「あちっ」
伸ばしていた指を反射的に引っ込めたアリスは、赤くなった指先を眺め嘆息した。
「あー………」
何時ものように珈琲を淹れていたはずなのに、ぼんやりとしてしまったようだ。冬の冷気のせいで上手く指が動かせなかったことも災いして、予想したよりも広範囲に渡って火傷してしまっていた。
「………アリス?どうかしたのか?」
「あ、ごめんなさいユリウス。直ぐに珈琲を持って行くわね」
顔を上げたユリウスに返したアリスは淹れたての珈琲を二人分運んで行った。
「今回はクッキーを作ってみたの。……最近働き詰めだけど、たまには休んだ方がいいわよ?」
「ああ……」
眉間を揉みほぐしたユリウスが、ふとアリスの手元に視線を落とした。
「お前のそれ……まさか火傷したのか?」
「あ、気付いちゃった?」
気まずい気持ちでアリスは苦笑した。そこまで温度も高くなかったので、手当ては後回しにしてしまったのだ。それに、薬を塗った手でクッキーを食べるのも気が引ける。
「大丈夫、食べ終わったら直ぐに手当て―――」
最後まで、言葉を口にすることは叶わなかった。じっとアリスの指を眺めていたユリウスが、唐突に火傷した箇所を口に含んだのだ。
「え、ちょ……ユリウス!?」
まだ用意している途中だったので、アリスは立ったまま、ユリウスも椅子に座ったままだ。動揺している内にユリウスの舌先が指を突き、じんじんと痛む所に刺激が加えられる。
「っう、ぁ……」
「………じっとしてろ。跡が残ったらどうする」
上目遣いに見られ、アリスは赤くなった頬を隠すように顔を背けた。
身体中が熱い。触れられているのは指だけなのに、何故こんなに恥ずかしいのだろう。
「じゃ、指離し……」
「………駄目だ」
「なん、で」
「お前は、このまま私が気付かなかったら隠す気でいただろう?その仕置きだ」
「っ、それ…は……」
否定出来ない。言葉に詰まるアリスに、ユリウスは少し微笑んだ。普段は余り見せない、何処か艶めいた微笑。
「ふ、ぁ」
がくんと膝が折れる。床にくずおれる前に、素早くユリウスが脚を掬った。
「……せっかくの珈琲が、冷めちゃうわ」
せめてもの抵抗として、アリスは抱えられたまま身を捩った。だが、その儚い抵抗も難無く押さえ込まれ、ソファーに下ろされる。
「たまには休息も必要だろう?最近働き詰めだったからな」
「………意地悪」
先程言った言葉を繰り返され、アリスは思わず口を尖らせた。だが、のしかかられて唇を重ねられれば、もう虚勢も何もあったものではない。
少しだけ乱暴な口づけに、涙が滲む。漸く離されて、酸欠状態のまま真上の精悍な顔を見上げると、ユリウスは何も言わずにそっと指を絡めてきた。火傷の箇所になるべく触れないようにと配慮した所作に、自然と笑みが零れる。
彼は何時もそうだ。壊れ物を扱うように、彼女に触れる。何処までも不器用で優しい、この人らしい。
やがて、服が肌を滑り落ちていった。
辺りが明るい。あれから何時間帯経ってしまったのか判らないが、先程の時間帯が妙に長く感じられただけで、そこまで経過していないだろう。
そう考えながら怠い躯をソファーに横たえていると、いつの間にか起き上がっていたユリウスに手を取られた。
「………まだ赤い」
「大丈夫よ、気にならないから」
顔をしかめたユリウスに笑いかけると、ユリウスは仏頂面のまま首を振った。
「そうはいくか。待っていろ、薬を持って来る」
「………っ」
するり、と傍で感じていた熱が離れていく。そのことに自分でも奇妙な程に動揺して身体を動かせば、驚きに目を見張るユリウスと視線が重なった。
「あ……ごめんなさい」
上体を起こしたまま、アリスは気恥ずかしさを堪えるように俯いた。
「……………」
暫し無言を貫いていたユリウスの口から、ややあってため息が漏れる。びくりと肩を震わせそろそろと彼の顔を窺うと、彼は相変わらずの仏頂面に僅かに困惑を滲ませていた。
「………仕方のない奴だ」
ふわりと抱きすくめられ、アリスは漸く自分が泣いていたことに気付いた。
「ユリウス………」
縋るように名を呼べば、彼は一瞬だけ迷う素振りを見せた。だが、立ち去ることはせず黙ってアリスを抱きしめていた。その温もりに、アリスは安堵したように微笑むとユリウスの胸元に頬を擦り寄せた。
「アリス?……寝た、か」
少女の規則正しい寝息を確かに聞き、ユリウスはそっと息を吐いた。
未だに赤い指先が白い肌の上に奇妙な程鮮烈に感じられ、ユリウスは瞑目する。
(………この火傷が残ればいいなどと)
一瞬だけ、脳裏を過ぎった考え。その考えを打ち消すように、ユリウスは立ち上がった。
その時、僅かに引く力を感じ、彼が振り向くと眠る少女の細い手がシャツを掴んでいた。
「……ユリウス………」
少女の眦から零れる涙。普段の彼女からは感じられない透明で儚い印象を受け、彼は動揺した。
「おい……泣くな」
恐々と頭を撫でると、少女の亜麻色の髪の毛がささくれている指先に引っ掛かった。髪を傷付けることのないように丁寧に取り除くと、温もりを求めるように少女が身じろぎした。
これでは治療は出来ないだろう。諦めと共に息を吐き出した彼は、少女の指先に手を当てた。怪我をした箇所が光り、元の白さが戻る。
「………どうも、こいつには弱い」
ソファーに腰掛け、起こさないようにそっと彼女の手を握る。冷たい指先に、少しでも温もりを与えられるように。
やがて、少女が口許に微笑みを浮かべる。それを確認したユリウスもまた温もりに誘われるがままに目を閉じた。
「たっだいまーユリウス!!今回はなんと記録更新……って、あれ?」
上司の都合もお構いなしに勢いよく扉を開けたエースは、作業机に時計屋がいないことに気づいて目を瞬かせた。
「あれ、ユリウス……って、あー」
開けっ放しにしたドアもそのままに狭い部屋に立ち入ると、ソファーに時計屋と余所者の少女が並んで眠っていた。
「うわあ………幸せそうな顔しちゃってさ。妬けちゃうなあ」
冗談めかして言うも、彼の表情は存外に柔らかかった。そのまま二人に歩み寄ると、落ちていた毛布を彼らに等しく掛ける。満足げに頷いたエースは、そのまま身を翻した。時計を机に置き、ドアの外へ向かう。
「今はそっとしとくよ。その代り、後でたっぷり聞き出すから覚悟しといてくれよな」
返事はない。だが、彼は気にせず退出する。
聞き出す相手は彼か、彼女か、はたまた両方か。
何時もとは若干趣の異なる笑顔を浮かべた赤い騎士は、静かに扉を閉めた
◆(」°□°)」< のナトリウム侍さんよりいただきました!
ユリアリで、少し強引で意地悪なユリウス、とリクエストをさせていただいちゃいました。
艶、微笑、最強です!
シャツを掴むいじらしいアリスが、もう本当に可愛いですね。
これがジョーカーの国設定とは、本家様並に憎いことしますね、侍様!
切ないこの気持ちはどうすればいいんですかっ
そしてそして、侍様もおっしゃっていましたが、なんと希少価値のあるエー太(エース)!!!
空気を読む、という高度なスキル(エースにとっては)を発動していらっしゃいます。
本当にエースですか?とついつい、二度見してしまいます(失礼?いやいやいや・・・
相互リンクもさせていただいている、ナトリウム侍さんのサイトはコチラです。
(」°□°)」<
2013.02.09
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