明け方ふと目が覚めて。
まだ白んだばかりのカーテン越しの薄い空の色を見て、寝返りを打とうとした。
ついでに小さく伸びをしかけた片足に、不意に違和感。
「あ、つっ・・」
ビシッというか、ビキッという音が聞こえたかのように右足のふくらはぎに強烈な痛みが走り、眼裏が一瞬真っ白になった。
「ぃっ・・ぁあ・・・っっ!!!」
ギリギリと弦を引き絞るような、そのまま右足を引き千切られてしまいそうな痛みに襲われて、歯を食いしばって右手をシーツに押し付けて手の平に爪を立てた。
「・・・おい?」
ぎゅっと目を瞑って耐えていれば、自分以外の声が聞こえた気がして薄っすらと目を開ける。
部屋の扉に片手をかけて、ユーリが怪訝そうにこちらを見ている。
「ユー・・・」
だが依然としてふくらはぎは痛みを発して、出かけた言葉は形になる前に閉ざされた喉の奥で消える。
俯けば視界を自分の髪が覆い、世界が真っ暗になった。
明け方、小さな悲鳴が聞こえたと思って見に来れば。
は中途半端に上半身を起こしたまま、俯いたままベッドの上で固まっていた。
「変な声が聞こえたと思えば・・・どうした」
大丈夫かと問えば、小さく頭を振って答える。
近寄れば、白くなるほど拳を強く握っていて確かに大丈夫そうには見えなかった。
でも、それ以上何も言おうとしない。
その手を持ち上げようとすれば、思いがけない力で抵抗された。
いや、抵抗しているというより、ぐっとベッドに押し付けるその力を抜くことが出来ないといった感じか。
手に触れたことで俯いていた頭が少し持ち上げられて、髪の毛の隙間から見上げてくる視線を感じる。
顔の前に垂れ下がる髪を優しくかき分ければ、泣きそうに寄せられた眉根が見えた。
薄暗い部屋の中、頬と額に掌をあてて熱があるわけでは無いことを確認した。
「・・・で」
どうしたんだと、言いかけた視線がの足元を見て止まる。
「・・ユー、リ」
脅えたようにこちらを見上げる視線を見て、そしてまた放り投げられたように布団の上に出された右足を見る。
正確にはその爪先を。
「・・・なるほど、ね」
「いや、え・・いやっやだやだ、やめてっ!!」
「こむら返りだろ」
足元に移動すれば、泣きそうな顔が悲痛なそれに変わる。
こむら返りを起こして引き攣っているであろうふくらはぎを見つつ、手を伸ばせば絶望といった表情で必死にこちらを止めようとする。
でも、動けないんだろ?
自分の顔が優しいものじゃないことを自覚しながら、そっと丸まっている爪先を左手で掴んだ。
「伸ばしたほうが良いって、分かってんだろ?」
ユーリの左手が痙攣するようにぎゅっと丸まる爪先に伸びていく。
にこりと笑っているその顔に、この意地悪っ、魔王!と言ってやりたくとも、今少しでも口を開けば悲鳴を上げてしまいそうで。
それが分かったのか、ギシリとベッドを鳴らしてユーリが乗り上げてくる。
左手をいまだ人質のように爪先に向けていて、ふくらはぎの痛みと相まってずり下がって逃げることも出来ない。
くすりと笑って、上半身をこちらに折り曲げたユーリの右手が伸びてきて、頬を撫でてそっと口元に押し当てられた。
「上げたかったら、声、上げてもいいぜ」
全部、受け止めてやるよ、なんて。
こんな場合じゃなければ格好いいのに、止めるつもりが無いユーリの最終宣告を聞いた気がした。
ぐっ
「ぃっぁ・・~~~~~~~っっ!!!」
丸まった足の指に指先がかけられたと思った瞬間、それがぐっと反るように脛の方へと押されて、頭の中までもぐっと締めつけられるような鋭い痛みに貫かれる。
遠慮も無く力強く引っ張られて、耐え切れず上げた声はユーリの右手に吸い込まれていく。
それだけでも足りなくて、真っ白な頭のまま握った拳でベッドを打ちつけた。
バシンバシンとシーツを叩く手は、後で冷やしてやらないとなと思いながら、ぐぐぐっと爪先を握った左手を脛に押し当てるように折り曲げていく。
痛いよなー、これ。
俺も自分だったら勘弁して欲しいと思う。
右手にくぐもった悲鳴を感じる。
いやいやと頭を振って数秒、ぐったりとの体がベッドに沈んだ。
収まった・・か。
右手をそっと離せば、小さな唸り声のようなものが聞こえて、不謹慎にもちょっと笑ってしまった。
「ぅ・・ユーリのばか・・この、どえす・・」
「何でだよ、ちゃんと収まっただろ?」
「・・・すごい、いたかった・・」
疲れきったといった態で手も足も投げ出して、呻く相手を上から見下ろす。
くったりとしたままのは小さい声で、もうちょっと手加減してくれてもいいのにと、恨みがましい目で見上げてくる。
「手加減なしってのが、俺の優しさだからな」
「それにしたって・・」
「さっさとやっちまった方が、痛いのも少しで済むだろ?」
それに、とまだ小さく痙攣している足をそっと撫で上げれば、見上げてくるその眉がきゅっと寄った。
「この前もなんかひょこひょこ歩いてんなと思ったけど。ちゃんと伸ばさないと後が辛いって知ってんだろ」
「あれは、でも・・少しすれば無くなってくるよ。平気なのに・・」
痛みに耐えるのに必死で伸ばさずに放置したか、はたまた耐えかねて足を折り曲げてしまったのか。
何にせよ、その場では痛みは治まっても筋肉痛が残って、足を地に着けるたびに体の重みに耐えかねて痛みが走ったはずで。
片足を引きずるように、時折眉根を寄せて歩いていたその姿を思い出して溜息を吐いた。
少しずつ荒い息を整えようとはぁふうと呼吸を繰り返している、その少し汗ばんだ額を拭ってやる。
ちゅ、とオマケのようにこめかみに唇を寄せれば、下にある体がぴくりと小さく震えた。
「な、に・・」
「頑張った、ご褒美」
ちゅ、ちゅと額に頬にと顔を寄せれば、明るくなった外からの光に照らされた顔も鮮やかな朱に染まっていく。
「あ、もういいです、ユーリありがとう」
言いながらずりずりと後ろに下がっていく体を、乗り上げた膝を進めて追い詰めていく。
とん、とへッドボードに頭を小さくぶつけた相手が、はっとしたように頭上とこちらを交互に見て、その焦った顔に加虐心がそそられた。
首の両脇に両手をつけば、その目が零れそうなほど丸く見開かれて。
その瞳に吸い込まれるように顔を寄せて、口づけを落とした。
「んっ・・・」
柔らかい唇を堪能して軽く食んでやれば、それは小さく声を上げて開かれて。
すかさず舌先を差し込んで、上唇の内側をちろちろと舐め上げる。
自分の下にある体がふるりと震えて、こちらを見上げる揺れる瞳に背筋がぞくりと粟立った。
口腔内で戸惑うようにしている舌に自分のものを絡めて、強く弱く吸い上げる。
「んぅ・・はっ・んん」
明け方の静かな部屋に、くちゅりとお互いの唾液が交わる水音が響く。
飲み込めなかったのか、溢れた唾液が口の端から零れてつうっと伝っていくのを指先で拭ってやれば、とろりと緩んだ瞳がぼんやりとこちらを見ていて。
小さく笑って、左手で頬を包み込んだ。
「ゴチソウサマ」
何かを言おうとして戦慄く口元に、もう一度そっと口づけを落とした。
夜が、明けた。
◆アトガキ
2014.3.30
最近、目が覚めて襲われることが多いんです、こむら返り。
1人で部屋で耐えてるのが寂しすぎるんで、したためてみたのですが。
切なさが増しました・・。
うっかり曲げちゃったりすると、ひょこひょこする羽目になる、もっと頑張って足の筋肉!
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