さらりそよそよ



「・・髪の毛ってこんなんなるのか・・」

「・・・・・」

そんなまじまじと見るな。
そんなあり得ないものを見るような目で見るな・・。
・・私だって、さすがにそれはあり得ないと思ってる・・!

「・・あっ」

何故、そんな微妙に残念そうな声を出す。
ぶんと頭を引いて、箒のように毛先が広がった髪の毛をユーリの指先から取戻し、思い残すことなど何もないとばかりにブチッと根元から引っこ抜いた。
窓から吹き抜けた風に乗せて、指先から旅立たせる。

「・・ふ」

窓辺に腰掛けて遠い目でその旅立ちを見送って、ふと視線を感じて振り返れば。

「・・・何、その目と口元」

むっと少し尖らせた口元と、何か言いたそうな目。
知らない。
それが、残念そうな不満そうなものに見えるとか、知らない。
そもそもユーリさん、君ポーカーフェイスとか良く言われるでしょ何でそんな表情に感情がダダ漏れてるの。

「・・何」

むっとしたまま、すっと伸ばした手が髪の毛を一房掬っていった。
ズズズと引っ張って近づけた椅子に、背を向いて跨るように座って掬った一房の毛先を真剣に見ている。

「え・・いや、あの」

「・・・・・」

本当に、あのお願いだから、そんなまじまじと見るな・・・っ

その真剣な目が、武器の手入れをしている時とさほど変わらない事なんて、気付きたくは無かった。



コンコンコン

「・・どうぞー」

ガチャ

「・・・・・」

「・・・・・」

「・・・・何か言って」

扉を開けた姿勢のまま、何だか興味深いものを見たという顔で立ち止まったままの金髪の青年に、何とかそう言ってみた。
ちょいっと眉をあげて、静かに扉を閉めてスタスタと近づいてくる、・・と。

「・・・っ」

何故、そこでユーリが持っていない髪の毛を持ち上げて、同じように繁々と見る?!

「いや、あの私の髪、今きっと見られたものじゃないんで・・」

「・・柔らかいね・・あ」

指先でするすると梳いていた髪の毛が、フレンの指先からするりと抜けていった。
犯人は言わずもがな、だ。

「・・・ユーリ」

「・・・・・」

若干低めの声でフレンが声をかけるも、ユーリは無反応だ。
そんなユーリは、じっくり眺めた一房を手放してまた新しい一房を手に取っている。
私の目は、死んでいる。

「・・・って、ちょっとフレンくん」

「・・・・ん?」

ん?じゃないでしょ。
何でそこ、突っ立ったまま、また私の髪の毛を手に取る・・?

「そこの黒い子に、やめてあげようよとか言わないわけか君は」

「言って聞くなら、もうやめているだろう。それに僕も触りたい」

「・・・・・ユーリさんは別に触っているんじゃなくて、枝毛探してるんですよ」

断腸の思いで真実を告げるも、フレンは驚く顔すらしない。
それで?みたいな顔してやがる。
・・・こいつら。

「ユーリがそんなに愉しそ・・じっくり眺めているほどなんだから」

「おい、こら今なんか言いかけたでしょ」

「僕にも、見せて?」

「・・・・・」

人の髪を「ね?」と指先につまんで、眩しい笑顔で首を微かに傾ける。
何も言えないでいる間に、にこにこと何が楽しいのか人の髪の毛の先を繁々と見始めた。

「・・・この腐れ縁どもめっ」

この一見、正反対に見える奴らはやはり同じ穴の貉だったのだ。
・・帰れ、お前ら。



「あっ」

ユーリがキラキラっとした瞳で見つけた一本を、掻っ攫うように奪おうとすればさっとその手をかわされる。
思わず睨みつければ、無駄に不敵な笑みでもってわざわざ鞘から刀を抜いたかと思えば。

「正義!」

プツン

「・・・・(ブチッ)」

髪の毛を途中で切る音と、血管が似て非なる音を立てた気がした。

「いいなー」

よくない。

「てか、何さっきの掛け声・・」

「いや、なんとなく」

「・・・・・」

まあ、私にとってはにっくき敵(という名のただの枝毛)だが。
お前の貫き通す正義って、こんなどうでも良いことで叫んじゃって良いようなものなんですかね。

「てか、フレンくんも何そんな真剣に見て・・」

嫌がらせだろうか。
人の髪を真ん中で半分に分けて、仲良く見てやがる黒と金に向ける目がどんどん凍てついていくのが分かる。

「・・フレンくんはユーリさんの見ればいいんでない・・?」

言ってから後悔した。

「ユーリの髪に枝毛なんて・・」

「あ、うんごめん、何でもないです」

やめて、もうそれ以上言わなくていいです分かってました、私が悪かったです本当にごめんなさい。

「ふふっ・・」

「・・・何かなフレンくん」

「ごめん、ちょっと面白くて」

「・・・・・」

つい真剣になっちゃうね、と人の頭を優しく撫でながら・・また毛先を見る作業に戻る。
黒い方は、更にすごいものを探し出すと言わんばかりの勢いである。

・・・ほんと、帰れよお前ら。



「・・ん、あれ」

フレンがふと顔を上げれば、もう好きにしてくれと言わんばかりの遠い目で窓辺に頬杖をついていたは目を閉じていた。
やけに静かではあったけれど、二人して真剣だったからすぐには気が付かなかった。

「・・・・・」

横をチラと見れば、黒髪の幼馴染もそんな相手の様子には気が付いていたらしい。
起こすなよ、とその目が言っている。
起こすわけが無い。
さっきまでしかめっ面だった彼女の、そのそよそよと入ってくる風にふと綻ぶ寝顔は、もっと見ていたい。
細く柔らかな髪の毛が風に揺れて、指の隙間からするりと抜けだす。
その感触にもドキドキしている自分がいて、たまらないなとちょっと目を閉じて、開く。
眼下ではユーリが椅子の背に片頬をついて、悪戯に髪の毛に指先を通したりその頭を撫でたりしている。
その手付きが見たことないくらい優しげで、ああ、と思った。
視線が、合う。

「・・何だよ」

彼女を起こさないように、抑えた声音。

「・・いいや」

僕も、きっとそんな目をしてるのかな、と思った。



むっとしているのも、最初だけで。
は確か髪の毛とか頭触られるの好きだったよなと、不意に思い出した。
時折、ついという風に和んでいる目元に何度もつられてしまいそうになった。
かわいくない悪戯を仕掛けてみたいと思う気持ちもあったけど、今はまだこうして触れていたいという気持ちもあって。
ただ黙って、ずっとそうしていた。

フレンと半分にしてられんのも、今のうちだけだ、と。

猫のように細く柔らかい髪に、そっと鼻先を寄せた。




◆アトガキ



2016.3.9



抜いちゃ駄目なんですよね。
ひとつの毛穴から複数本生えてるそうで、1本無理に抜くと兄弟にもダメージがいくそうですよ。
痛んでる部分の少し上から切るのが良いそうです。
・・知らずにブッチブチ引っこ抜いてました。



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