「・・・私は乗らないぞ。まだ命が惜しいからな」
そう言って、もう後は話も聞かずに相手を部屋から閉め出したのは、確かに数時間帯前の自分だった。
「で、だ。何がどうしたら、こうなるんだ、アリス」
二人して背後に暗雲を背負って立っている。
ここは某研究所の飛行場。
二人は、顔色も悪ければ、まさにお通夜のように重苦しい空気が漂っていた。
「いやぁ、二人とも!本当によく来てくれた」
何だか灰色や濁った黄色を混ぜたような空模様をバックに、まるでそこだけ底抜けた晴れ間のような笑顔が、妙に空々しい。
否、妙ではない。
そういえば、この男はいつでもどこでも空々しく爽やかな、真に胡散臭い笑顔がトレードマークだった。
「今日は絶好調の竜巻日和だぜっ」
「絶好調なのはお前の頭だけだ。お前以外はみな絶不調だ」
おかしいくらいに明るい声に、低くひたすらに暗い声がかぶる。
飛行場の外は天気が一部どどめ色をしていて、黒々とした大きな竜巻がその景色の中で、存在を主張している。
ユリウスとアリスの背後に背負った暗雲は、そのまま真に凶悪な暗雲だった。
「落とし穴に落ちていたところを引っ張って助けてくれて、お礼だと思って一緒に海を見に行かないかって言われたんだけど」
小さい声でぶつぶつと呟くアリスに、ユリウスはため息をついた。
おそらく、その落とし穴はエースが掘ったのだろう。
そしてまんまと引っかかった獲物として、アリスは脅迫まがいにこの場へと連れてこられたのだ。
アリスに起きた災難が、少なからず自分に断られた腹いせだということが分かって、迷いすぎるくらい迷った末に来てみれば、この有様だ。
「海は海だろ」
「エース、アリスを巻き込むんじゃない」
からっと笑って言ったエースの後ろ頭をはたいて、ユリウスは怒ってみたが、悲しいかな、エースには何のダメージも与えられていないらしい。
「荒れ模様だけどさ、これから見事な青空に変えて見せるし、その様子をアリスにも一緒に見て欲しいんだよな。あ、ユリウスもついでに見にくるだろう?」
にやにやと笑うその顔には殺意が沸く。
だが、エースに力で敵うわけもなく、また大切なアリスを生贄に、自分だけ安全なところにいることもユリウスには出来なかった。
「エース・・・お願いだから、冗談なしにしてね」
「冗談なんてひどいなぁ。騎士は冗談なんかそう言わないぜ」
用意されていた飛行機の後部座席に乗り込みながら、アリスが空ろな目で懇願するのも、エースはスルーした。
騎士が何で飛行機に乗って竜巻退治なんてするんだというつっこみは、ついにアリスの口から零れることは無かった。
ユリウスはといえば、心の底ではアリスをかばいたかったが、自分の体質的に、これから起こることに耐えられるかどうかさえ危うい状況だった。
今から乗るのは飛行機だ。
ユリウスは遊園地の乗り物が苦手だ。
飛行機は遊園地の乗り物ではない、これは事実だ。
だが、操縦士は・・・残念ながらエースだった。
これから起こるであろう現実を予想して、ユリウスの顔色はすでに真っ青だった。
「右舷エンジン、左舷エンジン、問題なし!」
ごうんと振動が響き、飛行機が動き出す。
エースの楽しそうな声も、後部座席の二人にとっては死神の声に等しかった。
「発進!!よーし、行くぜ二人とも」
ははははっと笑うエースの声がコックピットに響き渡る。
「本当は安全な位置から、竜巻の上空に近づくんだけどさ。安全なんて、面白くないだろ?」
「はあ?!!お前何言って・・・」
「エース!つまらなくても退屈でも面白くなくても、私は全然構わないわ!」
だから、と言いかけたアリスの声を遮って、エースは勝手に進路をデンジャーな方向へ変えたようだった。
「君は構わないかもしれないけど、俺は構うんだ。だって俺は騎士、だからさ。騎士には危険や試練もつきものだろ?」
いつもの常套句が流れ、アリスは沈黙した、と思えば下を向いてなにやらごそごそと取り出した。
「・・・アリス?」
「・・・姉さんへ・・先立つ不幸をお許しください・・」
小さいメモ紙のようなものに、どこから取り出したのかペンで書いているのは、遺書のようだった。
「やめてくれ、アリス。本気で本当になりそうで怖い」
エースの運転でえづきながら、ユリウスはカタカタと震えながらペンを動かすアリスの手を何とか片手で握った。
その手がぎゅっと握り返される。
今、まさに二人は運命を共にしようとしていた。
「よーく見てろよ!この超高性能ロケットを発射して、遠隔操作で爆発させると竜巻が消えるんだ」
って猫くんが何か言ってた、消える仕組みは良く分からなかったけど!と後部座席の死を覚悟した二人をおいて、エースは上機嫌で話し続ける。
「ボリス・・・あの×××××ねこめ」
ユリウスが呪詛を飛ばしそうな勢いで、遊園地のある方向を睨み付ける。
それにしても、とアリスは不意に首を傾げる。
「なんで、いつも目的の場所へ向かおうとしては迷子になるのに、今日はまっすぐに竜巻の方へ行けるのかしら」
「確かに、竜巻の上空からという正規ルートでは無いにしても、近道しすぎだな」
飛行場を飛び立って、しばしのアクロバット飛行をした後は、もうただ真っ直ぐに竜巻に向かって飛んでいる飛行機。
操縦士はエース、繰り返すがあの万年迷子のエースだ。
「はははっ、二人ともおかしなこと言うぜ。こんだけでかいのに、見失うわけないだろ」
「それをやらかすのが、あなたよ!いつもの、あ・な・た!!!」
「そうだぞ、エース。今日もいつもどおりに間逆に進んで、飛行場に帰ってくれ。頼むから、今すぐに」
「二人ともひどいぜ、全く」
笑う赤い死神はスピードをあげて、そのまま竜巻に真横から突っ込んだ。
途端に機体が大きく揺れて、ユリウスは完全に喋れなくなった。
アリスはそんなユリウスを心配そうに見つめながら、大丈夫よと心にも無いことを言って、ユリウスの背を何とか撫でる。
「ロケット発射!」
ポチっとな、というくらい簡単に、ロケットは発射され・・・そして機内の3名の眼前で雷に打たれて、回転しながら戻ってくる。
「ちょ、ちょっと、エース!!ロケット戻ってくるわよ?!」
「あれっははっおっかしーなー。しかも爆発20秒前、だってさ!」
笑いながら言うことじゃない!とユリウスは思ったが、もちろん口は開けないままだったので、呻き声が出ただけだった。
「あー、二人とも、ちゃんとつかまってろよ。振り落とすからさ」
絶句する後部座席の二人に、まるでちょっとハエを追っ払うぜ、といったような軽い口調のエース。
ガッタゴットと揺れる機体、アリスの悲鳴、とうとう白目を向いて意識を飛ばしたユリウス。
阿鼻叫喚で地獄絵図のような数秒が過ぎ、機体は熱気に包まれて、そしてエンジン損傷のアラームと共に海面に突っ込んだ。
「ユリウスー、悪かったからさー」
「・・・・・・・」
「アリスも、何とか言ってくれよ」
「・・・・・」
二人とも冷たいぜとぼやく赤い騎士を、ベッドで眼を覚ましたユリウスと、その横のパイプ椅子に座っていたアリスは完全に無視をした。
「アリス・・・あの後、海に突っ込んだと聞いたが、濡れたりしなかったか?」
「大丈夫よ、すぐに乾いたわ」
「・・濡れたんじゃないか。
こんなところにいないで、早く風呂にでも入って休め」
ユリウスは機内で気絶し、何とか飛行機が不時着した後は、エースにかつがれて地上に戻ったが、熱を出して寝込んでしまった。
看病をされる気恥ずかしさに、ユリウスの顔は熱のせいだけでなく赤い。
ぶっきらぼうな口調のユリウスに微笑んで、アリスはその額の上のタオルを交換した。
「あなたが元気になるまで、一緒にいるわ」
「・・・・・」
ユリウスにつられて、アリスの目元もほんのり赤い。
「・・・」
そんな二人の世界を、エースは腕組みをしながらしばし眺めて、確信を得たようにうんうんと頷いた。
「綱渡り効果か。俺のおかげだとしても礼はいらない、ぜっ」
言葉の最後で、飛来したスパナを顔を横に少しずらして避ける。
「礼はいらないって言ったのに、ユリウスは几帳面だ、なっ」
さらに飛んでくるスパナを、ちょいとしゃがんで避ける。
「はははっ、そんなにお礼してくれるなんて。俺って愛されて、るっ!?」
スパナを避けたエースの顔面に、固めた拳が突き出される。
アリスが無言で放った裏拳を、何とかかわして、危ない危ないとエースは二人から距離を取った。
「二人とも、ハネムーンは飛行旅行がつきものだからなー」
赤い悪魔は軽やかに去っていき、その笑い声が廊下をこだましていった。
扉には工具が何本か突き刺さって、穴が開いている。
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・新婚旅行は、温泉でいい」
視線で扉を破壊しそうなほど睨み付けていたアリスは、背後でぽつりとつぶやかれた声に、真っ赤になって動きを止めた。
振り向きたい、すごく振り向いて今の言葉が幻聴ではないか確かめたい。
だが、怖い。
怖いし、恥ずかしい。
扉の方を振り向いたまま、不自然に動作を止めたアリスの、その髪の合間に覗く真っ赤な耳と首筋をみて、ユリウスは密かに笑う。
そして、そっとアリスに手を伸ばした・・・。
◆アトガキ
2012.11.13
・・ええと、元ネタ分かりますでしょうか。
某有名なネズミの国(海ver)の竜巻爆砕飛行機アトラクションです。
キャプテン
でも、あれ何かちょっと赤い騎士とテンションかぶってる・・?
って感じで勢いのまま書きました。
ちょっと荒いし終わり方が中途半端風味なので、
ネタページに格納!
飛行機はねこルートで何かみた気がするけど、
騎士が運転するとかデンジャラス以外の何ものでもないわとか、
そもそも竜巻が起こるほどのペナルティが起きたのか?とか
そういった背景は全部スルーの方向で。