扉脇に寄り掛かって音楽を聴きながらつむっていた目を開いた。
「!!」
目の前で閉じた扉にもたれ掛かっていた人と、バッチリと視線が合う。
「・・!・・??」
おそらくしっかり立ったら大分高いであろうその背を少し丸めるようにして、片方の肩を扉に押し付けて身を屈めているその相手。
・・・し、知らない人だ。
の、筈なのにやけにまじまじとコチラを見られている。
電車の揺れに合わせて顔の両脇から垂れている長めの髪が揺れている。
斜めになっている肩と扉の間から、軽く結わいたようなサラサラの髪が滑り落ちていく。
綺麗な髪だ。
でも何か違和感、そう違和感を感じる。
長くて外からの光にキューティクルが艶めいている髪。
さすがにこの距離であまり見返すというか直視は出来ないけど、ちらと見えたのは整った顔。
でも、その姿勢というかその立ち方というか。
どこに向けていいか分からずに足元に落とした視界の中に答えを見つけた。
男物の大きなスニーカー。
やっぱり背が高いから足のサイズも大きいな、とそこまで考えて違う違うと内心で首を振る。 男の人だ。
こんなに綺麗な長い髪を、しかも軽く結わえるその髪型も実に似合っているのに、男の人・・・。
思わず少し上目遣いでまじまじと見返してしまえば、さっきまでこっちを見ていたくせに何故かきょとんとした顔をされる。
「!!・・~~っ」
これではこちらが不審者だ。
慌てて視線を逸らして扉の窓から、流れていくレールの線を目で追う。
「・・・ふぅん」
・・・何が、“ふぅん”なんだろうか。
聞きたいが、やっぱり聞きたくないような。
そちらを見ることも出来ずに半ば意地のようにレールを眺めていれば、ふっと笑うような気配がした。
視界の端でその拍子に揺れたのか、長い髪の先がふらりと揺れ動く。
「なんだ。あんたも見覚えがあんのかなと思ったけど・・」
「・・え?」
思わず声を漏らしてしまった。
しまった、と思いつつそろりと見上げればにやにやとこちらを見る、どこか意地の悪い顔。
何してるんだ自分、何自分から関わりにいってるんだ・・!
後悔しても再度バッチリと合った視線はもうどうしようもない。
あわあわと無意味に左右に目を走らせていれば、相手は屈み込むようにしてこちらを見ていた姿勢を少し起こした。
左肩で扉にもたれたまま、ポケットから出された左手が考え込むように顎の下に添えられる。
やっと離れた視線は頭上を凪ぐように右上から左上に滑っていった。
「んー・・どっかで見たことある顔だと思ったんだけどな・・」
「???」
何だろう、他人の空似だったのだろうか。
それならば問題無い。
こちらとしても覚えなど無いのだから、知り合いかと思ったら間違えました、で済む。
「ユーリ?」
それで、一件落着・・・。
考え込む相手の斜め後ろから誰かが近付いて声をかけた。
わぁ、金髪・・外人さんだ。
「なんだ、フレンもこの電車に乗ってたのかよ」
並ぶ二人の背丈は丁度同じくらいで、親しげに話す様子も相まってただの知人というよりは親友という言葉がしっくりきそうな雰囲気だ。
何にせよ、これで目の前の問題は解決・・・。
「へえ・・・」
「な、・・・だろ?」
「・・・・・え?」
何故か寄り掛かる脇のポールを右手で持った金髪の男の人に、またもやまじまじと見られる。
なんだ何だ、私は珍獣じゃないし、他人の空似なんじゃないのかな?
「あ、これは失礼・・・」
思わず睨み返せば、まじまじと見てきた相手はハッとしたように姿勢を正して、済まなさそうに謝ってくる。
謝ってくれるだけ、長髪の人より礼儀正しくて良い。
つい出そうになった溜息を何とか堪えて窓の外を流れる景色をちらと見る。
・・・何にせよ、早く駅に着かないかな。
「でも確かに・・・僕もそう思う」
金髪の男の人が長髪の男の人にそう話し掛けている。
しまった。
見てくる訳か何かを話していたのかもしれないのに、一瞬ぼーっとしていた隙に聞きそびれてしまった。
それにしても。
前に扉にもたれる長髪の男の人で、左脇にポールを掴んで立っている金髪の男の人で・・・囲まれている。
何だかここだけ人口密度高くないか。
二人とも背が高いからなおさら、身長の低い私にとっては大分圧迫感がある。
気が付けば人混みは乗り換えの路線が多い前の駅でだいぶ減って、むしろ反対側の扉脇なんて誰もいないしよく見れば席も空いている。
ここに固執する必要など勿論無い。
よし、二人の間を何とか抜けて、反対側の扉脇に行こうそうしよう。
頭上で交わされれ軽快なやり取りを聞き流しつつ、もたれていた角から身体を離し。
「ちょっとすいま・・・」
せん、と擦り抜けようとした瞬間、バッグの紐が何かに引っ掛かったようにくんと後ろに引っ張られた。
慌てて振り向けば。
「・・・どうした?」
「・・・・・・」
いやいやいや、どうした?、じゃないでしょ。
むしろそれはこっちの台詞でしょ。
今まさに掴んでいたものを離しましたと言わんばかりにパッと開かれたその右手!!
反射的にキッと睨みつけてしまう。
「おー怖え怖え」
「・・・何でしょう」
あまりにもその茶化した様子がムカついて、とうとう話し掛けてしまった。
馬鹿だ私、この隙にさっさと向こうに行けば良かった・・!!
なんて脳内反省会を即時はじめていれば、斜め後ろから溜息が聞こえた。
誰のものかなんて分かりきっている、ポールを掴んでた金髪の男の人のだ。
「ユーリ・・・」
それが名前なんだろうか、呼ばれた相手は聞いているのかいないのか不意に外を見て、おっ、と声を上げた。
つられて見れば電車は丁度ホームに入って止まり、こちらの扉が開くところだった。
「んじゃ、まずは飯からだな」
「・・・はあ、やれやれ」
彼等はここで降りるのかの半ば安心しながらぼけっと見ていれば、ホームに一歩踏み出した長髪の男の人が振り向いた。
視線の先でニヤリと悪戯そうに笑う。
え、何か・・・。
「!・・・ちょっ」
嫌な予感を感じて逃げるように電車の奥へ向かおうとしていた体がまた、くんっと引っ張られる。
肩越しに振り返れば、今度は手を離さないまま、長髪の男の人が更にバッグの紐を引っ張った。
「わ、わっ」
後ろによろめきそうになった体が支えられる。
前から両肩を持って支えてくれた金髪の男の人が怒ったようにまた、ホームに先に降り立った相手の名前を呼んでいる。
助かった・・・。
転ばずに済んだし、きっとこれで紐を離してもらえる・・・あれ?
「へ?」
「ん?」
ととん、と前から肩を軽く押されて、転ばずとも足が数本後ろに下がった。
下がればそこはホームで。
視界で閉まる扉をバックに、金髪の男の人が小さく首を傾げている。
いや、だから。
私の降りる駅はここじゃなくて。
「腹減ったから早く行こうぜ」
背中に当たる声。
のしっと頭に乗っかる、これは腕?
いやいやいや近いよね。
振り向けずに固まっていれば、金髪の男の人がにこにことやけに嬉しそうに笑う。
「そういえばこの前美味しい肉の店を見付けたから、ユーリにも教えようと思ってたんだ」
「へー・・相変わらず、好きだな」
「君も、だろ?」
何故か前後を挟まれたまま、話が進んでいる。
ちょっと君たち、待たないか。
そろそろ私のゲージも溜まりそうですよ。
「・・・・で」
頭に乗った重みで少し俯きながらじっとりした声を出す。
聞け、この不機嫌MAXな声を!
気付け、このおかしな状況に!!
何か、言うことはっ!!!
「何か用ですか?」
やっと、やっと聞けたよ!
やりました、私やったよおかーさん、こんなよく分からない人達相手に勇気出したよ、うん。
「・・・・・」
「・・・・・」
「何も無いなら・・」
帰るんでまずはその腕を、と言う前に離れた背後の男の人が視界に入って金髪の男の人と並ぶ。
二人で視線を何やら交わし合っている。
「えっと・・まずはご飯でも一緒にどうかな?」
「・・・・・・へ?」
「用っていうか、まあそうだな。まずは飯だ」
話はそれからだ、みたいな。
他に何かあるかな、みたいな。
何の不思議もなさそうなそんな二人の態度に、おかしいのはこちらなのかと思いそうになっていや待てと踏み止まる。
「いや、私・・」
「あ、もしかして何か用事が?」
「いえ、もう帰るとこですけど・・・」
ああ、何正直に答えているんだしっかりしようよ自分。
嘘でも何でも予定があるって一言言えば!
「じゃあ問題無いよな」
そのしれっとした態度!
そもそもだ。
「私、あなたたちのこと知らないんですが」
「まあ、そうだよな」
「ええ、だからまずご飯でもどうですか?」
やっと言い切った、そもそもの誤解?というか他人の空似なんだかを再確認しようとするも、華麗にスルーされる。
「・・・行くよな?」
あ、れー?
すでに行くこと前提で話していたであろう長髪の男の人が威圧感たっぷりに見下ろしてくる。
これを世間では脅しとか言うよね。
「折角だから、ね?」
折角って・・何が折角なんだ。
一見物腰穏やかそうで強く拒否したら引いてくれそうな金髪の男の人だけど。
何故かな・・・ね?って言いながらガッチリ掴まれた左手首を離してくれる気配が無い。
笑顔な分、それも怖い。
「よーし、んじゃ行きますかー」
にかって笑って肩を押される。
行くなんて言ってないよ!
何だこれ誘拐か?連行か!?
「ど、こへ・・・」
「ん?フレンおすすめの肉の店」
「美味しいから是非君にも食べて欲しいんだ」
キラキラと眩しい笑みと、うらはらにガッチリ掴まれたままの左手首。
やっぱりこれは連行か。
私、何かしたっけ・・。
左右を挟まれたままホームを歩く彼女のことを見下ろして、密かに頭上で視線を交わす。
抜け駆け、上等。
手は、抜かないつもりだよ。
『人はそれをナンパと言う』
◆アトガキ
2014.3.22
扉脇にいて男性に間近に立たれると怖いです。
満員とかだともう仕方ないって分かってるけど、警戒心バリバリですよ。
というわけで、不審者丸出しな下町コンビでした。
電車内でこんなこと妄想し出す自分の脳内のがよっぽど変態度高いですが、手遅れだからそれは言わないお約束。
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