グッデーグッバイ



招かれたお茶会の席。
いつもなら他愛ない話しをしながら紅茶を味わうことを楽しむ主催者は、今日は何やら意味深にこちらを見ている。
何だろう。
そう見られるようなおかしなことはしていないし、最近何かトラブルに巻き込まれた覚えもない。
何か顔についているだろうかと、こっそり頬に手をやってみたり、そわそわと自分の格好を見るアリスを、ブラッドは実に楽しげに見守っている。
隣に座ってオレンジ色のスイーツをひたすらにぱくついているウサギさんにも、双子にも特に変わった様子もない。

「・・・・・」

「・・・・・」

じっと見てみるが、同じようにじっと見つめ返されるだけだ。
少し、いたたまれない。
観念してそっと視線を横に流しつつ、目の前で優雅にティーカップを傾ける男に声をかけた。

「何よ。何か言いたいことでもあるのなら、さっさと」

「お嬢さん。私は君とこうしてお茶会が開けることをとても嬉しく思っている」

「そう、それは光栄だわ。・・それで?」

「そしてこれからもずっと、そう出来たらと良いと思っている。お嬢さんも、同じように思ってくれていると嬉しいんだが・・?」

「え、ええ・・・そうね」

脅しのような問いに取りあえず答えながら、紅茶をまた一口飲み、ちらと眼前の男に視線を寄越せば、にこりと笑みが返ってきた。
思わず、飲んだ紅茶をむせそうになって、アリスは慌てて持っていたティーカップをテーブルの上に戻した。
何とか咳き込まずに済んでほっとするアリスに、ブラッドは笑みを浮かべたまま続ける。

「私とのお茶会を、君も楽しみにしてくれている、と。そう考えていいのかな、お嬢さん」

「だから、そうだって言ってるじゃない」

「では、まずこうしてずっと一緒にお茶会をすることが出来たことに、感謝しなければならないな」

「ええ、そうね・・・え・・?」

「私に、何か言うことは無いのかな、お嬢さん?」

「・・・・は?」

いきなり始まった話は、いきなり斜め上に飛んで行ったようにしか思えなかったが、思わず聞き返したアリスにブラッドの機嫌はやや悪くなったようだ。
浮かんでいた笑みが引っ込み、紅茶を飲むその目が少し物騒になった。
でも、アリスにとっては意味が分からない話題だ。
しかも、ブラッドの話を聞いていれば、どうやらアリスはブラッドに感謝をすべきだと言っている様に感じる。

「いきなり、何でそんな話になったんだか分からないし、私はあなたに礼を言わなければならない事態には陥ってないわよ」

膝に手を置いて、ブラッドを見据えて言えば、ブラッドも静かに紅茶をテーブルに戻した。

「な、なあなあ。二人ともそんな怒るなよ。アリスもさ、あんたを1人きりにさせなかったってことで、一言でもなんでもいいからさ」

急に険悪なムードになった上司と客である少女に、オレンジ色のパフェをもりもり食べていたマフィアのナンバー2こと、エリオットは慌てて口を挟んだ。

「だから、何で礼なんて・・・1人きりって何?」

「いや、だからさ。俺たちあんたとずっと一緒にいただろ?」

「え?」

「そうだよ、お姉さん。僕たちずっと一緒にいたよね?」

「そうそう、お姉さん。良い子にしてお姉さんの傍にいたよね?」

オレンジ色じゃないケーキをぱくついていた双子が、いつの間にやら席を離れて飛んできてアリスの両脇にまとわりつく。
エリオットは、1人きりにしなかった、と言う。
双子たちは、ずっと一緒にいてあげた、と言う。
何のことやらさっぱりなアリスは、ぐるぐると考え込んでいたが、屋敷の主が咳払いをしたことで、双子は少し口を尖らせつつ自分たちの席に戻っていった。

「お嬢さん、君がどの国でも一緒にお茶会を開けたことを、ともに祝おうじゃないか」

シャイなお嬢さんに代わって、私から言おうとブラッドが立ち上がって手を鳴らす。
どこからともなく現れた帽子屋屋敷のメイドさんが運んできたのは、シルクハットの形をした大きなケーキ。
驚くアリスの前にケーキを下ろさせて、ブラッドがテーブルをまわってアリスの横に立つ。

「私たちと、一緒に国を巡ってくれて感謝しているよ、お嬢さん」

「え・・・あ・・」

そういえば、どの国でもブラッドたちはいてくれた。
運と言えばそれだけかもしれないが、それでも知っている顔がいることは、この世界で元々の知り合いがいないアリスにとっては、心強いことだった。
アリスも椅子を引いて立ち上がる。

「そうね、あなたたちがいてくれて助かったわ。本当に、ありがとう」

ブラッドは笑みを濃くして、アリスの手を取って甲に口付けを落とす。

「そうとなれば、このまま我が屋敷に滞在してくれても構わないんだが」

「ちょっとー、帽子屋さん。そうやってアリスを独り占めするのはナシだぜ」

不意に後ろに引っ張られて、バランスを崩したアリスを背後にいた誰かが受け止めて抱え込んだ。
視界の端に映るのは、ピンク色でしましまのもこもこしたファー。

「ボリス・・?」

仰ぎ見れば、ピンク色の前髪の下で金色の目が悪戯そうにこちらを覗きこんでいる。

「俺だって、ちゃんといただろう?」

だから俺にも言って、と耳元に低く囁きかける。
ふっと吐息をかけられて、ついふるりと身を震わせてしまう。

「ボリス!お姉さんは今、僕たちに言ってくれてるところなんだよ!」

「そうだよ!横取りするなっ」

大人の姿になった双子が、斧をふりかざして走り寄ってくる。
思わず後ずさろうとしたが、背後にボリスがいてそれ以上下がれない。
アリスの腰に手を回していたボリスは、アリスをひょいと横に移動させてかわし、そのまま双子たちと物騒な遊びを始めてしまった。

「まったく、ガキどもは」

「まあ、お嬢さんを巻き込まなかったことには、大目に見てやろう」

「さっすがブラッド!本当に心が広いぜ」

きらきらとした瞳を向けられて、ブラッドが露骨に目をそらす。
と、不意にその体を後ろにそらせた。
同時にエリオットの目が一瞬にして剣呑になり、銃を抜きざまに発砲する。

「何、のこのこ入ってきてんだよ!!!」

「え?!何やってんのよ、あんたっ」

「やれやれ、門番がいないとはいえ困ったものだな」

お茶会を開いていた庭に堂々と姿を現したのは、白く長い耳に赤いギンガムチェックのジャケットに身を包んだ、ハートの城の宰相だった。
ボリスが現れた時は、双子と仲が良く、この屋敷にもよく忍び込んできていると知っているし、そんなに危険なことにはならないと分かってはいたが。
さすがに、ペーターが無断で入ってきて良い場所ではないだろう。

「アリス。あなたに会いに来たんですよ」

「だからって、こんな敵の領土まで・・・」

「ええ。こんな雑菌だらけでうるさい場所には後少しだっていたくありません。だから早く僕と一緒にここを出て城に戻りましょう、ね」

アリスにだけ笑顔を向け、ね?と可愛く続けても、ここは敵地のど真ん中だ。
気付けば周囲は、帽子屋ファミリーの構成員が集まってきている。
アリスの顔は真っ青になった。

「馬鹿!言ったら、会いに行ったわよ!」

「えっ!約束したら僕に会いに来てくれたんですか?!」

慌てるアリスの様子にはまったく頓着せず、それよりも会いに行くという言葉に驚いているらしい。
白いウサギ耳がぴーんと伸びて、その赤い瞳がいつになく真ん丸くなっている。
珍しく人型でもかわいい、がそれどころではない。

「まあ、珍客だが。そちらが銃を下ろすと言うなら、こちらも下げさせよう」

「そ、そうよペーター!銃を早くしまいなさいよ!」

「あなたの命令とあらば、仕方が無いですが」

どことなく渋々としつつ、銃を金色の時計に戻すのを見て、ブラッドは手で構成員たちを下がらせた。

「エリオット、お前もだ」

「そんな信用ならねえよ!撃ってきたのはあっちだぜ!!しかもブラッドを」

「エリオット・・・私の言うことが聞けないのか」

ぎろりと睨まれて、こちらも渋々と銃を下ろす。
アリスは、やっと息をついて胸をなでおろした。
一緒にいて嬉しいとかそんな話をしていた矢先にこれだ。
それぞれと一緒にいるのはそれなりに楽しいが、そんな知り合い同士ですぐに撃ち合いをはじめるのにはいつになっても慣れない。
同じ領土同士ならふざけ半分もあるだろうが、別の領土同士ならどうなるか分からない。

「お願い・・・仲良くなってとは言わないけど・・・これからも一緒にいて欲しいから」

俯いて搾り出すように呟くアリスに、それぞれが視線を向ける。

「アリスっ!他の奴らはずっと一緒にいたとは言いがたいですけど、僕は本当の意味で一緒にいましたよ。これからも、もちろん一緒にいます!!」

いきなり飛び掛ってくる白ウサギは、いつの間にやらウサギの姿をしていて、アリスはそのまま腕の中で受け止めることになった。
アリスの腕の中で、満足そうに笑うウサギにアリスは首を傾げる。
本当の意味とは、どういうことだろうか。

「宰相さんー、それは不可抗力じゃない?それに、宰相さんは”声”出てなかっただろ?それで一緒にいたって言うには、ちょっと図々しいんじゃない?」

見上げてくるつぶらな赤い瞳を見ながら考え込むアリスの思考にかぶさるように、低い声でボリスが声をかける。
・・・声?

「おちびさんと一緒というのが少し気にかかるが、まあその通りだな」

「声があるかないかって大切だよね、兄弟」

「それに最後にちょこっと顔出しただけだって聞いたよね、兄弟」

最後にちょっといただけ?
なんのことだろうか。
周りの声なんて一切聞こえていないらしい、都合の良い耳を持つペーターは何も答えない。
アリスに抱きかかえられていることに、至福の表情を浮かべている。
かわいい・・・。
ついつられてにっこりと笑っていたアリスに、ふっと影がかかった。

「みんな、分かってないなあ」

「げっ、迷子の騎士」

「どっから現れたんだよ、出て行けよっ」

「・・・・はぁ」

やれやれとため息をついたブラッドは、最早勝手にやってくれとこの事態の収拾を放棄して屋敷に戻っていく。
ブラッドが屋敷に帰るなら、この場の責任者は俺だよな!と張り切りだす三月ウサギと双子に銃と斧を向けられて、それでも余裕の笑みを浮かべているのは、ハートの騎士、エースだった。

「あんたも・・・本当にその神出鬼没な迷子癖、どうにかした方がいいわよ」

「何だよ、つれないなアリス。俺たち、ずっと一緒にいただろう」

だから、そろそろ慣れてくれないと困るぜ!と笑う騎士に、アリスは脱力する。
その腕からひょいとペーターの耳をつかんで、エースは持ち上げてしまった。
暴れることも出来ずにぶらさがったまま震えるペーターに、アリスが慌てて手を伸ばすも、身長差から届かない。

「ちょっとエース!ペーターがかわいそうじゃないっ」

「アリスが、俺にも”ずっと一緒にいてくれてありがとう”って言ってくれたら、離してあげてもいいな」

「もう!一体何の話よ」

「あー・・・確かに騎士さんはずっと一緒だったけどさぁ・・・グレーゾーンって感じじゃない?」

「そんなこと無いぜ、猫くん。少なくとも猫くんよりは、ずっと、一緒!」

言って笑いながら、ジャンプするアリスを楽しげに翻弄する。

「な、アリス。言ってくれよ」

「何でよ!」

「俺だって、君と一緒にいられて嬉しかったんだぜ」

「騎士さんが言うと、何か軽いんだよね・・・」

脱力したらしいボリスが、俺帰るよと双子に手を振って歩き出すのが視界の端に見える。
アリスも、さっさとペーターをエースの手から下ろさせて、今日はもう帰りたい。
何だってみんな、そろいも揃って同じ時間帯に集まってきて変にしつこいのだろう。

「アリス、そんなやつら放っておいて、ケーキを食べようぜ」

エリオットは、銃を構えながら怒っているようだ。
そういえば、ケーキを出してくれたんだった。
屋敷の主はさっさとお茶会を切り上げて、部屋に戻ってしまったようだが、一口だけでも食べてみたいかもしれない。
屋敷のシェフは腕がいいから、きっとあのケーキも美味しく出来ていることだろう・・・シルクハット型だが。

「・・・・でも」

それでも、ペーターを放っておけずにアリスは迷う。

「まあ、そうやって迷ってうじうじしてる君を見られたことだし。仕方がないから、今回は、離してあげるよ」

ほらっと言って、エースはおもむろにペーターを遠くに放り投げた。
見事な放物線を描いて、白く長い耳と目立つはずの赤いジャケットは森の木々の向こうへと消えていった。
アリスの目が点になる。
やあ、良く飛んだなあペーターさん!と言った途端、遠くから銃声がしてエースは素早く抜刀した。

「え、ちょっと・・・」

「あっぶないなあ、ペーターさん」

「だから、ここで撃ち合いすんなっての!さっさと出て行けよ!!」

遠くから飛んでくる銃弾と、とうとう切れたエリオットの発砲を軽々と避けて、エースが庭を走り回る。

「・・・何、この状態」

ペーターもまだ姿が見えないくらい遠いが、エースに発砲しているぐらいに平気らしいし、もう気にすることも無いだろう。

「帰ろう」

さっさとその場を後にして、アリスは自分の住む場所へ戻っていった。




部屋に戻ってちょうど訪れた夜の時間帯。
色々あって精神的に疲れたアリスは、ベッドに倒れこむように横になった。
すぐに訪れる眠気に、身をゆだねる。

「・・・・・」

「・・・・・」

もやもやとした色が交じり合う、上も下もない不思議な空間。
アリスは腕を組んで、足元を見下ろしていた。

「私、疲れてるんだけど」

「・・・・・」

「用が無いなら、寝させてくれないかしら」

いらいらとするアリスの足元で蹲っているのは、この空間の主であり眠りについたアリスをこの空間に呼び寄せた張本人だ。
そのくせ、さっきから蹲っていじけたまま、何も言わない。
アリスは、帽子屋屋敷での出来事で疲れていた。

「何?あなたも何か私に言いたいわけ?でも言ってくれないと、私はあんたじゃないから心が読めるわけでもないし、分からないんだけど」

「君はっ・・全然気付いてくれないのか・・」

「何よ」

「わ、私だってずっとついていてあげたのに・・」

あんたのは見守っていたというより、惑わしていたと言う方が正解よね。
そう考えれば、いじける背中が更に丸くなる。
アリスはため息をついて、その隣にしゃがみ込んだ。

「あー・・・はいはい、一緒にいてくれたわよね。ありがとう」

「何か・・心がこもってない」

ぴしっっと米神にはしる怒りの四つ角を、深呼吸をして何とか収める。

「まあ、そうよね。ペーターと共謀して私の拉致を計ってくれたんだものね。感謝してるわ」

「・・・・ううっ」

青白い顔を更に俯かせるその背中を、さすさすと撫でる。

「君は・・・天邪鬼だな」

「あなたは、意外といじわるよね」

助けて欲しいときに頼りにならなかったり、教えて欲しいことをはぐらかしたことを、許してはいない。
うめき声が、少しおおきくなった気がする。
でも、この世界に連れてくる手助けをしてくれたことには、感謝してるわ。

「アリスっ」

「まったく。ここではもっとミステリアスな感じだったはずなのに。クローバーの塔と同じで情けなくなっちゃって」

「そんなことはないぞっ」

「はいはい」

「私は、すごい夢魔なんだからなっ」

「はいはいはい」

ちょっと涙目のナイトメアに、最初に会ったときのミステリアスで少し不安を抱かせるような雰囲気はサッパリ無い。
それでも、まあ今は仲が良い友人といえるだろう。
いなくなったりしたら、悲しいと思えるほどに。

「・・・・・きみは」

「何?」

「・・いや、なんでもないよ」

苦笑したように言って、ナイトメアは体を起こしてアリスの頭に手を伸ばした。
くしゃりと柔らかく頭を撫でられる。

「感謝を言うのはこちらのセリフだな、アリス。君が残ってくれて、私は嬉しいんだ。・・・ありがとう」

「・・・!」

いつになく真剣な顔で言うものだから、面食らってしまった。
何となく雰囲気につられて赤くなってしまった頬を、そっぽを向くことで隠す。

「・・・ナイトメアのくせに」

「ん?今、何か言ったか?」

「何でもないわよ!さっさと病院行きなさいよ!!」

「なっ?!何で、そんなこと言うんだ!!」

「何でも何も無いわよ!いつもいつも言ってんでしょ!」

そんな雰囲気じゃなかっただろう!と涙目になる夢魔の背中を、容赦なくバシバシと叩く。
呻いて、更に吐血する夢魔のいつもどおりの様子に、何だかほっとしたのは気のせいじゃ無かったけれど、その気持ちは胸にそっと仕舞い込んだ。




◆アトガキ



2013.3.15



タイトルの「グッデーグッバイ」は、 伊藤良一さん作詞、内田勝人さん作曲の、小学校の教科書に載っていたあの歌です。
あなたとあえて~ほんとによかった~♪、です。
(※あなたに、ではじまる小田和正の歌では、ありません。)
すごいアップテンポなのに、歌詞が切ない。

ようは、全シリーズに誰が通しで出てきたかという話。
勢いで書いたので、なんだかしっちゃかめっちゃかです。
ダイヤネタもあるので、一応Diaに収納。

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