に何故どうして、どうやってこんな状況へと陥ったのかと目まぐるしく思考が回る。

「随分とよく寝ていたようだが、何かいい夢でも見ていたのかい。寝坊助なきみ」

随分と顔が近い。膝の上に抱えてもたれかかっているが、こんな状況に陥る前にどうして起きなかったのか自分。
そして何かを握ってることに気が付いて、己の手を見下ろした。

「ああ、それか。どうにも寝ているようなのに、くすぐれば猫の子のように追いかけていてなあ」
「は、なんて……」
「捕まってしまわなければ、もう少し見ていたかった」

手にしていた紺の紐を無言でぺいっと投げ捨てる。ついでに、ばっと起き上がってさっと距離を取る。そんなこちらを白い和装の相手は追うこともせず、あぐらをかいた膝に肘をついてにやにやと見ている。

「ここ、どこですか」

しまった、この部屋の出口はどうやら相手の背中側にしかない。
真っ先に確認した縁は今もしっかりと結ばれていて、特に問題はなさそうだ。そのことで少しだけ心に余裕ができるが、そもそも自分がどうしてこんな状況になってしまっているのかがわからない。

「本丸だな」
「本丸?」
「きみ、ずっと外から叫んでいたろう?あの中だ」

正面から招き入れたからな、ちゃんときみも入ってきたと愉し気に笑う。





主が気を塞いでいる、その理由は現世の仲の良かった友人と無理やり離されたからだ。
家族といった血のつながりがあってもそうそう現世とのやり取りはできないとなれば、ただ仲が良かったというだけの相手と会うことなぞ不可能にも等しい。
とはいえ、同期で入って意気投合し、食事や休みの日も度々共に過ごした気の許せる相手と急に連絡が取れなくなったことは主を孤独の中に落としてしまったようだ。
現世との縁なんて残すだけ主の気もそぞろになるだけだと、予想出来ていたからこそ出来うる限り断ち切ってしまうつもりだったのだが。生ぬるいなと三日月には笑われたが、面倒なものが憑いていたのだ仕方がない。
そう。面倒なものが残ったと、そう思っていたのだが存外面白そうじゃないか。
俺からの御礼に、顔も体も真っ赤にさせて一瞬で姿を消した相手に腹の底から笑いがこみあげてくる。

あれが功を奏したのかどうかは分からないが、結果は上々。

「きみのところの人の子が定期検診とやらを受けたときにな、素質があったらしい」

刀剣男士を多く従えるには足りないが、俺たちを見るくらいには力があると分かれば時の政府が声を掛けないはずがない。
危険も伴うこちらでの手当は現世のものより大分高額だそうだ。
何よりこちら側で働けばうちの主にも会えるとなれば、断る理由も無いだろう。
ただの友人ではなく時の政府側の職員ではあるもののもう部外者ではない。多少の無理はすれど本丸に招くことも出来るというわけだ。そしてそれは、審神者である主が現世へ足を伸ばすほど難題ではない。





久しぶりの再会だ。
最初こそ渋い顔をしていたやつらも、友人である人の子が実に気の良い人間であることが分かると、お茶や茶菓子ともてなし始めた。
人の子同士で積もる話もあるだろうと周囲も和やかな空気になったのを見て、さてと辺りを見渡すもお目当てのものは見つからない。

「なんだ鶴よ、急に落ち着かないそぶりで。何か物でも失くしたか」
「きみと一緒にしないでくれ」
「俺もまだ耄碌などしておらぬ。……石切丸」
「ん?どうかしたのかい」

三日月宗近が呼べば、傍でにっかり青江と談笑していた石切丸が応えを返す。

「鶴が探し物をしているようだ」
「ふふ、これかな」

石切丸の向こう側からひょこりと顔を覗かせたにっかり青江が、意味深に小指を立てて見せる。

「いや、あれは別にそういうんじゃ」
「約束のことだよ?」
「……」

見事に嵌められたがまあ、いい。やり方を教わって立てた小指でそっと空気を掬うように探れば、ふわりと何かが絡んだ気がした。
小指は約束の指。縁の糸を結ぶ指でもある。
触れたものを絡めとるようにして小指に巻き取っていく。

「独り占めは良くない。後で俺にも見せてくれ」

からかう様な口ぶりの三日月に後ろ手で手を振って、見失わないように糸をくるくると手繰り寄せて辿っていけば。

「、きみ」

まさかこんなところで寝ているとは。たどり着いた先の縁側で丸まってすやすやと眠る小柄な影に近寄る。
足を忍ばせてはいたがどうやら気配にはそこまで鋭くはないようだ。そっと小指にゆるく絡めた糸を引っ張らないようにして傍に腰を下ろしたが、ぐっすりと寝入って起きる様子はない。
そっと手を伸ばして覗く頬をつついてみたが起きない。髪を梳いても頭を撫でてもすうすうと規則正しい寝息が漏れるだけだ。

「ははっ……そうだな、俺も一緒にひと寝入りさせてもらうか」

よいせ、と腕に抱えて部屋へ足を運ぶ。
入って一歩、トンと小さな音と共に扉を閉ざした。




◆アトガキ
このあと政府の職員となった彼女と、審神者である友人の間を行き来すれば、目がいいものには見られてしまう。古刀ならなおさら。
眷属になればもっとできることが増える。糸で身を守るだけでなく、自分の力で彼女を守ることが出来るぞと誘われる。眷属になってもずっと一緒にいなくてもいい。きみはきみのやりたいことをしていていいと、面白い物好き放任OKな鶴丸国永に誘われたりしていることが友人の鶴丸にバレて、おしおきされる。



2022.10.24





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