静けさに混じる火の粉



周りの景色に目を向けることもなく、ただひたすらに足を動かして街の中を歩く。
こちらを見て眉をひそめるものもいたが、ユリウスにとってはその視線も、視線を向ける存在すらも無意味ものに過ぎなかった。

「・・・ふん」

仕事でもなければ、自分だってこんなところに来たくはない。
こんな賑やかで人が多い街、など。
というか、極力外に出たくないので、そこが街中だろうと森の中だろうとどこだろうと、ユリウスにとっては同じことだった。
楽しげに買い物やおしゃべりをする周囲に反比例するように、眉間に深くしわが刻まれていく。
早く済ませてしまいたくて、歩みは自然と早足になった。

「・・・・・」

そして、先程から視界に映り込みまくる色彩と特徴的なマークが、ユリウスの機嫌を更に降下させていた。
その領土を表す、トランプのスートと色。
嫌でも目に入るそれは、ここ、ハートの城の城下にふさわしい、赤いハートのマークであった。

イライラ、もやもやする。

そこから連想される人物を思い浮かべれば、苛立ちは増す。
最近、塔の自分の作業室に入り浸っている男、ハートの城の騎士、エース。
ハートの城の役持ちでありながらユリウスの部下でもあるので、訪ねて来ることは別段おかしなことではないのだが、最近は何故か仕事の用が無いときも頻繁に来る。
しかも、仕事を頼むときは忘れているんじゃないかと思うほどに遅れて来るくせに、そうじゃないときはふらりと顔を出すのだ・・・全く絶妙なタイミングで。
思い出して、顔を盛大にしかめたユリウスの元に、背後から抑揚の無い静かな声がかかった。

「・・なんで貴方が、こんなところにいるんでしょうね」

言葉の終わりにかぶさるように聞こえる、銃声。

「っ!!・・白ウサギ・・!」

反射的に時間を歪めて、撃ち込まれる銃弾をギリギリで避ける。
手に握ったスパナを銃に変えて、振り向きざまに撃ち返すも、あっさりとかわされた。
いきなり始まった撃ち合いに、街の中が騒然となる。
舌打ちをして、ユリウスは人気の無い路地裏に走り込んだ。

「顔無しなんかの心配なんて、貴方らしくないですね。こんな面倒くさいこと、僕はさっさと終わらせたいんです」

だから逃げるなと、無感情の赤い目がこちらを見ているのが分かるが、はいそうですか、と立ち止まるわけにも行かなかった。
面倒くさいということには、大いに同意するが。

「・・・っ」

はねる髪の先が、避け切れなかった銃弾に散って、宙に舞う。
それでも、無関係なものを、こんなくだらないルールに巻き込んで、自分の仕事を増やす気にはなれない。
・・・そして、理由はそれだけではなかった。

パンッ

「・・・はあ。彼女に免じて、今日はこれくらいにしておいてあげます」

「・・・・・」

「本当に、体力ないですね」

撃ちながら街中を散々走り回り、とうとう立ち止まった相手に、ペーターは一発だけ銃を撃ち込む。
彼女に免じて、という言葉から、ペーターにも、どうしてユリウスが街中から離れて行くのかは分かっていた様だった。
息を整えていて返事を返せないユリウスに、呆れてため息をつく。

「そんなようでは、彼女を十分満足させられないんじゃないですか」

「・・っ・・お前にそんな心配をされる筋合いは無い!」

銃から戻したスパナを持ったまま言い切る相手を、ペーターは冷めた目で見遣る。

「自分の身を守るのも精一杯な輩に、アリスを任せておけるほど、僕の心は広くないんです」

ユリウスは黙り込む。
路地裏に、重苦しい沈黙が下りた。

「あっれー、そこで黙り込んじゃ駄目じゃないか、ユリウス」

「っ!?・・・・エースっ」

路地の先から現れた、赤いコートのハートの騎士に、ユリウスはぎょっとする。
そして、エースに腕を掴まれて一緒に路地裏から出てきたのは・・。

「ああっアリス!!!わざわざ会いに来てくださったんですか?!嬉しいです!さあ、遠慮なく僕の胸に飛び込んで来て下さいっ」

「・・・離してちょうだい、エース。ペーターも、邪魔よ!!」

「えー、ひどいな。俺が教えてあげたんだから、君は間に合ったんだろう」

掴まれた腕を振り払ってエースを睨みつけたアリスは、飛び掛ろうとしたペーターを押しやって、呆然としているユリウスの元に駆け寄った。
銃にもなるスパナを握り締めたままだった、ユリウスの右手をそっと両手で包み込む。
その手は、微かに震えていた。

「・・・アリス」

躊躇いがちに呼べば、俯いていた顔をさっと持ち上げて、ユリウスの方をきっと睨みつける。
アリスの、昼間の空のように澄んだ蒼い瞳。

「心配、したんだから」

睨むと同時に、右手を包むアリスの手にぎゅっと力が入る。
もはや、力の限り握り締めているアリスの両手に、そっと空いている左手を重ねた。
こちらを睨んでいた、その瞳の光がふっと陰って、眉根が力なく下がった。

「あなたに何かあったら、どうしようかと思ったのよ」

「・・・・エース・・」

小さく呟くアリスから視線を移し、路地の先でにやにやとこちらを見ているエースを睨みつける。
仕事で出かけたユリウスの代わりに、アリスは部屋で留守番を引き受けてくれたはずだった。
それが、ここにいるということは。

「だって、恋人同士なんだろう?だったら、知りたいはずだ」

相変わらず底の見えない、爽やかな笑顔でエースは続ける。

「だから、教えてあげた。きっとそろそろ、ユリウスがペーターさんと撃ち合いになるはずだ、ってさ」

「エース!!」

思わず、怒鳴る。
何で怒るんだよーとからからと笑う赤い騎士に、今度こそ殺意が沸くが、アリスの手がユリウスの手を掴んだ。

「エースの言うとおりよ。何も知らないままなんて、いやよ」

「・・っ、こんなくだらないルールは、お前には関係ないだろう」

「っ!!」

頬を引っぱたかれたような顔をするアリスを、見ていられなくてユリウスは視線をそらしてしまった。

パァン

「っと・・あっぶないなぁ、ペーターさん」

ユリウスに向かって発砲された弾は、エースが剣で弾き飛ばしたようだった。
そのままユリウスの前に立って、大剣を構えたまま隙なく同僚の様子を伺っているが、ペーターはそんな人物など眼中にないかのように、ユリウスを睨みすえている。
ユリウスに、銃弾と同じように鋭い、ペーターの視線が突き刺さる。

「アリスを幸せに出来ないようなら、死んでください」

「ペーター!!!」

焦ったように、ペーターに向かって叫ぶアリスを、背後に押しやってその長身で隠す。
なおも出てこようとするアリスを、片腕で制しながら、ユリウスはきっぱりとペーターに告げた。

「次回の撃ち合いは、こんな間の抜けた終わりにはしないと約束しよう」

「ちょ・・ちょっと、ユリウス!」

「おっ、ユリウス!男を上げたなっ」

いきなりの宣言に、アリスは面食らった顔でユリウスに詰め寄るが、エースはにやにやとして大きく頷いている。
その赤いコートの首根っこを掴んで、ペーターの方に力の限り押しやる。

「そのために、まずはお前の同僚をどうにかしろ」

「ええっ?なんだよ、ユリウス!」

「・・・いきなり、何を言い出すのかと思えば。僕だってこんな同僚いりません」

「ちょっと、ペーターさんもひどいんじゃないか」

押しやられてぶつくさ言うエースから、さりげなく距離を取って、ペーターはすげなく返す。

「そもそも、貴方の部下なんでしょう?ちゃんとしつけをしてください」

「いらん。熨斗をつけて返してやろう」

「僕もいらないんで、謹んでお返しいたします」

その様子を、呆気に取られて眺めるアリスの前で、エースが大剣を静かに鞘に収めた。
そして、収めた手を頭にあてて、何故か照れたように笑う。

「はははっ・・ちょっと、やだなあ、二人とも。俺を取り合って争ってくれるなんて、照れちゃうぜ」

「取り合ってなどいない!」

「ええ、非常に不愉快ですが、貴方に同意します。気色悪いんで、いなくなってくれませんか、エース君」

「・・仲いいなあ。妬けちゃうぜっ」

今度は口をそろえて、反論する二人に、エースはまいったまいった、と苦笑している。
アリスは、そんなエースを半眼で睨みつけた。

「あなたって、本当に馬鹿よね」

脱力した一同の溜め息と、ハートの騎士の爽やかな笑いが、昼間の薄暗い路地裏にこだました。



「で、ユリウス。あなた、なんで最近そんなにエースに冷たいの?」

ついて来たがったエースに引き受けたばかりの仕事を押し付け、ハートの城の城下街から塔に帰ってきた。
向かい合わせに座って早々、アリスは珈琲の入ったマグカップを両手で抱えながら、ユリウスに尋ねた。

「・・・・」

なんでも、何も無いのだが、答えたくなくてユリウスは押し黙った。
マグカップに口を付けながら憮然としているユリウスの顔を、作業机を挟んで向かいの椅子に座るアリスは下から覗き込んだ。
すっと逸らされる視線に、首を傾げる。
しかめられた顔は、一見怒っているようにも見えるが、よく見れば耳と首元がうっすらと赤い。
質問の答えにも、そして何故ユリウスが赤くなっているのかもさっぱり検討がつかず、アリスはそのままユリウスの顔をじっと見つめてみる。

何かを言おうとしては口を開きかけ、躊躇っては閉ざす。
これは長期戦かしら、とアリスはマグカップを置いて、ユリウスが話すまで待つ姿勢になった。
しばし、同じ動作を繰り返していたユリウスは、不意にがたんと椅子を引いて立ち上がる。
その動きを目で追っていたアリスの方に、すっと左腕が伸ばされる。

「・・・えっ・・!?」

いきなり、机の上で重ねていた腕を引っ張られた。
体勢を崩したアリスは、慌てて手を机につく。
アリスを引っ張った腕は、そのままアリスの肩を抱くように回され、空いていたユリウスの右手がアリスの顎の下に添えられる。

「ちょっ・・ユリウっ・・・ん・・」

驚く間もなく、覆いかぶさられ視界が暗くかげる。
思わずあげた抗議の言葉は、紡ぐ前にユリウスによって封じられた。

「ん・・・んんっ」

反射的に逃げようとするアリスの体をユリウスは難なく押さえ込み、空気を求めて薄く開かれた隙間から、ぬるりと忍び込ませる。
白く柔らかな首元と、耳に指を滑らせれば、ひくりと体が震える。
苦しげに眉根を寄せてあえぐ唇を、最後にちゅ、と音をたてて吸えば、アリスの腕から力が抜けた。

「~~~っ」

両腕に支えられて静かに机に下ろされて、アリスはぐったりと息をつく。
そのまま真上の相手の顔をねめつければ、ユリウスはふっと笑う。

「あっ、あなたねぇ・・・危ない、じゃないっ」

マグカップを避けて机にうつぶせになり、ぜえはあと息を整え、先ほど口に出来なかった抗議をすれば、ユリウスの口角は更に上がった。
久しぶりに見る、意地が悪そうで・・そして、満足げな顔。
ふと、アリスの脳裏に、最近良く見る光景が思い出された。
そういえば、ユリウスがアリスに腕を伸ばしかけて、何度もその腕が戻されたことがあった。
その度に何だろうと思うのだが、次の瞬間には扉を開けて、赤いコートの男が元気良く入ってくるものだから、ついそちらに気を取られてしまっていたのだ。

「・・ま、まさか・・」

まじまじと頭上のユリウスを見上げれば、さらりさらりと艶やかな藍色の髪の毛が流れ落ちてくる。
その中で暗く煌く宝石から目が離せなくなる。
藍色の深く綺麗な瞳。
最近ずっと不機嫌だったそれは、今は甘やかに細められて、アリスのことをじっと見下ろしている。
そっと静かに近づく距離。
今度は、アリスが押し黙る番だった。




◆アトガキ



2013.1.25



いい雰囲気になったところで、毎回乱入してくる赤い部下に、青い上司いらいらするの巻。

ユリウスって撃ち合いをどうこなしているんだろうか。。
同じように謎なナイトメアと・・・キング。
正攻法じゃない、何かを持っているはず!
・・・ちなみにキングの撃ち合いネタでお話を考え中です。
あ、別段キングが好きなわけではありません。
(キング好きな方がいたら、大変申し訳ないのですが。)

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