【エリオットとポッキー】
「エリオットー、休憩にしない?」
畑でにんじんの世話をしていたところに、遠くから声をかけられる。
見れば、寮のほうからアリスがこちらに向かって手を振っていた。
今日もかわいいなと何となく見ていると、首を傾げたアリスはこちらに近付いてくる。
「エリオット??」
聞こえていないと思ったらしい。
でも、俺の耳はちゃんと彼女の声を聞き取っている。
ウサギほどでは無いけれど、自慢の高性能の耳だ。
遠くで喋るブラッドやアリスの声だって、ちゃーんと聞こえるんだぜ。
立ち上がって手を振れば、聞こえていると分かったのかアリスは立ち止まりかけて、そしてまた歩いてきた。
仕方が無いわね、といった顔をしている。
「悪いな、来てもらっちまって」
「いいのよ。エリオット、大事にしているものね」
この畑、と辺りを見渡すその瞳には、なんていうんだ・・・愛情?的なものが溢れている気がする。
うんうんと大きく頷く。
「ああ!待ってろよ。美味しく出来たやつを一番にあんたに食べさせてやるから」
「一番は、手塩にかけて育て上げたあなたが食べるべきよ」
「!!!」
もう、本当にあんたってやつはなんでそう優しいんだ!
感極まって抱きつこうとして、自分の両手が土まみれなことに気が付いた。
駄目だ、アリスが汚れちまう。
慌てて止めた、中途半端な両腕をアリスがきょとんとして見ている。
「あ、いやこれはその・・」
アリスは得心がいったように笑って、ちょっと頭を下げてと手振りで指示される。
「こう、か?」
満面の笑みでアリスが両腕で抱きついてきたのは・・・。
「あー、やっぱりあなたの耳ふかふかで癒されるわ」
「・・・・・」
何となくわかっていたような気もする。
でも、嬉しそうに頬ずりするアリスのことも嫌いじゃなくて、駄目だとは言えない。
ちょっとくすぐったいのを我慢すればいいだけだ。
時々引っ張られるのは勘弁して欲しいんだけど、な。
ひとしきり撫で回して満足したらしい、両耳が開放される。
「ごめんなさいエリオット、つい」
「いや。まあ、あんたなら許す」
申し訳なさそうにするアリスに、もうすんなとはやっぱり言えない。
そう言えば、アリスの顔がパアアっと輝いた。
「ありがとう!あの、これ」
「ん?」
ポケットからなにやら取り出して、アリスは渡そうとしてそしてまたこちらの手を見た。
何やら迷った後に、赤いパッケージをペリペリと開けて、中身を更に開けた。
「エリオット」
「なんだ・・?」
「はい。あーん」
「っ?!」
細長いチョコレートがかかったお菓子を突きつけられる。
えっ?えっ?と迷ってそれとアリスの顔を交互に見る。
「手が汚れちゃってるでしょ?」
「いや、まあそうだけどよ・・」
迷っていれば、アリスの眉が少し下がった。
「・・・やっぱり、にんじん味じゃないと・・駄目?」
「っ!!」
駄目、なんかじゃねえ!
いや、にんじん味のがあればそりゃあ文句はねーけど、アリスが食べさせてくれるんならそんなの全然っ
パクッ
「・・・・・・」
もぐもぐと食べていると、アリスの顔が嬉しそうになる。
まあ、その顔が見られれば、俺も嬉しいんだけど。
「・・・餌付け」
「ん?今、なんか言ったか?」
「いいえ、何も言って無いわ」
「そっか」
ポリポリと響くポッキーを食べる音と聞き間違えたかな。
首を傾げてアリスが差し出すポッキーを食べ続けるエリオットと、そんなエリオットを微笑ましく見るアリスがいた。
【ディーとダムとポッキー】
「ポッキーだよ、兄弟」
「プリッツでしょ、兄弟」
「・・・・どっちでも良いわよ」
押しかけてきた双子の後輩に手を引かれて購買に行けば、二人はそれぞれに違うパッケージを持って口論を始めた。
どっちを買うかでもめているらしい。
甘いチョコがかかったポッキーを持ったディーと、塩気がきいているプリッツを持ったダム。
ふと見ると、その二つがやけに大量に売られている。
「ポッキーとプリッツの日・・・ねえ」
日付に合わせた企業戦略のひとつだ。
くだらないと思うが、双子の言い合いはヒートアップしている。
「疲れたときには甘いものだろ、兄弟!」
「でも遊んで汗かいたら、しょっぱいものが欲しくなるじゃないか、兄弟!」
「・・はあ。あんたたち、うるさいわよ」
溜息を吐けば、睨みあっていた二人の顔がくるっとこちらを向く。
「お姉さんはどっちが良いの?」
「そうだよ、お姉さんはどっちのが好き?」
「こっちだよね?」
「こっちに決まってるでしょ?」
パッケージ片手に迫ってくる二人に、ちょっと仰け反ってしまった。
こうなったら仕方が無い。
二人が持つお菓子を両手でそれぞれ持ち上げる。
あっという顔で見上げる二人を見下ろして、パッケージをまとめた片手とは逆の手で、それぞれの頭を撫でた。
「分かった。二つとも買ってあげるから、大人しくしてなさいよ」
「えっ、いいの、お姉さん?」
「お姉さんが買ってくれるの??」
頷けば途端に輝かんばかりの笑顔になる。
「お姉さん、太っ腹ー!」
「わーい、お姉さんの驕りだ!」
レジに持っていってはしゃぐ双子の声を聞く。
・・・・弟が出来たらこんな感じかしら。
おつりとお菓子を受け取って振り返って、二人に渡す。
購買を離れて早速開けだす双子は本当に嬉しそうで、アリスもつられて笑みを浮かべた。
前を歩く二人がくるりと振り返る。
振り向く間に、器用に青年姿になる二人に、何事かとアリスも足を止めた。
「ねえ、お姉さん」
「何よ」
「ねえ・・・」
「「どっちが好き?」」
「は?」
1本ずつそれぞれのお菓子を手に持ってにじり寄ってくる。
先ほどまで可愛い弟のような二人はそこにはいない。
アリスも後ずさるが、その分を簡単に詰められる。
「「僕のを先に食べてくれるよね?」」
「・・・っ!!!」
どちらかを選べば、どちらかが拗ねるパターンだ。
アリスは仕方なく、二本ともの先を近づけてパクリと食べた。
これでいいだろうと二人を見上げる。
「っっ」
「・・っ!」
手を離した二人は少し離れて・・・そして何故か口元に手をあてて俯いている。
ディーは耳を赤くしてダムの肩を叩いている。
・・・・叩いている?
「っぷ・・くすくす」
「お、お姉さん・・・」
よく見れば、二人の方が小刻みに揺れていた。
一体、何だというのか。
「あっはっはっは、おねーさんおかしい!」
「おかしいってお姉さん・・っふ・・」
くすくすと笑う二人を訝しげに見れば、二人は口をそろえて答える。
「「怪獣みたいーっ」」
・・・まあ、ポッキーとプリッツ、2本同時にくわえたからね。
・・・じゃあ、無いだろう。
アリスは瞬時に2本の余った部分を片手で握って、ボキッと噛み砕いた。
真っ赤な顔で震えるアリスを笑う双子の声が廊下に木霊していた。
【ブラッドとポッキー】
「お嬢さん」
「食べないわよ」
「・・まだ、何も言っていないんだが」
「やらないわよ。ポッキーゲームなんて」
男の片手に摘み上げられた1本のお菓子を冷たい目で見遣って、アリスはハッキリと言い切った。
「・・・私がそんなことをするような輩に見えるのか?」
「見えようが見えまいが関係ないわ」
先に言っておくことに、意味があるのだ。
つまらなそうに溜息を吐いて、持ち上げた1本をグラスに戻す相手に、アリスも安堵の息を吐いた。
それにしても、こんなくだらない日を作るなんて、とアリスはお菓子会社を心の中で呪った。
おかげで今日は散々だ。
朝から教室でボリスに絡まれるわ、廊下ですれ違ったエースに絡まれるわ、双子にまとわりつかれるわ。
挙句の果てに、あの幼馴染の白いうさぎ男だ。
本当は僕、こんなもの食べたくなんてないんですけど、ポッキーの日には愛する人とポッキーゲームをすれば一生一緒にいられるっていうジンクスがこの学園にありましてね・・とか何とかほざいていた。
もちろんグーで殴って床に沈めた。
「・・・随分と疲れた顔をしているな」
「分かっているなら、あなたもくだらないことはしないでちょうだいね」
頬杖をついてこちらを見た相手は、やれやれといった風に紅茶を一口飲んだ。
どうせ、つれないなとかそんなことを考えているに違いないが、この寮長はオモテになる。
そのカリスマ性とか?気だるげでちょっとアダルティーなところとか?とか、そんな感じで女性のファンが多いことも知っている。
ポッキーゲームとやらをしたいなら、その中でもっと似合う美人の子とやればいいんじゃないだろうか。
声をかければ、すぐに群がって来そうだ。
・・・・・今日はもう部屋に戻ろう。
「おや、お嬢さん、どこへ行くんだ?」
「今日はもう寮の部屋に戻ろうかと思って」
「まだ碌に紅茶も飲んでいないじゃないか」
アリスの席に置かれたティーカップを見て、残念そうにする。
どうせそれもポーズだろうと思うが、紅茶に罪は無い。
残して捨てるのはもったいない。
立ち上がりかけて、アリスはまた席に座りなおした。
この一杯だけだ。
「それで」
満足そうに笑うブラッドが、こちらを覗きこむ。
翠碧色の瞳が細められていて、湧き上がった警戒心がアリスの身を少し強張らせる。
「何人の男にこのくだらないゲームを持ちかけられたんだ?」
「っ!」
「・・アリス」
こうなるともう、アリスに答えないという拒否権は無い。
言わせるまで解放はしてくれないだろう。
「・・五人・・」
「ほお・・それは誰か聞いてもいいのかな」
聞いてどうするつもりなんだこの男は。
聞いてもいいのかとか言いつつ、言わせる気しか無い男の無言の圧力を感じながら、すこしばかり抵抗してみる。
睨みつけてきたアリスを面白いものをみるように見遣って、ブラッドは再度グラスから1本のポッキーを取り出した。
だが、それはブラッド自身の口に運ばれて、アリスがついきょとんと見ている間に、ポキンと折れて数口で食べられてしまった。
てっきり無理やり食べさせられるのではと身を竦めたアリスを、ブラッドはにやにやと見ている。
「どうしたのかな、お嬢さん」
にやにやと聞けば、ハッとした様な顔は瞬時に赤くなる。
まるで自意識過剰みたいだと、アリスは慌てて紅茶に手を伸ばした。
一口飲んで、何とか気を落ち着かせる。
そんなアリスの視界をすっと何かが通り過ぎて。
「っ!!?」
ぐっと掴まれて頭が引き寄せられた。
抵抗する間も無く重なった口に、驚いて開けてしまった隙間からぬるりと舌が滑り込む。
「・・っ!!・・っんん・・」
妙に甘ったるい舌が口腔内を這い回って、アリスの頭をぼうっとさせる。
歯列をなぞり上げて上あごをさぐり、逃げるアリスの舌を絡め取って吸い上げる。
抵抗しようとあげたアリスの手は、最早ブラッドの胸元に添えられているだけになっていた。
「・・・・んう」
舌の表面をくすぐるように舐められて、背筋が震える。
息が苦しくて盛り上がる涙は、頭を押さえつける手とは逆の手の、長い指先がぬぐっていく。
「っぁ・・はぁは・・」
ちゅっと唇を軽く吸って離れていく相手の顔が、ぼやけた視界の向こうに見える。
アリスが必死に息を吸っていれば、ブラッドは指先に掬ったアリスの涙をペロリと舐めた。
「甘いものの後には、しょっぱいものが合うな」
なあ、お嬢さんとにやりと微笑むブラッドの顔を、腕の中から睨みつけるアリスにもう言い返す気力は残っていなかった。