いつだって
何も始まらない
何も起こらない
そんな関わり方を模索してきた
ひとつひとつ手探りをして
相手の顔をそれとなく窺って
始めの一歩を踏み出さぬよう
引かれた線にも近付かないよう
適度な距離を保って
どこまでも慎重に
そうしてここまでやってきた
・・・やってきたのに。
「どうした」
「・・なんでもないわよ」
そうか、と呟いてまた作業に戻るその藍色の頭部をちらと見る。
「・・・・何か、言いたいことでもあるんじゃないのか」
そのままの沈黙が続き、見られていることに辟易したらしい相手は、重いため息を吐きながら胡乱気にこっちを見てきた。
その手から工具が離されて、これはいよいよじっくり腰をすえて話を聞く態勢だわ、と冷静に観察する。
基本的に他人と関わりを持ちたがらない相手にしては、珍しい態度だ。
そしてそんな相手にコミュニケーションを図られているのが自分というこの状況。
・・・滑稽だわ。
でも、そう思うのと同時に沸き上がるものを感じるのも事実で。
「本当に、何でもないわ」
「・・そうか」
言ってから後悔する。
もちろん彼が嫌いなわけではない。
だから咄嗟に返した自分の答えが、余りにも素っ気なかったことに自己嫌悪に陥る。
これではまるで、拒絶だ。
彼が何か悪いわけではない。
・・私が、どうしようも無いだけだ。
「ええ。だから気にしないで、あなたも作業を続けてちょうだい」
ついでに笑顔も付け加える。
にっこりと、自分はちゃんと笑えたはずだ。
だが、笑顔のために閉じた瞳を開いて見れば。
「・・・・え」
相手の胡乱な目線は今や半眼で、睨みつけるような威圧感も漂ってくる。
そして静かに立ち上がって無言のまま近付いてくる。
思わず怯んで少し体を引けば、そのまま脇をスッと通り過ぎて行った。
怒らせた。
そうに違いない。
自分に何も言わずに背後の方に歩いて行ったその姿を、振り返って目線で追うことが出来ない。
膝の上に乗せていた自分の両手をスカートの布ごと握りしめて、きつく瞼を閉じる。
背筋が嫌に冷えて、でも反対に頭は熱がこもってくらくらしそうに熱い。
「・・・・・、・・?」
目をつむってその分少し鋭くなった聴覚に、扉が開けられて、そして閉められる音が聞こえる・・・と、思っていた。
だが、いくら待ってもそんな音は聞こえてこない。
代わりに聞こえてきたのは。
コポコポコポコポ・・・
やがて漂い出す、ほろ苦い香り。
この塔の中ではお馴染みの珈琲の香りだった。
それはふんわりと近付いてきて、コトリと小さな音をたてて目の前に置かれる。
「・・・なんで・・」
「なんだ、いらなかったか」
思わず、首を横に振ってしまう。
「そうじゃなくて・・怒っていたんじゃないの?」
おずおずと目線を上げる。
横に立って自分の分の珈琲を飲みながら、彼はこちらを見て瞬きをした。
「・・・何故私が怒ると思うんだ。怒らせるようなことをしたのか」
「だってさっき・・・」
睨んでいたじゃない、とつい相手を責めるような口調をしてしまいそうで途中で口を閉ざす。
そのまま口ごもれば、盛大なため息が降ってきた。
「私は怒っていない」
「じゃあ」
「ただ、呆れただけだ」
そう言って、自分の席に戻ってまた珈琲を一口飲んでカップを机に置いた。
「話してみろ。また何を考えているのか知らないが聞いてやるから、辛気臭い顔でこちらをじっと見るのはやめろ」
「辛気臭いって・・・」
「また城の宰相にでも追いかけ回されたか?それとも遊園地の猫に引っ張り回されたか?・・ああ、あそこは騒音馬鹿もいるな」
「え・・・・え?」
「もしくは、帽子屋屋敷の連中か?あいつらは全員頭がイカレているからな」
唐突に話に出て来たこの国の知人たちのことに思考回路が着いていけずに目を白黒させるが、そんなことにはおかまいなしに話は続く。
「でもないとすれば・・・エースに旅にでも誘われたか?」
「い、いいえ誘われてはいないし、誘われても行かないわ」
最近は姿さえ見せず、会ってもいない。
大方、どこかで迷って遭難しつつ、壮大な旅を満喫しているのだろうと思う。
「・・なんで、いきなりそんなこと聞くの?」
全く読めない展開に、つい聞き返せば一瞬息を飲むようにして、すっと視線を外された。
「っ・・だから、さっき言っただろう」
「え、さっきって?」
どれが何のことやらさっぱりだ。
だが、問われた方は視線を明後日の方へ向けたままだ。
眉間にしわが寄っているが、こちらを向いている耳元が仄かに赤い。
「お前が・・・、帰ってきてからずっとその鬱陶しい顔をしているから、外で、・・・お前の知り合いとやらと何かあったんじゃないかと・・・」
しどろもどろで話す少し赤い横顔は、滅多に見れないもので。
戸惑っているというか、困惑しているというか。
「・・・はあ、何を言っているんだか」
「そうね」
思わず同意すれば、横目で睨まれる。
「何でも無いなら・・」
「ありがとう、ユリウス」
「・・・?私は何も」
「心配して、話を聞いてくれようとしたわ」
それで、十分だ。
それに。
「なっ・・・心配など!」
「それに、私が辛気臭い顔をしていたのってあなたが原因なのよ」
それを聞いて、相手の眉がきつく寄る。
正反対に、私は満面の笑みだ。
「だって、あなたが悪いんだもの」
「いったい何の話だ」
あなたが、悪い。
私が慎重に図っていた距離を、少し近付きすぎたと思って離れた距離を、その分縮めてしまうのだから。
「ユリウス、あなたが好きよ」
呆気にとられ、直後に真っ赤に染まった横顔。
「なっ、からかうなら・・」
「大好き」
「!!!」
無意識に線を踏みかけるあなたを、もう私は逃す気にはなれない。
◆アトガキ
2013.6.28
ユリアリと書いていて、アリユリなんじゃないだろうか、と。
ユリウス相手だと、アリスがいきなりやる気に満ち溢れればいいと思います。
押して押しまくって、笑顔のままその勢いで押し倒したもの勝ちだと思います。
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