「ちょっと待て・・、装備はそれで行くつもりか?」
「・・・・何か、変かな?」
依頼が来たと(見た目は淡々としているが、その実)張り切って準備を始めたディセンダー、に「暇だから」と声をかけた。
準備が出来たら呼びに行くねと返されて部屋で待つこと数分。
ノックを覚えた彼女によってかけられた声に入って良いと答えれば、攻略王よりも目に鮮やかな、真っ赤な服装を纏ったが開いた扉の向こうに立っていた。
「・・・・・」
無言のままじっと見ていれば、無表情のその細い首がコテンと横に小さく傾げられた。
見つめていた相手の目線がうろうろと部屋をさ迷い始めて、何がおかしいのかとが考えはじめたのが分かった。
そうしていても仕方が無いので、ちょいちょいと手招きをする。
腕を組み、片手を頬に当てる仕種を始めたはそれに気付かないように遠い目をさ迷わせている。
如何にも熟考しています、というポーズだが表情がまるで伴っていない。
このポーズは、・・・ジュディか、もしくはジェイド辺りだろうか。
「」
名前を呼べばぴくりと反応した目がこちらを向いて、・・そのままの姿勢で歩いてきた。
何かおかしい、がそういうことも分からないんだなと今は思うしかない。
ディセンダーであるは、小さい子が親の仕種や口調を真似て覚えていくのとまるで同じように、周りの様子やギルドのメンバーの動作を鏡で真似るようにして吸収している。
まさに成長真っ最中だ。
だから下手なことはするなよ、とフレンから言われたことは記憶に新しい。
・・・面倒くせえ、本当あいつはいちいち細かい。
げんなりしそうな思考回路をとりあえず放り投げて、近付いた相手に自分の座っていたソファの空いている横をポンポンと叩いて座るように促す。
暫くソファとこちらを交互に見ていたが、こっちが動きそうに無いと分かったのかは大人しくそこに座った。
「ユーリ・・依頼」
引き受けたからには、なるべく急いで終わらせたいと言いたいんだろう。
だが、その前に。
「今回の依頼、俺の記憶が間違いなけりゃ場所は確かオルタータ火山・・だったよな?」
「うん、そうだよ。探し物を取りに行けばいいんだって」
コクリと頷くその姿は、モコモコとした首周りと白いポンポンが服の前側に付いた、いわゆるサンタの格好だった。
オルタータ火山はその名の通り、溶岩が流れたひたすら熱気に包まれた場所だったはず。
「なあ、・・・まさかとは思うんだが」
「ん?どうしたのユーリ」
額に手を当てて、まさか、いやまさかと唸っていれば、きょとんとした顔のがどうかしたのかと覗き込んでくる。
顔の前にかかる髪と指の隙間からそんな相手を見て、サンタ服を見てユーリはやけくそのように口を開いた。
「お前・・熱いって分かってんのか?」
気温として暑い、熱を感じて熱い、その違いは今はどうでもいい。
熱いや、冷たいといった状態を、ディセンダーは認識しているのだろうか。
聞かれた方はといえば、一瞬無言になる。
ある意味、即答出来ないことが答えではあるが、くるりと宙に巡らせた瞳を真っ直ぐこちらに向けて瞬きをするからには、何か思い当たる節があったのだろう。
言ってみろ、と促せば迷いつつも口を開く。
「えっと・・この前お湯が沸いたやかんをカノンノが持とうとしててね、でも重そうだったから丸いところを支えてあげたの・・・そうしたらカノンノ、びっくりしてて・・」
「・・・・・」
無言で、その膝の上の両手を持ち上げた。
手のひらをじっくり検分して、裏返して手の甲も一応見てから、やけどの跡がどこにも無いことを確認してほっとした。
「カノンノが治してくれたから、もう大丈夫だよ」
何てこと無いかのように言うの頭を、ベシッと多少強めに叩く。
「やっぱ、火傷したんじゃねえか!」
「でも、もう大丈夫・・イタッ」
大丈夫と繰り返すその米神に、ビシッと音が鳴る強さでデコピンをかます。
何で?と首を傾げるは、やはり何も分かっていないように見えた。
右手で捕まえていたの両手に再度視線を落とす。
すべすべぷにぷにとした、小さな手の平。
ディセンダーとかいう救世主なんて大層なものにはとても思えない、自分の片手で覆えるくらいの、本当にただの少女の手の平にしか見えない。
生まれたてと言うには武器の扱いも大したものだし、技術を体得するスピードもやはり人並み外れているとは思う。
だからその小さな手は、傷一つない、とはさすがに言えなかったがそれでも十分綺麗で・・触り心地の良い可愛い手の平だと思えた。
だから、なおさら。
「ユーリ・・・怒っている?」
おずおずと窺うような視線に、溜息を零す。
「カノンノも、怒ってなかったか?」
「・・・・うん」
途端にしゅんとしたの、その項垂れた頭に手を乗せてぽんぽんと軽く叩いてやる。
実に元気のない声と共に、頭が一度小さく下に振られた。
「カノンノが何で怒ったのか、分かってるのか」
「・・・怪我、したから」
「まあ、それも間違っちゃいないけどな」
「もっと自分を大切にしてって、言われたけど・・・」
良く分からないと、その声が尻つぼみになる。
「は、なんでカノンノのためにやかんを持とうとしたんだ」
努めて声を柔らかくして問いかければ、ちょっとだけ上げた視線がこちらを見つめた。
「カノンノには、重そうだったから・・つらいと思って」
「は、カノンノがつらい思いをしないようにしたかったんだろ。重いものを持つと疲れるし、落とすと危ないからな」
「うん」
「それとおんなじだ」
はまたコテンと首を傾げた。
「カノンノも、が痛くてつらくなるのが嫌なんだよ。・・・俺も、だな」
「でも、痛いのは我慢できる」
「俺は、我慢させたく無い」
「・・分からない」
「痛そうなを見て、俺もカノンノも・・・みんなもつらいんだよ」
みんながつらいのは、嫌だろ?と問えば、少し困った様子で、でもはコックリと頷いた。
「カノンノがつらいのをどうにかしたくて、でもどうにかするとカノンノがつらい・・・難しい」
「怪我をしないやり方を、少しずつ覚えていけば良い」
「んー・・・」
「とりあえず、だな。やかんを持って手の平はどうなった?」
「なんか、ジュワッって・・でずっと燃えてる感じ」
聞いてるだけで痛いのだが、は平然としている。
どう考えても、アチッでは済まない程度の火傷を負ったとしか思えない。
跡が残らないほど、すぐに手当てがなされて本当に良かったとユーリは思った。
「熱い、だったろ?火の近くとか、カダイフ砂漠で太陽の下にずっといる時もそうだったろ」
「うん」
「それは体にとって良くないことだから、熱いって思うようなことは出来るなら回避しなきゃならない」
「うん」
やっと、やっと当初の目的に戻ってこれたと拳にぐっと力を込める。
長かった。
子供相手に何かを教える、以前の問題だった。
自分よりもっと分かりやすく教えることが出来る適任がいただろうに、と出かける前から疲労が蓄積し始めている頭で、遺跡を前にすると人格が変わる女性を思い出す。
「それで、だ。その服なんだが」
「うん、暖かいよ」
バンエルティア号内は空調はともかくとしても、海上を行くときや飛行中は窓を開ければ風通りは良い方だ。
機構が安定した場所ならなおさら、熱すぎず寒すぎず過ごしやすい。
風の通りも良いから、場所によっては涼しく感じることもあるだろう。
「オルタータ火山にその恰好で行くとな、普通なら熱くて倒れるからな」
「・・・・・」
言外に違う装備に変えた方が良いと勧めるも、うんうんと、こちらの話を真剣に聞いて良い子に返事をしていたその口が急に閉ざされる。
その服に拘りたい理由が、何かあるのだろうか。
だがそれはサンタ服であって、そもそも戦闘用の衣装ではないし、何より。
「・・・は、サンタって知って・・・いや、聞いたことはあるのか?」
「・・・・・」
無言で、ふるふると首が横に振られる。
なら、尚更、何故。
「そのサンタ服については、また今度教えてやるから。今回は別の装備にしとけ。な?」
促すも、無表情のまま目だけをすっとそらした。
珍しいこともあるものだ。
おそらくは、これが彼女なりの反抗や不満を表した態度で、普段は比較的大人しく素直なにしては、滅多にしない反応だった。
「何だ・・言ってみろよ」
そっと頭を撫でて優しく促す。
「型紙が・・・」
「うん」
「集まって、ロックスが作ってくれたから・・ロックスもクレアも似合っててかわいいですよってすっごい嬉しそうで・・」
「・・・・なるほど」
そういやこいつは新しいものや見たことが無いものを何でも試したがる性分だったと納得しつつ、同時に、カノンノ専属でありながらこの船内を取り仕切っている小さな執事の姿を思い浮かべた。
すっごい、嬉しそう・・、ね。
自分より先にこの姿を見た、見た目は謎の生物でも一応男だと思えば、その嬉しそうな反応というのも少しばかり癪に障る。
「だからユーリも、嬉しいかなって」
続けられた言葉に、一瞬反応が遅れた。
つまり、自分に見せるために着てきたと、そういうことだろうか。
言葉に詰まれば、そういえば依頼内容に余りにもそぐわな過ぎて注意こそすれ、一度もこの服装について感想を述べていないことも思い出す。
感想って・・・感想、なあと頭に手を当てて唸れば、何を思ったのかすくっと立ち上がったが、そのまま部屋を出て行こうとして焦った。
慌てて、その手首を掴む。
「・・どこ、行くんだよ」
「どこって・・着替えてくるよ」
この装備じゃ駄目なんだよねと、おそらくは凹んでいるだろうに見た目は無表情のに淡々と答えられて、ユーリは必死に脳内をフル回転させた。
船内に今いる他のメンバーの顔ぶれと、アンジュの黒い微笑みを一緒くたにして、決心する。
「ちょっと、ここで待ってろ」
「え?いいよ、装備くらい自分で変えてくるよ」
「そうじゃなくてだな・・あー、取りあえずちっと大人しくしてろ」
分かったなと、引いた手首をそのまま引き寄せてソファに座らせて、入れ替わりに立ち上がる。
代わりの装備を取りに行くと勘違いしているの、見上げてくる視線を感じる。
「ユーリ・・?」
「ちょっとアンジュんとこ行ってくる。あと・・・似合ってるぜ」
言い捨てるようにして扉を潜れば、ちらと横目で見た視界の中でソファにちょこんと大人しく座るの、その瞳が真ん丸になっているのが見えた。
自分の頬に少しばかり熱が集まるのを感じる。
「さて・・何て言って他の奴にやらせるか、だな・・」
アンジュのことだ。
が依頼を受けてから、誰と一緒に行くことにしたかはもちろん、ホールを通るがどんな格好をしていたかも見ていただろう。
断った時の反応が怖い・・いや、面倒くさい。
何か甘いものでも作ってやるしか無いだろうと、ユーリは賄賂代わりに何のスイーツを作るか考えながら、ホールに続く扉を潜りぬけた。
◆アトガキ
2014.8.8
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