追いかけて、捕まえる



「ユーリ・・、ユーリ!」

風に長い髪を遊ばせながら、今にも曲がり角を曲がって行ってしまいそうな背中を見つけて声をかける。
暗がりに溶け込みそうな黒い長身は、一拍置いて振り返った。

「ユーリ」

立ち止まったその姿に小走りに近寄れば、何でもないかのようにこちらを見て待っていてくれる。

か。・・何だ、どうかしたか?」

「ううん。何でも無いよ」

見かけたから声をかけただけだと伝えれば、仕方がねえなとでもいう風にふっと笑みを零しながら見下ろしてくる。
ちょっと、ほっとした。
ユーリはともすると、故意に自分の存在をあやふやにしようとする素振りを見せる。
暗がりに紛れて、そのまま闇の中に溶け込んで行ってしまいそうな、そんな不安定な気配を纏わせている、ような気がする。
それは例えば、猫が自分の死期を悟って何処かへと姿をくらましてしまうのと似ていて。
だから、時々すごく不安になる。

旅を終えてからのユーリは、ギルドに所属しながらもふらりと自由に行動していることが多くて、なかなか捕まえられなかったりする。
その間に、自分の手が届かないところへ行ってしまうんじゃ無いかと、いてもたってもいられない衝動にかられたりして。
ダングレストではカロル先生やジュディス、帝都でたまに会うフレンやハルルに来ているエステル、レイヴンを診察するリタ。
誰に会っても、ユーリのことを一言も話さない時は無い。
みんなも、あからさまに言葉や態度に出さないだけで、どこか不安なんだと思う。
だから、ひとりの顔をしているユーリは駄目で。
そのままにはしたくなくて、見つけては大声で呼び止める。
もしユーリがひとりを望んでいたとしても、自分が嫌なのだ。
だから、これは自分勝手な私のエゴ。

「そういやこの前、ダングレストに新しいスイーツ屋が出来てね・・」

そんな気持ちは笑顔の裏に押し込めてユーリが食いつきそうな話題を振れば、腰に手を当てて見下ろしてくるユーリのその黒みがかった紫色の瞳がキラリと光った気がした。
よし、のってくれた!と、嬉しくなる。
嫌そうな顔をするレイヴンの背中を押して、その新しい店の様子を見に行って良かった。
その後、レイヴンの酒につき合わされながらも、情報を仕入れた甲斐があったというものだ。
何処かへ行ってしまいそうなユーリを、少しでも長く自分と同じ場所に繋ぎ止めるために。
同じ世界にいて欲しいと、言葉の裏に忍ばせて。



「ユーリ・・、ユーリ!」

足音で分かっていた。
それでも、声をかけられるまでは自分に用があるわけじゃ無いのかもしれないと、立ち止まらずにいる。
そうしていれば、彼女が少しだけ切羽詰まったような声で自分の名前を呼んでくれる。
必ず。
何でもないような顔で立ち止まって振り返ってみれば、ああ、ほらやっぱり。
不安げな顔がぱっと笑顔になって、走ってくる。
そんな急がなくても、ちゃんと待っててやるっての。
何処か迷子のような相手が、自分めがけて小走りで近寄ってくるのを苦笑しながら見守る。

「ユーリ」

もう一度、確認するかのように呼ばれて、自然と口元に笑みが上る。

か。・・何だ、どうかしたか?」

「ううん。何でも無いよ」

何でもねえって顔じゃ、無いんだけどな。
いつも変な奴。
でも、例えば自分が先にの姿を見つけても、声をかけずに立ち去ることは良くある。
俺も、用って用は無いから、な。
ただ、まぁ会えたら嬉しく無いわけじゃなくて。
でもそれより何より、背中を追って走ってきてくれるこいつの存在が、俺にはすごく大切なものに思えるから。
つい、声をかけそびれるんだと、心の中で言い訳してみる。
迷子が、はぐれた相手を見つけたかのように、誰と話していても俺の方を追いかけてくる。
それだけでも十分だってのに、安心したような顔しやがるから。

「ユーリ、聞いてる・・・?」

「聞いてるっての。そのバケツパフェ?っての食ってみてえな」

不安げな顔にも愛おしさがこみ上げる。
俺のことで不安になったり、安心したようにするのその表情ひとつひとつに、満たされていくのを感じる。
不安そうにさせて喜んでるなんて知られたら、怒られちまいそうだけどな。
・・・誰に、とは言わないが。
そんなことを考えているなんて露とも思っていないのだろう、宥めるように頭をぽんぽんと叩いてやれば、掌の下で嬉しそうに小さく笑っている。

「今から、行かない?」

「んー」

ギルドの方にも顔を出そうと思っていたのだが。
考え込んで見せれば笑顔がまたちょっとだけしぼんで、様子を窺うように見上げてくる。
・・・あー、本当に可愛いやつ。
くしゃくしゃっと髪をかき混ぜてやれば、抗議するように頭上に伸ばされたの片手をすかさず捕まえる。

「わっ、っと・ユーリ?」

「行くんだろ?案内してくれよ」

掴んだ手をくいっと引っ張ればたたらを踏んで、掴んでない方の手を倒れないようにか、そっと腕に添えてきた。

「あ、ごめん」

ぱっと離される、手。
悪いのは、俺なのにな。
ズルをしているのは、いつだって俺の方だ。
かけられる声を、伸ばされる手を待つ俺は、ずるい。
そんなことにはさっぱり気付かずに、笑顔で手を引いて歩き出すの一回りも二回りも低いその背を見つめる。

いつまで、俺のことを追っかけてくれるんだろう、なんて。

掴んだ手が離された時は。

そのとき、俺は・・・。




◆アトガキ



2014.5.30



ユーリさんが、ひとりふらっと行動し始めると不安にかられるっていう話。
近所の見慣れたにゃんこが、一匹、また一匹と姿を見せなくなると「ああ・・」って無意識に思ってしまう、あんな不安定さをユーリさんにも感じます。
ユーリさんは、相手が何をそう不安に感じているかも気にならないわけではないですが、それよりも自分に執着してくれている状況に、ちょっと喜んでいる・・とか書くと何でしょう、急にユーリさんが変態チックに・・・。
・・・あれ・・・?



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