リードを持ってほしくて



カチャ、カチャリ・・・

聞き慣れた金属同士が触れ合う音。
それは決して不快感をもたらすものではなく、むしろ聞き慣れたがゆえの安らぎさえ感じさせてくれる。
時折甲高く鳴くこともあるが、だいたいは安定した一定のリズムを、繰り返し刻んでいる。
歯車を規定の位置に正確にはめ直し、ネジは緩すぎす回しすぎず。
工具と部品が触れ合う音にすら、それを扱う人物の慎重さと手慣れた技術力が表れているように、静かで落ち着いたものであった。

アリスはその光景を、机の傍に寄せた椅子に座り、行儀悪いと思いつつも頬杖をつきながらぼんやり見ていた。
先程までは膝の上の本に集中していたのだが、意識の外にあったその音をつい拾ってしまい、それからはもう、手品のような作業に目を奪われてしまったのだ。
とはいえ、ご飯を食べて間もないとなっては、安らげる場所での、規則正しいリズムほど催眠効果のあるものはなく。
うつらうつらと意識が沈没と浮上を繰り返し、次第に瞼は重くなっていった。



じっと見られていることには、前ほどには緊張しなくなった。
そもそも集中している時は、外部の視線はもとより音も、時間帯の移り変わりも何もかもが意識の外に放り投げ出され、よっぽどのことが無い限り、ユリウスは作業をし続けることが出来た。
だが、自分のこんな単調でつまらない作業など、見ていて何が面白いんだと少しでも考えれば、いやでも見ている人物が気になってしまうものだ。
今も、食後に珈琲をと図々しく部屋にやってきて、そのまま居座って静かに本を読んでいたはずの少女は、気付いたらこちらの作業をじっと眺めている。
その果てのない明るい空の色をした瞳の中に、この作業や作業をしている自分がどのように映っているのかと思えば、手元がうっかり狂いそうにもなる。
何とかそんなことにもならず、表情にも態度にも出さなかったが。

「・・・・・」

かと思えば、ゆらゆらと船をこいでいて、呆れる。
慣れた作業の合間に、少しばかり意識をそちらに向けていれば、少女はとうとう寝てしまった。
やわらかそうな頬を支えていた腕は、今は顔の下に敷かれ、手は力なく投げ出されている。
健やかな寝息と、穏やかな寝顔を見れば、呆れはしても起こす気にはなれなかった。

「・・・・はあ」

自分でも、おかしいと思う。
以前だったら、作業をする自分の部屋に他人など、入れるのももちろん、居座らせる気になんて、とてもなれなかった。
そもそもが、引きこもりで人間不信であるし、こんな役割を持つ自分などに近づく輩などいないと、卑屈でなくても思う。
自ら、さしたる理由もなく、近づきたがる奴など。

「・・ほんとうに、おかしな奴だ」

自分もおかしいが、それ以上におかしいと思う。
なんだってこんな、辺鄙なところに居座るのだろう。
しかも、居心地がいいんだもの、などと笑って。

折れてしまいそうに細い手足と華奢な体を、しばし見つめてから、静かに立ち上がる。
起こさぬように、工具を扱うよりも、更に慎重に。
仮眠ぐらいにしか使わない、ロフトベッドの上から毛布を下ろす。
ふわりとその体にかければ、違和感を感じたのか、少し体を震わせた後に、またすぐに眠りの世界に引きずり込まれていったようだった。
知らず口元が緩んで、自分も穏やかな気分になっているのが分かった。
静かに椅子に座りなおして、工具を持ち直した。



街中での出来事を思い出す。
市場の中に走っていってしまった子どものエースを、追いかけようとした自分の手を掴んでとめた、ユリウスの手。
いつだって安心感をもたらしてくれる、機械油で荒れた、でも暖かく大きな手。
その時は、ユリウスを父親、エースをその子ども、自分が母親役だなんて、どうしようもない親子ごっこを考えては笑っていたけれど。
ユリウスも満更でもなさそうにのってくれて、意外に思いながらも嬉しくないわけがなかった。
それにしたって、エースはこうして一緒に出かけることを嬉しがっている、なんてユリウスは言ったけれど、それには賛同できなかった。
ユリウスがエースの父親役なのは、どこからどう見てもそのまんまで、でも自分はエースの母親役なんて無理だわと、心底思ったものだ。

何しろ、可愛げがない。
子どもになったらなったで、我侭を言ってユリウスを困らす。
役割を放棄しようとする自分自身を、心配するその気持ちを逆手にとって、わざとやっているように見えなくも無い。
なのに、他の者がユリウスに迷惑をかけることは良しとしない。
特にぽっと出の余所者なんかが、「自分の」ユリウスに構われるのは、我慢ならないのだ。

そう思えば、大人だったエースが、自分を殺さなかったことが、本当に不思議なことだったんだと分かる。
親しくなった後ならいざ知らず、最初に会ったときに、時計塔にいることが分かったときに、あの剣でさっくりやられていたって、おかしくはなかったのだ。
お互いの依存度は、ハートの国でもダイヤの国でもそんなに変わりはないが、大人になったエースが、その関係の中に他者を入れることを容認したのは、どういった気持ちからだったのだろうか。
あの時とは変わってしまった今の関係を、それでもアリスが手放すことが出来ずに今ここにいるのは、一度離れ離れになってしまった時間を体験したからか。

徐々に意識が浮上する。
うっすらとぼやける視界を瞬かせれば、自分を覆う布の感触にも気付く。
うとうとしながら体を持ち上げれば、ずり落ちそうになるその布を、慌てて手で押さえつけた。
毛布だ。
いつか見たことのある、冬の領土で。
訪れて早々にくしゃみをした自分に、うんざりした顔でよこしてくれた、それと全く同じもの。

「・・ふふっ」

「・・・なんだ。起き抜けに笑うなんて、気色悪い」

思わず浮かんだ笑顔のままそちらを見れば、鬱陶しそうな表情を浮かべていたユリウスが、口を引き結んで押し黙った。
何かしらとその顔を見ていれば、すっと手が伸ばされる。

「・・泣きながら笑うなんて、不気味なやつだな」

皮肉気な言葉は聞くだけなら乱暴で、でも触れた手は優しい。
ああ、そうだ。
ユリウスは、どこにいたって変わらない。
心配そうな顔で自分を覗き込む、その瞳に向かって、大丈夫だと微笑めば、なお表情はしかめられる。

「どこか体調でも悪いんじゃないか。こんなところじゃなくて、自分の部屋に戻ってちゃんと休め」

眉間にしわを寄せて、叱るように言ってくれる。
エースだけでも手一杯なはずなのに、一度懐に入れたものは、きっともう放っておけないのだろう。
ユリウスは、そういう人だと知っている。
そして、そう知っていて懐に入り込んだというなら、そうしてくれるように動いたというなら、あざといと言われても仕方が無い。
自分だって、子どものエースとなんら変わらない。

それでも、迷惑をかけると分かっていても、離れがたい。

冬の領土のクローバーの塔の中、三人で共に過ごした時間。
あの時のように。

エースも、自分も。
見張っていて欲しいと思う。
あの時願ったように。




◆アトガキ



2013.1.4



またもや、ユリウスです。
今回は、家族のようにエンドに、ちょっぴりジョーカーの国のエースルートを混ぜました。
きりが良かったので、ここでこのお話は終わりですが、続きっぽいやり取りを考えております。
次話もそれになるかなと思います。

ダイヤは辛いといいましたが、もちろん嫌いではないです。
でもユリウスルートの1枚目のチケットのやり取り、なんかユリウスの話し方が違和感過ぎて、ある意味それも辛いです・・・。

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