夕暮れ時、マーブル色の空、夜空



「なぁ、俺さ・・・」

何てことない、いつも通りの日常。
日は暮れかけて、薄紫色の中に少しだけ桃色が混じる淡いマーブル模様の空の下。
下町の細い坂道を、ついさっきばったり会った顔見知りと歩いている。
話の内容は最近の下町の様子から新しく出来た甘味屋へ移り、そして、夏って本当暑いなと零しながらうっとうしげにかき上げる相手の、その長い髪を、結んであげようかと自分の髪を結んでいた髪紐を解いたところだった。

「ん?」

自分の髪はそのまま風に流しながら、立ち止まった相手の背中側に立つ。
顔は見えない。
指で梳き集め耳より少し高いところで紐を通してぐるぐると二周程回し、最後に蝶々結びをして、うん、まあまあの出来だと上げていた踵を下ろした。
相手の背が高いから、腕を伸ばして更に少し背伸びしていた。
その腕を、下ろしかけていた、そんな時。

「お前のこと、好きだったかも知れない」

低い声が、風に運ばれていく。
脳が一瞬、活動を停止させた。
動きを止めた筈の腕が、身じろいだ相手にびくりと大袈裟に震えてその背に当たり、触れてしまったことにもまたびくっとたじろいでしまった。
片足が一歩後ろに下がるのと同時に、目の前の相手がくるりと振り向く。
これから頭上に広がっていく筈の空の色が、静かに、真っ直ぐにこちらを見下ろしていた。

あれ、でも待って。

「・・今日ってエイプリルフールだったっけ?」

「いいや」

そんな少し掠れた質問も即座に否定される。
・・・時間稼ぎにもなりゃしない。

「・・・・・」

過去形、だったよね。
「好きだった」、って。
しかも「かもしれない」とか、付いてたよね。
聞き間違いじゃ、ないよね・・。

そこから導かれる結論は。
「今」は「好きじゃない」ってことだ。

「・・そっ・・かぁ」

他に返せる言葉が見たあらない。
何となく俯いてしまう、目の前の相手の顔なんて見えやしない。
・・・というか、どんな顔をしてるかなんてこれ以上見ていたく、無かった。
わざわざ「好きだった」って言ったってことは、その「好き」は特別な好きで、でももうそれは過去の話で。
まあ、今もこんな普通に話したりしてくれるってことは、特別では無いけど、嫌いじゃないくらいには好いてくれているのかな、なんて勝手に解釈して勝手に自分にフォローを入れたりなんかしたりして。

「・・・・・うん」

ぐるぐると回る思考回路を、無理矢理引きちぎるように断線させた。

「・・うん、そっか。・・ありがとう、でした」

何だか下手くそだな、なんて思いながらも、笑みを浮かべてそう言ってみた。
笑う顔は、目を閉じていても出来る。
顔を上げてそれだけささっと言って。

「じゃあ、ね」

後はもう今日は何も聞きたくないし、言いたくないなと、立ち塞がる相手のその横をすり抜けて帰ろうとした。

「はぁ・・・」

溜息だ。
真横で聞こえた、重苦しい溜息。
でもその溜息、私がしたいんだけどな、なんて思いながら何とは無しに空を見上げようとした。

「わっ・・!!?」

すれ違い様に腕を捕まれる。
驚く間もなくその腕をぐっと後方に引かれて、仰向けに倒れ込みそうになった。
もうさっきまで見ていた淡い色彩なんてどこにもない、徐々に深くなる水色の空の中にポツリポツリと光る星、そして前触れも無く広がる真っ黒な夜空。

「!!・・・ど、うしたの」

風に夜空が舞い散って、その中に光る二粒の星が、キラリキラリとたまに差し込む光源に煌めくのが見える。
とても・・とても綺麗で見とれていた。

「お前、何か間違ったこと、考えてねーか」

「・・・?」

そんなこと言われても、困る。
むしろ今は何も考えたくないくらいな気分なのに。
・・・そうさせたのは、そっちなのに。

不自然に寄り掛かったままの胸元。
ぐっと腹に腕が回されて、更に引き寄せられた。
見上げている視界の中、しかめられていた相手の眉が力無く下がる。
目を閉じて、少しまた溜息。
何なんだ、何が言いたいのか分からない。

「そうじゃねーよ」

は?と聞き返したくなった。
視線の先、低い声を紡ぐ口元が少しだけ上げられる。
あれ?と疑問に思う間に、夜が、落ちてきた。

・・・・ちゅ。

瞬きを、ただ繰り返す。
一瞬真っ暗になった視界がまた少し明るくなって、ふっと笑うような口元。
・・・・口元、から目が離せなくなってしまった。
凝視。

「まだ、分かんねえ?」

くすと、ひそやかに笑う、その口元。

「ぁ、え・?・・・・んっ」

見ている間に、覆われて。
触れ合う、熱。
柔らかさ。
全身の血が頭に集まっちゃったかと思うくらい、顔が熱い。
脳が、瞬間沸騰した。

「・・・、真っ赤」

暗がりから、堪えきれないといった笑みが降って来る。

「な、なっ・・!!?」

「・・、な・・?」

優しく促されて、でもオーバーヒートしかけた脳はなかなか言葉を探し出してくれない。

「だっ・・」

「・・・だ・・?」

「だって、ユーリ!!」

「俺?」

「うん!だった、って言った!!」

「ん?」

まるで言葉を知らない子供みたいに拙い、ブツ切れの説明を、見下ろす相手は待っていてくれて。
少し深呼吸をして、やっとちょっとだけ正常に近付いた頭で言いたいことを整理した。

「好き・・だった、って・・そう言った」

「・・・ああ、そうだな」

あっさり。
気が付けばさっきまでの包み込まれてしまいそうな優しげな雰囲気はどこへやら、いつもの何だかちょっぴり意地悪そうな笑みを浮かべていて、少し首を傾けて、それで?って顔で先を促してくる。
それで?、じゃないでしょ。

「・・・・い、今は」

不意に言葉に詰まった。
今は、何だ。
何て言えば良いんだろう。
今は、好きじゃないの?なんて恥ずかしいこと、聞けるわけ無い。

「今は・・・何だよ」

なのに、何故か続きを急かされている。
あれ?
いつの間にか、何かがおかしくは無いだろうか。

「い、今は・・・えっと・・私のこと、嫌い・・?」

もう、コレしか無いと思って選んだ言葉も、やっぱり何だか恥ずかしくてどんどん尻つぼみになっていく。
何で!何で私がこんな思いをしなければならないのだろう??
それに、それにだ、い・・いい、いつまで、この体勢でいるつもりなんだろう・・・?

必死な私のぐるぐると困惑した様子をひとしきり眺めて、っぷと目の前の相手は小さく噴き出した。

「ユーリっ!!!」

「悪ぃ、悪ぃ」

もう、限界だ。
色々な意味でもう限界だ、何よりも恥ずかしい。
過去形の告白されて、なのに何故かキスとかされて・・・キス?!

「はっ・・離し・・」

「却下」

「?!」

「本当、お前って面白いな」

「!?!」

笑って、頭を撫でられて。
その指先が髪を優しく梳いて、そっと耳にかけられた。
すっと、近づく。

「・・・愛してる」

吐息が、耳に触れた。
鼓動が、震えた。




言うつもりなんて、本当は無かったんだけど、な。
喋りながら、楽しそうに笑うを見て。
結わいた紐が解かれて、風に広がる髪を見て。
ああ、もう駄目だって。

堪えきれない想いが、溢れる。

好き、なんかじゃ到底適わないほど。

だから、愛してる・・・なんて、な。




◆アトガキ



2014.6.18



大抵、空の色から浮かんできます。
この空は、昨日の空です。
帰り道で見上げた空の色です。

・・・変換少なすぎですいません・・。



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