一
冬は人恋しくさせるものだ。
二人でいる温もりを知っているならなおさら、人肌が恋しくなってしまう。
例えば街中を歩くときに繋いだ手。
かじかむ指先を相手のコートのポケットにお邪魔させてもらったりして。
そんなことを思い出せば、自分から相手を振って何を今さらと白い吐息を零した。
「・・・・」
そうして別れた相手のことを頭から追い出せば、代わりに浮かぶのは長い黒髪の持ち主で。
もう管理人業務は終わり受付の窓を閉めて買い物に出て来たが、留守番しているだろう相手のことを考えれば急に風の冷たさも気にならないくらい勝手に心は温かくなっていく。
現金だとは思うが、やはり一人で過ごすのは寂しかったんだと思う。
べたべた甘えたり甘えられたりするのは好きじゃないけど、適度に人肌に触れたいくらいの欲はある。
そんな欲をさらっと満たしてくれる存在を、ペットという枠に収めておいて良かったと今更ながらに感じた。
「・・・・・」
ペットなんだからそれ以上は禁止と相手を牽制しながら、本当は無意識にそうやって自分を抑制させている。
際限なく、相手に縋らないように。
求めたら答えてくれちゃいそうな相手だから、尚更。
「・・・気をつけよう」
自分に言い聞かせるように、小さく呟く。
肌寒い季節は時に、一時でも良いから温もりが欲しいと思ってしまう誘惑に満ちている。
夜気に紛れて消えていく音を、忘れないように心に釘を刺した。
「何コレ」
大きな袋から出てきたソレに、ユーリは目を真ん丸くして瞬きをした。
妙に幼い顔をちょっとかわいいと思いながら、パッケージに入っていたそれを広げる。
ふんわりと空気を纏って広げられたそれはカフェオレ色の毛布だったが、袖とポケットが付いている。
着る毛布だ。
「かわいいし、美味しそうだからつい買っちゃった」
言えば、まじまじとそれを見ていたユーリの眉が呆れたように少し下がる。
「人をダメにする毛布じゃねえの」
言いつつ、手を伸ばして触れた柔らかさと心地良さにその瞳がふわりと細まる。
毛布やひざ掛けはサイズも色も色々な種類があったが、これが一番手触りが良かったのだ。
手で触れてから、ちょっと持ち上げて頬に当てたりしているユーリを見て、それだけでもこの買い物は正解だったなと満足した気分になった。
ぬくぬく、ぬくぬく・・・うとうと。
「・・・・・」
早くも着る毛布に陥落している自覚はあったが、これほどまでとは思わなかった。
とにかく保温性がすごい。
今まで本当に寒いときはヒーターの温風の前からもう動きたくないと思っていたのに、この毛布に腕を通して包まっていればヒーターも必要ないほどに体がほかほかと温まってくる。
体温は低めな方なのに自分の熱だけでこうも温まれるのなら、何て電気代いらずな優れものだ。
けれど、温もりに包まれ続ければ当たり前のように訪れるのは眠気で。
「・・・・おい、」
「・・・うん」
「うん、じゃなくって。そんなところで寝るな、風邪ひくぞ」
ゆさゆさと肩を揺すぶられて少しだけ浮上した意識とは裏腹に、瞼は重くてなかなか持ち上がらない。
ユーリの声が耳に心地よくて、うんうんと頷いている内からまた眠りの園に引きずり込まれそうになった。
呆れたような溜息が降ってくる。
「・・・ったく」
そのまま放って置いてくれてもいいと思えるほどに、もうどうしても眠たくてたまらなくてリビングの椅子の上で毛布に包まって丸まってじっとしていたら。
「おりゃっ」
「?!っっ・・さぶ!!」
いきなり毛布をはぎ取られて小さな悲鳴を上げてしまった。
溜めに溜め込んだ温もりがあっという間に逃げ出していってしまって、代わりに包まれるのは弱のヒーターでは温めきれない部屋の寒い冷気だった。
寒い寒いと非難を込めた目で毛布をはぎ取った相手をねめつける。
そんな視線を物ともしないユーリは剥ぎ取った毛布を持って、やっと起きたかと意地悪そうに笑っている。
「何するの、返して!」
「やっぱ、人をダメにする毛布だったな」
「うー・・もう駄目でも何でもいいから・・・ユーリ」
「寝るならちゃんとベッド行けって」
「・・・・・」
眠い、けどベッドに入った直後のひんやりとしたシーツの冷たさを思えば、毛布に包まっていたいと思うのは仕方が無い。
訴えても毛布を返してくれないペットに、あんまりな仕打ちだと項垂れる。
寒さと眠くてぼやけた頭には、買い物から帰るときに自分で自分に釘を刺したことはもうすっかり忘れてしまっていた。
「意地悪・・・ケチ」
椅子の上で寒さに丸まって、机にほっぺたをくっつけたが大人げなくふてくされたように呟くのが聞こえる。
拗ねたように向こうを向いて、そのまま意地でも動かないぞというオーラを放つ小さく縮こまる背中を見て溜息を吐いた。
手に持っている毛布はまだの温もりを少しだけ残して、ほんわかと温かく柔らかい手触りを伝えてくる。
「ケチって、なぁ・・」
急に子どものような態度をとるに呆れもするが、年上なのだからしっかりしなきゃとどこか気張っているような普段の姿を見ているだけに、これは甘えられてんのかなと少しだけうぬぼれてみる。
とはいえ、ここにそのまま放置するわけにもいかない。
腕を伸ばせばやはりというかなんというか。
「いい、放っておいて」
伸ばした手を、ぺしっと払われる。
そうされることは何となく分かってはいたが、ハイそうですかと引き下がるわけにもいかない。
払う手を無視して強引に腰に腕を回して椅子の上からよいせと持ち上げた。
「ちょ、もう放してったら・・下して、ユーリ!」
「はいはい」
嫌がって唸るはまるで持ち上げられて不機嫌になる猫みたいで。
これじゃあ、立場が逆転だなと思いながら身を捩るを抱えて寝室に入って、ぽいっとベッドに放った。
ポスンと冷たいシーツの上に小さな悲鳴を上げるの身体を、すかさず掛布団で覆う。
有無を言わさず布団に埋もれさせてしまえば、眉間に皺を寄せながらも大人しくなった。
「ほら、眠いんだろ」
その布団から少しだけ出している額をそっと撫でる。
むーとかうぅとか不服そうにしながらも、ちょっとだけ布団を引き下げて覗く瞳がこちらを見て気まずそうに逸らされる。
自分の行動が大人げなく我がままだったとやっと自覚したような顔。
そんな顔と少し紅くなった頬に笑いを零して、そっと額に唇を寄せた。
びくっとして、布団に潜り込むに声を出して笑う。
「おやすみ」
ややあって、布団の中からくぐもった小さな声が返ってくる。
そんな布団のふくらみを軽く叩いて、部屋の電気を消した。
寒い。
夕飯もしっかり食べたというのに新陳代謝が悪いのか、体は一向に温まらない。
食べたエネルギーとやらはいったいどこに行ってしまったのだろう。
寒くて毛布を探すけれど、そういえばあれは昨日呆れたユーリに取り上げられてしまったのだと思い返して、仕方なしにホットミルクが入ったマグカップを両手で抱えてヒーターの前に陣取った。
温風があたる場所は温かいけれど、そこを離れてしまえばすぐに冷えてしまう。
1人暮らしだからと小さなヒーターしか買わなかったけれど、こんなに効きが悪いのなら思い切ってもっと大きいのにすれば良かったなと後悔する。
足先を出来るだけ体に引き寄せて温風の前に縮こまっていれば、ガチャリと洗面所の扉が開く音がして石鹸の香りとしっとりと水気を含んだ風が流れてきた。
「湯冷めすんぞ」
ペタペタとなる裸足の足音と共にユーリの声が聞こえるが、不意に昨日のことが思い出されて相手の顔を見ることが出来ない。
「?」
年下相手にやってしまったなと自己嫌悪に陥っていれば、不思議そうに名前を呼ばれて、深呼吸をしてからそんな相手を振り仰いだ。
きょとりとこちらを見下ろすユーリは、寝間着代わりの臙脂の上下のジャージのズボンに、長袖のシャツの腕をまくってまだ水気の残っている髪をタオルで拭いている。
湯冷めするのはそっちじゃないだろうか。
「髪、ちゃんと乾かしてこないとそっちこそ湯冷めするよ」
何でも無いようにそう言って、意を決して温風の前から立ち上がった。
マグカップをテーブルの上に置いて、洗面所からドライヤーを持ってくる。
いいってのに、といった表情をする相手を温風の前に座らせて、その後ろに立ち膝をしてドライヤーに熱風を当てる。
長くて綺麗な黒髪がふわりと舞い上がった。
シャンプーの良い香りが鼻をくすぐる。
このペットは本当に、なんていうか・・・ズルい。
「・・・なんだよ」
思わずついてしまった溜息に、目の前の頭から怪訝そうな声が聞こえる。
何でも無いと返しながら指で梳いていく。
しっとりと重たかった髪がサラサラと手触りが良くなって、艶々とキューティクルが輝いていく。
これはあれだ、ペットのブラッシングをしているんだと、何故か心中で言い聞かせているけれど、立ち上る香りの中にシャンプーと違うものを感じ取れば顔に勝手に熱が集まる。
「よし、おわり」
誤魔化す様にそういって、そそくさとドライヤーを仕舞いにいった。
サンキュと返す声を聞きながら、平常心平常心と心を落ち着かせながらリビングに戻って少し冷えたホットミルクを一口飲む。
ぬるくて甘い味に、ほっとひと心地つければ不意に視界が陰った。
「何飲んでるんだ?」
「ホットミルク。飲む?」
「飲む」
即答につい笑ってしまいながら、ユーリのマグカップに牛乳を注いで砂糖を入れる。
ついでにと自分の分にも牛乳と砂糖を足す。
電子レンジに入れてコップを2杯分のボタンを押せば、後は温まるのを待つだけだ。
温風の前を離れてあっという間に冷えた足先に、無意識に向かうのはヒーターの前で。
でもそこにはすでにユーリが座っている。
悩む頭を毛布がかすめて、無意識に視線を彷徨わせてしまう。
「・・・・・」
「・・」
そんなこちらの様子に気が付いたのか、ユーリが小さく手招きをした。
「来いって」
ちょいちょいと手招きをされるが、警戒して行くのを躊躇えば少し強めに呼ばれる。
少しだけ近づいた腕はさっととられて、退いたユーリと入れ替わりに場所を譲られる。
立ち上がったユーリにどこに行くのかと視線で追えば、そんなタイミングで鳴った電子レンジの扉をあけて二つのマグカップを取り出している。
ほい、と渡されたマグカップを両手で受け取って、温め直したホットミルクを飲んでじんわりとした温もりに浸っていた。
「っ?!ユーリ!?」
不意に後ろから腕を回されて、驚いてマグカップを落としそうになって慌てる。
「あんたがそこにいると、俺だって寒いんだからな」
言って回された腕と毛布に思わず振り向けば、しれっとした顔で着る毛布を羽織ったユーリがいる。
背が高いユーリには少しだけ丈が足りないのか両脇に伸びた足の先が少しだけはみでているけれど、そんなこと気にしている余裕もなく。
「ユユ、ユーリさん」
「ん?」
ずずっとミルクを飲む相手から距離を取ろうとするが、毛布を被せてきた片手がそのまま腰に回っていてそれ以上前に体を動かせなくなっていることに気が付く。
背後にユーリがいて両脇に足が伸びていて、前はヒーターで。
どこから逃げ出せばいいのかと焦る体が、さっきまで感じていた冷気なんて嘘のように熱くなる。
「近い!」
「いいじゃねえか、寒いんだし」
「そういう問題じゃないでしょ」
「ほら、毛布の中にいないと風邪ひくぞ」
「だ、大丈夫」
もう大丈夫だ、十分すぎるほど暖かいというかむしろもう熱いぐらいで。
さっさとホットミルクを飲みきって、ベッドにいって寝てしまおう。
そう思うのだけれど。
「こうしてると、暖かいな」
満足げな声とこちらの頭を撫でる大きな手に早くも眠気が到来する。
駄目だと思う気持ちと裏腹に、与えられる心地よさで瞼が重みを増していく。
本当に冬は駄目だ。
温もりが、・・人肌が恋しくなってしまうから。
微かに笑う吐息がかかる。
そっと手の間からマグカップが抜き取られて。
肩をそっと引き寄せられた。
とん、と体が触れる。
包むように回される腕と毛布。
駄目だけど、こんな冬なら・・・。
「おやすみ」
そっと耳元の髪を梳いて囁く。
恥ずかしそうに逃げ出したそうにしていた体が、ふっと静かになって腕の中に納まった。
力が抜けた小さな体が心地よい重みをかけてくる。
毛布と両腕で閉じ込めたの顔を、そっと覗き込んだ。
彼氏がいたことは知っている。
そいつともこんなことしたりしてたんだろうか。
不意にそんなことを思う自分に自分で呆れて溜息を吐く。
そんなこと知って、どうなるってんだ。
「」
今は、自分の腕の中にいる。
例えもし、前の奴がこの小さな温もりを知っていたとしても、もう2度と触れさせたりはしない。
・・絶対に、返したりはしない。
◆アトガキ
2015.3.2
なかなか温かくならないですね。
昼間はあったかいと思っても、夜はまだまだ冷たい風が吹くので着る服を選ぶのも困ります。
・・実は、本当はクリスマス用に書きはじめたものだったのですが上手く続きがかけず、クリスマスの話は急遽別のシチュのものにしてしまったのでこちらは放置してしまっていました。
さすがに春になったら出せないと慌てて書き終えたのですが・・、冬というか寒い時期は本当に人肌恋しくなってしまうな、と。
background by Blancma