「私、ナタデココって苦手なのよね」
何気ない言葉。
苦手なだけであって、嫌いとまではいかない。
もちろん、食べられる。
目の前に出された涼しげなゼリーを見ていて、ふと思いついて口にしてしまっただけだ。
見れば、同じお茶会の席にいる二人は、いつになくきょとんとした顔でこちらを見ていた。
そんなに、おかしなことをいったかしら?
目の前の席に座っている、おかしなシルクハットをかぶったこのお茶会の主催者は、目を閉じておもむろにその白い手袋をはめた両手を打ち鳴らした。
手袋の布地があるだろうに、よくこうまでも響く音を出せるものだ。
鳴らしなれている、と妙なところで感心する。
「はい、何でしょうか~、ボス」
どこからともなく、屋敷の使用人である女性が現れる。
「この屋敷中・・いや、領土内の全てのナタデココを処分して来い」
「はあ、わかりました~」
「いやいやいや、待ちなさいよ。何言ってるのあなた。それに、了解しなくていいわよ」
では~と、全くやる気無さそうに、それでもおそらくは主人の命令を遂行するためにどこかへ去っていこうとした彼女を慌てて呼び止める。
「何故?好きではないんだろう」
「私は苦手だけれど、好きな人だっているでしょう。その人の楽しみを領主の権限で奪うなんて、どんな横暴よ」
「ふむ・・顔なしなんかの好みを気にするなんて、全く君はお優しいな」
そう言いながらも、おふざけ半分の命令だ。
ブラッドは早々と命令を撤回させて、用はなくなったと使用人を追い払った。
それにしてもただの好みで、領土内から食材を一つ排斥しろだなんて、全くくだらない命令だ。
くだらないが、少しでも面白そうなことは見逃さないから、始末に終えない。
どんなくだらないことでも、少しでも暇つぶしになるなら実行するだろう。
そしてこの男は、やるといったら徹底的にやるから恐ろしい。
・・・それでも、にんじんは見逃してあげるんだから、やっぱり優しいわよね。
まさにこの瞬間にも、隣の席では彼の部下がもりもりとにんじんスイーツを食べては嬉しそうにしている。
そして、ブラッドはそれを極力視ないように、明後日のほうに視線を逃がしながら、ひたすら紅茶を飲んでいた。
そんなにそのオレンジ色の物体を苦手とするなら、いっそ席を離すなり、同席させないなり、それこそにんじんを食べるなと命令することだって出来るのに。
何だかんだで、この部下に甘いらしい。
「・・・何かな、お嬢さん」
「え?・・いいえー」
にやにやしながら見ていると、低い声をかけられる。
自分が面白がるのは構わないが、他人に面白がられるのは嫌う。
ブラッドは実に嫌そうに眉根を寄せて、こちらを眇めた目で見ていた。
かと、思えば何か面白いことでも思いついたかのように、不意ににやりと笑った。
こういう時のブラッドは、碌なことは言わないと密かに身構える。
「そういえば、君は何故ナタデココが嫌いなんだ?」
「え、そうね・・」
身構えた分、肩透かしをくらった気分だ。
いつもだったら突飛な方向に話が向かってもおかしくないのに、流れ上何もおかしくない、本当に普通の質問だった。
ただ急に興味が沸いたとか、そんなことだろうか。
聞かれて特に問題があるわけでもなく、何が理由で嫌いだったかと詳しく思い返してみる。
「あの・・食感かしら」
「ほお」
「ほら、何かあの噛み切れそうで噛み切れない感じ。最初はただコリコリした歯ごたえかと思えば、噛んでるとずっとぐにぐにして口の中に残るあの感じが、ちょっと許せないのよね」
「あー、確かにそうだよな!俺も、イカが噛み切れないとき、何かイラっとするぜ」
にんじん大好きうさぎさんが、会話に混ざってくる。
「ああ、確かに似てるわね。そうそう、そんな感じ」
「では、お嬢さんはイカも苦手なのかな」
「ん~、そう言われると、イカは美味しいから苦手とまではいかないわね」
イカは美味しい。
パスタやパエリア、揚げてイカリングも美味しい。
焼いてタレを塗っただけでも美味しい。
じゃあ、ナタデココはどうだろう。
そもそも、ナタデココってどんな味だったかしら?
「ナタデココって、何味っていうのかしら」
「原料は、確かココナッツだな」
「でも噛んでるとどんどん味気なくなってくるのよね。それも嫌なのよ。似たようなものでアロエとかなら、すぐ噛み切れるし問題ないんだけど」
何故だかよく一緒にヨーグルトに入っている。
飲み物にも入っている。
仲良しなタッグだが、私には理解できない。
「・・・噛んでないで、さっさと飲みこんじまえばいいじゃねぇか」
エリオットが理解不能と言った顔で、首を傾げる。
確かにそうだ、彼の言うとおり。
さっさと飲み込んでしまえばいいのだ。
「・・でも歯ごたえがあると思うと噛んじゃうし、噛むと噛み切りたくなっちゃうのよね」
「獰猛だな」
くっくっと楽しそうにブラッドは笑って話を聞いている。
「だが、実に意地っ張りな君らしい」
「褒めてないわよね」
「いいや、そこが可愛らしいと思っているよ」
思わず両腕をさすってしまった。
「似合わないからやめた方がいいわよ。寒気がしたわ」
「君はさり気なくひどいな。・・まあ、そんなつれないところもいい」
寒気に加えて、半眼になってしまった。
「そうだな・・・君がずっと口の中でナタデココをコリコリぐにぐにと弄んでいるのを想像すると何とも・・」
「弄んでなんかいないわよ!人の発言を勝手にいやらしくしないでちょうだいっ」
「おや、私でなく君が自分で言ったんじゃないか。口の中でナタデココを・・・」
「黙ってちょうだい」
本気で睨みつければ、にやにやといやらしく笑いながらまた両手を打ち鳴らす。
今度は何よ、と現れた使用人の方も睨みつけてしまう。
「なんでしょうか~」
「フルーツポンチを」
「わかりました~」
「・・・・ブラッド?」
名前を呼ばれた相手は、視線だけをこちらに返す。
愉しくて仕方が無いと言った風に細められた翠碧の瞳。
だが、何も答えない。
「ちょっと・・・私は食べないわよ」
「・・・・・」
やはり何も答えない。
無言で紅茶を優雅に飲んでいる男を不審げに見つめる。
エリオットは不思議そうにしながらも、にんじんスイーツをもりもり食べ続けている。
やがて、半透明の涼しげなガラスの容器が3つ運ばれてきた。
音も無くそれらは、3人の前に並べられる。
薔薇の透かし模様が入った美しい器。
ソーダ水の中に、食べやすいように切られた各種フルーツと、そしてナタデココが沈んでいる。
折角運んできてくれた彼女の前で、食べないというのも気が引ける。
取り合えず置いてもらって、彼女が去るのを見送ってから口を開いた。
「だから、私は食べないわよって言ってるんだけど」
「んじゃあ、あんたは果物だけでも食べろよ。ナタデココは俺が食べてやるからさ」
私の目線が涼しげな器の中を覗いているのを見て、エリオットが笑顔で提案してくれる。
ふわふわの耳の優しいうさぎさんの言葉に、つい笑みを浮かべれば横から咳払いが聞こえた。
「何よ。言いたいことがあれば、言えばいいじゃない」
「お嬢さんが、黙って欲しいと言ったからな」
どこまでも人を馬鹿にしている。
苛々しているのが分かっているのだろうに、気にした様子も無くそのままエリオットに話しかけている。
「エリオット、人のものを横取りするのは良くない。お嬢さんは苦手といっただけで、食べられないとは言っていないじゃないか」
「で、でもよ」
ちらちらとこちらを向くエリオットは、心配そうだ。
少し垂れたうさぎ耳を見て、ため息を吐いた。
「本当に、食べられないわけじゃないから大丈夫よ、エリオット」
お腹が一杯というわけでもないのに、わざわざ出してくれたものを残すわけにはいかない。
仕方なく、添えてあるスプーンを持って、その上にナタデココを乗せる。
こんな面倒くさいことになるとは思わなかったが、こうなってしまったからにはさっさと食べてしまうに限る。
エリオットが言うとおり、噛まずに飲み込んでしまえばいいのだ。
「・・・!ちょっ」
そう思って持ち上げたスプーンは、向かいから伸ばされた白い手袋に手首ごと掴まれて、方向を無理やり変えさせられる。
気がつけば、スプーンの先は身を乗り出すようにしたブラッドの口の中へと消えていた。
呆然として目の前にある顔を見つめる。
ブラッドはスプーンを銜えたまま、にやりと笑った。
「!!!何やってるのよ!」
手首を掴んでいた手が緩んだ隙に、急いでスプーンから手を離す。
スプーンを銜えたまま、ブラッドは身体を後ろに引いて席に座り直した。
「あなたついさっき、人のものを横取りするのは良くないって言ってたわよね」
「ああ。だが、やはり嫌そうな顔をしてまで食べさせるのも忍びないと思って、な」
口からスプーンを外して指先で回しながら、しれっと答える。
ふざけた気まぐれ男のせいで、スプーンがなくなってしまった。
思った瞬間に、ブラッドの分として置かれていたスプーンを、代わりに寄越される。
受け取る気になれずに、じとっと相手の顔を睨みつければ、にやにやと笑いながらこちらを見ている。
「・・・今度は何よ」
「ああ・・・この食感は確かに、くせになるな」
「!!!!!」
ぐわっと顔に血が上る。
「口に入れたときの少し硬くてこりこりとした食感が、徐々にやわくなっていくのもたまらない」
「・・あ・・あなたって・・」
「どうした、お嬢さん。顔が真っ赤だが」
「ほんっと信じられない!!!」
耐え切れずにバンッとテーブルを叩いて立ち上がれば、エリオットが宥めようとおろおろとし出す。
睨みつけられたブラッドは、実に愉しげに笑った。
◆アトガキ
2013.6.28
ネタ帳に、ナタデココとだけ書いてありまして。
関連して思い出される単語は、お茶会、アリス、ブラッド、エリオット、ちょっと卑猥。
・・・何を書こうとしていたんだ、自分。
と、いうわけで上手く思い出せませんが、過去の自分からのお題ということで頑張って書いてみました。
どうしようもない仕上がりですいません・・。
あ、アリスには勝手に苦手意識を持たせてしまいましたが、私はナタデココ好きです。
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