夜に包まる



思わぬ襲撃に足止めをくらい、暗くなる前に次の街にまで辿り着けなくなってしまった。
今日も野宿かと言いながら、みんなで手分けしてテントを張って焚火用の木の枝を集め、簡易だが温かく素朴な味の煮込み料理を食べて。
片付けも終わり各々軽く自由時間を過ごせばもうあっという間に辺りは真っ暗、明日の行程も考えてそろそろ寝ようと男女別れてテントに入ったのはもう数刻前だった。

パチリ。

一つ瞬きをする。
聞こえてくる寝息の数を数えて、皆、今日最後の襲撃で疲れがたまったのかぐっすり寝入っていることを確認する。
そっと身を起こせば、隣には猫のように丸まるリタとそれに向かい合うように引っ付いているエステル、更にその向こうに外を向いてジュディスが横になっていた。

「・・・・・」

むくりと上体を起こしたまま、それらの様子をひとしきり観察して、そしては誰も起こさぬようにそっと這ってテントの入口を静かにめくった。



途端に顔面に吹き付けた夜風が冷たい。
思わず顔をしかめてぎゅっとつむってしまう目をそろそろと開ければ、赤く小さく躍る火の明るさと燃える微かな音が耳に届いた。
そして、こちらに背を向けて座っている、その背中。

「・・・・・」

振り向く様子が無い背中をじっと見て、顔を出していたテントの入口から、また静かに這い出した。
草原の上を音を立てないように息を殺して慎重に進む。

確かアレは男性陣のテントに置かれた荷物の中に入っていたはずだ。
寒くて手足が凍えそうで、冷えきった指先を動かすことに集中し過ぎていた。
お隣りのテントに到着、ちょっとお邪魔しますよという気分でかじかむ手を入口にかけたところだった。

「なぁにやってんだ、

「!・・っ!?」

不意に背後から聞こえた声と共に、四つん這いで手を伸ばしていた姿勢のお腹にするりと何かが巻き付いて、反射的に上げてしまいそうになった声を何とか自制出来たのは奇跡だっただろう。
口元に回されたもう一つの手の平の中、喉の奥で押し殺した悲鳴がくぐもった。
安堵する暇も無く、お腹に回された腕がぐっと引き上げられて、あっと思う間もなく両手足は地面から浮いてしまった。

「暴れんなら、顔から落とすぞ」

慌てて暴れようとした体は簡単な脅しにあっさりと屈して、は観念してまるで荷物か何かのように小脇に抱えられたまま焚火に向かうその足に合わせて、ガックリと垂らした頭を揺らした。

「・・・・・ふぅ」

「・・・・」

焚火の傍の定位置に座り込んだユーリの、胡座をかいた膝の上に座らされる。
近い。
だが、座った途端に二の腕ごとがっちりホールドされて身じろぎもままならず、視線だけを他所に逃がすようにうろうろとさ迷わせていた。
じっと見下ろしてくる気配を感じる。
じっと、というより・・じっとり?これは絶対に呆れた半眼をしている。

「・・・・・・ん、で」

暫しの間をおいて、やっぱり呆れたような声音が髪にかかる。

「・・どっちだ?」

「・・・、・・・?・・え?」

思わず見上げた先、じろりと睨まれてまた慌てて視線をそらす。

「・・えと、どっち、とは・・?」

何を聞かれているか分からずに俯いたまま問い返せば、また暫しの沈黙の後に盛大な溜息が降ってくる。

「おっさん・・・なら、ちょっと趣味悪いしオススメ出来ねえな。・・・それともまさかお前、ショタコン・・」

「いやいや待って、違うから」

やっと何が言いたいか分かって、急いでその夜這い疑惑を否定する。

「んじゃ、野郎のテントに何の用だよ」

そう聞かれて、思えば本当にしょうもない理由でとんだことをしようとしていたなと、きっとそれも寒さで頭の回転が鈍っていたんだろう。
だってきっと、他にもっと良い方法があったはずで・・・。

「答えらんねえのか。ん?」

「いっひたいっ」

つい黙り込んだまま、改めて自分の行動を考え直してその選択肢のひどさに反省していれば、不意に頬を抓られた。
そのまま、うりうりとつまんだ頬を引っ張ったり突いたりと、やりたい放題の相手を睨み上げる。

「離し、て」

「お前が素直に言ったら、な」

「・・・・笑わない?」

「もう十分笑える顔してっけど?・・あー、はいはい。ほら。んで何だったんだよ」

人の頬を散々弄り回す相手に、真面目に聞かないなら話さないと言えば、そう拗ねるなと今度は頭を宥めるように軽く叩かれる。
正直、焚火の傍で不可抗力ながら自分より体温の高い相手と引っ付いていることでだいぶ眠気に襲われていた。

「調味料、がそっちのテントに置かれた荷物に入ってたかなって・・」

「調味料?なんでまた」

「とうがらしが・・舐めたら暖かくなる、かと・・」

「・・・?」

霞みがかかりそうな頭で、寝ている合間に起きたことをゆっくりゆっくり口に出す。

「リタ・・がもうふ、をね」

「・・成程、とられたのか」

「ん。・・・でも猫みたいだし、かわいそう・・・で」

うとうとと瞬きを繰り返すも、開閉の間隔はどんどんゆっくりになっていく。
見下ろしてそれに気付いたユーリは苦笑して、舟をこぐ頭をそっと撫でた。

「寒いなら、そう言やぁいいんだよ」

言って、二回頭を叩いて、ちょっと待ってなと体を離す。
途端に開いた隙間を夜風が通り抜けて、無意識に熱源に擦り寄った。
びくっと体を揺らした相手に、眠気で鈍った思考回路のままぼへっと黙って見上げていれば、ユーリは暫く迷った様子で後ろ頭をがしがしと掻いて、またどっかりとその場に座り込んだ。
いて、くれるようだ。
ぼんやりとした頭でそれだけ分かってほうと安堵の息を吐く。
困ったようにこちらを見下ろしていたユーリは、また溜息をひとつ零してラピード、と小さく相棒の名前を呼んだ。
その声に、焚火の傍で丸くなって寝ているとばかり思っていたラピードは緩慢に顔を上げて、仕方がないなと言わんばかりにワフッと小さく返事を返してどこかへと走っていった。
そしてすぐにテッテッと足音も軽やかに戻って来る。
その足音さえも最早子守唄のようにうつらうつらとしている体が、ふんわりと包まれる。
思わず瞬きを繰り返す。

「リタ・・・」

剥ぎ取ってきちゃったの?と聞けば、んなわけねーだろと更にしっかりと抱え込まれる。

「俺の」

だから遠慮なんかしねーでちゃんと包まっとけ、と頭をぐりぐりと撫で回される。

「ユーリ・・は、」

どうするのか、毛布とっちゃったけど・・・と呟けば、ふっと笑う声が降って来る。

「もう、寝ろ」

それ以上はもう意識を保っていられなくて、毛布の柔らかさとユーリの温もりと促すように優しく撫でる手つきに誘われて夜に、溶けていった。



くったりと最後の力を抜いて全身を預けられると、満たされた気持ちになる。
テントに忍び込もうとしていた時は正直どうしてやろうかと思っていたが、まあのことだ、夜這いなんてこと出来るわけもないしそんなこと考えもしなさそうだ。
とうがらし舐めりゃあって、さすがにその理由には思わず呆れちまったが。

『ユーリ・・は、・・どうするの?』

そんなん答えはひとつ。
この抱え込んだ温もりがありゃ、他には何もいらねえな。




◆アトガキ



2014.11.20



あったか毛布・・・毛布の誘惑に逆らえません。
ユナイティアプレイしながら毛布にくるまって、気が付いたら夜が更けてて何か少し悲しい気持ちで、また寝なおします。
ああー・・でも、ぬくぬく、幸せです。



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