猫猫猫+



「わっ・・・んーー、おはよ、うー」

寝室の扉を開けた途端、小さくてふわふわの固まりが足元にすり寄ってくる。元気よく「にゃ、にゃうん!」と挨拶してくれるのでこちらもしゃがみ込んで頭をよしよしと撫でながら朝の挨拶を返せば、頬にすり寄って更にちょっと湿った感触がする。

「ふはっ、んー」

朝から熱烈な挨拶をされたのなら、こちらもお返しせねばとその茶と白が混ざった小柄な影を持ち上げて額に小さく挨拶を返す。至極ご満悦と言わんばかりの喉が鳴る音と尻尾がふりふりと振られている。
と、横からの視線に気が付けば、開けた扉の横にまるで待っていたと言わんばかりに行儀よくもう一匹がちょこんとお座りをして、こちらを見上げてその尻尾をするりするりとゆったり動かしていた。

「ココアも、おはよう」

ゆっくり手を伸ばせばじっとその様子を見てはいるが、指先を近づければそっと頭を下げたのでよしよしとその額を指先で強めに撫でる。ある程度撫でられたなら、もういいだろうと言わんばかりに一声鳴いてゆったり尻尾を揺らして歩いていってしまう。 これは二匹のいつものことで、そうこうしているとリビングからトテットテッと二匹より少し重めの足音と共に、艶のある黒い毛並みの身体をしなやかに揺らしてもう一匹のご登場だ。

「おはよう、パパさん」

こう声をかけると、ちょっとむすっとしているような困っているような微妙な鳴き声が返されるのでちょっと楽しくていつも呼んでしまうのだが、からかわれていると分かっているのか、抗議のように強めに身体を押し付けられればしゃがんでいた足元がぐらついて尻もちをついてしまう。

「わっ、わぁーあー・・・はは、カカオ、大丈夫だいじょうぶ」

勢いでのしかかってくる少し大柄な黒猫の身体をなんとか抱き留めて、何だか申し訳なさそうに鳴く顔をぐにぐにと撫でてそのまま背中をするりと撫でおろす。
耳元を指先でくすぐれば頭を反らされて、そうすると前足がこちらをぐっと押すのだがこの子はしっかりとした体格をしている。ざっくりいえば、でかい。完全に押し倒されたままどっしりとした重さと覆いかぶさる影の大きさを見上げていれば、急に何かに気が付いたように驚いたような声と共に飛び上がって慌てたようにどこぞへと走り去っていってしまった。
とは言ってもこの部屋はそんなに広くないのでどこか、おそらくは台所の隅だろう。カカオはいつも台所の隅にいるのが好き。




子連れのパパさんこと、カカオを拾ったのは少し前だ。
ころころと駆け回っているちょっとやんちゃな白と茶が混じったチョコと、その横でチョコに構われてはたまにやり返している全体が薄茶色のココアを連れてどうにも困った様子でうろうろしていたので、折角ペットOKなところに住んでいるのだしと決意して飼うことにした。

最初は子連れなのだからママさんだと思ったのだが、カカオはカカオちゃんではなくてカカオくんだった。どう見ても美丈夫なのだが、男やもめなのかとその理由を色々と考えてしまったのは仕方が無い。とはいえパパさんなカカオの教育がいいのか、チョコもココアもとてもいい子で手がかからないことには助かった。

やんちゃをしているように見えて物を壊したり怪我をさせたりは決してしないチョコは愛嬌が溢れていてとにかく元気。そして色々と近い。朝の挨拶は朝だけにとどまらないが、何かある度にほっぺたに鼻ツンする癖がある。
チョコに飛び掛かられても尻尾で遊ばれても耳元で鳴かれても、自分が動くと決めた時以外はあまり動き回らないココアは物静かでとてもクールだ。あまり触らせてはくれないが、その分たまにあいさつ代わりに触れさせてくれたり、ああそれに時々疲れたり落ち込んでいたりした時は気が付くと傍に寝そべっていたりその背中に頭を寄せて横になっても許してくれる器の大きさはある。
そして何よりカカオなのだが、びっくりするほど美猫である。つやつやの毛並みはブラッシングすればするほど艶が増すし、歩き方もどこか優雅だし尻尾の振り方にも色気を感じる。とても大人しく、言われたことはちゃんと聞くし、低いいい声で返事をしてくれる。かわい・・いやかっこよすぎて困る。上に、クールというわわけでもなく人懐っこく、二匹の世話を小まめにし時に叱り代わりに謝りにくることも。撫でられるのが好きなようでよく足元でぐるぐるしているけれど、何故かたまに急に走り去られることもある。しっかり者のようで情緒不安定なのかと少し心配にもなる、どこか抜けてるイケ猫だ。




「ん・・・あれ、また来てる?」

家の近くを歩いていると、近所の公園に見慣れない猫が歩いているのが見えた。
人影が見えてもすぐに逃げ出さないところを見ると人慣れはしているようだが、警戒心は覗かせてはしゃぐ子どもからするりと逃げて茂みへとその白い尻尾を揺らして消えていく。
ここはあの3匹を拾った場所でもあるので色んな猫がいておかしくはないけれど、随分美麗な白猫だ。うちのカカオともタメを張るかもしれない。
まさか、あの二匹のママさんで別れた旦那と子どもを探しているのでは、と悶々として家に帰れば。

「ただいまー」
「にゃぉうん」
「え、へ?!え」

足元にいつから付いてきていたのか、最近よく見かけていた白い美猫がちゃっかりついてきていた。驚いたものの、たぶん自分の服や足元には三匹の匂いが付いているので、それを辿って付いてきてしまったのかもしれないと慌てる。
これは本当の本当にあの二匹のママさん・・またはママさんでは無いがカカオの前の彼女とかなのかもしれない。え、そうしたら、どうすれば良いだろうか。
理由によっては会わせない方が良いのでは。もし顔を合わせた瞬間に修羅場となったらどうすれば、と足元に尻尾を巻き付けてぐるんぐるんと額を擦り付けてくる白猫を見下ろして開けかけた扉を止めて固まっていれば。

「にゃん!にゃっ!!!」
「わ、チョコ」
「にゃーぉお!」

柵があって玄関から外へは出られないようになっているその柵まで、超特急の弾丸のように小柄な影が突進してきて柵越しににゃんにゃん鳴き出した。それを見た途端、足元の白猫が元気よく返事を返して開けかけた扉の隙間をぐいぐい勝手に広げてその体を滑り込ませようとする。

「あ、ちょっと待って待って」

勝手に入られたら、いやでも柵があるしと迷っていれば扉にかかる力が弱まる。
思わず見下ろせば、ぐいぐい入ろうとしていた体をすっと外に戻してその場で良い子にお座りをした白猫のその金の瞳と目が合った。やっぱり3匹の家族なのかもしれない。
扉の隙間から覗く柵越しのチョコの瞳が、差し込んだ明かりに金色に光っているのが見える。小さく鳴きながらも、先ほどの柵を乗り越えそうなジャンプを繰り返していたのをやめたチョコも、そっとこちらを見上げている。
まるで、こちらの判断を待っているかのように。
こんなに人の言葉を聞き分けるいいこな猫なんているだろうかと、どこかうすら寒い気持ちになる。二匹がいいこだったのは親であるカカオの教育の賜物だろうと親子の理解力の高さに感心していたが、この白猫はカカオと同じくらいの成猫だ。
だが、迷っていた気持ちを振り向かせるように、また部屋の中から小さく鳴く声が聞こえた。縋るように鳴くチョコの姿を見れば、そしてそれに答えるように静かに鳴く足元の白猫を見れば、不安や心配はあっさり薄れていった。
気付けばチョコの背後、リビングへの扉の傍にしっかりとお座りをしたカカオとその陰に寝そべりながらもこちらをじっと見ているようなココアが見えた。
二匹とも特に慌てたり騒いだりはしない。ただ、待っているように見えた。
何を?私の判断を、だ。この白猫を中に入れるか否かを、待っているのだ。

「・・分かった。喧嘩はなし、いいね?」

いつもの癖で三匹に言うように足元の白猫にも言ってしまったが分かるだろうか。いや、さっきの待ても聞いてくれたのだしと思えば、やはりというか応えるようにしっかりした返事がした。
よし、もうそういうものだとしよう。この子たちは人の言葉が分かるとってもかしこい猫たちなのだ、そういうことで。

「ようこそ、白猫さん」

言って開いた扉から先に入り、招くように手を出せば一歩、また一歩と足を進め。
そうして差し出した手のひらにそっと頭を擦り付ける。

「にゃぅ・・、」

すりすりすりすりと執拗に繰り返されて、これはマーキングなのではと思い至ったと同時に背後が何やら騒がしくなる。高い声はチョコで低い声はカカオだ。あれ、唸るような声はこれまさかココアか?もしかしてやっぱり入れない方が良かったのだろうか、と不安になりかけた瞬間、ピトリと冷たい感触と・・・ついでザラリとしたこの独特な湿り気は。
「にゃおうん」




◆アトガキ



2020.11.23
カカオが慌てて飛び退ったのは、踏ん張った前足が飼主の胸元をタッチしたからです。




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