「こら、ローウェルくん!」
「・・・・・」
なんだその、何だか、みたいなしれっとした顔!
つまんないもの見たなみたいな感じで、屋上で寝っころがってたローウェルくんはごろりと寝返りを打った。
足音も立たないペッタンコの靴で、それでも気分的に足音を立てたい勢いでツカツカと早足で歩み寄って腰に手を当てて見下ろす目で睨みつける。
「・・・・なん・・」
「か用か、なんて言うつもりじゃないでしょうね。何の用かぐらい分かってるでしょ」
サボリ魔のくせに頭はそう悪くないし聡い子だ。
そうでなくとも、このやり取りだってもう何度やったか分からないくらい繰り返してるし、続く言葉だって分かってるはずなのに。
「何度言わせたら気が済むんですか、ローウェルくん」
「・・・・・」
「聞いてるくせに無視しない」
「黒」
「は」
そっぽ向いてた顔がこっちを見上げたと思えば、頭の下に敷いていた片手がすっと伸びてきた。
黒、とは・・・まさか・・。
「・・オレ好み」
ニヤリと笑いながら言って、伸ばされたその手の指先が避ける間もなくこちらの膝下をすっと撫で上げ、思わず小さく悲鳴を上げて飛び退る。
こいつ・・っ
ニヤニヤと笑う顔には、小さい頃の天使の様だった面影など微塵も無い。
「マセガキ!」
「地が出てますよ、せんせ・・?」
コノヤロウ。
カッと赤くなった顔と頭を深呼吸をして何とか宥める。
そうだ、先生たるもの教え子にからかわれたからといって、声を荒げて怒鳴るなど全くもって大人げない。
冷静に、落ち着いて・・・、やり込めなければ。
「先生は悲しいな。ちっちゃな頃は先生の後をついて何でもかんでも聞いてきたにな」
「・・・・っ」
「そんなウリくんがいたから今の先生があるのに・・はーぁあ」
「・・・、だっ・・そのウリくんっての止めろって」
「なんで?自分から、ウリです、って言ったんじゃない」
「そりゃ、ちっせー時の話だろ!!」
「うん、とーっても可愛かった」
ぐっと詰まって苦虫を噛みしめたような顔をする眼下の生徒を、してやったりと見下ろす。
本来この場では教師と生徒だが、私とユーリ・ローウェルくんは年の離れたいとこである。
親族の集まりで祖父の家に行ったときには、よく面倒をみさせられたものだった。
だから初対面で挨拶をしてくれた時、ユが発音できずにウーリと自分を自己紹介したのは嘘でも何でもない、本当の話で。
「・・それが、なんでこんな捻くれた子に・・」
本気の溜息を零す。
それを聞いて、握っていた拳を開いてガシガシと後頭部をかいてローウェルくんはやっと上半身を起こしてくれた。
よし、取りあえずふて寝は回避だ。
それにしても、そんな荒っぽくしたらああー、ほら折角の綺麗な髪が。
「・・・何してんの」
「んー、きれいきれい」
思わず伸ばした指先で乱れた黒髪をそっと梳く。
サラサラで女子の羨望の的と言っても過言では無い癖のない綺麗な黒髪は、柔らかさこそ少し無くなったものの相変わらず手触りが良い。
他に先生も生徒も誰もいないと思えば、人目を憚る心配も無いとつい触れてしまう。
それに、弱冠鬱陶しそうにしながらも好きにさせてくれるローウェルくんは、本当はいい子だななんて思ってしまう。
多少の重苦しい溜息は気にしないことにする。
「あんたってさ」
「・・・ん?」
なでなでと堪能していた手の下で頭の角度がちょっと変わって、指の隙間からこちらをじっと見上げる暗い紫色の瞳が覗いた。
そして頭の上に置いていた手を、きゅっと小さく握られる。
ん?とその先の言葉を促せば、握る手に僅かに力がこもった。
「どうしたの?」
躊躇うように足元のコンクリートを見る様子に、何だかいつもと違うなと思って少し心配になった。
俯く顔を覗こうと、白衣の裾が汚れることなど気にせずにその上に片膝をついた。
不意に顔を上げるローウェルくんと正面から視線が合う。
「」
「うん、って。こら。じゃなくて先生でしょ」
「だから・・・、」
何かを小さく呟いたその声が上手く聞き取れなくて、うん?と聞き返すのと同時に握られていた手がぐんっと強く引っ張られた。
「あ、わっ!!」
つんのめった体はローウェルくんにしっかり支えられる。
掴まれていない方の手を思わずその肩にかけてしまえば、ローウェルくんの手が背中から腰元へと回されて・・・え?
「ちょ、いきなり何して・・」
「」
「!!っ」
肩に乗せてしまった後頭部をがっしりと固定されて、耳元にはぁっと吐息がかかった。
ビクリと肩を竦めれば、クスと小さく笑う呼気がまた当たる。
「耳、弱いんだ?」
「分かっててや・・めっ」
面白そうに肩を揺らして、ふぅっとわざと息を吹きかけられる。
何故か身じろぎも出来ず動かせなくなっている両手に、肩口に顔を埋めて耐えるしかない。
カァッと頭に血が上る感覚が視界をくらくらとさせる。
「なぁ」
「・・・っ」
「名前、ちゃんと呼んで」
わざと息を吹き込むように、耳に少し掠れた低い声が落とされる。
「な、まえ?」
「ローウェル、じゃなくてちゃんと」
な、呼んで?と甘く低い声が注ぎ込まれる。
何だ、一体何なんだ、これは一体どういう状態?
「か、からかってる・・」
「からかってなんか無い」
囁くような声は相変わらず耳元の近くで、そして柔らかいものが耳に触れた。
ぴくりと慄いた体を宥めるように背中をそっと撫でられる。
なのに、いつになく優しいその手付きとは裏腹に柔らかな感触が耳たぶを、耳殻をくすぐるように掠めていく。
形をなぞる様に下から上へと輪郭を辿る唇が少し開いたのが、湿った呼気で分かった。
「あ、やめ・・んっ」
はむと挟まれた耳たぶをやわやわと刺激されて、腰から背筋へと鈍く痺れが這い上る。
「なあ・・、」
「ぁ・・ウリく・・」
「ユーリ」
呼べと催促する声と、甘く、そしてとても良くない感覚が体内をざわつかせていく。
「どうしても、呼んでくんねえの?」
「・・っ・・、」
意地でも呼ぶものかと噤んだ口元に気が付いたのか、小さな溜息と共に、ぴちゃ、と上がる水音と耳殻を這う濡れた感覚に思わず背がしなった。
「っん、!」
何するの、と開きかける口から押えきれなかった小さくも高い音が漏れる。
待って、まってここは学校の屋上で。
ローウェル・・ウリくんはちっちゃな頃から面倒みたりしてた可愛い弟分で・・・先生と、生徒だ。
ぐぐぐっと力を込めて両手でその身体を最大限の力で押しやる。
僅かに開いた隙間で、やっと見上げた先の相手は。
「な・・何でそんなウリくんが泣きそうな顔・・」
おかしいじゃないか。
もしここでどちらかが泣くなら、そりゃこんなことされてる自分だろう、と思うのにその顰められた眉と不安げに揺れる瞳から目が離せなくなってしまった。
「・・・、ずるい」
言った瞬間、ぐっと更に眉根が寄って泣きそうだった顔は怒った顔に変わる。
いまの体勢と状況を思い返して一瞬まずいとさっと視線をそらしてしまったが、目を瞑っていくら構えても何もしてこない。
動きも止めてしまった相手の顔を、またそろりと見返す。
「えっと・・ウリ・・くん・・」
「ずるいのは、あんただろっ・・・・」
ぐっと抱きしめられた腕の中で、息が出来なかったのは一瞬だけ。
すぐに離された腕と、ざっと立ち上がった相手の顔は逆光でもう見上げても良く分からなかった。
そのまま振り返りもせずに真っ直ぐ屋上の入り口に歩いて行ってしまう背中を。
離れた瞬間から吹いた風によって散らされていった、そこにあった温もりが。
「え・・あれ?」
何だか寂しいと思ってしまったのは、気のせいだろう・・きっと、そうだ。
◆アトガキ
2015.2.12
あったか毛布・・・毛布の誘惑に逆らえません。
ユナイティアプレイしながら毛布にくるまって、気が付いたら夜が更けてて何か少し悲しい気持ちで、また寝なおします。
ああー・・でも、ぬくぬく、幸せです。
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