Can I take this Santa ?



町中で大荷物抱えて困ってるカロルくんに出会って手助けして、成り行きで最後まで荷物運び手伝ったりして。
気が付いたらギルドに勧誘されて、他にまぁすごくやりたいことがあるって訳でも無いから良いかなって加入してしまった。

人助けすることは好き。
やっぱり人は、それが顔も見たことが無い見知らぬ誰かだとしても、誰かのために生きたいと願う生き物なんじゃ無いかなと思う。
誰にだって笑って、ありがとうって言われたら幸せだもんね。

・・だとしても、これはどうだろうか。

「いらっしゃいませえ!ほら、ちゃんも笑顔で!!」

「い、いらっしゃいまセェ・・っ」

冷たい風が吹いて、折角張り上げかけた声が尻つぼみに消えていった。
頬は既に寒さで感覚が無くなりかけて、まあこれはこれで笑顔のまま凍ってるんなら仕事上問題ないかとか思うが、引きつった笑みであることは十分自覚している。
だって、ねえ。

「おっ、かわいいサンタちゃんじゃん!こんな独り身のおっちゃんにも売ってくれるのかなー?」

「え、ええ、もちろんですゥ・・」

あっはっはと笑いあうおじさんたちに、買うならさっさと買って帰れと心の中でつい愚痴をこぼしてしまう。
そんな自分の格好は、おじさんたちの言うとおり、サンタだった。
ズボンなら良かったのだが、迷わず渡されたのは裾に白いふわふわがついた赤い膝丈のスカートだ。
この真冬のダングレストで、生足さらしてサンタガール。
今、私はこの寒風吹きすさぶ中、ケーキ屋の店頭でサンタガールの格好で売り子をしている。

「ぁ、っ」

急に吹いた風に、つい膝を摺り寄せてしまうのは致し方なかろう。
だって、寒いのだから!
こらそこの!鼻の下を伸ばした顔で「ぉお」とか言うな、恥ずかしいはずかしい、さっさと終わって欲しいこの苦行っっ

「いやぁ、悪いねぇ。こんなに寒くなるとは思わなかったんだが・・まあこれも商売だから、もうちょっと頑張ってくれよちゃん」

隣で一緒に売り子をしていたケーキ屋の男性店員は、そう言って何かを差し出してきた。

「え、いいですよ!私も自分の分ちゃんともらってます」

「いいよ、俺の方が体温高いし、・・・何よりちゃん、スカートでしょ」

そういった視線がつつ・・と下に下がるのから、何とも言えない気分で目を少しそらしつつ「それじゃ、遠慮なく」とその差し出されたカイロを受け取った。
自分の分はもらったが、すでに腰に貼ってしまっていて指先がかじかんで仕方が無かったのだ。
喋るたびに零れる白い吐息すらも惜しい気持ちで指先をすり合わせてしまっていたのを、見かねてくれたのだろう。
そう思えば、度々こっちのスカート辺りをチラ見していることも何かどうでも良くなってきた。
仕方が無い、とにかく寒いのだから。

「でも、ちゃんが来てくれて本当に助かる。ギルド、凛々の明星に頼んで良かったよ」

「いえいえー、これからもどうぞご贔屓に」

言って、カイロを両手で抱えながらにっこりと営業スマイルを返した。
その時だった。

「ここだ、ここ・・・って、何でお前んな恰好で・・・っ」

「あれ、どうもユーリさん。討伐の依頼終わりですか?お疲れ様です」

数人のギルド員と歩いて来たユーリさんが、目を丸くしてこっちを見て立ち止まった。

「クリスマスケーキ買いに来たんですか?」

「っ・・と、まあ、そーなんだが・・」

「ん?ちゃん、知り合い?」

何だか歯切れ悪く視線が彷徨いまくっているユーリさんに首を傾げていたら、隣の店員さんに聞かれては頷いた。

「ええ。同じ凛々の明星のメンバーですよ・・っていうか、発足メンバーだそうだから先輩も先輩です。ね、ローウェル先輩」

「へえー。そっか・・・あ、どうも今回依頼させたいただいた、パティスリー・ニテンス、です」

「どうも・・ユーリ・ローウェルだ。・・てか、お前そのローウェル先輩ってのやめろっての」

「いいじゃないですか」

「で、ケーキはどれにすんの?今なら、ちゃんに手伝ってもらってる礼にちょっと安くしとくよ」

「えっ、いいんですか?!」

「・・・・・」

「良かったですね、ローウェル先輩甘いの好きじゃないですか!」

「そうなんだ?」

「・・・まあな」

「・・・・・??」

普段なら、「よっしゃ」とか言って早速選び出しそうな流れなのに、何でだか眉間にえらくしわが寄っている。
どうしたんだろう。

「・・・ユーリさん?」

大丈夫か、と聞こうとしたがふいと視線はまたそらされてしまった。
何かしただろうか。
そう考えかけて、はっと気が付く。

「討伐帰りで疲れてるとこ、すいません。どれにします?」

年末は本当に、何が起こってるんだと言いたいくらいに忙しい。
誰もかれも大掃除やら何やらと人手が欲しいらしくて、いつもなら宣伝もしながらギルドの依頼が無いか依頼の紹介所に行くくらいなのに、今は頼みもしないうちにどんどん依頼が回されてくる。
凛々の明星はギルドとして出来たばかりでやっと人手も増えてきたところだってカロルくん・・・ボスが言っていた。
確かにまだまだ人数的にも規模が小さい、成長中のギルドだ。
だから、出来そうなことなら何でも引き受ける。
それで、今は猫の手も借りたいくらいの忙しさに追われてしまっているのだ。
ユーリさん含め戦闘力が高い人たちは皆、軒並み魔物討伐に駆り出されてしまって、その他の人は引っ越しや行商人の荷物運びの手伝い、はては失せ物探しや大掃除や家の修繕・・etc。
そんなこんなだから戦闘力がほぼ無いに等しい自分は、この書入れ時に風邪を引いて店員が寝込んでしまったケーキ屋の売り子という急な依頼を引き受けていたのだが。

「・・・じゃぁ、そのショートケーキのやつ。ホールで」

「はい」

しばしの無言の後に指差された可愛いクリスマスケーキのホールに、すでに包まれた状態の箱を取り出して隣の店員さんに渡せば、ウィンクが返ってきた。

「んじゃ、特別割引ね」

「依頼してくださったのに、何かすいません」

「良いって。・・んじゃ、これね」

「・・・・ああ」

受け取ったユーリさんの目が、ちらとレジを打った店員を見てそのあとこちらを見た。

「・・は、いつ上がれんだ?」

「えっと・・・」

言われて隣を見上げる。
昼から休憩を何度か挟んで、今は6時半。
一応、最初は7時と言われていたが、出来れば売り切ってしまいたいということでもしかしたらもうちょっと時間が伸びるかもしれないという頼みに、既に了承済みだった。

ちゃんが頑張ってくれたから、今年はかなりいい感じだし。予定通りでいいよ」

それに、と言いつつ空を見上げる。
つられて上を見上げれば、さっきまで薄かったはずの雲が少し厚みを増して空を灰色に閉ざしていた。

「雪、降るかもしれないから」

さすがに雪の中その恰好じゃ風邪引いちゃうからな、と苦笑して言われて、ありがとうございますと頭を下げた。

「後30分ほどです」

「・・そっか。・・んじゃ、頑張れよ」

「はいっ。お疲れ様でした!」

後ろ手にケーキを引っ下げて、ひらひらと手を振ったユーリさんは他のギルドメンバーと一緒に街中へと消えて行った。
よし。
あと少しだと分かれば、やる気が沸いてくる。
ケーキ、売り切ってやろうじゃないかという気にさせられる。

「いらっしゃいませぇ!クリスマスケーキは、いかがですかー!」

「お、いいねぇ。よし、その調子で売り切っちゃうか」

「はい!・・いらっしゃいませーっ」





「今日は本当にありがとうな、ちゃん」

「いえー・・・ちょっと売れ残っちゃいました。すいません」

「いやいや、十分だよ。・・・はい、これ」

「え、でもこれ・・」

「あ、もちろんギルドへの報酬は別に払っておくけど、これはちゃんへのお礼。甘いもの嫌いじゃ無かったら、持って帰って食べてくれよ」

「ケーキ好きです!いいんですか?ありがとうございます!」

うんうん、と頷いて差し出されたケーキの箱を受け取って、頭を下げた。
かじかんだ手も寒さで凍っちゃったような肌も気にならない。
自分の分のケーキなんて家族や彼氏もいないのに一人で食べるのも寂しいからと思っていたが、やっぱり嬉しい。

「また是非手伝いに来てくれよな、ちゃん。名指しで依頼しとくよ」

冗談だか何だか分からない言葉に笑って、手を振ってケーキ屋を後にした。
白い吐息が溶けていく空からは、今にも白いものが降ってきそうでつい早足になる。
早く部屋に戻って温まろう。
そして、ケーキを食べるんだ。

「っ?!っと・・すいませんっ」

勢いよく曲がり角を曲がった途端、誰かとぶつかりそうになった。
腕に抱えたケーキを守ろうと丸めた体を相手に支えられて、慌てて体勢を整えて見上げる。
薄暗がりの中で見上げた視線に、長い黒髪がサラリと流れた。

「って、ユーリさん?何でここに」

「7時上がりっつってたろ」

「いや、まあ言いましたけど」

だからといって、何故ここに?
疑問を顔に浮かべていれば、ふぅと白い吐息を零したユーリさんにすっと伸ばされた手で上着の腕を掴まれる。

「?え、どこに・・」

「討伐依頼無事完了の打ち上げ。あんたも来いよ」

「え、いやいや私の依頼内容、違いますって」

「いいじゃねーか、細かいことは。ほら、行くぞ」

「えっ、え」

戸惑っている内に腕を引っ張られたまま、歩いていく長身に何とかついて行く。
結局そのまま、凛々の明星のメンバーでよく行くんだという食堂兼飲み屋に連れていかれ、ボスのたどたどしい号令で始まったどんちゃん騒ぎに巻き込まれることになった。





「んじゃ、後は任せたぜ」

「えー、ちょっとユーリずるいよ」

「俺はこいつ送ってくっから」

送り狼になるなよー、ローウェルー・・・。

「うっせ」

わいわい、がやがやという騒々しい音が波のように耳に届いては遠ざかる。
すぐ近くに聴こえるこの声は・・・。

、起きたのか?」

「・・・?・・ぇ」

心地よい振動が響く。
背中は少しだけ寒いけど、そこまでではなくて。
それより何よりお腹の方が暖かい。
いつもより高すぎるくらいの視線、それが示すところはつまり・・。

「え、え?!」

「声がでけぇって」

くすくすと笑う気配は、目の前の長い黒髪を揺らす頭の方から聞こえる。

「いや、え?!何で、ユーリさん、なんで・・」

「あんたも、最近入ったばっかなのにこき使ってばっかで悪かったな。疲れてんだろ、もうちっと寝てていいぜ」

「いやいやいやいや」

おんぶ?!
この歳で、ちょっとお酒飲んだくらいで寝ちゃったの自分??
それで、おんぶ・・・?!

「おっ、おりまーす!」

「却下」

「何で?!」

くすくすと笑っていた相手は、はっははと更に笑い声をあげている。
何が楽しいのかさっぱり分からない上に、今の状況を自覚した瞬間からぐわっと上がる体温で夜気に当てられて寒い筈の頬が熱い。
たぶん、今私の顔は真っ赤だ。

「もう大丈夫ですって、起きてますから!お、おろしてくださ」

「遠慮すんなって」

「するに決まってるじゃないですか!疲れてるのは私よりむしろ、ローウェル先輩の方でしょ」

「ユーリ」

「う・・、ユーリさんー」

「だから、ユーリ。・・さん、とかいらねぇって」

「いやぁ、ここは人生的にもギルドという仕事場的にも先輩なんですから、呼び捨てとか」

「無理、じゃねーだろ」

「いや無理ですって・・・ていうか、話そらさない!おろし・・あ!」

「・・ん?」

背中越しに言い合っていて、気が付けば下宿先にあと少しというところで不意に思い出した。
声を上げた私を首を捻って見上げるユーリさんに、言おうかどうしようか迷う。
店に、折角もらったクリスマスケーキを忘れてきてしまった。
でも、ここまでおぶってきてくれたのに戻るなんて言えないし、戻るとは言わなくてもケーキのことを言えばユーリさんなら戻りかねない。

「いえ、何でも・・」

「なんだよ、言えよ。何かあったのか?」

「大丈夫です」

「言えって」

「・・・・・下してください」

「そうじゃ、ねーだろ」

見上げるユーリさんの目が少しジト目になる。
終いには言わなきゃ下さないとかいう、意味の分からない脅しをかけられてしまった。

「・・・さっきの店に、ちょっと忘れ物を・・」

「忘れ物、ね・・・」

「また、今度行ったときに聞くんで大丈夫です」

「・・・・・」

取りあえず、あの店に行くのは明日でもいいかと思う。
もしかしたら気付いた誰かが店員に言って保管してくれるかもしれないし、最悪食べられちゃったとしてもそれならそれでもかまわない。
自分で買ったわけじゃなかったことが、せめてもの救いだ。
何やら考え込んでいるユーリさんに、言ったのだから下してくれと頼めば何だか微妙な顔で、それでもやっと下してくれた。
少しだけふらついた足元を何とか踏ん張る。
下宿先まではもう後ちょっとだ。

「本当にありがとうございました」

「いや・・・」

「では、またギルドで。お疲れ様です」

「ちょっと待った」

「?」

顎に手を当てて考えていた相手に、呼び止められて立ち止まる。

の忘れ物って、もしかしてあの白い箱?」

「え・・」

しまった。
そういえば、ケーキ屋から上がったところでユーリさんに捕まってそのまま店に行ったのだから、見ていてもおかしくは無かった。

「あれって、ケーキ・・だよな?」

「えー・・えっと・・」

「クリスマスケーキ、だよな?」

「あー・・・・・、そう、です」

何故か、じわじわと感じる威圧に視線を彷徨わせつつ答えてしまった。
いや、何でこんな問い詰められる犯人みたいな状態になっているんだろう、と思いつつ慌てて両手を顔の前で振る。

「あ、あの、私自分で取りに行くんで、大丈夫で・・」

言いかけて見上げた相手は、思案顔だったのが何か思いついたかのようにニヤと笑う。
その顔、魔物相手にしてたの見たことあるんですが、とは思ったが言わない。

「じゃあ、一緒に食おうぜ」

「は・・?一緒って」

「どうせ今戻っても、気付いた誰かが開けて食っちまってるだろうからな」

「それならそれで別に・・」

「んで、俺んとこにホール1個あるから」

「・・はあ・・?」

「じゃ、こっちだな」

「は、え?え?!」

じゃ、って何だという間もなく、手首を掴んで道を曲がる。
いや、私の下宿先さっきの道真っ直ぐでいいんですけど、という反論も出来ないままスタスタと歩いていく。
相変わらず歩幅大きいよ、と小走りになりながら疑問符が頭を駆け巡る。

「え、どこ行くんですか」

「クリスマスケーキ食べに、俺んとこ」

何が、どうなってそういう流れになったのか。
離してくださいよと、何でだか言えないままに気付けばダングレストでユーリさんが間借しているらしい下宿先に着いてしまった。
ほらほら、寒いんだからさっさと上がれと促されて、断りきれずに階段を上がって部屋の中に通される。

「そこらに適当に座ってて。お湯沸かす」

「え・・すいません。お構いなく」

頭半分で答えつつ、ぼんやりと部屋の中を見渡す。
座るところといっても独り暮らしの部屋の中、テーブルに椅子がひとつと後は傍のベッドだけだ。
迷いながら、ベッドの端に腰掛ける。
何でここにいるんだろう自分と問いかけるも、答えが見つからない。

「・・さぶ」

室内だから風は無いが、帰ってきた部屋と言うのは冷え切っているものだ。
つい、ごそごそと足を動かして脱いだばかりの上着に包む。

「悪ぃ、そこの毛布かぶってて」

やかんのお湯が沸くのを待つ部屋の主がこちらをひょいと見て、そう言ってはくれるがさてどうしようか。
迷いつつも、毛布の誘惑に負けて遠慮なく肩から羽織ってしまった。
くったりと手触りの良い毛布に包まってほぅと息をつけば、お酒の酔いか疲れを思い出した脳が少し霞み出す。
いかんいかんと思いつつ、姿勢を保とうとするがカクンと首が揺れてハッと目を覚ますを繰り返してしまう。
徐々に温まる毛布と、シュンシュンとなるやかんの音。
それに誘われるように、重くなった瞼がいつの間にか閉ざされて視界は真っ暗になった。





「・・って・・・おいおい」

やけに静かだなとお茶を入れてちらと見れば、座っていたはずのは何故か横になって丸まっていた。
まさかと思いつつ、ついそっと足音を忍ばせて覗き込めば、すうすうと寝息が聞こえる。
思わず額に手を添えて、頭を抱えた。

「初めて来た男の部屋で、寝るか・・フツー・・」

襲ってくれと言わんばかりの無防備さに、溜息を吐くのを止められない。
自分の部屋で自分のベッドの上で、毛布に包まって丸まって寝ている。

「・・・・・」

例えば、あの店員なら速攻襲うんじゃなかろーか、とつい夕方見た光景を思い出して眉間に皺が寄る。
隣の野郎がチラチラ見ている視線の先に気付いていなかったのだろうか。
の胸元と足元を横目で見ながら、鼻の下のばしやがって。
てか、名指しで依頼とか・・。

「ねぇな。・・てか、あの恰好は無いだろ」

思い出しては、またはぁと溜息を吐き出す。
胸元を強調するようにクロスして絞られた胸下の紐、惜しげも無く晒された白い生足。
例えばそれを、ジュディあたりがやってたらあまりそこまで何とも思わなかったかもしれない。
こう言っちゃ何だがジュディスは普段から露出が大目だから見慣れているとも言える・・・、野郎どもは歓喜するだろうが・・・。
ジュディは・・そうか、討伐の方に駆り出されてたんだったなと思い出す。
いつもなら、そういう依頼もジュディが衒いなく引き受けてくれるのだが、討伐依頼も立て続けに舞い込んで、戦闘力の高いジュディもそちらに回ってしまって居なかったのだろう。

「だからって、よりによって・・」

毛布に包まってすよすよと寝ているを見下ろして、その横にしゃがみ込む。
どこでどうやって生きて来たのかとかは知らないが、カロルと一緒におっきな荷物を抱えながら笑顔で入ってきた時のことを思い出す。
当分ここらにいるから、困ったことがあったらまた手伝うよと笑って手を振って出ていった。
当分ってことは、今までは各地を転々としていたんだろうか。
親は?友達は?・・彼氏・・とか。

「・・・はー・・・、」

起きたら、どんな反応するのか。
それを思えばちょっと面白くなって、口元に添えた手の下で口角が自然と上がる。

「俺も、ケーキはお預けだな・・」

しかもベッドも占領されて毛布も取られちまってるし・・、その代わりと言っちゃ何だが。

「警戒心が無さすぎなあんたが、悪い」

そっと梳いた髪、頬に手を添えて見下ろす距離を縮める。
少し冷えた頬にそっと、唇を寄せた。

「お疲れさん」




メリークリスマス!

Can I take this Santa ?
サンタさんは、お持ち帰り可能ですか?







オマケ






「おーい、ー」

ゆさゆさ。
揺さぶられるその振動に、否応なく意識が浮上して重たい瞼をそっと開ける。

「・・・おはよーさん?」

「・・・、・・・ぇ」

ぱち、ぱち、ぱちくり。
何故か、目の前に綺麗なお顔と綺麗な黒髪が下がっている。
これは一体、どうしたことだろう。

「え・・どこ・・」

ここはどこ、そして目の前のあなたは・・・。

「おいおい、寝ぼけすぎだろ」

「って、え・えええユーリさん?!!」

「おう」

良く眠れたかー?てか、本当にぐっすりだったなと、どこか呆れたように笑っている相手に、本当にこれはいったいどうしたことかと辺りを慌てて見回す。
ついで、ぬくぬくと包まっている毛布から嗅ぎ慣れないにおいがして、それが目の前の相手のものだということにようやっと動き出した頭が答えを弾きだした。
慌てて体を起こす。
そうだ昨晩、依頼の後にギルドの打ち上げに参加してその後、おんぶで送られそうになってそれで何故か、ユーリさんちにケーキ食べに行くことになってしまって、それで・・、それで?

「え、私いつ寝ちゃってたんですか?!」

「来てすぐ」

「え、本当ですかっ」

「ホントほんと」

頭を抱えた。
埋まりたい。
すぐさま穴を掘って埋まりたい。
人様の、しかも初めての、しかもしかも男の人の家に来て、即ぐーすか寝るなんてそんな・・・どうして、自分どうして!!

「っぷ・・ははっ」

「・・・う、本当にすいません・・」

「・・いや、いいって。あんたも疲れてたんだろ」

「・・・・」

「・・・・それに、俺もいいもん見せてもらったし、な」

「?今、何て?」

「いいや。んで、ケーキ、といきたいとこだけど、まずは朝メシからだな」

「はっ。いや、・・あれ、あの私がベッドとっちゃってローウェル先輩は、一体・・どこで」

「ユーリ」

「ユーリさん、・・えっと・・」

言い換えても、さん付に一瞬むっとしたような顔も、次の瞬間にはニヤと意地が悪そうな笑みを浮かべる。

「あんた柔らかいのな。ごちそーさん」

「!!?!!」

意味深に言って笑う顔に、衝撃を食らう。
いやでも最初にベッド盗っちゃったのは私なので、本来の持ち主がそ、そそ添い寝と称して二人で並んで寝たとしても、自分は文句を言う立場に無い。
でで、でもでも何たることだと、寝起きの頭でぐるぐる考えていれば、ふっと苦笑する気配にそっと視線を向ける。

「ってのは冗談、な。俺は椅子で適当に寝たから」

「へ・・・え・・本当に・?」

「ホント」

「・・・ご、ごめんなさい」

結局ベッドは私が占領してしまっていたことに変わりは無い。
討伐依頼帰りで疲れているギルドの主戦力の休息を邪魔してしまった。
申し訳なさで項垂れれば、いいってのという柔らかい声と共に頭をぽんぽんと軽く叩かれた。

「取りあえず、飯にしよーぜ。腹減ったしな」





「・・ローウェル先輩、料理美味いですよね」

せめて朝ご飯の片づけをと皿を洗い始めれば、すかさず泡の付いた皿を引き取ってゆすいでいく、その手際も良い相手はきょとんとこちらを見下ろしてきた。

「なんだ?何か不服そうだな」

「料理もお菓子も作れて、背も高くて戦闘力もあって」

「褒められてんの?」

「妬んでるんですよ」

「正直だな」

ハイスペックだなとしみじみ思いながら最後のコップを自分でゆすいでいれば、すすぎ終わったそれをひょいととられる。
軽く水気を払って洗い物籠に入れられるそれを視線で追っていれば、隣に立つユーリさんからくすりと小さく笑う声がした。

「んじゃ、ケーキといきますか」

「・・・ごちそうになります」

「おう」

ご機嫌なユーリさんが冷蔵庫から取り出した箱を受け取る。
ケーキを持って先にテーブルまで行けば、ナイフとフォークと皿を2つずつ持って後からユーリさんがくる。

「半分?」

「いや、さすがに半分は・・・」

「いけんだろ」

「ローウェル先輩じゃあるまいし」

「・・ユーリ。腹いっぱいだったか?」

「・・・・」

正直、半分は多い。
量ももちろんだが、カロリー的にだ。
仕事上がりにホールでもらった時は1人で少しずつ食べればいいかと思って気にしなかったのだが、目の前に甘味をいくら食べてもスタイルの変わらない相手を前にすれば、同じ量をというわけにはいかない。

「えっと・・8分の1くらいで」

「?さすがにもっといけんだろ」

「いや、待ってください、いやいや・・」

止めるのも無視してナイフを入れたユーリさんは、さくっと半分にしたホールをまた半分にしてホイと更に寄越してきた。
4分の1、倍だ。
皿を押し付けられて受け取ってしまう。
甘いものは別腹とはよく言うし、確かに食べられるのだが・・・だが、しかし。

「いや、やっぱちょっと多いかなー・・って、何するんですか!」

反論したら、何故か更に増やされた。
最初言った8分の1が足されて、約半分くらいに増えたケーキの量に皿を持つ手がふるふると震える。

「遠慮すんなって」

「違いますよ、遠慮じゃないですって!」

「ん、美味い」

「だから、多いですって!こんなに食べられませんよ」

「意外といけるかもしれないだろ。食べてみろって」

「ちょっと聞いてま・・んっ?!」

「ほれ、あーん」

不意に視界に入ってきたユーリさんのフォークが8分の1ケーキをざくっとぶっさして、驚く間もなくそれが口元に伸びてきた。
慌てて仰け反る。
椅子が一脚しかなかったから二人とも立ったまま食べていたのだが、テーブルを挟まない分距離が近い。
仰け反っても腕の長さで届いたケーキは、ちょんと口元に触れた。

「~~~っ」

何してるんですか、と言いたくとも開けた瞬間突っ込まれそうな勢いで口が開けない。
視線で無言の訴えをしてみるが、にやにやと笑う楽しそうな相手は全くその手を引いてくれる気配が無い。
仕方が無いので、その端に小さく齧りついた。
美味しい。
スポンジはふわふわで生地の甘さもちゃんとあるし、いちごは甘酸っぱい。
生クリームはすぐにとろけていって、美味しくて思わず顔が緩む。
カチャリと、フォークを皿に置いた音がして細めてしまっていた瞳をそちらに向けようとした。

「・・?・・ち、」

近い。
近い、近い、近いんですけど、ユーリさん?!

「生クリーム、ついてる」

甘く低い声が耳元に届いた時にはすでに視界が暗くなっていた。
湿った感触が口の端を拭っていって、思考は完全に停止する。
少し離れて明るくなった視界で、目を細めた相手と間近に見つめ合う。
・・あれ?今一体何が・・・。

「あんた、本当に無防備過ぎ」

「・・は、え」

悪戯そうに微笑んだ顔がまたすっと近づいて、今度こそ離れようと後ずさった背中に長い腕が伸びた。
脇から這わされるように回った手が項に触れる。
びくっと肩をはねさせたこちらを見下ろして、ゆっくりと降りてきた視線をそらす間もなく、今度は唇が触れ合った。
触れて、離れて、何かを確認するようにこちらを少しだけ窺うようにして、そしてまた触れる。
角度を変えて触れる感覚が長くなる。
何故、どうして、いつの間にこうなったのだろう。
私は、いったい、今何を・・・?

「んぅ・・!っ」

混乱してまともに働かない頭で、項を抑える手にくっと力が込められたのが分かって反射的に身じろぎをしようとした。
ぬめった感触が唇の隙間をくすぐるように這わされて、つい小さく開いてしまった口腔内に温いそれが這入りこんでくる。

「んっ・・ふ」

くちゅと湿った水音、擦れ合う舌の感覚。
腰からじわじわと広がる痺れのような波が、体中の力を奪っていく。
駄目だ、これは。
吸われて抜けていく力と、もやに包まれそうになっていく思考の片隅で、気持ちの良さに身を委ねたい欲望に理性が駄目だと訴える。
霞む視界をハッキリさせようと瞬きをしたこちらを、ユーリさんの宝石のような目が覗き込んでくる。

「んく・・っは・・ユーリさ・」

「・・・その顔、えろい」

眉を寄せて睨みつければ、ほんのりと色づいた頬でそんなことをのたまうユーリさんの、その綺麗な黒髪を抗議の意味でくっと引っ張った。

「!った、・・あーはいはい、俺が悪かった、悪かったから!ひっぱんなって」

「な、本当、にっ何してくれてんですかっ」

「美味しそうだったから、つい・・悪いっ、ちょ、俺が悪かったデス、もうしねーから髪ひっぱんのはやめろ禿る!」

「はげてしまえ」

「ひでーな」

「・・・・・」

再度睨みつければ、両手をちょっと上げてユーリさんは降参と言った。

「ご飯代・宿泊費代にナリマシタカネ」

「・・・十分。美味しかったデス、ごちそーさん」

さっきまでの雰囲気を吹き飛ばしたくてふざけて言えば、きょとんとしたユーリさんは一転、ゆったりと笑って返してくる。

「柔らかいし、甘いし、俺好み」

「・・・そりゃ、ドウモー」

「もう、食べさせてくんねぇの?」

「ローウェル先輩、軽い」

「んなことねーよ」

ちょっとだけ真剣になった瞳に少しだけたじろげば、距離を詰めた長身にじっとりと見下ろされる。
あれ、何で急にこんな威圧感?

「俺の方が先に見たかったってのに・・」

「?」

「生足」

「!!?」

すっと伸びた手で大腿をするっと撫でられて、さすがに赤くなって慌てて距離を取る。
その膝裏が何かに当たって、視界がかくんと揺れた。
いつの間にそんなに下がっていたのか、どさっと倒れ込んだのはベッドの上で起き上がる前にすかさず乗り上げてきた相手に抑え込まれる。

「・・あんたって、本当危なっかしーな」

「も、もう本当にすいませんねっ!どいてください」

「ヤダね」

「冗談きついですよ」

思わず固くなる口調に、ユーリさんの顔が拗ねたようになる。
何故そんな顔されなきゃならないのか。

「サンタさんは討伐頑張って帰ってきたのに、ベッド盗られて椅子で寝た俺には、プレゼントくれねーの?」

「サンタさんって・・・」

「着てたろ?サンタ、さん」

思わず溜息を吐きそうになった。
ギルドの主戦力で頼れる先輩で、料理もお菓子も作れて、背も高くて戦闘力もあって・・・ハイスペックな先輩が、何か子どもみたいだ。

「もう十分・・」

「まだ、足りないな」

しれっとのたまう相手は、上から退いてくれそうにない。
まさかクリスマスにこんなことになるとは思ってもみなかった。
力を抜いた私を見て、跨るユーリさんの口角がくっと上がった。

「ご褒美ちょーだい。サンタ、さん」

言った口がまた、降りてきてゆっくりと重なった。




◆アトガキ



2014.12.25



さらっとがつがつなユーリさんにテイクアウトで。



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