FamilyName


「モンレーさん」

「・・・・いきなり、何だ気持ち悪い」

言葉通り眉をひそめて、怪訝そうでもなく本気で嫌そうな顔をしている。
気持ち悪いとまで言わなくても良いじゃない。
むっとして言い返しながら、口の中で他の名前も呼んでみる。
ビバルディとキング、この二人は良いとして。

リングマークさんと、ゴットシャルクさん。
違和感はそこまで無いが、長いのと仰々しくて彼ららしくないというか、距離を感じるというか。

エレイさんと、ウ゛ィリエさん。
妙に大人しそうでしっかりした雰囲気になってしまった。
これもこれで、やはり彼ららしくない。

ゴーランドさんは、普段からゴーランドと呼んでるので一番違和感無いかも・・・。

他にもファミリーネームで呼んでる人はいたかしらと考えて、意外な二人を思い出す。

ディーさんとダムさんだ。
思えば彼らは名前が一緒でファミリーネームが違うのだろうか。
いや、双子ではあるのだからそれはそれでおかしい。
意図的に順番が逆になっているとしか思えない。
・・・まあ、おかしなこの世界のことだし、特に不都合は無いから深く突っ込むつもりもない。
何にせよここまでさん付けが似合わないことも無いが、呼び慣れた響きであることは確かだ。

彼らにつられて屋敷の二人の名前も呟いてみる。
マーチさんは、彼らしく何だか賑やかで元気な感じがしていい。
今度呼んでみて反応が見たいかもしれない。
それに比べて、デュプレさん・・・・これは、ないない。
無いわ。
どこのどなたですかと言いたくなる。

首を振っていると、作業を続けていたユリウスが訝しげにこちらをちらと見た。
何でも無いわと手を振って、手持ち無沙汰な両手でコーヒーの入ったマグカップを包むようにして持つ。

後は。
・・・ホワイトさん。
これは完全に別の人の呼び名になってしまう。
そう呼んでみたところを想像すれば、彼は一瞬呆気に取られた顔をして、それから名前で呼んでくださいと泣きついて来た。
容易に想像出来る。
うっとうしい。

そして残るは・・・・・エースだ。

「ねえ、ユリウス」

「何だ」

もうこちらをちらとも見ずに時計修理の作業を続けているが、返事はきちんと返してくれる。
そこが彼の良いところだ。

「どうしてエースにはファ・・」

「俺が、なんだって?」

「!!?」

いきなり背後からかけられた明るい声に驚いて、持っていたマグカップを倒しそうになってしまった。
波打つコーヒーから手を離して振り向けば、いつの間に部屋に入ってきていたのか、茶色いぼろぼろのマントを脱ぎかけた相変わらず目に痛い赤いコートのエースが立っていた。
噂をすればなんとやら、だ。

「本当にあんたって地獄耳よね」

しみじみと呟いて見上げれば、うん?と笑顔のまま首を傾げている。

「で、何の話をしてたんだ?本人がいないところでこそこそ話してるなんて、君っていやらしいな」

にやにやしたその表情にいらっとする。

「いやらしい話なんてしてないわよ」

「だよなー。何たって相手がユリウスだ。出来るものも出来ないよなっ」

あはははっと笑うその腰辺りにチョップをかますも避けられる。
ユリウスは我関せずとばかりに、無言を貫いている。
出来るなら自分もそうしたい。

「で?」

チョップをしようとして伸ばした手を掴まれる。
掴んだ手首を少し引いて、エースは内緒話をするように顔を寄せてきた。

「何の話をしてたんだ?」

間近に迫った赤い瞳に、この距離と態勢に文句を言おうとした声が喉に留まる。
単なる興味であり、何か疚しい気持ちがあるわけではない。
だから隠すほどの話ではないのだが、もしかしたらあまり聞かれたくないことかもしれない。
それでも何気ない風を装えば、ユリウスなら知ってることは教えてくれるかもしれないとは思ったのだが、さすがに本人を前に聞くには憚られた。

「・・何でもないわ」

「・・ふうん?」

目の前の瞳が細められた。
猫に似ているが猫ではない、もっと危険な獣を相手しているような気分になる。
いたたまれなくなって視線をそらした。
図らずも相手に向けることになった耳元に、小さな囁き声が落とされる。

「俺の・・・ファミリーネームが気になるんだ?」

「?!」

聞いていたんじゃないか。
思わず勢い良く振り向いてしまった。
これでは図星と言っているようなものだ。

「へーえ。そっかー・・・」

しばらく意味深な笑みを浮かべて考え込んでから、エースはにこりと笑う。

「いいよ、教えてあげようか」

「えっ?」

エースのその浮かべた笑みに少し距離を取った体を、また無意識に寄せて聞き返してしまう。

「と、言いたいところなんだけどちょっと無理、なんだよね」

「あ、・・・そうなの。あのでも、本当にちょっと気になっただけだから気にしないで」

困った顔をした相手に、首を振る。

「でも」

「?」

まだ、続きがあるらしい。

「もし君が、ただのアリスになったら、さ」

ふっと影がかかる。
見上げる間もなく息がかかるような近さに顔を寄せてきたエースの、暗がりで赤い瞳が奇しく瞬く。

「俺と同じ、お揃いのファミリーネームにしちゃえばいいよ」

低く少し掠れたような声と、吐息。
瞬きも忘れて相手の顔を見て、そして徐々にその言葉が頭に入って来る。
椅子を蹴倒す勢いで音を立てて慌てて立ち上がり、距離をとった。

「なっ!!?いきなり何言ってんのよ、あんた!」

真っ赤になってしまった顔を自覚して、軽く自己嫌悪に陥る。
あえてつっこむなら、何赤くなっちゃってるのよ自分!である。
冷静に冷静にと頭の中で呟いているアリスに、えーという不満げなエースの声が聞こえてくる。

「何だ。良い案だと思ったんだけどなあ」

「な、わけないでしょ。有り得ないわ、却下よ」

この男と同じファミリーネームだなんて冗談ではない。
残念だなあ、と言う相手の顔は、言葉ほど残念そうではない。
こういうところが、却下だと言わせている要因だ。

「まあ・・・でも、そうだよな」

何やら勝手に得心したような相手の顔を訝しげに見る。
そうやって、相手の言葉の先を促したことを後悔した。

「君は、アリス=モンレーになりたいんだったよな」

「!!!??ばっ・・」

馬鹿いきなり何言ってるのよ、信じられない!と続けようとしたアリスの耳に、バキッという耳慣れない音が届いた。
音がしたほうにそろりと視線を向ける。
そこには、一見普段どおりに時計の修理に勤しんでいるユリウスがいた。

「・・・・っ」

良く見れば、その手に握られた工具の動きが止まっている。
微動だにしない中で、手元の時計を支えていた片手だけが小刻みに震えている。
うるさくして怒らせてしまっただろうか。
・・・いや、今はそれどころの話ではない。

「ユ・・・・・ユリウス・・・?」

恐る恐る声をかける。
びくっと、傍から見ても明らかにその肩が揺れた。
手元からはガチャリといつにない不協和音が聞こえる。

「・・・・・」

重苦しい溜息とともに時計に添えられていた手が外されて、修理を進めていたはずの内部から小さな部品を取り除いていく。
工具を握り締める手にいつになく力が入っているようで、あんたのせいよとエースを見上げて睨み付ける。
全く、たちの悪いからかい方をするものだ。
自分より動揺している人を見てしまえば、自分の動揺は嘘みたいにすっと収まってもはや平常心だ。

「からかってるわけじゃないぜ」

それ以外に何があるというのだ。
視線で問えば、んー、と顎に手を当ててからエースはちらとこちらの顔を見てくる。
その視線が作業机に座っているユリウスの方と交互に動く。

「そっか。俺もアリスも、モンレー性にしちゃえばいいn」

「却下だ!さっきから何をくだらない話をしていると思えば・・・エース、お前はもう黙れ、そしてさっさと仕事にかかれ!」

あはははっ、そう怒るなよと笑うエースの声。
疲労感たっぷりの説教を続けるユリウスの声。
少し冷めてしまったコーヒーを一口飲んで、アリスは知らず微笑んだ。

珍しいこともあるものだ。
今回ばかりは、エースに同意したくなった。

「・・・良い案ね」

瞠目するユリウスと、赤い瞳を細めて笑うエース。
青と赤の瞳に見つめられて、アリスは笑った。




◆アトガキ



2013.7.14



最初は、エース落ちだったんですが。
ユリウス好きなもので、まさかの家族落ち、みたいな感じになっちゃいました。
時計塔組万歳!!!

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