九官鳥



『クビヲハネヨッ』

甲高い声が聞こえてきて、びくっとする。
アリスは、恐る恐る扉をそっと開いて中を覗いてみた。
ハートの城の謁見室。
毎度のことながら、いわれなきに等しい罪で引っ立てられた城のメイドさんや兵士たちが列に並ばされ、女王の裁決で死刑にされようとしていた。
全く、少しでも他の領土での滞在時間が長くなるとこれだ。

『クビヲハネヨッ』

またも聞こえてきた甲高い声に指示を受けて、槍を持った兵士が裁決を下されたメイドを拘束して連れていこうとしている。
ここで見過ごせば、どこに連れていかれるかは知らないが彼女の末路は逃れられないただ一つしかない。

「ビバルディっ今帰ったわ!だから、お仕事は中断してお茶でもしましょう」

真っ向から止めてと言うより、さっさとその気を他に散らした方がはやい。
仕事を中断させるなんて普段ならそんなことさせないが、これは最早やらなくてもよい仕事だ。
中断させることに、なんら躊躇することもない。
すでに裁決がくだされてしまったものも取り合えずは執行を中断させて、機を窺ってさりげなく書類を白紙に戻してしまおう。
そう考えながらも、ことさら笑顔で高みの壇上を見上げる。

「おや、アリス。やっと来たのか、わらわは待ちくたびれた」

立派な椅子につまらなそうにもたれかかって、片手に持つ錫杖をふるっていた赤いドレスの女性がちらりとこちらを見て気怠げに答える。

「クビヲハネヨッ」

と、またどこからか甲高い声で死刑を命じる声がした。
アリスは目線の先の女王をまじまじと見た。
ビバルディが言ったのではない。

「それは・・・」

「ん、ああ。これは九官鳥だよ」

女王の椅子の脇にT字型の止まり木が置かれ、足を紐で繋がれた黒い鳥が一羽そこにとまっていた。

「九官鳥・・・」

「いつも同じ趣向ではつまらないからな。たまには、別のものに采配でもさせようと思うてな」

女王が九官鳥に向けて手をひらりと揺らめかせれば、止まり木の上でバサバサと羽ばたきながら、鳥はコウシュケーッと叫んだ。

「・・・・・」

どうやら締首刑と言っているらしい。
笑顔の口元が僅かに引き攣る。

「良いだろう。わざわざわらわが考えなくとも、こいつが勝手に死刑の方法を選んでくれるのじゃ」

良い子、と優しい微笑みを鳥に向ける女王は常に無く穏やかなように見えるが、内容は普段通り物騒なものだった。

「まあ、たまにはわらわも口を出すが・・・たびたび面倒だと思っていた死刑の仕方を勝手に決めてくれるのも、悪くは無い」

「・・・・・・・」

死刑以外は無いのかとは言い出せなかった。
黙り込むアリスに何を思ったのか、ビバルディは「そうじゃ!」と手を叩いて立ち上がった。

「お前にこいつを預けよう。部屋で共に過ごしてお前の言葉を教えておやり」

名案だと言わんばかりに期待に満ちた目をしている。

「でも、私そんなに独り言も言わないし、覚えさせるような口癖なんて無いわよ」

アリスは鳥とビバルディを交互に見遣る。

「何でも良いよ、お前の言葉なら。きっと何でも、楽しいだろう」

「・・・・・」

いや、彼女が楽しそうにしているのは、場合にもよるが、私も嬉しいから良いのだけれど。
それに、こんなことで退屈が紛れて無意味で物騒な裁判が減るならこれ以上文句はない。
・・・おそらくは、飽きるまでの一時的なものにしかならないだろうけど。
心の中でため息をついて、アリスは九官鳥とその鳥かごを部屋に招き入れることになってしまった。



「アリスっ聞きましたよ!!」

部屋の扉を大きく開けてお城の宰相様が駆け込んできたとき、アリスは何を教えようか迷いつつも取り合えずは定番の「こんにちは」を教えてみようかと、九官鳥に向かって挨拶を繰り返していたところだった。

「・・ペーター。部屋に入るときはノックして、返事を待ってからにしてちょうだいって私何度も・・」

そんな最中に入られたことに何となく恥ずかしさを感じつつ、いつもどおりの文句を述べるが、やはりこれもいつもどおり、長い耳のうさぎさんはさっぱり話を聞いてはくれない。

「そんなことを言っている場合ではありませんよっ。あなたの部屋に女王陛下が鳥なんかを入り込ませたと聞いて、もういても立ってもいられずに来てしまいました」

「そんなこと?私にとっては重要なことなんだけど。あ、鳥はここよ」

部屋の入口からは自分が立っていてよく見えないだろうと、アリスは少し体をずらした。

「あのね、ペーター。入り込ませたなんて、これはただの鳥よ」

ペーターは侵入者を前にしたかのように眉を寄せて、その赤い瞳を細めて睨みつけているが、ここにいるのは喋りはするがただの鳥、九官鳥だ。
彼が心配しているだろう間違いなど、起こりようも無い。
呆れて見ているが、ペーターはそれ以上部屋に入ってこず、だが立ち去る様子も無い。

「で、何の用かしら?」

「・・・そんなもの今すぐ外に出してくださいっ」

「・・・・は?」

「鳥だなんて!いったいどんな雑菌を持っているか分からない生き物が、あなたに触れるだなんて僕には堪えられません。ましてや、部屋に入れるなんて全く、不潔極まりない!」

「・・・・・」

憤慨したように顔を赤くして、その長い耳をふるふると震わせながら握りこぶしで力説するペーターは、視線で鳥を射殺しそうな勢いだった。
まるで自分が不潔だと言われた気にもなるが、今はそれよりも先に釘をさすことが先決だ。

「・・・撃ち殺すなんて、止めてよね」

ペーターは今にもその肩から下げたチェーンの先の金色の時計を銃に変えて発砲しそうだった。
いや、釘をささなければ撃っていたに違いない。
途端に、彼の顔に不満げな表情が浮かんだ。
・・・殺るつもりだったのか。
先手を打っておいて正解だった。
何しろこれは女王陛下からの預かりものだ。
勝手に殺してしまったとあれば、ある程度の癇癪は覚悟しなくてはならないだろう。
たとえ犯人が自分ではなく城の宰相様だとしても、起こりうる悪い事態に否応無く巻き込まれてとばっちりを受けるのは、罪の無い城の使用人や兵士達だ。

「では・・・焼殺す・・」

「殺すんじゃないって言ってるのよ」

諦めきれない様子のペーターに、再度言い含める。

「でも、でもそんな雑菌だらけのものがいては、僕が部屋に入れませんっ」

どうやら一歩も動かなかったのは、そういった理由らしい。
・・・それは、好都合だわ。
口には出さずにアリスはそっと思った。
思いがけず、この鳥はボディーガードになってくれたようだ。
そう思えば、途端に愛着が湧く。
不服そうに、他の部屋に移動させようと駄々をこねるうさぎをぐいぐいと部屋から押し出した。



「あれっ、まいったなー。こんどこそ自分の部屋に辿り着けたかと思ったんだけど・・・」

エースは鍵のかかっていた部屋をこじ開けて、一歩中に入って辺りを見渡してから呟いた。

「コンニチハ」

「ん?あー、なんだ君の部屋だったのか」

どこからか聞こえてくる城に滞在している余所者の少女の声。
少し声が高いような気もするが、気のせいかとスルーする。

「ごめんなー鍵壊しちゃってさ・・・城の人に言っておくから怒らないでくれよ」

「ハイハイ」

即座に返事は帰ってくるものの姿は見えない。
呆れ混じりのその声の出所を探してきょろきょろと辺りを見渡し、部屋の角に置かれていた鳥かごに気が付いた。

「ん、あれ?何でこんなところに鳥なんかがいるんだ?・・・あー・・・、もしかして、これ君が用意してくれたのか」

俺が何も食べてなくて腹ぺこなの、ばれちゃってたかと頭をかいた。
騎士として恥ずかしいけど、こんなサプライズが用意されてるなら恥も掻き捨てだ。
何だか使い方が違う気もするがスルーする。

「ありがとうな、アリス!」

「撃チ殺スンジャナイワヨッ」

間髪を入れずに返ってきた言葉にきょとんとする。
殺さなければ、食べることは出来ない。
顎に手を当てて暫し考えてから、閃いた答えに一人頷いた。

「大丈夫だぜ!撃ち殺すんじゃなくて、きちんと切り殺すからさ」

我ながら良い答えだ。
それにしても、君が言葉遊びが好きだったなんて思わなかったな。
そういうのは猫くんの十八番だし。
ああでも、俺はそういう難しいのは苦手だけど、君は本を読むのも好きだもんな。
そんなことを考えながら、本を良く借りに行くという相手の顔を思い浮かべる。
何だかもやもやして切っちゃいたくなったが、目の前の鳥を見て気持ちを切り替えた。

「それじゃ、君の好意を有り難くいただくぜ!」

エースは大剣を片手に構えて嬉しそうに笑った。



「アリス様・・・・っ」

庭で仕事をしていると、困った顔をした二人の同僚が駆けてきた。
様は付けなくて良いと言っているのだが、付けたくて付けているんですわとはにかんで言われては、それ以上は言えない。
彼女達が嫌いなわけでもないし、出来るなら仕事友達のようになりたいのだ。

「どうしたの?」

見合わせる不安そうな顔の中に、何か見慣れた表情が見えた気がして嫌な予感がする。
例えばそれは、アリスの元によく持ち込まれる城の中での困り事を伝える時の顔だ。

「あの、アリス様のお部屋から煙りが・・・」

聞いた瞬間、ハサミを持っていた手に力を込めてしまった。

ジャキン

高い金属のこすれ合う音がして、丁寧に世話をしていた薔薇の花が一輪、ぼとりと落ちる。

「あ、ごめんなさい」

「いいえ。この場はお任せください」

だから早くお部屋へ、と声に出さずに促されて短く礼を告げて走り出す。
エプロンとメイド服のスカートの裾を引っつかんで駆け込んだ先、アリスのものも含めて、部屋がいくつも並ぶ廊下にはすでにうっすらと靄がかかっていた。
煙くさい。
煙りをあまり吸い込まないように口元にハンカチをあてて自室へと向かえば、扉の隙間から漏れ出てくるそれにどうしたものかと使用人たちが数人集まっていた。
開けてしまって良かったのに。
思ってから、やっぱり開けなくて良かったかもしれないと思い直す。
中にいるのは間違いなくあの男だ。
それと対峙することを考えれば逡巡もするだろう。
姿を見つけて口々に声をかけてくる同僚たちに大丈夫だからと伝えて、ドアノブに手をかけた。
鍵は・・・・この分だとおそらく。

カチャリ

やはりというか、鍵をこじ開けられていた扉は難無く開き、そして更に大量の煙りが廊下へと逃げ出してきた。
顔の前に押し寄せたそれらを慌ててしゃがんで避けて、煙りが抜けた先の部屋の中へと踏み入れれば。

「エースっ!!!!」

「あれ・・・?やあ、アリス」

案の定、眩しいほどの笑顔を向けてくるこの城の騎士様が、人の部屋の中で火を焚いていた。
いつもいつもいつも・・・・何度注意しても室内でアウトドアをしようとするその悪癖は治らない。
いつの間に外に出ていたんだ?気がつかなかったぜとか、わけの分からないことを喋っているエースを睨み付ける。
口を開いて怒鳴り付けようと息を吸い込んだ時、それに気が付いた。

「・・・あんた、それ・・・・」

燃える匂いの中に、肉が焼ける香ばしい匂いがする。
エースの片手に握られている、串にぶっささった何かの肉。
即座にアリスの頭の中で浮かんだ姿は、見渡した視界にいない。
見つけたのは、開かれた空の鳥かごと散らばる黒い羽の山。
アリスの握った拳がわなわなと震える。

「あ、ありがとうなアリス!ずっと何も食べて無くってさ、本当に助かったよ」

美味いぜ!と言って、持っていた元九官鳥の肉にかぶりつくエースにずかずかと近寄り、握った拳をその脳天に振り下ろした。

「!!ったー・・・いきなりひどいぜ」

「ひどい、じゃないわよ。人の部屋に人がいない間に入り込んで、あんたこそ何勝手にやってんのよ」

「えー・・君の部屋だからいいだろう?」

「何が、どう、良いのよ?それに・・それ!!!九官鳥!!」

「うん、美味いぜ。あ、アリスも食べたかった・・」

「違 う わ よ」

その米神に両拳を押し当ててぐりぐりぐりと容赦なく圧を加えるも、笑いながら食べ続けるエースの神経が知れない。
無神経だから痛覚も無いのかもしれない。
疲れた両手をだらりと垂らして重苦しい溜息を吐き出した。

「エース。それ、食用じゃないから」

「え?!そうだったのか?」

この男の脳内は筋肉か。
完全に見下しているアリスに構わず、まいったな食べちゃったぜと頭をかいている。
そう。
九官鳥は焼き鳥になってしまったのだ。
食べかけで返されてももうどうにもならないのだから、いっそエースに食べきってもらった方が良いかもしれない。
エースの栄養になるというところが、本当に嫌だけれど。

「それ、ビバルディから預かってた九官鳥だったんだけど」

「え、陛下からって・・それ本当?」

「本当よ」

あちゃー、じゃないわよ。
自分の目線が冷え冷えしていることにやっと気がついたようだ。
エースはバツが悪そうな顔をして謝って来る。
そういうところは往生際がいい。

「でも、そうか。食用じゃないって聞いてやっちゃったと思ったけど、陛下のならいっか」

こういうところが、最悪だ。

「いいわけないでしょう。それもう食べるんならさっさと食べちゃって、片付けて、ビバルディのところに謝りに行くわよ」

「えー・・。あ、そうだ。美味しいから陛下にもお裾分け・・」

「しなくていいわよ!!」

確実に、ビバルディの神経を逆撫ですること請け合いだ。
何て言って彼女を宥めようかとフル回転させていたが、この男を一緒に連れて行かせることがすでに頭痛をもたらしている。
でも連れて行かないと結局は、連れて来いと兵士に命令させるだろう。
謝罪をさせなくても怒るだろうし、目の前に連れてきてもその無神経さに怒るだろうし。

「どうしろって言うのよ・・」

がんがんと痛む頭を抱えたアリスの口元に何かが突きつけられた。
目を向ければ、エースが笑顔で元九官鳥だった焼き鳥をつきつけてくる。

「アリス。エネルギー補充した方がいいぜ」

「・・・・」

どの口がそんなこと言うんだ。
だが、これから消費する予定のエネルギーのことを考えれば補充は必要だろう。
やけくそ気味に目の前の肉を一口齧る。
それを見てエースは笑顔になる。

「な、美味いだろ?・・・これで、君も共犯だ」

ああ、そうだ、食べてしまった・・・。
何をやっているのかと後悔して、そしてエースの顔をみてげんなりした。
心底嬉しそうな顔をしている。
その脳天に、もう一度力強く拳を落とした。




◆アトガキ



2013.7.9



その後、エースを引きずってアリスはちゃんと謝りにいきました。
ビバルディは、一瞬呆けた顔をした後、アリスも食べたことに爆笑したそうな。
めでたし、めでたし。

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