初見殺しの野菜スープ



依頼完了の報告を終えて斡旋所からアジトへ戻ってきた。
そこそこ順調に人数が増えてきて(まあ野郎ばっかりのチンピラ集団やら大工ギルドやら色々言われたりもするが)ボスが奮発して手に入れた2階建てのアジト代わりの家は決して広いとはいえなくとも居心地は悪くない。
間借してる部屋に戻ってもいいが、こっちで休んでいくのもいいかと扉を開けて数歩。

「・・、お前、そこで何やってんの」

ピタリと足が止まる。
その声に、扉を開けた音にも気づいていただろうに何かに夢中だったのか振り向いた相手はにっこりと微笑んだ。

「やぁ、ユーリ。お邪魔しているよ」

「邪魔してるよ、じゃぁなくて・・だな」

台所回りがずいぶん充実しているけれどこれは君の影響かい?と何やらにこにこと話しているその場所へ恐る恐る近づく。
いや、何をしているかなんざ聞きたくない。
出来れば回れ右して扉を開けて外に出て、んで真っ直ぐ自分の間借してるとこへ行った方が良い。
間違いなく、それが、自分のためだ。
だが、ここはオレのためだけの場所じゃない。
ギルドメンバー共有の場所であって。

「おい、まさかフレン・・お前」

「この間は騎士団とギルドの合同演習に参加してくれてありがとう。本当に助かったよ。まだ僕らのことを良く思わないギルドばかりだったから正直・・、上手くいくか心配だったんだ」

「ああ、いやアレは別にお前のためってわけじゃなくってな、こっちとしても最近ちっと皆気が緩んでる気がしたから丁度いい刺激に・・、ってそうじゃなくてだな」

うっかり話に気を取られて流されそうになったが、そんなことを話している場合じゃない。

「フレン、その鍋・・なんだ」

ああ、聞きたくない。
知りたくない。
出来るならその鍋ごとフレンを今すぐこっから追い出したい。

「何って、これは別に・・ただの野菜スープだよ?」

「ただの・・野菜スープ・・」

ほら、とフレンの手が蓋にかけられたのを見て、慌てて両手でその動きを遮った。

「いやいや、待て!待てよ!・・お前、コレちゃんと何かのレシピ見て作ったんだよな・・?」

慎重に事を運ぼうと相手の目を見て、確かめる。
今のところ扉から入ってきてここまでの距離でおかしな匂いはしていない。
それはつまり、もしかしたら奇跡と呼べるレベルでフレンがレシピ通りに何のアレンジも無く作ったっていうことかもしれない。
そうであれば、この鍋の中身は保障出来る。
レシピ通りなら、こいつは完璧な料理を作れるからだ。
聞かれたフレンは一瞬キョトンとした顔をしてこちらと、そして鍋を見た。

「ああ、そうしたつもりだ」

「・・はぁー、そっか良かった・・・、つもり?」

「ああ。君たちは魔物討伐にも日々貢献してくれているだろう?バウルがいるから人命救助や移送も度々助けてくれている」

「・・・それが」

それが、何だというのだろうか。
ひしひしと悪い予感に繋がっている気がして、少し及び腰になる。

「だから依頼を終えて疲れて帰ってくるだろうと思ったからね。普通のレシピに加えて滋養強壮に良さそうなものを入れてみたんだ」

「のーーーーーーーーーーー!!!」

がっでむ。
終わったなー、オレの胃袋。
頭を抱えたオレに気が付かぬまま、フレンは笑顔で「ほら」と蓋を開けた。

「っ?!!~~~~っ!!!」

途端に漂う異臭、刺激臭に、鼻が真っ先にやられて、ついで目に痛みが走る。
速攻で鍋の蓋を元に戻した。
ぜはーぜはー、と首をそらして出来るだけ大丈夫そうな空気を探して喘ぐ。
コイツはやばい。
コレはマジでダメかもしれない。

「どうしたんだい、ユーリ?」

「ど・・どうした、じゃ、ねえ・・」

頭の中でどうやってこの異物を処理しようかと脳みそをフル回転し始めたところで、フレンが不思議そうに漏らした言葉に耳を疑った。

「どこか変、だっただろうか?・・おかしいな、味見をしてくれたはそんなこと一言も言っていなかったんだけど・・」

「!?は、・・、食ったのか?これ」

「ああ。買い出しに出るところだったらしくてね、偶然そこで会って。台所を借りてもいいかと尋ねたら快く了承してくれたんだ、で、僕は留守番がてら野菜スープを・・」

「そこはどうでもいい!はどこ行った」

「ちょっと前に帰ってきて、味見をしてくれと頼んで・・その後何かすることがあるみたいで急いで2階に駆け上がっていったよ」

急ぎの用事があったのかな?と首を傾げながらフレンが指差す2階を見上げ、慌てて階段へ走りかけて、Uターンして台所の戸棚を開ける。
コップに水を汲んで、棚から薬箱を出して抱えて1段飛ばしで階段を駆け上がった。





「おい、!・・、大丈夫か」

ひどい眩暈で視界がぐらぐらと揺れている。
喉がとても乾いているのに、舌が痺れていて水分を取るのも何だか怖くてもうぐったりと仮眠用のベッドにつっぷしたまま、今が何時かも良く分からないしどのぐらい時間がたったのかも分からなかった。
アレは一体なんだったのだろう。
シーフォさんが笑顔で差し出してきた小皿の中身を口にしてから、自分の足がちゃんと地に着いているかどうかさえなんだか怪しい。
それでもシーフォさんにはバレないように何とか階段を上がったところまでは良かったのだが・・・。
駆けあがったりしなければ良かった。
ぐるぐると回っているかのような視界に、自分のダメージがどれほどのものかを知る。
そんな最中に肩を揺すぶられたような気がして確かめる間もなく気分が更に悪くなって、反射的に肩に触る誰かの手を振り払おうとすれば逆にその手を掴まれた。

「っ・・つめてぇ・・おい、しっかりしろ」

視界に覗き込むようにその誰かの影が入り込む。
揺れる視界に瞬きを繰り返して何とか焦点を合わせれば。

「ロ・・うぇる、せんぱ」

「!、分かった喋るな。ちょっと待て洗面器持ってくる」

持ち上げかけた頭は寄り掛かっていた寝台にそっと倒されて、その手が頭を撫でてすぐ立ち去る音がする。
静かになったのもつかの間、すぐにまた特徴的なブーツの音が近づいてきた。

「ほら。ヤバくなったら遠慮せず全部吐け」

「や・・、さすがにちょっと・・」

シーフォさんが作ったものだし、もったいないし。
・・何より、ローウェル先輩の前ではさすがになけなしの乙女心がそれはやっぱりダメなんじゃないかと、自制を促す。
結果、こみ上げてくるものを必死に抑え込む過酷な戦いが始まった気がした。

「・・横になれるか?」

ぐったりと寝台にもたれていた身体にそっと腕が回される。
出来るだけ揺らさぬようにという配慮を感じる動きで、ゆっくり寝台に下されれば身体全体がまるで鉛になったみたいに寝台に沈み込む。
それでもさっきの姿勢よりは大分楽で、ほおっと息を吐いた。
仮眠用の毛布をふんわりとかけて包み込まれる。
うっすらと開閉させた視界に入りこんできた黒い長い髪と、大きくて綺麗な黒紫の瞳。
気遣わしげに眉根を寄せた顔に、何だかちょっと安堵して微笑む。

「あのな・・笑ってんな。お前、自分じゃ見えないから分かってないだろうけど、ひどい顔色してんだぞ」

言いながら、怒ったように顔を顰められる。
それでも、一人でどうしようかとぐるぐる悩んで更に気持ち悪さに眩暈がしていたのが少し収まってきたのは、ユーリさんが帰ってきてくれて安心しているからだ。
だから、ほっとして笑ってしまったが、ユーリさんはますます眉根を潜める。

「で、食ったんだろ、アレ」

小さく頷けば、はぁあと重苦しい溜息を吐かれた。
ほんっとうに何だったんだろう、アレは。
シーフォさんが差し出してきた小さな味見用の小皿にはおいしそうな野菜スープが少量よそわれていて、甘そうな人参も綺麗な茹で色だったしジャガイモもほくほくと湯気を立てていた。
スープの色はやけに赤いとは思ったが、トマト缶を入れたのならこんな色にもなるだろうと思って口に付けるまで何の疑問も抱かなかったのだ。

「・・匂いで、変だと思わなかったのか」

「匂い・・・、そういえば」

思い出した記憶に、匂いが無い。
何故だろう、食べたはずなのに匂いが無いなんて。

「何故かここに帰ってきてから急にクシャミが出て、鼻炎か何かだと思って・・だから鼻が詰まっていたのか匂いがちょっと分からなかったんです」

「・・・そりゃ災難だったな」

もう、どこから何までを含めたのか分からないけれど、きっと全てが災難だったのだろう。
ユーリさんが、最初に鼻をやられたのかもしれねえなとボソリと呟くのを聞いて、鼻炎じゃなかったのだろうかと首を傾げる。

「アレ食ってよくここまで上がって来れたもんだ」

労わる様に手が髪を撫で梳いていく。

「あのシーフォさんを前にして、もう・・あの、何も」

「いや、あれはしょうがない。そうだよな、あんた知らなかったんだし、何も言えないよな。・・オレだったらその場で口より先に手が出てるだろうし」

言いよどむに察する。
きっとものすごい笑顔で「どうかな?」とか聞いてきたのだろう、あのぶっ飛んだ味覚の持ち主は。
そう聞かれて、あいつの味音痴というかもう味覚破壊スキル所持ってことを知らない奴が面と向かって「マズい」なんて返せるわけがねえ。
コイツもきっと正直に言えずに何とかその場を離れるので精一杯だったんだろう。

「逃げて正解だ」

良く頑張ったと褒めてやってもいい。
他の連中が帰ってきてアレの悲劇に見舞われる前に何とか処理しなくちゃならないが。
まだ気分が悪そうなの頭の下に枕を立てて、上体を少し起こさせる。

「取りあえず、ほら飲め」

パナシーアボトルと薬箱から出した胃薬、水を入ったコップを渡す。
喉の奥で少し呻いたような声を漏らしながら、何とか飲み終わったは薬が効いたのか疲れたのか瞼を重く落とした。
その頭をまた枕の上にゆっくり下して額を撫でる。

「お疲れさん」

弱った部分にじんわりと沁み込んでくる何か。
心地よさと温もりが微睡を連れてくる。
ユーリさんの手がゆっくりと動いて、とろりと柔らかい闇の中に包まれていく気がした。




◆アトガキ



2015.11.9



・・・気が付けば寝て、終了みたいな終わりばっか書いてる気がします。。
どこで切ったらわからなくっていつもぐだぐだ伸ばしてしまうから、
よし寝た、暗転→終了、みたいな安易な終わり方に走ってしまいますすいません。
別の切り口を見つけるかもういっそユーリさんにお休みシリーズってことで、
寝かせ方パターンを増やす方に意識を持っていくべきでしょうか。
個人的に逃げ出して襟首掴まれてとっつかまって手刀で、っていうのも嫌いじゃないんですけど、寝るっていうかソレ落とされてるだけ・・。
こんな寝かせ方読みたいなっていうネタ・・募集・・・・。



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