Today is P●CKY & PRE●Z DAY



【ナイトメアとポッキー】

「ナイトメア、あーん」

「・・・その手には乗らないぞ」

「何よ、その反応」

後ろ手に何かを隠して口を開けるように促せば、ナイトメアは医務室の椅子に座ったままローラーをガラガラと言わせて後退した。
まあ、本来ならラブラブなカップルがするような甘ったるいこのやり取りは、ナイトメアにとっては嫌な展開に発展する前触れなので、その警戒は分からなくもない。
とはいえ、アリスだって普段から嫌がらせをしようとしてそんなことを言っていたわけではないのだ。
それはいつも体調が優れない青白い顔のナイトメアを心配してこそで、普段から優秀な部下であるグレイに無理やり口をこじ開けられて飲み込まされているのを見て、たまには優しく飲ませてあげようというアリスなりの心遣いだった。
・・・哀れみが高じて、と言えなくもないのだが。

「聞こえているぞ・・・!!!」

可哀想ってなんだ!!とまくしたてるナイトメアに危険を感じてアリスが止めようとする前に、その体は九の字に折れた。

「ゲホゲホッ・・ガホッ」

「・・・ぁああ」

白衣の前が赤く染まってしまった。
後ろ手に持っていたものを傍の机の上に置いて、アリスは駆け寄ってその背をさする。
なおもゴホゴホと咳き込むその口元を、近くのティッシュで拭う。

「興奮するからよ」

「君が失礼なことを考えるからだろう!」

「はいはい、ごめんなさいねー」

でも本当のことでしょう?と脳裏で付け足せば、非難がましく睨みつけてくる。
全く、自分より年上なはずなのに、手がかかる子どもだ。

「むむっ、私は子どもじゃないぞ!」

「はいはいはい」

じゃあ落ち着いてよねとアリスは嘆息した。
拗ねたように口を尖らせたナイトメアの視線がふいっとそらされた。
その顔を呆れたように見れば、不意にその色素の薄い瞳が見開かれる。
まるで、何かを見つけたかのように。

「??」

何だろうとその視線を追って斜め後ろを振り向けば、その先にあるのは机に乗った赤いお菓子のパッケージ。

「あれは・・その・・」

「・・・折角あーんってしてあげようと思ったのに。逃げるなんて思わなかったわ」

しれっと言えば、それは・・・そのっと赤い顔でもごもごと何やら言っている。
その平べったい箱を取って、目の前の男の手に握らせる。
赤く染まった白衣とマッチ、じゃないわね。

「あげるわ」

「・・・え」

「その代わり、次はちゃんと薬飲むのよ」

呆けたように手の中のものとこちらを見上げるナイトメアに、腰に手を当てて良いわね?と念を押す。
そんなアリスに、ナイトメアはぽつりと呟いた。

「・・・次はちゃんと食べるから」

「言ったわね!」

ちゃんと聞いたわよ、言い切るなんて偉い!と、嬉しくなってその頭を撫でる。
さらさらの銀髪が手の平に触れて、気持ち良い。
ついつい撫で続けるその髪の下で、俯いたナイトメアからまたぽつりと呟きが落とされた。

「食べるから・・また、あーんってしてくれないか・・・」

「!?!?」

髪の間から覗くうっすら染まった耳に、アリスの顔にも血の気が昇った。





【グレイとポッキー】

「・・・アリス」

廊下で声をかけられて、アリスは振り向いた。
向こうから歩いてくるのは、校医であるナイトメアの従者であり、学園の使用人を束ねる立場にもあるグレイだ。
背はすらっと高くって大人らしい余裕を備えている相手に、アリスは彼と一緒にいると自分がいかに子どもかどうかを思い知らされていつも少し落ち込む。
それでも、親しげに声をかけてくれることに心は浮き立つ。

「どうしたのグレイ?・・もしかして、ナイトメア?」

忙しいはずの彼がこうやって寮内を歩いているのは、大概が逃げ出した彼の上司を探し回っているときだ。
今日もきっとそうなのだろうと当たりをつければ、グレイは一回瞬きをして首を横に振った。

「いや、今日は違う。休憩にしようかと思っているところで丁度見かけたから、君ももし良ければ一緒にどうかと思って」

「!・・・それなら、是非」

平静を装いながらも内心でガッツポーズを取ったアリスに気づく様子も無く、グレイはふっと柔らかく微笑んだ。
てっきり食堂に行くんだと思ったのだが、何か買った様子の紙袋を持ったままグレイについていけば、寮の裏手にある小さな休憩スペースにたどり着く。
狭いそこには他には誰もいないようで、空いている木のベンチに二人で並んで腰をかけた。
静かで、風が涼しい。

「良いところね」

「ああ。時々、ここで休憩をしてるんだ」

紙袋から取り出してくれたのはココアとお菓子のパッケージだった。
食堂ではなくて売店に売っているそれに、アリスは意外だわと横目でちらと見た。
その目線に気が付いたように、グレイの顔が少し赤くなる。

「タバコを、ちょっと抑えてみようかと思って代わりのものを探していたんだ・・」

「・・なるほど」

赤いパッケージが特徴のそのお菓子は、ポッキーだった。
確かに口にくわえて食べるものというか、その細長い形状というか、似ていないとはまあ言わないだろう。
タバコの代わりにそれをくわえているグレイを想像して、アリスはついふふっと笑った。

「君もよく食べたりするのか?」

パッケージを開けながら聞いてくる相手に、アリスは頷く。

「勉強の合間にね。でも開けるとついつい食べすぎちゃって困るわ」

開けたパッケージを差し向けられて、アリスは一言お礼を言ってから一本抜き取って口にくわえる。
頭に浮かんでいるのは、やっぱりタバコをくわえているグレイの姿だった。
体に良くないと言いながらも、静かに吸ってからふうっと息を吐くその姿にいつも目が奪われる。
格好いいと、思う。

「・・・・・」

「・・・・、・・?どうしたの、グレイ」

不意に落ちた沈黙に、ココアを両手で持ちながらポッキーをポリポリと食べていたアリスは視線を横に戻す。
視線が合ったグレイはやけに和ませていた目元をはっとさせて、アリスから前方へと視線をそらした。
何だろう・・?

何かをごまかすようにその長い手が胸元を探って、そしてまたはっとして溜息を吐いた。
その手が何を探しているのか分かって、アリスはくすっと笑った。
二人の間に置かれていたポッキーの箱を持ち上げて、グレイの方に向ける。

「あ、ああ・・ありがとう」

「どういたしまして、って、これはグレイのでしょう」

笑って言えば、そうだなと苦笑してグレイは一本抜き取っていく。
チョコレートコーティングがされているからいつもタバコを持つようには持てないけれど、その長い指がつまんだポッキーの端をくわえるまでをアリスはついじっと見つめてしまった。
甘いのかちょっと眉を寄せながら、ぽりぽりと食べている。
ちょっと何だかかわいいけれど、やっぱり格好いいわ、と思う。
その金色の瞳がすっとこちらに向けられる。

「アリス」

何かと思う間もなく、新しく一本抜き出したそれを開いていた口に差し込まれた。

「?!」

流れるような動作に、口を閉ざす隙も無かった。
しかも持ち手は未だにグレイがつまんでいる。
軽くくっと押し込まれて、どうしようもなくてアリスは口の中のポッキーをもぐと食べるしかない。

「・・・・・」

・・・可愛すぎる。
真っ赤な顔で困ったようにポッキーをもぐもぐと食べるアリスに、グレイの脳内が真っ赤に染まる。
二本目を差し込んだら、反対側からかじっても許されるだろうか。
自分には甘すぎるけれど、アリスがいるならばその内禁煙も出来るかもしれないとグレイは思った。





【ユリウスとポッキー】

「あ、ユリウス」

「ん?・・ああ、お前か」

廊下を曲がった先にいた長身に声をかける。
他の生徒に何かを話しかけていたユリウスが振り向いてこちらを向いた。
アリスは、ユリウスと話していた相手をちらと見る。
・・・・女生徒だ。
珍しいこともあると思いながらも、ちくっとした痛みを感じる。

「ユリウス先輩、それで・・あの」

「分かった。その話は後で風紀委員の方でも話してみる」

「あ、ありがとうございます」

ほっとしたような顔をして、ぺこりと頭を下げてその女の子は廊下を反対側へ去っていった。

「・・・どうかしたの?」

風紀委員であるユリウスに言うような何かがあったのだろうかと心配する気持ちもあるが、それ以上に何を話していたのかを純粋に知りたくてアリスは聞いた。

「ああ、まあな」

だが溜息を1つ吐いたユリウスは、何も言ってはくれない。
何となくもやっとしたアリスは、そう、とだけ呟き返して踵を返した。
折角会えたのだからもう少し話をして、それで出来たらお茶とかしたいなと思っていた気持ちがしぼんでしまった。

「おい・・アリス?」

「忙しいとこ邪魔しちゃって、ごめんなさいね」

自分で言ったセリフに、嫌な女だわと落ち込む。
もう今日は大人しく寮の自分の部屋にでも戻って休もうと、アリスは歩き出して。

「・・・っ?!」

腕を掴まれて仰向けに倒れそうになって、背後のユリウスに支えられる。

「おい、何か用があったんじゃないのか?」

支えたまま上から覗き込まれる。
肩から滑り落ちた長い髪が、さらりと視界を覆う。
瞬きをして静かな藍色の瞳を見上げる。

「大した・・用事なんか無いのよ・・」

ただ、折角ここで会えたからおしゃべりでもしたいなとか、本当にそんなところで。

「急ぎでも無いから、また今度でも・・・」

そう何とか伝えれば、ユリウスは思案した瞳をすっと横にそらした。
やっぱり忙しいんだわ。
先ほど何事か相談されていた内容も、きっと委員会で話したりするんだろうし。
ちょっと落ち込みながらも、忙しいんだから仕方が無いと言い聞かせて笑顔を浮かべる。

「そういうことだから・・」

「待て」

肩に添えられていた手をやんわりと外して立ち去ろうとすれば、また呼び止められる。
上着のポケットを両手でパタパタと探って、何事かと見ているアリスの前にすっと差し出されたのは。

「・・・ポッキー?」

「たっ・・たまたまだ!」

「・・・何も聞いてないけど・・」

呆れた顔で、何故かうろたえて顔を赤くしてしどろもどろの相手を見る。

「安かったし、糖分は脳が疲れている時に良いからな。・・それに、お前も、・・その、甘いものが、好きだろう?」

「・・好きだけど」

答えれば、ほっとしたような顔でその箱を手渡してくる。
受け取ってその顔を見れば、赤い目元はすっとそらされた。

「後で食べようと思ったんだ。私は用事が出来たから・・先に部屋に行っていろ」

大きな手が頭を撫でる。
それだけで、さっきまでの寂しいような不安な気持ちが溶けていってしまった。

「ありがとう。じゃあ、先に行ってコーヒーも用意しておくわ」

「そうだな、頼む」

赤いパッケージのお菓子を胸に抱えて、アリスは笑顔で「また後でね」と手を振った。
ユリウスは「ああ」と少し微笑んで、控えめに手を振り返してくれた。

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